9月26日 中島みゆきツアー初日に行って参りました 
 3年半ぶりのツアーです。こっちも気合を入れて行ってきました。大宮ソニックシティ大ホール。ほほほ、行った事ないホールだけど、しっかり下調べして行きました。
 今回のセットのコンセプトは森。柳の葉っぱのような森の木々が生い茂る中、妖精のようなふわふわの
白いおべべのみゆきさんが登場。前半は、懐かしい曲を歌ってくれました。おそらく21世紀最初のツアーなので、20世紀に自分が作った歌を検証する意味がこめられていたのでしょう。耳慣れた曲が多く、普段の新曲中心のツアーと一味違うぞ、という感じでした。またかつての「オールナイトニッポン」を彷彿とさせる葉書読みコーナー「ここにいるよ」で会場大爆笑。会社をさぼってコンサートに来た人が多いのっ!! 葉書は葉っぱをかたどったものをホールの入口で渡されていたのです。それに色々今日のことなぞ書いて、演奏開始前に投函するシステムでした。面白かった。またやってほしい。
 そして、ふるさとをキーワードにした中盤を経て、
真紅のおべべのみゆきさん登場。気分はもう美空ひばり(真っ赤な太陽?)。ここからは最近のアルバムの歌を立て続けに歌います。
 こうして聞くと、今回のアルバム、いいですね。正直言って、CD発売時に聞いて物足りなさを感じていたのですが、生うたを前にすると、やっぱり感激します。
 そして
空色のドレスでアンコール。アンコール曲は「やっぱりアレね」が1曲と、「へえ〜これがねえ、いいねえ」が1曲。感動のフィナーレでした。いつものツアーよりも私は好きだな。
 曲順はパンフに載っているので、ここにも書いちゃいます。でも印刷されてないアンコール曲については、ヒミツということにしましょう。皆様ご自分で行ってお確かめください。まだチケットは発売されてないところもあるんじゃないかな。12月クリスマスまで全国を廻ります。 
XXTc.1st. 中島みゆきツアー
1 あした
2 船を出すのなら九月
3 悪女
4 狼になりたい
5 わたしの子供になりなさい
6 空と君のあいだに
    「ここにいるよ」コーナー
7 成人世代
    「ここにいるよ」コーナー
8 帰省
9 ホームにて
10 囁く雨
11 夢の通り道を僕は歩いている
12 あのバスに
13 樹高千丈 落葉帰根
14 LOVERS ONLY
15 夜行
16 ヘッドライト テールライト
9月23日 赤富士 
 今朝、窓を開けると、見事な赤富士が見えました。埼玉でも富士山が見えるのです。近所には富士見という街もありますしね。丹沢、秩父の山並みを従えて荘厳でした。
 双眼鏡で眺めてみると、富士の中腹に銀色に光るものが見えますが、あれはウワサのUFOの発進基地でしょうか。山小屋かな。
 関東に来て十数年になりますが、関西との風土の違いで実感するのは、山が遠い、ということでした。関西だと、大概どこにいても、山が街並みの後ろに聳えているものなのです。私など、山の中で育ってますので、山を恋うる気持ちは人一倍強いですから、さみしいものでした。
 今は思いがけず、山の雄雄しい姿を毎日とは言えませんが…煙って見えない日のほうが多いし…眺めることが出来るのはありがたいことです。
9月20日 乳ぢごく 
 父からすんごい話を聞いたので、書いちゃいました。
 父はつい最近まで田舎で開業医をしておりまして、片手間ではないのですが、町役場から頼まれて、定期検診もやっておりました。
 たとえば小学校の検診とかはまだいいのですが、なぜか終わって帰ってくるとその夜、うなされる検診があるのです。それは「乳房検診」。乳がんの早期発見を目的とした自治体主導の検診です。
 さて、これがなぜうなされる原因になるのかというと、私の田舎は60歳以上の人口がほとんどを占める、典型的な過疎地なのですね。父の弟も、大阪の東郊で開業医をやっておりますが、こちらの検診などは、失礼ながら
もみほうだい
の一歩間違えば、どっかのおさわりバー状態なのだそうです。検診が終わると、掌が肌の脂でべっとり。うーん、私にはよくわからんが、おいしいらしい(失言?)
 ところが、田舎のことです。検診の日は60歳以上の熟女が列をなします。みなさん、みごとに垂乳根の母で、垂れたタラチネがベロンベロンと露出され、それはもう、
ちちぢごく。肩まで伸びそな勢いのちちもあるやら、こわいやら。
 そして夜になると夢の中で、昼間のタラチネの群が化け物のように迫ってくるのだそうで…。
 父は今は埼玉の老人病院の医師に転業し、もはや日に百人ものタラチネに悩まされることもありません。めでたしめでたし。
 おお、怖…。乳ぢごくの話でした。
9月15日 あの国 
 どうしてあの国はいつもこうなのかと思わされる。たとえば前の湾岸戦争の時もそうだ。いやならいやとはっきり言えばいいのに、なぜ姑息な手段で済まそうとするのか。
 あの国の平和は、今回テロの被害を受けた某国のおかげで成り立っている。それは事実だ。ほんとうは戦争放棄の憲法なんて、世界の趨勢から見ればのんきなたわごとなのかもしれない。一部の跳ね上がった人たちが、あの国の人々が自ら望んだ憲法ではないから変えろという。作られた経緯はともあれ、誰が望んでいないと知りえるのか。そんな言辞は、戦争で若者があたら命を散らすことない未来を欲して、あの国は半世紀以上も励んできたことを忘れた、思い上がりだ。したり顔で、世界的に見れば軍隊のない国なんて考えられないなどと言うな、ばかもんが!
 また新たな戦争が始まろうとしているが、正直、某国の国民ほど怒りが湧いてこないのも事実。某国はかなり自業自得であのような目に遭った面もあるので、怒れないのだ。ここで某国そのものを批判したからといって、テロの犠牲者に対する哀悼の念を私がもっていないと早飲み込みをするのは、ご勘弁。やはり無辜の民が殺されるような事態はあってはならないのだから。高層ビルがもろく崩れ落ちる映像はどこか現実感を欠いているが、身内の行方不明者を探している市民の姿を見ると、ほんとうに胸が痛む。
 ただ、某国の大統領がたまたまタカ派になったとたん、こんな事態が起こるのは出来過ぎだし、それにあの国がまた付き合わされているのも、茶番である。
 私は日本語は愛しているが、あの国は愛していない。それだけである。NOならNOと言え。例え、世界中から嫌われたとしても。それだけである。
9月13日 料理番組おとしあな 
 私は料理番組を見るのが好きなのですが、最近気づいたことがあります。それは、鍋・フライパンのダーク・サイドについてです。鍋釜類には人知れず暗闇があるのです!!
 TVの料理番組って基本的に、世界の料理ショースタイルで、スタジオ参観者等を前にして、キッチンセットをスタジオにどーんと据える形で、セットが組まれていることが多いのです。となると、カメラが出演者を前から撮る事になります。
 そして出演者の手許には、美味しそうな湯気を立てる鍋釜フライパンが存在するのです。しかしそこに忍び寄る
ダーク・サイド気配が…
 ああ、そこはまぎれもなく
死角。鍋のふちに焦げた肉がびちゃっと貼りつき、フライパンの隅でたまねぎが取り残されて救助を待ち、釜のほとりでおこげが泣いている…!!!!
 これはおそろしい!!!

 という訳で、料理番組を制作の皆様、くれぐれも鍋釜フライパンの死角には注意いたしましょう。でないと見苦しいのよん。