Sootyの生みの親
ハリー・コルベットのお話
実は、スーティーの生みの親「ハリー・コルベット」と言う人物は、ヨークシャーのブラッドフォードで暮らし地方の会社で働く電気技師でした。その仕事の合間に故郷のローカルショーでバイトでマジックを披露し、子供達の間では魔法使いとしてちょっとばかり有名になっていました。
1948年の夏、ハリーとその妻マージョリーと2人の息子は夏季休暇のための2週間あまりを使って英国のブラックプールに出かけました。この時ハリーは子供達の為に楽しみな色々なプランを考えていましたが、イギリスの夏の気候で良くみられる大雨のおかげで最初の週が潰れてしまった事で全てが台無しになっていました。そんな中、北の桟橋まで散歩がてら店先のウインドウに目をやっていると斬新なバラエティショップのウインドウに引き付けられました。ハリーはそこで、7s6dのプライスの付けられたテディベアのパペットを見つけました。この当時の7d6sは緊縮財政にて休暇を取っていた人々にとってはちょっとした賭けのような物でした。ハリーにとってもいったんは買わずに帰ってしまう位でしたから・・・。しかし次の日、決心をして買いに戻りました。2人の子供達を楽しませるためにね。

ブラックプールの休暇後は、家族とのパーティで大好評だったこのテディベアのパッペットを使ったマジックをすぐにローカルショーにデビューさせるプランになっていました。この時のマジックは5分間でテディベアと共にトランプの手品をすることでした。しかしその後、1952年には見る見るうちに急展開をします。

マンチェスターのラジオ展でショーを披露していた時、最終夜にTVの全国報道によって成功!と歓呼して迎えられる事になったのです。この頃ハリーは、本職の電気技師の仕事を続けるべきかどうかと悩んでいましたが、妻のマージョリーの後押しにより思いきって止める事にしました。その後はBBCテレビにより専門的に薦められて、土曜のスポット上でピーター・バターワースと"Talent night"と言うTVショーを始める事になります。

そうです、この番組が現在まで続いているスーティーショーなんですよ。
まだ当時はハリーの収入も少なく大変苦労しました。自分の出た番組を見るためには友人の家を訪れなくてはならなかったと言います。そしてTVに出始めた頃には、このスーティーはまだ名前もなくただテディと呼ばれていました。そして今のような黒耳も無く黄色一色でしたので、もっとインパクトのある外観と名前を付けるようにと命じられました。

家族で色々と考えました・・・そんな中、妻からの提案もあり煙突のすすをテディの耳や手のひらに塗りつけることを思いつきました。そしてそのすすから<sooty=すす>と名付けられました。

そしてこの思いつきによる成功から、イギリス全土からの支持を得て大変な人気者になったのです。
ハリー・コルベットがスーティーと一緒にマジックをしている様子です。箱の下等からスーティーが顔を出しハリーと遊んだり、時にはケンカをしたりと楽しいストーリーが展開されていきます。BGMのピアノがのどかな雰囲気を醸し出しています。
sootyと言う名前が付いてからは大変な人気者になりました。すぐにチャドヴァレイとの話しが持ち上がりスーティーのパペットを製作するための契約が結ばれました。その後は子供達の小さな手には沢山のスーティーが登場し、ストーリーを作って行きました。
 SOOTY スーティー
これは1948年にハリーが買ったスーティーです。実際に使われていたものなのです。スーティーは5歳のまま年をとりませんでした。
 SWEEP スイ−プ
彼はコッカ−スパニエル犬です。1957年から登場したスーティーの親友(4歳)です。元気のない口元に眉毛が彼のトレードマークです。
   SOO ス−
1965年から登場したパンダです。2匹のガールフレンドです。SOOTYとSWEEPは当時話す事が出来ませんでしたがSOOは話せました。