平成妖怪目撃潭 

  妖怪の目撃潭や絵画は 古くより先人の手によって 絵巻等に残され、近代では明治から昭和初期に
かけて、新聞の三面記事に奇談として取り上げられていた。
しかし、現代。戦中に、神戸で「くだん」という妖怪が出現した、という奇談を最後に、    
以後 出てくるのは 口さけ女や人面犬など「都市伝説」やウワサの産物ばかり。
200年ばかり前には 妖怪の目撃談が山のようにあり、彼らはきっと そこらをうろうろしていたので

あろうに。
・・と、いうわけで
、我々が出会った妖怪のレポートを記しておきます。とりあえず、「妖怪」の定義は 
さまざま有りましょうが、ここでは、「人間のカタチに近いが、人の霊とはカンジが違うモノ」などを 妖怪、
としておきましょう。
百年後には 文献扱いの研究対象になる!
・・ワケないか。

 

★お寺に土蜘蛛?94年春頃・大阪の某お寺にて あーりん&かおる
大阪府吹田市の寺の居間で、あーりん、かおる、住職、住職婦人の4人で
ピザを食べながら お喋りをしていた時のこと。
ふと、会話が途切れ、住職以外の3人が一点を凝視した、っていうか、固まったっていうか・・。
ベランダあたりから部屋を斜めに突っ切るようにカサカサと歩いていくのは体長40センチ弱の

でっけー半透明の人面蜘蛛!!タランチュラのような体型で、お尻の色は黒と黄色のツートンカラー。
足は6本か8本で、剛毛の蜘蛛の足そのもの。
鬼瓦のような いかつい顔が正面ではなく、天井を見据えるように付いていて、味海苔を貼り付けた

ような黒くゴワゴワした髪と髭が印象的。
ヤツはそのまま 吸い込まれるように壁に 消えていきました。
「見た!?今の」「鬼瓦みたいな蜘蛛!」  住職婦人には『風の塊』のように見えたとか。
きっとあーいうのが土蜘蛛、っていうのでしょうか。我々の間では密かに「鬼瓦権造」なる愛称で 
呼んでいるのですがね。
ヤツを目撃したのはこれ一度きり。
「ヤツの似顔絵を 掛け軸にでも描いて、寺宝にしよう!」という アイデアは却下されて
しまいました。そんなに私の絵はヘンか・・??

 

★30人でも百鬼夜行?89年2月頃・部屋の窓から あーりん
当時住んでいたのは大阪市内の某学校の裏にある、団地の4階。
部屋の窓からは東西に走る 狭い道路が見える。ここが結構 心霊スポットなのだ。
2月のある夜の11時頃。やけに道が騒がしい。
「集会帰りでお喋りをしながら帰っていく」、そんな 雰囲気のガヤガヤ声が聞こえる。
窓からそっと覗いてみると、列をなして 楽しげに?西に向かって がやがや歩いていくのは
人型をアレンジしたような 半透明の人々!
全裸でやけに腹のでかいヤツ、肩と首の境目がなく 首が長めに見えるヤツ、馬のような牛のような

四つ足のヤツ・・。数は数えてなかったけど、ざっと30人位は居たと思う。なんだか地上を歩いて
いる、というより 数センチ上をフワフワ歩いているカンジ。
ヤツらが建物の陰に消えていくまでの 数秒間、じっと見ていました。
「妖怪XXを見るとタタリがある、XXがおこる」とかって言い伝えはありますが、今のところ
 それらしきタタリは起こってません。
気付かれなかったからか、それともタタリをなすような大物はいなかったからか。ナゾ。

 

★風呂場に濡れ女?95年夏頃・枚方にて あーりん&かおる
仕事として依頼をうけ、ある人の家に行ったときのコト。
なんか ふすまの向こうから妖気がする。「向こうの部屋、見ていいですか?」
と 断りを入れてから ふすまを開けると、向こうはベランダと風呂場、洗面所に続く部屋。
怪しい気配の風呂場のドアを開けると、なんと其処にいたのは2メートルほどの人頭蛇身の
ヘビ女!ちょうど 妖怪辞典に載っている「濡れ女」だか「磯女」っぽいカンジ。
長い黒髪は水に濡れ、口は耳のあたりまで裂け、細い手が二本。下半身は水を張った浴槽の中。
あわててドア閉めた。
「ウチの子、未だに怖がって一人でお風呂に入れないんですよ〜」奥さんは言う。
そりゃ、あんなのが居たらコワイわな。
7歳と5歳のお子さまは ヤツの存在に気付いていたというワケで、ご夫婦は気付かず、このへび女と

混浴状態だったのです
ベランダから見える 目の前の山地は、50年数年前に、火薬工場が爆発する 大惨事があったという

 曰く付きの山だそうです。ヤツは別に害をなさないようだし、「水のある所に居たい」らしいので、
そのまま そっとしておきました。
アイツ、まだ あの家の風呂場に住んでいるのかな・・。

 

★走っていく一反木綿な足?82年冬頃・近所の道路にて あーりん
当時住んでいた例の東西に走る心霊スポットの道路にて 。
夜の9時半頃、母と夜道を歩いていると、後方(西側)からやって来て 私達を追い越して走っていく 

なにか があった。
それは「薄い布でできた のれんのような 足」。
地上数十センチ上を1メートル程の歩幅で走っていく。速さはちょうど自転車くらいの速さか。
幅は 片方1メートル弱、長さは数メートル・・というか、上に行くほど透けていた。
そんな足のような のれんは そのまま道に沿って曲がって走り去っていった
数年後、部屋の窓からこの道を歩いていく 三十人ばかしの百鬼夜行をみるとは このときは
思いもよらなかったが・・。

とりあえず,コイツは「一反のれん」とでも名づけよう。

 

河童の団体さん★「ボキャ天」第一回放送の翌日・奈良にて あーりん&かおる
仕事で奈良の或る家に向かう為、 とある池のほとりを通りかかった時のこと。
依頼者に連れられて、二人で池を眺めながら歩いていると、池のほとりに座る 数人の
人影が見えた。
と、いっても、いつものように うすぼんやりとした 映像っぽいやつだけど。
身長は150〜140センチ位で、立て膝をして座っている。デザインからして河童そのもの。
人間に比べて、体のつくりがやや小振りなので、とても細長く、ひょろりとした体型に見える。
頭が平べったく、亀か蛙のようで、いわゆるお皿らしきものは 見受けられなかった。
体は蛙をひょろ長くしたカンジで、すっぽんのように 甲羅と体は一体化していて、手足は痩せて、
すごく長い。
そんなやつらが、その一角に十数人いた。
なんとか個体識別できるかな〜ってカンジの顔でした。
・・そして、池の対岸にある 依頼者さんの家につくと、その家の玄関には、河童の日本画が
飾られていて 二度オドロキ!!

 

★廊下に牛妖怪?91年春頃・大学校内にて かおる
京都のとある大学に入ってた頃のこと。
校内の ある廊下の突き当たりででっかい牛のような妖怪を目撃しました。
廊下いっぱいいっぱいに詰め込まれるように、毛のはえた もさもさの牛っぽい妖怪が座っているのです。
学校が建つ はるか前から住んでいる様子で、ここのヌシの様な存在でした。
先輩によると、「学校伝説」として この牛妖怪(諸説違いはあるけど)の存在は 語られているそうで、近代でも数人の目撃者もいるとか。
ヤツは結構、有名人(妖怪)だったのです。
今もきっと、あの廊下に座り、後輩たちに語り継がれていることでしょう。

 

★窓辺のがしゃどくろ?99年秋頃・岡山にて かおる 
友人の危篤にともない、岡山東部の町にある とある病院に車を走らせていた時のこと
時間はもう夜11時を回っていた。病院に到着し、車を近くに止めて降りようとしたら、
後ろでなにやら妖怪の気配が・・。
振り返ると、病院に向いて立っている民家の2階の窓辺に でっかい髑髏が!!
窓ガラス2枚で
 180センチX120センチ位の 電気の消えた窓いっぱいに 頭部だけのドクロが
こっちを向いていたんです。
「おおっ!?」と思って じっと見たけど、友人のことが気になり、追求する事なく、
病院内に急ぎました。
病院の敷地内にはかなりの数の人の霊がおり、そいつらを蹴散らして 霊の入ってこない
建物内に 入っていきました。
ココが以前 古戦場や墓地だったかどうか等はわかりませんが、市の施設がたくさん建っている
一角なので、もしかしたら「その筋」
 の土地だったのかもしれません。
ところで、危篤だった友人は無事に持ち直し、ほっとしています。

 

★サナギマン似のたんころりん?89年秋頃・大学校内にて あーりん&かおる 
大学生の時、友人が「背中が痛い」、と言うので みてみたら、彼女の背中には、
「色は茶色で、深いシワに埋もれるような目をした、(イナズマンに出てくる)サナギマンに似た
しわしわの顔」が張り付いている。
どうやら、人の霊ではなさそうなので、妖怪に詳しい友人に相談することにした。
「・・・たんころりん・・・!?」と、彼は言う。
古いカキの実が化ける、と言われる有名な 人面カキの妖怪だ。
そういえば、用務員のおっちゃんが、サークルの部室に”学校でとれた”というカキを
差し入れてくれたケド、誰も手を着けず ほおっていたのを、そのコが食べたのを思い出した。
どうやら、そのカキが たんころりん化 していたらしい。
子供向けの妖怪大百科も 案外マジなことが書いてあるんだと、驚いた。
数日で、そのコの背中の痛みは収まった。たんころりんもいない。
一体どこにいったのか・・?
きっと消化して、下水に 流れていったに違いない。
                     

 

カサお化けの手形?★80年〜98年頃・実家にて あーりん
ウチの実家は 今 思い起こすと、かなりの妖怪出現ポイントだったようだ。
小学生のころ、弟が「夜中、居間の天井から傘お化けがぶらさがっていた」のを見た、と言っていた。
「夢でも見たのだろう」と思っていたが、天井にはなんと、昨日まではなかったハズの幼児の手
くらいの大きさの「手形」が残っていた。
指でこすったような跡、手をついたような跡。いずれも3本指。
汚れた手で天井に手をついた跡が ある箇所を中心に4つ位あったのだ。
当時はまだ、手垢程度の汚れだったが、月日が経つうちに だんだん濃く 目立つように
なっていった。(食卓の真上だったので、鍋やったり焼肉やったりしたから、その影響…)
「慣れ」とは恐ろしいモノで、我が家では「天井の妖怪の手形」を気に留めるコトもなく
放置していた。エエ加減な家族である。
あるとき、出雲大社に旅行したのをきっかけに「我が家にも 神棚を設置しよう」という
コトになり、大社で神様を授かり、地元の神具店で一式をそろえてみた。
方角の関係で、設置場所は 居間、ということになった。
そう、妖怪の手形のある部屋である。奇しくも、「手形」の、ほん、50センチ横に設置する
ことになった。
その後 私も実家を離れ 天井の手形のことも、すっかり忘れていた。
・・正しくは、普段から気にも留めていなかったのだが・・。
ある時、実家に帰った折りに デジカメも買ったことだし「写真でも取っておこう」と思い、
天井をマジマジと見てみた。
ない。手形が消えているのだ。
「天井掃除した?」と聞いてみたが、答えはNO。
しかし、手形はどこにあるのか 解らないくらい薄まっている。
「神棚パワー」か?
もっと早く思い立って 写真を撮っとけばよかった、と後悔する 今日このごろである。

 

★平成つくも神!?99年〜 あーりん
友人の霊能師や僧の間でよく話題になるのが電化製品の不具合に関して。
我が家のプリンタは依頼者さんからのメールや家の見取り図をプリントアウトする時に
「霊現象に関係が深い箇所」や「問題のある箇所」にはひどいノイズやシワが入ったりすることが多い。
まるで「心霊探知機」の如く。考えようによってはいいパートナー。
(でも後で機械内部を拭かなければインク汚れがひどくって・・)
PCは「キツイ霊現象に関してのメール」に鑑定日の連絡を打とうとした瞬間、電源が落ちて
依頼者からのメールだけが消えてたり。(メアドを紙にメモっててよかった〜)
林原かおると電話でウダ話をしている最中は 快調だった電話が、いざ『仕事』の話題になると
いきなり混線&雑音の嵐。
そんなにイヤか?この話題。なぁ、電話機よ。PCよ。

 

ろくろ首の写真?★93年頃 あーりん&かお

林原、あーりんの二人でサ○ケイホールでおこなわれた故ぎぼあいこさんの
講演会に行ったときのことです。
先祖や霊、そしてぎぼさん自身に関するひととおりのお話の後で、一般から
投稿された心霊写真鑑定のコーナーがありました。
プロジェクターで大画面に映し出された写真には お決まりのようにペンで丸印が
つけられ、その中には薄い顔が。
そこで紹介された1枚、雑木林で撮影したとおぼしき写真に男と思われる坊主頭の
ろくろ首が写っていたのです。
画面の左端から右にかけて長く首が伸びたスキンヘッドのおっさん姿です。
頭の5個分くらいの長さの首は灰色っぽく、老人の首のごとく細かい年輪しわが
沢山入っていて、細かい蛇腹のような象の皮膚のようでした。
当のぎぼさんは、丸印の中の霊たちに関しては丁寧に解説されましたが、
「ろくろ入道(←勝手に命名)」に関しては解説はナシ。
二人で「ろくろ首は(妖怪であって)幽霊ではないから解説しなかったのかな」
などと話ながら見ておりました。

先日「ろくろ首考〜妖怪の生物学〜」の著者である西海石政晴(武村政晴)さんに
これをお話したところ
『そのろくろ首は「見越し入道」だったのでしょうか。
象の皮膚のような蛇腹というのは、十返舎一九などが描いた見越し入道そっくりですね。
しかも坊主頭ということは「入道」ですし。』
とのことでした。
入道本人に確認したわけではないので、見越し入道か、男ろくろ首なのか、
そのへんの確認はできません。

                       

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