大江健三郎「沖縄ノート」裁判の勝利について

山根 献


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   二〇一一年四月二一日、いわゆる大江・岩波沖縄戦裁判は大江健三郎側の完全勝訴を確定しました。二〇〇五年八月の提訴以来ほぼ六年を経ての決着です。この裁判の最大の特徴は、文学者の歴史記述に国家権力が介入したことです。

これには先例がありました。一九五〇年、警視庁がD・H・ロレンス著、伊藤整訳『チャタレイ夫人の恋人』の文学表現を「世の風紀を乱す」として発禁処分にし、一九五七年、最高裁は「猥褻書」として有罪を確定しました。
それから五五年後に、大江健三郎著『沖縄ノート』の歴史記述に国家権力が介入したのです。沖縄戦の「集団自決」で日本軍がはたした役割についての記述を抹殺したいと焦燥する政治家、学者グループが文部科学省官僚と手をくみ、ノーベル文学賞受賞作家・大江健三郎の文学記述を司法の力をかりて裁くことによって、戦前天皇制とその軍隊の戦争責任の回避と放棄を一挙に決定づけようと意図して仕組まれた暴挙でした。原告の提訴を根拠に文部科学省は教科書検定制度を活用し、二〇〇六年度検定教科書の沖縄戦での日本軍にかかわる記述の削除を迫ったのです。

すでに、一九九五年には、米海兵隊による少女暴行事件に激怒した八万五千人の沖縄県民がこれに抗議し県民集会に結集し、日米軍事同盟の根幹を揺さぶるという事態が発生していました。以来、緊迫した状況の堆積がつづいていましたが、そこに『沖縄ノート』の沖縄戦での沖縄人にとっては耐え難い悲惨な歴史記述をとらえ、これを闇に葬ろうとする国家権力の介入を見たのです。これは、大江健三郎の作家生命にかかわる個人的な問題であるばかりでなく、戦後第二の「沖縄処分」といわれるようになった沖縄の処遇にたいする無念の思い限度きりぎりの沖縄人の怒りに触れたのです。二〇〇七年、九・二九県民大会一一万人の沖縄県民の結集は、『沖縄ノート』の歴史記述が沖縄人の魂と一体化し国家権力と対決する構図を描きだしたのです。

「沖縄ノート」裁判の勝利は、文学の記述が真実に迫る力の勝利といえるでしょう。そして、わたしたちを襲った国家権力とは「チャタレイ」裁判で伊藤整を襲ったそれと同質であることを見過ごすわけにはいかないでしょう。文学の記述が司法によって断罪された。そのときの気持ちを、伊藤整は「これで作家生命は絶たれるかもしれない」と「恐怖を覚え」小林多喜二のような「拷問死と弁論封殺」を意識したと語り伝えられています。(昭和史再訪「わいせつか表現の自由か、チャタレイ裁判有罪確定、朝日新聞二〇一〇年一一月一三日)

「大江・岩波沖縄戦裁判を支援し沖縄の真実を広める首都圏の会」は、二〇一一年五月二日「大江・岩波沖縄戦裁判の上告棄却ならびに上告不受理決定についての声明」を発表し、最高裁決定により確定した大阪高裁判決の重要な問題を提起しています。

「まず、歴史的事実の認定は歴史研究の場において研究し論議を蓄積していくべきものであり、司法に歴史事実の有権的な判断を求めるのは場違いだとしたことである。それは、原告側が司法の力を利用して歴史事実を歪曲しようとしたことの不当性を明確にした。同時にそれは、歴史の真実をあきらかにするために歴史研究と言論表現の自由の保障が不可欠であることも明らかにしたのである。さらに高裁判決は、言論表現の自由を最大限に尊重する立場から原告が求めた出版差し止めが認められるための条件を狭く限定し、そのさい、公務員に関すること、いいかえれば国家権力の行為については、自由な言論を保障する必要性が特に高いことを明確にした。よって、強制集団死(集団自決)における軍=国家権力がはたした役割については,教科書記述も含めてとくに言論の自由が保障されるべきだということになる。

高裁判決は以上のことを前提としつつ、狭い意味での隊長命令の存在は認定しなかったが、それは隊長命令がなかったことや、全体としての軍命令がなかったことを意味するものではないことも明言している。それらの点については、自由な歴史研究と言論表現を通じて明らかにすべきものとしたのである。

以上の高裁判決の論理にしたがうならば、教科書記述の自由を侵害し、政府が決めた特定の見解にもとづく記述を強制した検定意見の誤りと不当性はきわめて明確である。それに加えて、これまで文部科学省は裁判で係争中であることを一つの根拠に、検定意見の撤回を拒否しつづけ、訂正申請についても著者側申請通りの承認を拒んできたが、裁判が決着したことによって、その根拠も失われた。(以下略)」

大阪高裁判決についての三団体共同声明(再録)

一、二〇〇八年一〇月三一日、大阪高等裁判所第四民事部(小田耕治裁判長)は、平成二〇年(ネ)第一二二六号 出版停止等請求控訴事件(原審・大阪地方裁判所平成一七年(ワ)第七六九六号)、いわゆる大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判控訴審で、「本件各控訴および各控訴人らの当審各拡張請求をいずれも棄却する。当審における訴訟費用は控訴人らの負担とする」との判決を言い渡した。

二、大阪高裁判決は基本的に原審を維持し、ふたたび、沖縄戦の真実を歪曲した控訴人(原告)らの主張の誤りを明確にしたばかりでなく、控訴人らの主張の信用性を立証するための裏付け調査等がなされた形跡もないことなど、きわめて問題だと指摘し、控訴人ら弁護士の立証活動が科学的、実証的なものではなく、いい加減なものであったと指摘したものと言える。

三、それにかかわって、控訴人梅澤が「自決するな」と言ったという主張を明確に否定し、住民に玉砕(自決)を求める方針を決して変更しなかったことも認定したことは重要である。さらに控訴人らが持ち出した宮平秀幸新証言を虚言と断じ、それを擁護し補強を試みた藤岡信勝意見書なども採用できないと断言したことも重要である。

四、戦隊長梅澤・赤松の玉砕(自決)命令については、「伝達経路が判然としない」という原審を訂正し、「住民への直接命令」と狭く限定したうえで、証拠上からそれを認定するのは無理があるとした。本来ならば、事実上の戒厳令下の「合囲地境」にあった慶良間列島において、命令の伝達経路は明確にされており、隊長命令なしに集団死が起こり得なかったことを判示すべきだったと考える。

五、しかし重要なことは、もっとも狭い意味での隊長命令の存在を認定しなかったからといって、それが、隊長命令がなかったことを意味するものでもなく、総体としての日本軍の強制ないし命令と評価する見解もありうると、高裁判決が明言していることである。

六、そのさい、国家機関としての裁判所は本訴訟の主題である名誉穀損等の成否にかかわる限りで歴史事実についての判断をするべきであって、本来、歴史的事実の認定は歴史研究の場において研究し論議を蓄積していくべきものであるとしたのは妥当な判断であり、それは控訴人らが集団死についての軍命の存在を否定することを裁判所に求め、それをもって教科書を書き換え、国民の歴史認識を歪曲しようとしたことの不当性をいっそう明らかにしたものといえる。

七、高裁判決は、新たに、日本国憲法が保障する言論表現の自由を最大限に尊重することが民主主義社会の基盤であるという立場から、出版差し止めが成立するための条件を明確にし、それにもとついて出版差し止め請求を棄却した。これは憲法が定める権利の保障をいっそうすすめるうえで貴重な判断である。とりわけ公務員に関すること、いいかえれば国家権力の行為についての自由な言論の保障の必要性が高いことを明確にしたことは重要である。この判断に従うならば、国家権力を構成する軍隊の行為について教科書においても自由な言論が保障されるべきである。教科書記述を政府が認める特定の枠のなかにとじこめようとする教科書検定、とりわけ今回の沖縄戦検定の不当性は、この点からもいっそう明らかになった。

八、よって文部科学省に対し、沖縄戦に関する二〇〇六年度検定意見をただちに撤回し、「集団自決」における軍の強制・命令の記述の復活を含め、記述の再訂正による改善を直ちに認めることを強く要求する。

九、控訴人らは最高裁に上告するとのことであるが、最高裁に対し、すみやかに上告を棄却することを求める。

二〇〇八年十一月五日

大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判支援連絡会
沖縄戦の歴史歪曲を許さず、沖縄から平和教育をすすめる会
大江・岩波沖縄戦裁判を支援し沖縄の真実を広める首都圏の会