このジャーナルで『石原慎太郎という「狂気」』(同時代社)という本が出版されることを知ると同時にここに掲載される原稿も依頼された。私は、科学史とか科学論といった学問を専門にするものなのだが、ここではゴジラという日本初の怪獣と石原慎太郎を関係づけて論じてみることにしたい。
* 当該書は『石原慎太郎というバイオレンス』と改題して二月四日に発売されました。詳しくは下の広告(advertisment)を参照下さい。(編集部)
1、怪物の時代の到来
怪物の時代である。とりわけ九〇年代半ば以降、われわれの生きる時代は、まさに「怪物の時代」と言っていいような様相を呈している。この社会の中に得体のしれないもの、とらえがたいもの、はっきりしないものが次々と出現してくる時代である。正体のわからない化学物質という怪物、ストーカーという怪物、オウムという怪物、クローン人間という怪物、グローバリゼーションという怪物、日本ナショナリズムという怪物、「凶悪な犯罪を繰り返す「三国人」」という「怪物」、北朝鮮やイラクなど「ならず者国家」という「怪物」、登校拒否によって学校システムを攪乱させる「小さな怪物」たち、大部分の日本国民には「怪物」としてあらわれた元従軍慰安婦達、様々な怪物や「怪物」があらわれている。我々にわかっているのは、「怪物の時代」を拒むいかなる方策もないこと、「怪物の時代」はその度合いを強めていきそれに応じて一方的な「怪物」排斥の力もつよくなっていくということである。そのような「怪物の時代」においてまずは、「怪物の中の怪物」といわれるゴジラについて考えてみることにしたい。なぜなら希望は、「怪物」の姿であらわれている可能性があるからである。
2、ゴジラとはなにか
「ゴジラとはなにか」という問いに答えるのは、通常思われている程簡単なことではない。
ゴジラとは、一九五四年当時の複雑な国際関係や原水爆問題を背景にしてあらわれた怪獣であるからである。あえていえば、ゴジラとは近代科学が自然に勝利し近未来が過去を放逐し、その頂点として水爆が現れでたまさにその瞬間、自然や過去が巨大な復讐を開始したことにかかわるなにかであり、戦後日本社会の秩序を憑依しつづけている存在であるということになろう。よく知られているようにゴジラという怪獣は、米ソ冷戦の緊張の下、アメリカがビキニ環礁で水爆実験を行っていた際に起こった「第五福竜丸事件」をきっかけに生まれた怪獣である。
ゴジラは、二〇〇二年の夏、突如としてわれわれの前に姿を現したあごひげアザラシの「タマちゃん」や「ウタちゃん」のように愛らしい存在ではない。また「タマちゃん」や「ウタちゃん」のように人々を癒したりはしない。ゴジラは一九五四年、日本の高度経済成長が始まろうとする頃、人々を恐怖させる不気味な存在としてわれわれの前に姿を現したのである。
ゴジラは何よりも破壊する怪獣であった。ゴジラが、大衆文化史上で特筆すべき存在となったのもゴジラの徹底した破壊という行為によるものであった。一九五四年、はじめて日本に上陸したゴジラは、都市破壊の限りをつくした。
ゴジラが破壊したのは、戦後日本社会がこれからめざすべき社会のありかたを先取りした建物である松坂屋デパート、銀座和光ビルの服部時計店、日劇ビル、有楽町の高架線、警視庁ビル、テレビ塔、国会議事堂、勝鬨橋などといった建築物である。(ここに皇居が入っていなかったのは、戦後民主主義の思想の限界点をも示すもののようにも思える。この時代の人々は、皇居を「めざすべき社会」の象徴とはとらえていなかったということだろう。しかしこの誤認が、いまやゴジラやわれわれの社会に重くのしかかっている。)
3、ゴジラと自衛隊の戦い
だが、そのゴジラを待ち受けていたのは、当時の社会党の反対を押し切って誕生したばかりの自衛隊(映画の中では防衛隊)であった。これが今日のポスト冷戦時代にまで引き継がれるゴジラと自衛隊との戦いの始まりであった。一九五四年は、日本が戦争の混乱から立ち直り復興が成し遂げられようとしていた時期であった。人々がささやかだが守るべきものをもち秩序意識を形成しつつあった。この秩序意識が、防衛の気分を生み出し、それが「自衛隊」という巧妙な名称を与えられた軍隊の誕生をささえた。その登場の時から革新政党というものがなくなり総保守化が進んだ今日までゴジラが一貫して自衛隊と戦い続けていることは、ゴジラが、日本ナショナリズムとは、決して相容れない存在であり、われわれの社会秩序に向けられた巨大な嫌悪であることを意味している。つまりゴジラは秩序破壊の怪獣なのである。
今日、自衛隊は防衛力というよりも攻撃力を年々強めつつあるが、ゴジラを倒したのは、この自衛隊ではなかった。
4、「怪獣があらわれた、人間が変われ」という物語としての『ゴジラ』
ゴジラを葬り去ったのは、最終兵器の水中酸素破壊剤(オキシジェン・デストロイヤー)を開発した芹沢博士であった。芹沢博士は、戦争で片目を負傷したためか先端科学の研究者でありながら人間を信じようとしない「闇の科学者」である。芹沢博士は、最終兵器のオキシジェン・デストロイヤーでゴジラを葬り去るが、同時に自らの命も絶つ。最終兵器が、政治利用されるのをおそれたためである。芹沢博士がゴジラと共に海に沈んでいくシーンでは、ヒロイズムというよりも沈痛な虚無感と悲しみだけが漂う。その後、芹沢博士の師である古生物学者、山根博士がつぶやくように言う次の言葉は、現在もまったくリアリティを失っていないといってよい。
「あのゴジラが最後の一匹だとは思えない。もし水爆実験がつづけて行われるとするならばあのゴジラの同類が世界のどこかにあらわれてくるかもしれない。」
第三世界のインドやパキスタンでも、核実験が行われ、北朝鮮は核拡散防止条約を脱退した。人類の終末時計は、進みつつある。この『ゴジラ』(一九五四)においてはラストにおいて「怪獣があらわれた、人間が変われ」という方向性が示されており、怪獣による人間の変更を示唆した優れた物語となっていた。
5、石原慎太郎という怪獣
『ゴジラ』(一九五四)以降の作品の『ゴジラvsビオランテ』(一九八九)において科学者、白神博士は「怪獣より人間の方がよっぽど怪獣です。なぜなら怪獣を作り出したのは人間だからです。」と語る。
この言葉に従えば、怪獣以上に怪獣のような人間が存在するということになる。
実は、私は、その一人が、石原慎太郎だと考えている。石原慎太郎が、われわれの前に姿をあらわしたのは、ゴジラが初登場した二年後の一九五六年のことである。この年、芥川賞作家として華々しく登場したこの怪獣は、ゴジラが都市、東京を破壊したのに対して湘南地方にあらわれ男根で障子を破壊した。
また芥川賞作家になる前の石原慎太郎が、『ゴジラ』(一九五四)など怪獣映画の制作で定評があった東宝の社員であったことも興味深い事実であるといえよう。
さらに、あまり知られていないことだが、石原慎太郎は、まだ若手の衆議院議員だった時代、「ネス湖怪獣国際探検隊」という集団の総隊長を務めていたらしい。
基本的には漁船をチャーターしてダイバーを潜らせるということを一億五千万円も使ってやっていたらしい。ばかばかしいという他はないが、どうも怪獣に縁のある人間であるようである。
6,『ゴジラvs石原慎太郎』という戦いの行方
ゴジラも石原慎太郎も日本の大衆文化において大きな役割をはたしたが、その存在は、対極的なものといってよい。簡単にいえば、ゴジラが秩序破壊の怪獣であるのに対して、石原慎太郎は、秩序防衛の怪獣なのである。ゴジラが、日本ナショナリズムと相容れないのに対して石原慎太郎は、日本ナショナリズムを一身に体現した存在である(石原慎太郎批判の論者が、ゴジラの唯一勝てなかった平和怪獣モスラを創造した文学者の掘田善衞に関心を寄せる論者であるという事実もまた興味深い)。
石原慎太郎は、「凶悪な犯罪を繰り返す〈三国人〉という怪物」や「北朝鮮という〈ならず者国家〉という怪物」から秩序を防衛するという「政治」を常套手段とする者である。
石原の人気の秘密もまたこの秩序防衛の政治にある。
今、ゴジラが最もあらわれなければならない場所は、有事立法の審議が始まった国会議事堂であるが、もしゴジラが、東京にあらわれれば、東京都知事の石原慎太郎は、自衛隊を率いて危機管理体制を整備し、秩序防衛にかかるだろう。だが、ゴジラは自衛隊では倒せない。はたしてこの『ゴジラvs石原慎太郎』という戦いの行方はどうなるのか。われわれはこの戦いから目が離せないのである。