4月2日
 どこのCD屋に行っても、椎名林檎のアルバムが売りきれてて、予約しなかったのをちょっと後悔した昨日でした。Bitch Musicとでも言いたくなるよな独特の世界が、私は好きです。彼女の音楽はパンク・ロックなんでしょうね。それも日本的な解釈の施されたパンク。パンクって日本にあんまり馴染まないのか、私が知っている中では、ヤプーズ(戸川純が素敵過ぎ)ぐらいしか思い浮かびませんねえ。
 今、このHPの引越しで追われています。なーに、おんなじものがうちのPCにそっくりそのままあるから、新しいプロバイダのHP用サーバに送りゃいいだけなんですけどね。今度は容量が大きくなるから、再び書影を使うこともあるかもしれません。いろいろ考えましたが、著作権うんぬんを言う前に、我々読者がいなければ、そして正しく残して行こうとHPまで作ってる人間がいなければ、文学なんてあっと言う間に滅びるぜ、と開き直ってやろうかと思っています。文句あったら、言ってみんさい。潰せるもんなら潰してみなさい。おーほほほほほ。ガンガン、Yahoo!!に登録してやるわ!

4月6日
 ちょっと風気味です。「邪」の字が抜けると、なんか爽やかになりませんか? でも洟水垂れてます。
 総理も変わったし、お山も噴火したし、大変な今日この頃ですが(ネタふりが古い?)、私は近頃、ようやく少しは好きな本を読む時間が出来たので、シャーロック・ホームズと半七捕物帳を読んでます。どちらもミステリの古典ですね。
 半七を知らない坊ちゃん嬢ちゃんもおいでだろうと思いますので、ちょっとだけ、言わして。半七はシャーロック・ホームズを元に、岡本綺堂が大正年間に作ったキャラクターです。だから、捕物帳といっても、要するに短篇ミステリ。面白いんですよ。私は中学生の頃から愛読しています。他の捕物帳よりもミステリ趣味が濃厚です。
 ホームズも久しぶり(でもないかな)に読むと、ああ、こんなに面白かったんだ、と痛感しますね。ルパンとか少年探偵団とか、コドモの頃に読んだものをオトナになって読み返すと、自分の趣味のルーツが見出せるようです。でも、そろそろ、幻ミスの書評も書かなきゃ、だわ。

4月8日
 半七読了。ホームズもあと短篇集2冊。しかしここにきて、古典名作のリバイバル。高木彬光&山田風太郎の『悪霊の群』、ディクスン・カーの『月明かりの闇』、クレイグ・ライスの『もうひとりのぼくの殺人』、レオ・ブルースの『死体のない事件』、エリス・ピーターズの『納骨堂の多すぎた死体』、シリル・ヘアーの『自殺じゃない!』、スタンリー・ハイランドの『国会議事堂の死体』などなど。どれもハード・カバー!! 私に破産しろと言うのか、おい。買ったさ。買ったともさ。まだ読んでねーよ。古典の隠れた名作復活ブームを作っている出版社たちの気概に万歳! 国書刊行会、出版芸術社、原書房、新樹社、翔泳社。キミたちはエラい。たまにク○ーンの『○の○○』みたいなクソも拾ってくるけれど、それ以外はどれも面白いよ。キャラクター以外は取り柄のない新々本格なんざ、ぶっつぶす勢いでやってくれ。頼む。
 それにしても去年のメフィスト賞・殊能将之の新作、『美濃牛』ってタイトルなんです。これで「ミノタウロス」と読ませたいらしいですが、おいしそうですね。私は七輪で朴葉味噌乗せて、焼きながら食べたい。誰か私を「うかい鳥山」に連れてってくれ。

4月14日
 ただいま。今、近所の友人・Sさんのおたくから、帰還致しました。たいした量じゃないけど、酔いどれてます。近頃、深酒が体に残ります。トシ、ですかね。よせばいいのに、帰りがけに松○に寄って、すんげえ店員にやな眼で見られてきました。朝食メニューは朝五時からというのに、しつこくないのかと聞いて、「このクソヨッパライが」という顔をされました。因みに、午前四時でしたわ。
 友人のみなさん、お願いします。私をひとりで野に放たないでください。私は理性的な人間ではないです。そこんとこ、よろしく。

4月16日
 パスティーシュ作品のレベルの○さ、構成の意味のなさ、ファンでも見離すような志の低さ、そのくせこの長さ、どこを取っても完璧。しかも新書版で上下巻、税抜き1760円。堕落もここまで来たか。島田荘司はもう私の愛する作家とは呼べない。『御手洗パロディ・サイト事件』は本気で腹が立つ本です。
 近頃私が注目しているミステリの新人・柄刀一もなぜか短篇を載せているが、とにかく、キャラ萌え(だけ)もいいところ。まともな新作を書く気がないんだったら、ロスでおとなしくしとれ、島田!(呼び捨て)。もう僕はキミのファンを廃業するよ。
 南雲堂もたいがいな商売をしまんな。こないだの原書房の『最後のディナー』もどうかと思うが、ここまでするか? しかも「本格長編ミステリ」って銘打ってるんだぜ。たまんねーよ。グレてやる。これは今年最大の問題本だ。「買ってはいけない」ミステリだ。買ったけどさ。ちょっぴり読んだけどさ。それはないんじゃないの? って感じです。ここまで堕落する探偵(とその作者)も珍しい。
 御手洗よ、スウェーデンで金髪男(?)とよろしくやっとらんと、はよ帰ってこい。でないと作者とバカ・ファンの暴走が止められん。頼むぜ。ああああ、悪夢だ。パスティーシュだけで本にするならまだしも、この体裁はねーだろ、おい。贋作の間に申し訳程度に石岡と里美が出てくるのも、どうにかしてくれい。
 それに比べて、『羊たちの沈黙』の続編『ハンニバル』のオモロイこと。レクター博士がフェル博士を名乗ってフィレンツェで働いてるなんて、超クーーール!!! レクターと、彼のかつての犠牲者でこいつも異常者のメイスン、そして女特別捜査官クラリスの三つ巴の闘いは、息を呑むね。
 また映画が見たくなった。CD売り払ってようやく買ったビデオで見ようかな。

4月18日
 埋書庵書中日記(「小説現代」のコラム?)、とでも名づけたくなるほど、順調に近頃はいろんな本を読みまくっている訳ですが、その中でも『ハンニバル』はますます面白さを増しています。一気読みはもったいないので、じわじわと読み進めていますが、サディスト、メイスンに誘拐されたレクターを助けるために、ついにクラリスが立ち上がった!
 それにしても、トマス・ハリスの一連の作品(『レッド・ドラゴン』『羊たちの沈黙』)とはがらりと趣向を変えた、ピカレスク・ロマンがたまりません。様々な悪の様態を見せることで、作者はレクター博士の悪を相対化し、前作前々作ではうかがい知ることのできなかったレクターの内面の闇を、「記憶の宮殿」という形で見事に表現することが可能になったようです。
 いたずらにセンセーショナルな描写が売りのサイコ・スリラーが娼獗を極めている今、ディレイニー署長シリーズのローレンス・サンダースに続いてブームに先鞭をつけたと言われるハリスですが、自ら作ったブームに引導を渡すような作品でしょうね、これは。

4月29日
 ふと気づけば、日記の更新すら十日以上も怠っていました。いけませんわ。これでは誰もこのサイトに来なくなる。書評のほうはもう少し待って下さい。
 今、TVドラマで石田衣良原作の『池袋ウェストゲートパーク』(TBS系)と、天童荒太原作の『永遠の仔』(日テレ系)、乃南アサ原作の『パラダイス・サーティー』(テレ朝系)、とミステリ原作もの花盛りです。でもこれってホントに喜んでいいの?
 私は常々、映像と文章を比べるなら、文章のほうに重きを置いて評価してきた人間です。判官びいきだろうとなんだろうと、文章がとにかく好きなのだから、しょうがない。しかし、私と同世代から下の人たちはもはや、文学を最低限の教養とも思わず、文章を読むのは苦痛以外の何物でもない、という感性の持ち主が圧倒的多数だったりします。そういう人たちにとって活字文化とは、別に滅んでも痛くも痒くもない、くだらないものなのでしょう。私はそういった人たちをどうしても「敵」として措定したくなる誘惑に駆られます。
 その一方で、私も子供の頃からTVに慣れ親しんできたテレビっ子の一人かもしれません。この矛盾。昔、とある大学の法学部にいた頃、私は広告代理店に就職することが憧れでした。TVのCMを作ってみたかったのです。今も昔もCMは最先端の映像技術や最高レベルの感性の宝庫です。それに、映画好きも半端ではなく、某映画学校に入学しようと考えたこともあります。
 そして結局は文章のほうを選んでしまったのですが、この葛藤を通り抜けることなく、無批判に映像べったりの人たちを見ると、やはり吐き気がするのです。もちろんここで私がいくら吠えたところで、そもそも活字に弱い人たちがこのサイトに来てこの日記を読むことはあり得ないので、「敵」と一戦交えることにはならないのですが…。
 でもせめて原作があるなら、その存在を念頭に置いて見て欲しいと願うのです。ほーら、これでようやくドラマのところに話が戻ってきた。こういう回りくどさも活字系の人間の悪いところなのですが。
 私は果たして、自分が愛するものを守り切れるのでしょうか…。

4月30日
 ふと気がつけば、4月ももう終わり。今日はビデオで『ねじ式』を観た話を。
 つげ義春のマンガが好きで、全集を持っているくらいなのですが、『ヌードの夜』などの映画監督・石井輝男がつげの代表作を映画化して、もう2年前くらいになります。で、それが今回ビデオ化されたのです。どうやら幾つかの作品をつないで一本の映画に仕立てたようです。主人公を演じるのは浅野忠信。
 のっけから意味不明なぐちゃぐちゃな現代舞踏ふうの場面が出てきて、思わずのけぞるのですが、本筋になると、つげの自伝と言われる哀切な「別離」が始まりました。つげの絵はそれこそ私の頭の中に焼き付けられているのですが、アングルも構図も見事に原作を映像化していて、気持ち悪いくらいでした。
 そして「もっきり屋の少女」になり、「やなぎ屋主人」と房総ものが続きます。房総の風物を自分の心象に重ね合わせたこれらの作品も大変好きなものなので、なんだか嬉しくなりました。
 最後にお待ちかね、幻想的不条理夢マンガ「ねじ式」の場面となります。映像化不可能なシーンがちゃんと映像化されていたのでほっと溜め息。ビルの上に住む女医さんの部屋からの眺めなど、実に美しいものでした。汽車のシーンはミニチュアを使ったちゃちなものでしたけれどもね。
 『無能の人』『ゲンセンカン主人』といったつげ原作映画も、結局、そんなもんですか、と思わされるものでした。今回も原作の勝ち、ということで、どっとはらい。