靴磨きのゲンさん 〜 光り輝く魔法の指先 〜

靴磨き職人

井上 源太郎
キャピトル東急ホテルの地下3階に店を構えて40年。靴磨き名人として広く知られ、現在ではよくメディアに取りあげられているとおり、ベルルッティのカラリストも務めている。
数多くの著名人からもひいきにされており、以前にSPさんを数名引き連れて、小泉首相が磨きに来たのを見た時は、僕はかなり驚いたものである。
人呼んで、"靴磨きのゲンさん"。

僕がこのゲンさんの存在を知ったのは、1999年の終わり頃。Noriさん主宰の「靴のページ」を通じて知り合った、ムシジロウさんからである。
「そんなに凄い靴磨き屋さんなら、これは一度試してみなければ」と、自分にとっての靴磨きの勉強の意味も含めて、早速行ってみた。

しかし………。

その仕上がりの素晴らしさを見て、僕の勉強なんていう意識はアッという間に崩壊した。腕前が違いすぎた。マネできない。勉強にならないのである。

ゲンさんの施す磨き方は、いわゆる鏡面仕上げ。油性クリームを付けて、少量の水でそれを伸ばしていき、テカテカと靴を輝かせるやり方である。磨く手順や方法は、とくに変わった事をしているわけではない。ごくごく普通のやり方である。しかし、その仕上がり具合は、他の人が磨いたものとはまったく違う、まさに別世界のもの。このゲンさんが作業の最後に水を付けて磨いていくと、まるで靴が魔法にかかったかのように、輝きがガラリと変わるのだ。とくに黒靴を磨いてもらうと、その輝きは分かりやすい。黒の中に、光によって生じる白色がハッキリと浮かぶ。
この"魔法"に対して驚く僕に、ゲンさんは、「大輔とは、使っているクリームが違うよ」とだけ言って、ニヤリと笑う。ゲンさん使用のクリームは数種類あり、革の状態や種類、季節(湿度)、または仕上げ方によってクリームを変えるのだそうだ。もっとも、秘訣はそれだけではないであろう。

僕はこのゲンさんに、「魔法の指を持つ男」という異名を勝手に付けた。



これまでゲンさんは、この仕事のためならと、とにかくありとあらゆる事をやったそうだ。東京理科大学の学生さんに頼んで、各メイカーの靴クリームの成分を分析してもらったり、世界中の有名ブランドの靴を買い集めたり、靴クリームを独自に調合したり……。
ゲンさん秘密のワックス
右ある画像は、ゲンさんがヤシ油と石油系油性クリームを混ぜて作った、オリジナルのクリーム。これは冬用なのだそうだ。触ってみると、通常の油性クリームと比べて、やや柔らか目。なんでも、ゲンさんは自分で靴クリームを作るようになって靴磨きの楽しさを知り、それが靴磨き屋になったキッカケだとか。

ゲンさんの勉強熱心さは、靴磨きだけに及ばない。ゲンさんのお客には外国人の方も多く、そのため、ゲンさんは英語も学んだ。今では、いわゆる"ペラペラ"。さらにはフランス語も少々話せる。
この修練の結果、いつも店内には、お客さんの靴が数十足ぐらい山積みとなっている。全国、さらには海外から、「靴を磨いてくれ」と送られてくるのだそうだ。リピーターがとにかく多い。あまりにも客が多すぎるため、休日なしで働くこともある。



ゲンさんは、無類の靴好きでもある。これまで購入した靴はなんと約170足にも及び、その中には、ニュー・ボンド・ストリード時代のヘンリー・マックスウェルや、ジョン・ロブ・ロンドン、ジョン・ロブ・パリといったビスポーク・シューズ、さらには現在では幻の靴屋となってしまった、ボストニアンやアレン・マカフィーといった名品たちもある。父親には、「オマエ、靴ばっかり買いやがって。オマエ、もしかしたら女よりも、靴の方が好きなんじゃねえか?」なんて、苦笑されてしまったこともあるとか。
こんな経歴もあって、ゲンさんはありとあらゆる靴ブランドに精通している。ガット、ベルルッティ、オーベルシィ、ゲオルグ・マテルナ、シュニーダー・ブーツといったブランドも、日本に紹介される以前から知っていたそうだ。この豊富な知識も、靴磨き屋さんとして第一線を走り続ける要因だろう。
ちなみに、あまり日本に紹介されていない靴ブランドでは、アメリカのネルトン、フレンチ・シュライナー、ライト(正式名称は、Wright arch preserver shoesと言うらしい)、イタリアのグラバティが良い出来だと話してくれた。

そんなゲンさんに、「注目している靴ブランドは?」とたずねると、「それは、どんどん少なくなってきている」という答えだけが返ってきた。具体的なブランド名は、出て来なかった。
それでは、「今までで、良いと思った靴は?」と聞くと、「昔のフローシャイムのイムペリアル、昔のアメリカ製ジョンストン&マーフィ、ビスポークでは、昔のヘンリー・マックスウェル」との事だった。
ゲンさんは答えるのに、すべて"昔の"という言葉を付けるのを忘れなかった。やはり、靴のクォリティはどんどん下がってきているということか。そして、昔の靴の良さを知っている者にとっては、現在の靴は、いささか興味の対象から外れてしまう、ということなのだろうか?



ゲンさんは、自らを"靴の医者"と位置付けて、仕事を続けてきた。それゆえゲンさんは、靴磨きだけでなく、ときには靴の修理も行う。靴好きが高じて、自分で自分の靴を修理するようになり、やがてはお客さんの靴も修理してあげるようになったそうだ。しかも、その靴修理の技は、ロンドンやイタリアの職人さんに靴製作の現場を見せてもらい、それを見よう見マネで習得してしまったのだというから恐れ入る。
ゲンさんは靴修理について、こう語る。
「その靴の最初の状態、オリジナルの状態を知っておくことが大事。そして、修理の際には、それとまったく同じ状態に戻してあげて、お客さんに返してあげるのが理想だよね」
ゲンさんが世界中の靴を集めているのは、そのオリジナルの状態を知るため、という事もあるそうだ。



ゲンさんは自分の行う仕事に対して、「まあ、私たちはプロだからね」とサラリと言う。そう!そうなのだ、これこそがプロフェッショナルなのだ!
ゲンさんの靴磨きは、何度見ても、何度も真似ても、ゲンさんと同じように靴クリームを調合してみても、ゲンさんと同じように靴を光らすことはできない。「素人じゃ、絶対にマネのできない靴磨きを見せてやる!」という、職人技。まさしく、プロの匠の世界なのだ。

靴好きの方にとっては、自分で靴を磨いて、自分だけの風合いを出すのが楽しみと言える。しかしながら、熟練されたプロの技も、やはりまた素晴らしいものがある。ご興味のある方は、是非お試し下さい。誰にもマネできない、プロの世界がそこにあります。



ちなみに、ゲンさんのお店の営業時間は10時〜18時。土日祝祭日はお休みです。ただ、ゲンさん一人で運営しているお店なので、ゲンさんの都合により、それ以外の日も急遽お休みになる場合があります。料金形態は以下のとおりです。
ONE COLOUR・900円
TWO COLOUR・1,000円
WHITE COLOUR・1,000円
SHORT BOOTS・1,000円
LONG BOOTS・1,300円
HEAVY SHINE・1,000円
あと付け加えますと、ゲンさん、自分のお店でのお仕事が終わった後は、すぐにベルルッティ青山本店へ仕事に行かなくてはいけません。なので、閉店時間直前の来店は避けた方がよろしいかと思います。

※05年12月より、お店はキャピトル東急からホテルオークラに移転となりました。

Shoes top