ギンガムチェック(水色)

TEA TIME

昭和20年8月
2001.08.13記

50数年前の8月15日。ほとんどの人が何を言っているのか判らない玉音放送が流れた。
初めて聞く天皇陛下の声がかん高く、電波状態も最悪。おまけに文語調。
「最後の決戦に向けて更に頑張れ」と言っているのだと思った人も多かったようだ。

昭和20年8月。広島、長崎に原爆が降ってきた。何十万人の市民が一瞬で消えた。
ソ連の火事場泥棒的参戦。もういけない。その結果があの「耐えがたきを耐え」の放送なのだろう。

この時期になると、TVや映画で戦争の悲劇を描いた作品がまるで年中行事のように繰り出される。
今年は映画では「ほたる」、「パールハーバー」。TVではNHKの「せんそうをしらないきみたちへ」等かな。

戦争を知らないことはいけないことなのだろうか。このことがずうっと私に引っかかっている
反対に、戦争をすることが賛美されることなのだろうか。
ダメなんだよ戦争をしては。殺人はいけないんだろう。
国のため?言い換えれば権力者の為じゃないか。
カッコいいと言う人もいる。じゃあ、カッコよさで死ぬのか。
三島はどうだった。結果は、なんとも貧弱な思想を晒しただけではないのか。

学業半ばで徴兵され、戦場で散って行った諸兄。つぎはぎだらけの戦闘機でむなしい特攻を試みた若者。
まだ、二十歳そこそこ。死にたいと思っているはずがないじゃないか。
そういえば、8月15日に最後の特攻隊を出した男がいる。
特攻隊の司令官らしいが、お供に若者を引き連れて出て行った。一人では死ねなかったらしい。
そんな奴は卑怯者だね。
東條しかり。勇ましいことを言って生き残る。じゃあ、死んでいった兵は何なんだ。
味方でも敵でも、何だか判らない中で殺された人々はどうなるんだ。

戦後、極東裁判なるものがあった。戦勝国が一方的に恨みつらみで行ったようなものだが、
ある意味では、日本を敗戦に追い込んだバカ者共に責任を取らせたということでは評価できる。
反対に無差別爆撃や原爆投下で非戦闘員を大量殺戮した責任はダンマリなのだが。

首相は8月15日に靖国神社に参拝に行くとはりきっている。
「英霊に対して云々・・・」
でも、「英霊」が靖国に祭ってくれと本気で頼んだんだろうか。私としては大いに疑問だ。

あの戦争で死んだ人達に哀悼の念を持つのは、日本人として至極当然だし、
ましてそれが帝国主義的行為だなどと力む人達には軽蔑すら感じる。
外国から色々言われているが、内政干渉もはなはだしい。それこそいつまでも敗戦国じゃない。

しかし、靖国神社って、「神社」なのかな。どうも違うような気がするのだ。
まあ、日本は八百万の神の国だから何でもアリなんだろうが。

今年も8月15日がやって来る。あの日はじりじりと暑い日だったそうだ。

戦争のこと、平和のこと、
365日の内の1日。自分に問い掛けてみようか。








NDEX




メール アイコン
メール
トップ アイコン
トップ


ギンガムチェック(水色)