バイナリ・アナリシス

バイナリ・アナリシス

 読んだ人なら誰もが認める「ゼビウス以前のアーケード史では最もキチンと書かれた内容の連載」。どれ程凄いかと言うと、以前私がこの資料を採取しようと思いあるゲーム系掲示板で連載時期を聞こうとした所、掲示板管理者がわざとイジワルして回答をはぐらかし、傍観していた第三者からも管理者批判があったどころか、掲載誌に近いサイドの方(執筆者ではないので念の為)からも「あれは内容がおいしいからわざと管理者が教えないんですよ」と耳うちがあったくらいなのだ(なお掲載時期については下にある通り、最終的に把握出来たのでめでたし)

 その濃ゆい内容は文面を見てもらうのが一番なのだが、著作権を言う以前に容量が多過ぎて載せられません(笑)連載終了は後述通りこれもいきなり消滅だが、セビウス直前まで行かなかったのが心残りである。ちなみ私の現役時代より、この連載の方が早い時系列の内に終わっている。

掲載誌:「BEEP! Mega Drive」 執筆:渋谷 洋一

リスト(データソース:こうやま採取)
年月 サブタイトル 紹介ゲーム等
92.2 YO−YO DINE F−15、ストライクイーグル(バイナリ・アナリシスの題は無く、新連載予告に相当)
92.3 (無し) ブレイクアウト、ポン、スーパーボーラー、ハッスル、ボールパーク、ポンダブルス、スピードレース、カミカゼ(飛行機版)、他にエレメカ多数
92.4 (無し) サーカス、シーソーゲーム、ボンパ、ニャンコロ、トランポリン、フィールドゴール、ズンズンブロック、モンキーマジック、PT麻雀、スーパーブレイクアウト、キャッスルテイク、ピラミッド、ジービー、ボムビー、ボムビーN、キューティーQ、海底宝探し
92.5 スペースインベーダー スペースインベーダー1・2・3、スペースキング、コズミックモンスター1・2、アストロインベーダー、スペースイントルダー
92.6 亜流 スペースアタック、スペースフィーバー、シャトルインベーダー、スペースインビンコ、スペースストレンジャー、IPMインベーダー
92.7 "ポストインベーダー"を狙う ヘッドオン、ギャラクシーウォーズ、ギャラクシーアタック、アストロファイター
92.8 "ポストインベーダー"を狙う Part2 マイナーゲーム編 第三惑星、コズミックゲリラ、与作(カラス撃墜版)、与作(木こり版)
92.9 "ポストインベーダー"を狙う Part3 アバンギャルド編 シェリフ、ルナレスキュー、オズマウォーズ、カメレオンアーミー
92.10 ゲームセンター浅草"ゲーム博物館"開店記念特別編集編 神風、フィールドゴール、シェリフ、スペースファイター、他にカタログ等
92.11 当時"ポストインベーダー"と謳(うた)われたセガ「ヘッドオン」その続編と亜流特集 ヘッドオン、カーハント、ローリングクラッシュ、レッドタンク、スペースチェイサー、サファリーラリー、海底宝探し
92.12 浅草"ゲーム博物館"開店までの軌跡 (内容はゲーム博物館のみで、個別のゲーム紹介は無し)
93.2 インベーダーブーム沈下後に現れた真のポストインベーダー ギャラクシアン、ディープスキャン
93.3 (無し) ムーンクレスタ、カーニバル
93.4 (無し) タンクバタリアン、平安京エイリアン、ドラキュラハンター、トランキライザーガン
93.5 新しい時代へ突入する80年代ゲームシーンの幕開け スピーク&レスキュー、ミサイルコマンド、クレイジーバルーン、バルーンボンバー、ワープ&ワープ、キューティーQ
93.6 (無し) クレイジークライマー、ルパンIII世

(提供者からのコラム)

 インベーダー前夜、すでに世界はこれほどの多くのゲームを持っていた。そして以後。ゲーム文化は一気に花開く。

 先駆者アタリの独走を追う、セガとタイトー。彼らが20世紀末までに、どういった道を歩んでいったかをなまじ我々は知っているだけに、そこに至るまでの道のりとしてもたまらなくエキサイティングなサクセスがそこには有る。

 ’2001年の今も変わらぬ、相容れない「長時間プレイヤー」の手前勝手な都合と金欲亡者のオペレーターの本質「インカム至上主義」の対立図式が早くも’76年の時点でヒートアップしているのがわかる。発祥の当時から、時代を超えて繰り返されるゲームセンターにまつわる滑稽な光景なのであった。

 統一王者タイトーとセガ。その圧倒的な戦闘力。コンシューマとギャル紙芝居が無い時代。最高だ。

 第8回の冒頭からこのコーナーは後世に確実に残るテキスト、という気合いと意気込みが伝わってくるような渋谷氏の文章だ。実際、これを超えるこの時代の特集というのは未だにお目にかかったことがない。

 しかし、店長をやりながらライターをやるという、どう考えても常人の域を超えている精力的な渋谷氏の行動力には文字通り頭が下がる思いでいっぱいだ。それを「やりとげる」ことこそが、渋谷氏の無言のこの仕事に賭ける意気込みなのはおそらくでなくとも言うまでもないが、なんといっても第8回の掲載された’92年10月号には渋谷氏みずからによる7ページのシューティング特集まであるのは圧巻だ。

 しかし、やはり殺人的な忙しさを誇る店長業務と同じぐらい忙しいであろうライターを兼任することのそもそもの物理的な無理具合と、なによりも自ら博物館を主催するその願望が(この時点で)達成されてしまったおかげでアーケードゲーム文化史を書き残す必要が必ずしも最優先でない事態となってしまったことが、必然的にこのコラムの図版の増大とテキストの減少を招き、第15回にて最終回の告知もなくうやむやのうちに消え果ててしまう結果となる。

 皮肉なことにこの数年後、渋谷氏の「ゲーム博物館」は浅草のを閉店し都内を撤退したのち広島の呉に移り、そこで経営は終わってしまっている。期せずして渋谷氏以降各地に誕生していった各種同名の「ゲーム博物館」が立ち並ぶ中、店は残らずにコラムだけが今ここに残っている。

(’2001年.1月作成)

天下取るなら浅草行ってこ 渋谷の洋一、天下一(今はなき栄華をしのびつつ)

 ゲームオーバー  アト1カイアソベマス