芸夢狂人さんをたたえるコーナー

芸夢狂人さんをたたえるコーナー

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 当時のコンピュータ雑誌におけるアマチェア投稿常連、特にアーケードからパソコン(当時はそんな言葉も無く「ゲームセンターのゲームからマイコン」と言った)の移植に長けた投稿常連と言ったら、どんな事を思い浮かべるだろう。えっデンパ新聞社のベーマガ?MZ−700に不可能は無い?エニックスや中村光一氏?I/Oは広告だらけでぶ厚いし、MSXを嫌ってるから駄目?

 ノンノンノン。君達が今言った事がパイオニアだと思ってる人がまだかなりいる様だが、まこと嘆かわしい。「電波新聞社のベーマガ黄金時代」の前には「工学社のI/O黄金時代」がちゃんと存在するのだ。当ページで繰り返し述べている「タイトーとインベーダー黄金時代があったのに、皆ゼビウスとナムコ黄金時代だけがゲームの始まりだと思っている」と同じ様なものかしら。

 その中で一人名前を挙げろと言ったら、何人かの名は勿論出てくるのだが、芸夢狂人(げいむ・きょうじん)さんを挙げる事に異論を唱える方は少ないだろう。氏のプロフィールはI/Oから判るもの以外、余り多いとは言えないものだったが、近年刊行された「みんながコレで燃えた!PC-8001&PC-8801」にインタビューが掲載された(勿論中村氏も掲載されている)

 それによるとツクモオリジナルソフト(勿論今のTSUKUMO)がPC-8001(以下PCと略)用機械語ソフトを大量に出していた際、ゲーム作りのアルバイトをしていたそうである。実はインスト画面とかがI/O発表分と似ていたので、私は当時から「もしかしてツクモも氏の作成?」と疑っていたりしたので、謎が解けて何か嬉しかったりした(笑)
「I/O」投稿ゲーム一覧(初回引退前分のみ)

 現役時代の私の記憶から紹介してみたい。またさらに長い前置きになってしまうが、ゲーム別解説前に、事前に説明しておきたい点に触れておく。PCGについては後述「PCGギャラクシアン」を参照。
★マリンエイリアン(トマホーク777 →私のレビュー →KLOV) 80年7月号

 ゲーム内容は上のリンクを参照してもらうとして、まだ最初の作品なので、敵の動き等若干動きがぎこちない。プログラム的な特徴としてはアトリピュート設定時、機械語でなくBASICのLINE命令で行っている事。この方が全部機械語でやるより簡単である。

 また同様に投稿常連の来夢来人さん(当時は本名)が、その後「SOSバチスカーフ」と言う同様の海洋シューティングを発表した時、まえがきとして「8月中、はやりにはやった『マリン・エイリアン』の生き残りが日本海溝に定着してしまい(中略)これを倒すべく我々は…」と勝手に設定を繋げている。アマチェアが自由に泳ぎまわれる時代では、こうしたお遊びもチョクチョク見られた。
★ギャラクシアン(後にギャラクシーフライと改名) 80年9月号

 そのマリン・エイリアンの元ネタとも言うべきゲーム。最初に作った時はメモリ不足になってしまい、省メモリ化に努めてやっと完成させたそうな(当時そんな苦労話はよくあった)これもアトリピュートがそのままなので、敵の種類がアーケード版ではボス以外色で判断出来たのに対し、当ゲームはドット単位で型を変えるという苦労をしている。また背景に星は無い。

 ところで本題から外れるが、氏の作品以外にPC版ギャラクシアンが存在する。これは4大マイコン誌で唯一紙面の大きかった「ASCII」に掲載されたもので、同誌お得意の新言語TL/1-PCによるもの。こちらは敵も味方アトリピュートを操作して各自着色された(今で言う半角)5キャラ分で描かれ、しかも星空に加え、敵が降下する時BEEP音で音色が微妙に変動すると言う見事な出来栄え。完成度は明らかに後者が高かったが、知名度では氏の前者が高いままである。
★エイリアンフォール(カミカゼ →Takaさんのレビュー →KLOV) 80年11月号

 オリジナルのゲームはイマイチ知名度が低い様だが(ちなみMAMEやUltracadeで遊べます)ゲームの出来としては完全に手馴れた仕上がり。細かい違いとしては母船が動く時、アーケード版は入場が左←右・退場が左→右なのに対し、当ゲームは入場が左←右・退場も左←右つまり左にしか進まない。

 なお余り知られていないが、PCからMZ-80K/C版への移植も存在する。横80字のグラフィックを使ったPCの画面をどう処理するかだが、横40字のキャラクタグラフィックを使い、敵はUFOマーク、点数表示は最上部に移した幅広画面でうまく処理していた。後半の氏はMZ-80Bも購入し、移植やPC以外の新作も発表していた事はよく知られているが、このMZ-80K/C版は雑誌に載らずにいきなりカセットサービスで登場した為、氏の作成かどうかは不明。
★PCGギャラクシアン 80年12月号

 最近の若い者はPCGを知らない人もいると思うので、簡単に説明しておこう。PCGとはProgrammed Character Genelator(プログラム式文字絵生成)の意味。当時は前述通りアーケード並のグラフィックが殆どマイコンで出なかった為、代償手段としてカタカナやトランプ記号等の文字を、ユーザーの好きなグラフィックに変えられる機能が一部にあったのだ。本体のみで出来た機種としてはVIC-1001,JR-100,APPLE3等。そして後にゲームメーカーとしても知られる事になるHAL研究所が、既存のパソコンに改造無しで接続し、さらにサウンドもアーケード並に出せる機能まで追加したのだ。ラインナップは  話を戻して当ゲームのキャラは当然アーケードそっくりになったが、アトリピュートはまだ解決していないまま。この号は発売月からわかる通り新年特大号であり、ゲーム投稿が本作を含め何と5本も載っており(別投稿者によるAPPLE2版ギャラクシアンもあった)「マイコンゲームの本」「Pio」を除けば恐らく誌上最高。この頃が一人ゲーム作り黄金時代だったのだろう。
ルナシティーSOS 81年2月号

 当ゲームは3つの大きな特徴が発生した。  今回は「ミサイルコマンド」をベースに、ギャラクシアンの様な固定画面シューティングと融合させたもの。氏自ら「今までにあるゲームをゴッチャにしたような」と苦笑しているが、逆にゲームバランスはかなり良く、氏の全ゲームで当ゲームが一番という人も多い。ベーシックマスターレベル3にも移植されているが、これも氏の担当かどうかは不明。余談だが敵の名前はトプシダーと命名されている。後に読者コーナーの投稿で判明するが、これは小説「ペリーローダン」シリーズに登場する宇宙人トプシドから取られたもので、つまり氏は(ペ)という事になる。そりゃこれだけのゲーム作れるんだから、SF読んでるだろうなぁ。
アステロイドベルト 81年4月号

 今回もどこかで見たアーケードのゴッタ煮亜流。特徴は砲台の連発機能で、以前から氏のゲームはアーケードに似せる為意図的に連発を止めていた。これを連発にする改造方法も掲載されていたが、今回は最初から連発になっている。当時まだ連発はアーケードでも珍しかったのだ。敵は4勢力が集結して攻撃して来たと言う事で
  1. UFO:通常版では動く姿がゴキブリみたい…。
  2. エイリアン:20点インベーダーみたい姿だが敵も弾も斜めに動く。
  3. インベーダー:その20点そのままの姿で左右に動く。「エイリアンより明らかに簡単なのに点が高いのはおかしいが、サービスだと思ってくれ」と氏は語っている(笑)そう言えばムーンクレスタも1番目より2番目の敵が簡単でしたな。
  4. ギャラクシー:本当はギャラクシアンにしたかったがまた抗議が来るので(ギャラクシアンとはプレイヤーの事で、敵の名はエイリアン)この名にしたそうな。近づいて来ると砲台に特攻しそうで避けたくなるが、最下部まで来ると上部にワープする。
 また敵味方を遮る障害物として、インベーダーみたいなトーチカと、ギャラクシーウォーズそのまんまの隕石が存在している。
スネークワールド 81年6月号

 ここからの3作分にはまた大きな作風の変化が訪れている。
ザ・ガーディアン 81年8月号

 「パルサー」の亜流。自機がパルサーは鍵を運ぶのに対し、当ゲームは1〜8の番号が付いたマーカー(PCGではちゃんと丸付き数字)を運ぶ。マーカーNoを順番に運ぶとボーナスが貰えるが、一方でマーカーNoが変わってしまうバグが残っている。もっともボーナス判定処理で手抜きをしている為、そのままプレイしてもボーナスが貰える事がある。実は最初と最後をちゃんと運べばボーナスなのだ(笑)

 敵は2種類おり、赤いインベーダー(30点のアレにそっくり)は高速直線移動し、撃たれてもワープする不死身の存在。黄色いエイリアン(インベーダーが元だが型が少し違う)は低速であちこち動き回り、撃っても撃ってもUFOから補充される。このUFOとエイリアンを全滅させるとクリア。敵の種類やステージが複数ある、UFOというボスがいる等、ゼビウス以後のゲームの傾向が若干するゲームである。
★スペースマウス 81年10月号

 上からスペースマウス(とパワーエサ)がどんどん降りてくるので、テンキーで上左右(下は無い)に移動して頂上を目指し、どんどん上がって行く。当時まだ数限られていたスクロールを使った、割とよくある単純なフィーチャーのゲームだが、ゲームバランスが思いの他高く、前述のMZ-80Bの他VIC-1001にも移植された傑作となった。余談だがゲーム説明前の劇中設定で、超チタンジュラニウムなる勝手な金属物質が、アステロイドベルトに続き登場している。
レーダースコープ(後にレーダーファイヤーと改名) 81年11月号

 ゲーム自体はアーケードと殆ど同じだが、当時の氏の記事からの覚え書きを幾つか。最初ゲーセンで見た時3次元なのに感動して、これはヒットするかなと思ったら、大して話題にもならず消えてしまったそうな(アーケード版の奥が浅かった事を物語る証拠の一つで、筐体の対米輸出中にそれが起きてしまった為、急遽ROM交換のみで作った新ゲームがドンキーコングだという逸話は結構有名)またプログラム的には3次元表現の為に容量が足りない為、敵の数が減ると背後で待ち構えている編隊も少々減る仕様になっている。
 氏は一度ここで引退宣言を出している。理由は本格的に医者の修行に入る為。なお当時の朝日新聞で、コンピュータ界で話題の人を取材する記事があり、何回目か氏がに登場している。主な書き覚えは「本名より芸夢狂人の名で知られる(紹介記事では本名)」「一つの雑誌に二つ掲載された事もあったので、その時は別のペンネームを使った(MZ-80B側投稿の事)」「でもそろそろ医学に専念するので終わり(引退)」掲載時期は少なくともレーダースコープより前。顔写真も当然載っていたが、今の顔(後述)と全然違うのでびっくり。切り抜いて保存しておいたのだが、どっかに行ってしまった。

 氏はその後も一度だけI/Oに「ギャラクシーサーチ」を載せたり(当時のキャッチコピーは「復活!芸夢狂人」)、エニックスでゲーム作りに参加したが(エニックスから誘われたそうです)、前述の「コレで燃えた!」によると、ゲーム作りが共同作業になり始め、一人で作るより俄然デメリットが目立ったので辞めたそうな。この辺後輩(I/Oででの意味、学校や職場ではない)に相当する中村氏と正反対である。

 なお氏が今どうしているのか知りたい方は、こちらこちらを参照。開業医は経営的な事情で閉院したそうです。

 ゲームオーバー  アト1カイアソベマス