最近思う事 第三部(四)



1929年、世界大恐慌でも「羊毛刈り」

 1929年、ニューヨークのウォール街で株価が大暴落したのをきっかけに世界大恐慌が起こりました。経営がおかしくなった企業は、銀行に駆けつけて預金を引き出します。はじめのうちは要求に従っておとなしく銀行券を渡していた銀行も、苦しくなった企業が増えるにつれ、預金引き出しを渋るようになりました。そうなると預金を引き出すのに銀行券をもらうのが不安になり、『金(金貨)で返せ』というようになります。しかし、それ丈の金貨が銀行にはありませんでした。前述のような仕組みで、銀行は手持ち以上の銀行券を発行していたのです。益々銀行券は信用されなくなり、兌換要求に応じられない銀行は倒産に追い込まれました。そうなると倒産した銀行に預金していた企業や融資を頼っていた企業も巻き添えになり、倒産してしまいます。

このように倒産の嵐が吹き荒れ、失業者が街にあふれてしまったのです。こうして大恐慌が原因となり、主要各国の金本位制は崩壊しました。

世界大恐慌の原因は、1920年代にFRBの指示で銀行が信用創造量を増やした事によります。融資の担保は主に株券であり、その結果、株価は高騰、バブルが発生します。株価がピークを迎えると、FRBは一転して銀行の信用創造量を厳しく抑制。お金の流通量をわざと減らして大恐慌を引き起こしました。この事はミルトン・フリードマンはじめ多くの経済学者が指摘しています。

この恐慌により16000もの銀行が倒産し、その殆んどはモルガンやロックフェラーといった大資本が吸収・合併していきました。また、紙切れ同然となった企業の株券も買い占め、両者の独占状態になります。銀行や企業だけでなく、融資を返済できなくなった農家も広大な土地を没収されたため、飢饉が発生します。この土地の多くも、ウォール街の金融財閥の関係企業に買い取られました。つまりは「羊毛刈り」が行われたわけです。

さらに、1931年には景気回復という名目のもと金の回収が行われます。応じなければ懲役10年という罰則のもと、米国民すべてが金貨や金塊を財務省で紙幣と交換することを義務付けられました。そして、1939年末には兌換紙幣が廃止され、紙幣と金はもう交換できなくなりました。つまり、合法的な金の強奪までもが行われたのです。

金融危機を起こさない為に設立されたFRBですが、1921年と1929年の株価暴落、1929年から1939年の大恐慌、1953年、57年、69年、75年、81年の景気後退、89年のブラックマンデーなど次々に金融危機を起こしています。つまり、FRBは何の役にも立っていないことになります。ちなみに金本位制が廃止されてから現在までにドルの購買力は94%も減退しています。


そしてお金は“投機的利益の道具”となった

 その後、世界は第二次世界大戦に突入していきます。戦後、世界の金の65%が米国に集中したそうですが、その理由の一つは、第二次世界大戦が膨大な物資の消耗戦であり、米国がその資源供給国となった為。もう一つは、それまでの金融の中心地であったイギリスから米国に資金が移動してきた為と言われています。金が米国に集まっていたことが決めてとなり、1944年に開かれたブレトン・ウッズ会議で、米国は世界の銀行という役割を担う事になります。ドルが世界の基軸通貨となり、「米ドルのみが金と交換可能で、他国のお金は米ドルと交換できる」という金為替本位制がとられる事になりました。

翌年に開かれたヤルタ会談では、戦後の世界統治について話し合われ、資本主義諸国を米国が、共産主義諸国をソ連が統治していく事が決められ、米国は世界の警察という役割も担うようになります。

そうして戦後、米国は同盟国の復興や対外的な軍事力増強、さらにベトナム戦争での大量支出を行った結果、大量のドルが国外に流出して大幅な財政赤字を抱える事になります。

米国は、金の準備量をはるかに超えたドルを発行して世界中にばら撒いた為、金との交換を保証できなくなりました。そして1971年、当時の大統領ニクソンが「ニクソン・ショック」と言われるドルと金の交換停止を発表します。これにより金為替本位制は崩壊。お金はこれまでの兌換券から不換券へと転換しました。お金の裏づけとなるものが何もなくなったのです。

金という物的制限を失ったお金の発行量は際限なく膨れ上がり、金融市場はまるで糸の切れた凧のように不安定なものとなって行きます。その中で最も重要な変化が、これまで並存していた資産を証券化した通貨はなくなり、完全に債務を証券化した通貨のみになってしまった事です。すべてのお金は銀行への負債から作られているので、もし仮にすべての負債を銀行に返済してしまえば、この世からお金はなくなってしまうのです。

お金は、金という実物資産との価値の連動を失い、今度は需要と供給のバランスによって価値が決まる変動相場制がとられるようになりました。この頃からコンピューターの発達に伴って投機が過熱していきます。お金自体が商品となり、“投機的利益の道具”となったのです。コンピューター上の数字となったお金は、一瞬たりとも休む間もなく利潤を求めて世界中を駆け巡るようになりました。

20086月時点でデリバティブの総計は約684兆ドルまでに膨れ上がっており、これは全国家のGDP10倍をはるかに超えた金額です。この実物経済からかけ離れ巨大に膨れ上がった投機マネーが、1990年代後半に世界各国で金融危機を引き起こす事になります。






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