これまでもアジア諸国を侵略した日本軍に大量虐殺はなかったことにしようとする歴史修正主義者はいました。だが、この沖縄戦裁判を契機に、いまや、防衛省航空幕僚長・空将にあった田母神俊雄は、現職公務員の立場で「日本は侵略国家であったのか」(懸賞論文のちに『産経新聞』全面「意見広告」)と、公言してはばからなかったように、戦争責任は他者に転嫁し、侵略戦争そのものを正当化しようとする国家機構のなかの武装した一部と、かれら一連のもくろみが呼応している実態が曝け出されてきました。
つぎにかかげた大阪高裁判決についての「共同声明」から読みとれるように、この二審控訴棄却がとりわけ注目されるのは「……裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」(日本国憲法第九十九条)とされる裁判官が、一連の歴史修正主義者たちが仕掛けたこのたくらみを、憲法の理念と論理の構造そのものが真理の審判者である、とする立場に徹して裁いているところです。判決文(A四版二九〇頁)につらぬかれるその揺るぎない法の精神が読むものに深い感銘を与えます。
一、二〇〇八年一〇月三一日、大阪高等裁判所第四民事部(小田耕治裁判長)は、平成二〇年(ネ)第一二二六号 出版停止等請求控訴事件(原審・大阪地方裁判所平成一七年(ワ)第七六九六号)、いわゆる大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判控訴審で、「本件各控訴および各控訴人らの当審各拡張請求をいずれも棄却する。当審における訴訟費用は控訴人らの負担とする」との判決を言い渡した。
二、大阪高裁判決は基本的に原審を維持し、ふたたび、沖縄戦の真実を歪曲した控訴人(原告)らの主張の誤りを明確にしたばかりでなく、控訴人らの主張の信用性を立証するための裏付け調査等がなされた形跡もないことなど、きわめて問題だと指摘し、控訴人ら弁護士の立証活動が科学的、実証的なものではなく、いい加減なものであったと指摘したものと言える。
三、それにかかわって、控訴人梅澤が「自決するな」と言ったという主張を明確に否定し、住民に玉砕(自決)を求める方針を決して変更しなかったことも認定したことは重要である。さらに控訴人らが持ち出した宮平秀幸新証言を虚言と断じ、それを擁護し補強を試みた藤岡信勝意見書なども採用できないと断言したことも重要である。
四、戦隊長梅澤・赤松の玉砕(自決)命令については、「伝達経路が判然としない」という原審を訂正し、「住民への直接命令」と狭く限定したうえで、証拠上からそれを認定するのは無理があるとした。本来ならば、事実上の戒厳令下の「合囲地境」にあった慶良間列島において、命令の伝達経路は明確にされており、隊長命令なしに集団死が起こり得なかったことを判示すべきだったと考える。
五、しかし重要なことは、もっとも狭い意味での隊長命令の存在を認定しなかったからといって、それが、隊長命令がなかったことを意味するものでもなく、総体としての日本軍の強制ないし命令と評価する見解もありうると、高裁判決が明言していることである。
六、そのさい、国家機関としての裁判所は本訴訟の主題である名誉穀損等の成否にかかわる限りで歴史事実についての判断をするべきであって、本来、歴史的事実の認定は歴史研究の場において研究し論議を蓄積していくべきものであるとしたのは妥当な判断であり、それは控訴人らが集団死についての軍命の存在を否定することを裁判所に求め、それをもって教科書を書き換え、国民の歴史認識を歪曲しようとしたことの不当性をいっそう明らかにしたものといえる。
七、高裁判決は、新たに、日本国憲法が保障する言論表現の自由を最大限に尊重することが民主主義社会の基盤であるという立場から、出版差し止めが成立するための条件を明確にし、それにもとついて出版差し止め請求を棄却した。これは憲法が定める権利の保障をいっそうすすめるうえで貴重な判断である。とりわけ公務員に関すること、いいかえれば国家権力の行為についての自由な言論の保障の必要性が高いことを明確にしたことは重要である。この判断に従うならば、国家権力を構成する軍隊の行為について教科書においても自由な言論が保障されるべきである。教科書記述を政府が認める特定の枠のなかにとじこめようとする教科書検定、とりわけ今回の沖縄戦検定の不当性は、この点からもいっそう明らかになった。
九、控訴人らは最高裁に上告するとのことであるが、最高裁に対し、すみやかに上告を棄却することを求める。
二〇〇八年十一月五日
大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判支援連絡会
沖縄戦の深部にひそむ「沖縄問題」の核。それに肉薄した大江健三郎著『沖縄ノート』とその出版社を標的に、それを裁判にかけて断罪する。そのことによって、戦後文学とその思想の全体が表象してきた戦後日本の平和と民主主義の大義を、根底から一気に転覆しよう。そうした「大きな政治的目的」(原告側最終弁論)で仕組まれたところにこの裁判の特質があります。
こともあろうに国家機構の一部である文部科学省が、このもくろみに便乗し、「集団死」にたいする「軍」の責任を免罪しようと、「軍による強制」を検定教科書から削除させるという介入をおこなったのです。
とはいえ、ここで終わったわけではありません。控訴人らは最高裁に上告。これにも勝訴するための、わたしたちのたたかいはつづきます。
八、よって文部科学省に対し、沖縄戦に関する二〇〇六年度検定意見をただちに撤回し、「集団自決」における軍の強制・命令の記述の復活を含め、記述の再訂正による改善を直ちに認めることを強く要求する。
沖縄戦の歴史歪曲を許さず、沖縄から平和教育をすすめる会
大江・岩波沖縄戦裁判を支援し沖縄の真実を広める首都圏の会