『民主文学』四月号問題
記録文書館

#10

1988年9号

『民主文学』

編集:日本民主主義文学同盟

発行所:新日本出版社

『葦牙』批判についての感想 西垣勤
上に

『葦牙』

『民主文学』4月号問題
記録文書館
ターミナル

              『葦牙』をめぐる論争が起きていて、遅まきながら、一連の関連論文を読んだ。「葦牙」編集同人「『高度成長』と労働者像の変容」(『葦牙』六号一九八六年八月)、北田寛二「どういう『視角』で労働者を見てはならないか」(『文化評論』一九八七年一月号)、対談 李恢成・中里喜昭「民族表現の今日と明日」、武藤功「戦後文学の思想像」、山根献「優しい君と世界の変換式」、上原真「『高度成長』と日常性の変容」(『葦牙』七号 一九八七年三月)、津田孝「『葦牙』批判」(『文化評論』一九八七年八月号)、『葦牙』編集同人「教科書の思想を超えて」、塚原由紀夫「『北田論文』注釈」(『葦牙』八号 一九八七年九月)、北田寛二「彼らの『超えよう』とするものは何か」(『文化評論』一九八七年十二月号)、丸山昇「津田孝『葦牙』批判」について」(『文化評論』 一九八八年一月号)、吉田悦郎「北田寛二『葦牙』批判についての感想」(『葦牙』九号 一九八八年四月)の諸論文である。この全部に亙って論評する紙幅も準備もないが、幾らかの感想を述べて置きたい。

北田寛二氏の第一批判論文は、第一に、あたかも敵対する陣営に対し打撃を与える為に書かれたものという印象が強い。そう言われても、筆者自身、納得するのではないかと思える程だ。お互いに変革を目指して正当に闘おうとしている同志的な態度からの批判ではない。筆者は、『葦牙』同人をそういう存在として見ていないようだ。その理由は判らないが、『葦牙』の論文を読んでそういう実感に到達したのだろうか。第二に、氏の批判対象の『葦牙』編集同人の論が、「このような(階級的民主的な運動を、軽視し、無視する)プルジョア・ジャーナリズムの動向を、一九七○年代後半からの『高度成長』の破綻にはじまる日本資本主義の諸矛盾の激化と、それを乗りきり、支配体制を強化しようとする独占資本の戦略、それによる反動攻勢の激化との関連で位置づけず、一九七○年代後半以降の日本の労働組合運動を『低迷』と『退潮』でぬりつぷす『視角』から、現代の日本の労働者像を描き出そう」としていると氏は論じているのだが、到底私にはそうは読めない。

同人達は、一方で、その労働組合運動の「低迷」と「退潮」の原因を、独占資本・支配層の反動攻勢と、その一翼をになう労働組合の右翼的潮流の策動である事を認めながら、他方、そういう状況に対してどのように労働組合運動が闘って来たか、又、闘わねば成らなかったかのこちら側の主体的な運動のありかたを問題にしているのではないだろうか。或は北田氏のいう「本来、労働組合運動の中心部隊であるべきであり、現代においても、例えば西ドイッの金属労組などのように、それが改良主義的潮流に属しているにもかかわららず、労働時間短縮闘争を長期頑強にたたかい、核兵器反対運動などの平和擁護の課題への取組みを前進させているときに、日本の重化学産業の大企業労働組合が、『労資一体』で、賃金闘争、『合理化』反対をすら放棄する状態になっているのはなぜか」を本気で編集同人は考えようとしているのではないのだろううか。 又、編集同人は、「社会主義及ぴ社会主義運動」にかかわる「理論的な問題としては、この国家権力をめぐる問題に劣らない量要な問題として、生産力をめぐる問題がある」として、「生産力の発展が生産関係の矛盾を止揚してゆく社会発展の原動力であるという考え方についての二つの問題である。一つは、チェルノプイリ原発事故などに象徴されるように、生産力の発展が必ずしも人類社会の幸福につながらないのではないかという問題、(略)もう一つは、高度に発展した資本主義的な生産力を眼のあたりにしながら、なおかつその生産関係の矛盾を社会主義的な方向へ解放できないのかという問題である」と書いている。前者について、北田氏はこれを「『生産力の発展』そのものに不信をなげかけ、さらに社会主義国家に対する不信をしめしている」ととっている。「生産力の発展」を前提として、「生産力についてその内容、性質、形態等についての人民的コントロールを加える」べきだという問題提起をすると、「生産力の発展」「社会主義国家」ヘの「不信」を示すととられては、誰でもものの言いようがないのではないか。今ソビエトで必死に行おうとしているペレストロイカなども「生産力の発展」「社会主義国家」ヘの「不信」ととらえかねない発想ではないだろうか。 後者について北田氏は何の反論、説明もしないで、「これについては、わが国でも、また国際的にも、いわゆる「先進国革命」の問題として研究され、討論され、理論的にもふかめられ、明らかにされてきた。『葦牙同人』が、それらの現在の理論的到達点に不満を持つことはもちろん「自由」であり、またこの問題はさらに理論的探究がつづけられなければならないのは当然である。しかし、ここにうかがわれるような〃生産力不信〃論、史的唯物論の基本的な命題に背反する立場からの〃探究〃が、けっして理論的な成果をもたらさないことは明言しておいてよいであろう」と言う。「史的唯物論の基本的な命題に背反する立場」とは〃生産力不信〃論を指しており(他にそういう断罪はない)、とすると、「生産力についてその内容、性質、形態等についての人民的コントーロールを加える」と言ったただけで、「史的唯物論の基本的な命題に背反する立場」に立つ事になる。これもむちやな断定ではないだろうか。

次に、現在の状況を打ち破る為に、編集同人は、「その一つの鍵は、労働者自身の労働を社会的に捉え、その民主的な実践をたたかい取るなかで労働の主人公としての共同関係を作り出すことにあると思われる。労働者が労働の主人公として立ち上っていくためには、それを抑庄する支配者側のさまざまな抑圧装置や条件と闘い、職場の民主化を確保していかなければならない。そうした労働者と しての存在のあり方そのものを主体的に構築していくことなしに、生産手段の社会的所有のための変革の主体的条件を作りだしていくことはできない」と述べた。ここでの「共同関係」とは、「階級的連帯」(もう少し広く、市民的連帯を含もうが)と同じ意味で使っているので、北田氏のいう、労働の場において、「資本の抑圧と搾取の強化とたたかう自由をかちとり、労働者の労働の軽減、生活の向上、社会的・政治的活動の自由をかちとるたたかい」を果たす中で、生産手段の社会的所有のための、将来の主体的条件を作り出していこうと書いていると読むのが、自然な読み方ではないか(「共同』という言葉がまずいのだろうか。「共同」という言葉、「共同体」という言葉を使えば社会主義的でないというのは、何とも教条的ではないか。共同体論はそれとして別にしたほうが良いのではないか)。この特集の、編集同人が正に意図的に編集した、自治体労働者、銀行労働者、国鉄、電気、鉄鋼労働者の闘っている姿を報告したレポートは、北田氏の言うように、そういう闘いをしているのではないのか。

私は、北田氏の読みは、普通の論文の読み方として、むちゃなように思う。『葦牙』編集同人の意見に対しての私の意見は今は差し控えるが、革命を労働者の主体的な生き方の問題提起として、一考に価するものと思う。北田氏は、それを批判的、否定的に見ているのだが、そしてそういう考えはありうるだろうが、しかし、氏は、その批判対象の論旨をねじまげて批判しているように見え、それが、私に不快感を呼ぶのである。北田氏が、この批判をしようとしたモチーフは、「階級的連帯」という言葉を使わず、「共同関係」という言葉を使っている事、労働組合と前衛政党との関係を明示しなかった事にあるように、論文の範囲内では想像されよう。 その事だけで、冒頭に引用したような否定、批判をしなければならないというのは、私には納得できないだけでなく、傲慢な批判態度だと思わざるを得ない。

次に、津田孝氏の「『葦牙』批判」について。まず、冒頭の、「『葦牙』が季刊雑誌として創刊されたのは一九八四年十一月である。しかし雑誌を読んだことも見たこともない人が多いと思う。雑誌の発刊やその後の経過、いまどうなっているかなどは、ほとんど知られていないと思われる」とか、「『葦牙』は、一九八四年十一月創刊後、八五年には二、三、四号の三冊が刊行されたが、八六年には五、六号の二冊が刊行されたにすぎず、最近号の七号(八 七年三月刊)は、七ヵ月もあいだをおいて刊行されている。季刊雑誌とはもはや言えないほどの停滞状態にあるうえ、文学的社会的にはたいして注目すべき作品もなく、ほぼ共通の文学的傾向を強めている。」 という文章は、文学的でない。その後で、「その思想的文学的内容は『葦牙』の寄稿者のすべてを同一視するものではないが、今日のプルジョア的な出版界、マスコミ界をあげての反動的イデオーロギー攻勢に屈服する敗北主義的傾向と、その民主主義文学運動の一部ヘの浸透を強く示すものになっていることは軽視できない。雑誌刊行が先細りになっているからと言って、『葦牙』同人たちの思想的文学的立場や『葦牙』が掲載している作品傾向を無視することは正しくないだろう」(同上)と言っている。それを冒頭に書くべきで、その前に先のような文章を置くのは文学的でない。単に順序の問題ではない。文章の品位とはそういうものだと私は思う。私なら、絶対書かない文章だ。

津田氏の論文の内容については、丸山氏の論文の趣旨に、私は、全く同じるものだ。氏は、第一に、二五ぺ−ジの対談のうち、半ページの中里氏の発言をとらえて、それだけで批判するのはあまりにパランスを欠いた議論の立て方である事、第二に彼らの「共同体」概念が、有効かどうかは、まだ論争に値するものであるのに、それを「その『共同体』概念が非科学的でお粗未だというだけですますわけにいかない日和見主義的見地、階級聞争の観点の欠如」等々と、非難、断罪が先行している事、第三に、党規律批判問題と理論批判を厳密に区別すべき事、第四に、社会主義国が本質的に「人民指導型」の国家であるべきなのにかかわらず、それが現実に貫徹していない事への理論的究明を、短兵急に社会主義不信として否定するのは、かえって社会変革の事業への阻害にもなりかねない事、を主張していて、私は、それに賛成する。

一つ、二つ付け加えれば、まず、山根献氏の「優しい君と世界との変換式」について、津田氏は、第一、山根氏が、吉本隆明らの「マス・文化、サプ・カルチャーの圧勢」の受容という、文学論・文化論における迎合勢力になんの疑問も抱かず、今日の支配体制の枠内での、文学を含む現実の、圧倒的なマス・コミ支配によってつくられた「本質的な変化」なるものとその「変化の意味」を認めるか否かをめぐっての論議を、小林秀雄の「私小説論」に結びつけて「発展」させたと称して、「加藤典洋の功績」を大きく評価している事に驚く事、第二に、氏には、「現代文学の行方」についての具体的提示は何もない事、第三に、「現実変質説唱導者のチャンピオン」山崎正和を賛美している事、第四に、小林秀雄と戸坂潤の「両者の根本的なちがいをぬりつぷしてしまった」事を非難している。

私の読みでは、山根氏の論は、加藤典洋の「私」と「世界」の関係式における「逆転」の認識や、山崎正和の「逆説的存在論」の発想の元々の始まりが、小林秀雄にあり、小林秀雄は、「社会化した私」に対抗して「社会化されえない私」を選ぴ、その「社会化されえない私」の内部領域を追求したが、それは「戦争」に衝突したとき、その「新しさ」は「自意識」そのものを自己否認せざるをえなくさせていくような「新しさ」であった事(これは加藤氏の論)、更に小林が、「客観的な物質界」を恐れ、「思想」を恐れ、文学と実生活を乖離させて行ったのに対し、戸坂潤は、文学と思想を総合する「思想としての文学」を対置し、そして「社会」と「個人」という関係式のもとで、その関係性=モラルの実態を、「科学」と「文学」における共変的 covariant な関係に照応させ、更に「思想」と「生活」(日常性)の関係式に変換している事、更に、小林が「思想」と「実生活」を二律背反的にみていたのに対して、戸坂が、この両者を「同一性・共軛関係」のもとでとらえようとしており、そこにこの両者の本質的な相違があった事、更に、加藤らの思想の行く未は、自我を見失い〈フロー〉な世界に身を寄せて漂う外はない所に行き着くだろうが、そうではない方向で、文学をどう押し進めていくかが今後の深刻な課題だ、という論旨のも一のである。

この論を、津田氏は、先のように非難している。私の読みでは、加藤、山崎を、状況のある裁断として認めながら批判的に見ようともしているのであり、小林も批判的に見、不十分な論証かも知れないが、戸坂の対置した考えを評価しているのであって、「両者の根本的なちがいをぬりつぶしてしまった」のでは決してない。むしろ逆ではないか。 批判するのは良いが、ひとまず正確に論を読む事はいつの時でも必要だろう。

津田氏の批判は、これに限らず、人の文章を一面化して読み過ぎるように思う。この批判詮文は多岐にわたり、『葦牙』ヘの全面的批判を展開したもので、創刊号の「共同討議」も詳しく批判しているのだが、その中で例えば、氏は、「問題は、『労働現場における労働者』の直面している困難に、より積極的に、ひるまず立ち向かかう方向ではなく、労働現場においてその困難を回避することをうながすかたちで討議が進められているところにある。霜多正次の発言には、それが最も明瞭である」として、霜多正次氏の

「労働者の問題というのは、−中略−現代社会の矛盾が集中しているところだから、労働現場だけでは問題がなかなか片づかないだろうと思うんだな。職場とか労働組合の中だけで考えていると、日本の労働組合はみな企業組合になっているから、どうしても企業中心の発想になりがちだと思うんだね。―中略―ぼくは、労働組合が組合の内部で労働者の賃上げなど生活向上の問題だけにかかわっているだけでは、労働者の共同もむつかいし、なによりも労働者階級としての歴史的な任務もはたせないだろうと思うね。」 という発言を引き、そして

「労働組合は労働者の経済要求のみをとりあげるべきだという『経済主義的視点』におちいってならないのは当然だが、これは、労働現場は『現代社会の矛盾が集中している』うえ、『日本の労働組合はみな企業組合になっているから』という理由で、職場での階級的民主的闘争の当然の困難を回避し、労資協調路線に立つ労働組合が、『労働者の賃上げなど生活向上の問題だけ』どころか、それさえまともにとりくもうとしなくなっている傾向を放任する議論だと言わざるを得ない。」 と批判する。ところが、その引用の後、霜多氏は次のように語っているのである。

「やっぱりみながさっきからいっているように、平和・安保をはじめとして、教育、公害、自然破かい、家庭の問題から人間らしい生の探求の問題など、現代杜会のあらゆる問題に積極的にどりくんでいかないとダメだと思うんだな。また中里君が提起している東南アジアの問題ね、第三世界の貧困と、その犠牲の上にわれわれの物質的繁栄があるのだという問題、それが日本の労働者階級の認識に深くとり入れられなければ、やっぱっ社会変革の主動力としての階級的任務がはたせないだろうね。」

よく読んで戴きたい。これは、何と言って良いか、津田氏の批判は、人の文章の偽造に近いのではないだろうか。霜多氏の文章を正反対にねじまげていると言わざるを得ないのではないだろうか。

似たような事は外にもある。紙面の制約の為二つだけ挙げる。山根氏が、沢内村の村政民主化の経験には、「自然と人間が一体になった営みとして、自然と人間とのいわば本来の在り方とでもいうべき地点を出発点として、人間も自然存在としての人間として、人間生活のあるべき姿が探求されている」「とくに今日の危機の状況に対抗するためには、自然と人間の本来のあるべき関係に立ち戻って現実をとらえなおしてみることが必要で、沢内村の実践の中で、この事がはっきり実証されているということが言える。」と述ぺると、津田氏は、「この発言は、人間を社会的歴史的存在としてではなく、『自然存在としての人間』に還元して、言わば、風土論的にとらえるものである」と批判する。沢内村では、自然との闘いがそれこそ社会的歴史的に重要な意味を持っており、そのことを、一般化して学ぷべきものがあると言うと、人間を「社会的歴史的存在」として見ていないととるのでは、議論のしようがないように、私は思う。

また、霜多氏が、「彼(深沢氏)は敗戦後、最初は共産主義者と一緒に、村の新生を考えるわけでしょう、医者をしている斎藤という人とね。斎藤氏がいう共産主義は理想としては分かるけれど、沢内村の現実にひき比べてみると、とても現実性がない、そういう感覚が彼にはあるんですね。それで、村の現実をどうするかということから考えると、どうもついて行けない。」と語ると、津田氏は、それを一般化して、「敗戦直後の合法的に再建された当時の共産党のおかれた歴史的条件を考えるとき、一個人の語った共産主義の理想がどのような水準のものであったかは不明だが、前衛党の存在と活動そのものを「現実性がない」、「ついて行けない」ものとする立場から、たとえば深沢晟雄の「民主主義の理念」を共産主義の理想と対置する考えがにしみ出ている」と批判する。「にじみ出ている」という表現は仲々面白いが、どちらにしても、津田氏は、こういう、一種魔女狩り風な、細かい所にとらられて、木を見て森を見ないという風な、人の文章の読み方を止めるべきたと思う。私は本気でそう思わざるを得ない。

私は『葦牙』の雑誌の内容が、北田氏や、津田氏の言うような、

「一九七○年代半ばからの、戦後第二の反動攻勢の中での、労働戦線の右翼再編の進展、社会党の右転落等等によって、労働組合運動の階級的前進、革新統一戦線の結集の展望を失い、そして何よりも、科学的社会主義の党、日本共産党の路線の正しさに確信を失っている人ぴとのおちこんでいる敗北主義」のもの、「今日のプルジョア的な出版界、マスコミ界をあげての反動イデオロギー攻勢に屈服する敗北主義的傾向」のものとは、思えないし、かつ、そう思って書かれた両氏の批判の論証の仕方にも納得できなかった。とすればやはりその意志を表明する事はどうしても必要だろうと思って書いたのである。こんな文章わ本当は書きたくないのである。極めて不快だし、こんな文章を書いても自分が少しも賢くもならないし、充実した気持ちにもならないからである。

私のこの文章は、北田、津田両氏の論を全体として論じたものではない。書いた事も言葉足らずかも知れない。しかし、これもきっかけの一つとして、是非多くの人が、冒頭に示した一連の論文を読んで、考えて見て欲しいのである。今、我々が真剣に考えねばならない大事な問題が含まれていると思うからである。