『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』

―に見える社会主義、民族主義を読む

中川みのる(『葦牙Journal』No.77)



 『嘘つきアーニャの真っ赤な真実」(角川書店刊は二〇〇二年第三三回大宅壮一ノンフィクション賞をとっている。初出は「本の旅人」一九九九年十一月〜二〇〇一年四月連載)。著者の米原万里はロシア語通訳、同時にエッセイスト、作家として活躍したが惜しむらくは二〇〇六年五月逝去した。

 著者は一九六〇年一月〜一九六四年十月まで、父の勤務先であるプラハのソビエト学校に在学した。ソビエト学校は、当時五〇カ国以上の子供が通っていたという。本書はその時の同級生との交流と三二年後の再会の物語。父は日本共産党を代表してプラハの「平和と社会主義の諸問題」誌編集局に勤務在籍した米原いたる氏。「平和と社会主義の諸問題」誌は当時の国際共産主義運動の理論誌ということになっていた。一九四三年コミンテルン(共産主義インターナショナル)解散。一九五六年コミンフォルム(共産党、労働者党国際情報局)解散後にプラハに常設編集局を設け世界各国の共産主義政党唯一の常設国際交流機関となっていた。

 この作品は「リッツァの夢見た青空」、「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」、「白い都のヤスミンカ」の三部作から成っている。資本主義国ギリシャ人のリッツァ、社会主義国ルーマニア人のアーニャ、社会主義国ユーゴスラビア人のヤースナ達三人の同級生と共に過したソビエト学校でのできごとを綴っている。他の社会主義国や解放戦争中の国の同級生についても三部作のなかにでてくる。特にソ連についてはソビエト学校でのことなので記述は多い。

 九歳〜一四歳でかなり早熟だったらしい少女・米原万理の目を通して、ソビエト学校での授業風景や内容が日本との違いも含めながら語られている。ソ連崩壊後全否定されたかに見える社会主義の優れたところ、ソ連人の良いところも多々あること、特権階級のいやらしいところも。またソ連衛星国チェコスロバキアの国民がソ連人をどうみていたか。ソ連人が当時衛星国としてのチェコ人や、早くからソ連とは一線を画していたチトー政権下のユーゴスラビア人をどう処遇したか。一九五〇年代後半から顕著になってきた中ソ論争をめぐってソビエト学校ではどうなっていったのか。一九六三年の部分核実験停止条約の時はどうだったのか。
 いろいろな問題を正確に整理しきったのは成人した後のことだと思われるが、プラハ・ソビエト学校時代の事柄が著者の語り口で具体的に記されている。
 著者が帰国四年後に起きた一九六八年の「人間の顔をした社会主義」へのワルシャワ条約機構軍の軍事介入の時、著者を含む当時一八歳だった同級生四人はどう考えてどう行動したのか。そしてどうなったのか。父親達は変わったのか。変わらざるをえなかったのか。

 ワルシャワ条約機構軍の軍事介入をきっかけとして表面化したルーマニアの自主路線の内実。「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」にでてくる日本からの留学生O氏が誰か気になる。私の思っている人なら(間違いないとは思うが)ルーマニアのチャウシェスク政権崩壊時に日本共産党が出した声明は「真っ赤な嘘」ということになる。

 今日(七月二十三日)の朝日新聞国際面にボスニア・ヘルツェゴビナ紛争における「戦犯」の一人を「カラジッチ被告拘束」との見出しで報じている。旧ユーゴスラビア社会主義体制崩壊に始まった民族紛争はまだ終わっていないのだろう。「白い都のヤスミンカ」のなかでは民族紛争の複雑さにふれ悪逆非道なことを行ったのはセルビア勢力だけではない、と著者は書く。日本のニュースはヨーロッパ発信が多く一方的だとも。

 バルカン半島は昔から地勢的、宗教的、民族的に紛争の絶えない地域であり、また政治的にも複雑きわまりない地域だ。旧ユーゴスラビアにおける富める地域とそうでない地域との南北格差もあるといわれる。紛争の発端となり、いち早く独立宣伝したスロベニア、クロアチアの富める地域はカソリック圏、そうでない地域は正教、イスラム教圏であり、民族的にはスロベニア人、クロアチア人、セルビア人、ボスニア・ムスリム人、モンテネグロ人、そして、それ以外の民族も。

 「リッツァの夢見た青空」では一九六八年のワルシャワ条約機構軍の軍事介入のとき、在プラハの同じギリシャ人コミュニティの意見が真っ二つにわれた。なにかの問題や態度決定しなければならないとき同民族でも意見は割れる。ましてや民族が違うとどうなるか。始めは小さい意見の違いはだんだんと増幅してくる。そして排外主義的意見がでて、煽る人がでて、それが集団になればどうなるか。そこに武器があれば殺し合いになる。外国の干渉はそれに輪をかける。「白い都のヤスミンカ」でヤースナがいう「マリ、私、空気になりたい」「誰にも気づかれない、見えない存在になりたい」のようにしか問題は解決しないのだろうか。
著者が、アーニャにたいして問うた「自分の国・ルーマニアの人々の惨状に心がいたまないのか」にたいして、アーニャが丸い瞳をさらに大きく見開いて真っ直ぐ見つめて誠実そのもので言ったように「狭い民族主義が、世界を不幸にするもとなのよ」は真実か?

 本書は他にもいまでも解決しえないユダヤ民族・イスラエル問題等も記されており、その後の著者の方向性が見える。また現在、日本で問題となっている学習・教育・文化についても示唆に富んでいると私には思われるのだが。諸兄の読みはいかがだろうか。
FOTO:© MILAN KINCL