『葦牙Journal』No.71.
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No.71
巻頭言 柳北のパリ
将軍侍講にして、若く美しい柳橋の歌妓たちと秘めやかな逢瀬を重ねる稀代の「遊民」であっ た成島柳北は、王政復古ののち、一八七二年、東本願寺法主の大谷現如の欧州視察随行員として パリに向かう。彼はここで、岩倉米欧回覧使節と遭遇するのであるが、柳北がルーヴル美術館や 劇場に赴いたのに対して、回覧使節が向かったのは、士官学校、砲台、兵営、国立銀行といった もののみであった(前田愛『成島柳北』)。たしかに、ここには、そもそもなにを「文明」としてとらえるのか、ということをめぐる問題 意識の差が歴然としている。使節団が眺めたものこそは、やがて「現人神」が主権を独占する憲 法を生み出し、それに支えられて「富国強兵」が遂行される「近代化」なるものの原型をなして いたには違いなく、それはまた、柳北のユートピアたる「江戸文化」が、「薩長の芋侍たち」に 蹂躙されていく過程をも意味していた。
しかし、「江戸文化」という町人文化がその程度のものだったということこそが、じつは、本 質的な問題には違いない。すなわち、「富国」という急激な資本主義化・階層分化の過程に否応 なしに放り込まれ、「近代的自我」を確立しようともがく青年たちにとっては、デカルトの思索 やハムレットやウェルテルの懊悩が、つまりは、柳北がパリで観た「ヨーロッパ芸術」の底に潜 む「個の原理」の顕現こそが、彼ら自身の苦悩に照応するものであり、洗練の極みといえども、 所詮は「宴会芸能」と化した「江戸文化」は、彼らにはたんなる彼岸の徒花に過ぎなかったとい うことである。
柳北は、やがて讒謗律・新聞条例に引っかかり、「薩長の芋侍たち」に四ヵ月の禁固刑(罰金百円) を喰らって、他の記者たちと鍛冶橋監獄に放り込まれる――「柳北のパリ」は、日本の「近代以前」 の文化におけるある種の脆弱性と、「近代化」なるものの没(反)文化性との双方を、きわめて 象徴的に示すものでもあった。
(照井日出喜)
目次
No.71
憲法九条の発案者は誰か ...大内要三イタリア・レジスタンスの旅(1)
ローマのフォッセ・アルディアティーネ−−極秘の三三五人虐殺
......岡田全弘●渡辺雅男『市民社会と福祉国家』
格差社会・福祉国家の危機・グローバリ・ゼーション……岡本磐男第10回『葦牙』ふぉらむ〈報告の骨子〉
辻井喬『命あまざず――小説石田波郷』......尾張はじめ農民と社会主義――ソ連崩壊の教訓から ...白井 朗
「千の風になって」考
......菱田 彰【●英国通信 第11回】
ブレア時代の終焉と今後の英国
ブラウン新政権にどこまで期待可能か......山上 真第9回「葦牙ふぉらむ」レポート
−−「総括」という言葉の魔力...尾張はじめ◆小説◆
サン・レモと里子...柘植由紀美photo©k.y
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