社会思想社の倒産 6月30日 
 ペヨトル工房、小沢書店など、私の贔屓の出版社が次々と倒産するという、破滅的状況の昨今ですが、今度は、現代教養文庫のミステリ・ボックスや異端作家傑作選などでお馴染みの社会思想社が事実上倒産した模様です。悲しむべきことです。現代教養文庫は文庫で初めてカラー・カバーをかけたエポック・メイキングな文庫ですし、犬養孝の『万葉の旅』や池田亀鑑の『源氏物語入門』などで国文系の学生にも親しまれてきました。ミステリの分野でもいち早く古典復権に力を入れて、久作・十蘭・外男・日影・山風ら異端作家の撰集を出したり、マイクル・イネスの翻訳不可能と言われていた『ある詩人への挽歌』を出版して話題になったり、○川○房が見棄てた修道士カドフェルのシリーズを全作翻訳したりと、実に楽しませてくれた出版社でした。今後、出版物がどうなるか心配です(おそらく現在の在庫がゾッキ本として出回るのでしょうね、ああ悲しい…)。
 ほんと、こういう地道ないい出版社が潰れるような、情け知らず文化なしの時代に、私たちは生きているのだなあ、とつくづく思いました。前回の愚痴の続きみたいですが、
もっとみんな本を読め!
ワールドカップやぶにらみ 6月1日 
 横溝聖誕祭ほどのなんのインパクトもないワールドカップですが(笑 文句あってもウィルスとか送ってくんなよ)、ひとつだけ楽しみなのは、フーリガンはほんまに日本に上陸するのか、ということです。上陸だなんって、ゴヂラかエボラ熱のような言われ方ですが、けっこうマジ楽しみです。どれだけこの平和ボケした国で暴れてくれるんでしょうかね。ちなみに私、埼玉県民ですので、例の日にはさいたま市スタジアム方面には行かないつもりです、はい。
 テレビではさかんにフーリガンの兇悪さについて、良識ある方々が口を揃えて述べておられますが、どっこい、私は10年ほど前に翻訳されたウィリアム・ディールのアクション小説『フーリガン』(角川書店)でこの名詞を覚えたクチですので、フーリガン=悪のヒーロー=かっこええ、という図式が刷り込まれているのです。ほほほ。ですので、なんとなくワクワクしている今日この頃です。デビルマンみたいじゃーん。
 アホっぽいコメントはこれぐらいにして、まあ、まじめにサッカーが好きな人とはしばらくお近づきにならないようにしたいと思います。顔にヒノマルをペインティングしてるヒマあったら、本でも読め、おい。
横溝正史生誕百周年 5月24日 
 記念すべき日にこの日記を記しております。私は先程、懸案だった金田一シリーズ全作解題を書き終えて更新したところです。この感慨、何をかいわんや。
 一口に全作解題ってもね、アアタ、大変でしたよ。マンネリズムとの戦い、デジャヴとの戦い。いえ、何もワタクシ、横溝先生がワンパターンだと言ってる訳ではございませんのよ(言ってるって)。でもある時期以降の金田一もののパターンって、ねえ…。
 しかし映画化ドラマ化された名作群は何度読んでも新鮮で、楽しめましたよ。正史の物語作家としての偉大さを改めて噛み締めています。
 かつて「小学○年生」と言った雑誌の付録でホームズやルパンを知り初めたいたいけな子供だった私を、その陰惨さでうちのめしたのが横溝正史シリーズなるドラマでした。そもそも子供が見ていいドラマじゃないし。でもその時からしばらくして、近所の公文式の教室で私は生まれて初めて角川文庫の横溝正史と巡り合ったのでした。しかもそれが『貸しボート十三号』(笑)。子供が読んでいいのか、おい!
 金田一耕助というもじゃもじゃ頭の探偵さんに、私はすっかり魅了されのめり込んだのでした。それから早や20ウン年…。
 あれまあ、なんだか私の昔話になってましたね。それほどまでに正史は大切な意中の作家だと言いたかったのですよ。おぢさんの昔話でごめんね。
 そんな感慨に耽る一日でした。
さかなさかなさかな〜 4月20日 
 「おさかな天国」という歌があります。10年ほどまえからうちの近所のダ○エーの鮮魚売り場の前を通りかかる度にガンガンにかかっていて、気になっていた歌でした。あっかるい声で「さかなさかなさかな〜 さかなを食べると〜〜」と歌ってる歌。皆様もどこかでお耳にしたことがおありでしょう。ジューシイ・フルーツのギタリスト柴矢さんが作曲して奥様が歌ってるというものです。「ジェニーはご機嫌ななめ」とか「恋のベンチシート」とかが、非常に懐かしいワタクシどものような年代は、最近になって知ったこの事実が、口あんぐりの驚愕ものでございましたけど(笑)
 昔からYMOとかP−MODELとか好きだったので、ジューシイ・フルーツも当然好きだったのですが、それから20年後の出会いが「さかなさかなさかな〜」っすよ。あははははは…。
 ロコツにおさかなを売りつつも、魚の名前をユーモラスに歌詞に盛り込んでいて、とてーも楽しい曲です。なんとなく鮮魚売り場の前で立ち止まってしまっていた私の疑問はこうして解かれたのでした。だってブレイクしちゃったんだもんね。皆様もぜひ聞いてみてくださいね。
落丁乱丁御用心 4月15日 
 佐野洋氏のエッセイ『推理日記Y』(講談社文庫)を買ってきて、楽しみながら読んでいたのですが、いきなり200ページ附近が32ページにわたって落丁になっていて、呆然としました。だってこの文庫、単行本の『推理日記』を二冊分併せたブ厚いもので、定価1200円なんですもん。あいたたたたた…。講談社に送りつけてやる!
 かように落丁乱丁の罠はいつも愛書家を待ち受けているのですが、今まで一番痛かった落丁乱丁は、某幻想系作家の幻の初版本ですね。20年前の本だし、今更出版社に取り替えてくれとも言えないし、しかも20年間積ん読になっていたもので(全てワタクシが悪いのでございます。出てすぐに読んでおけば…)。
 今まで私が聞いた落丁乱丁の話で傑作だったのが、某本格ものの文庫で、最後の解決の部分の32ページが、いきなり目次のあとに続いていたという(笑)、始末に負えないものです。古本で登場人物表に犯人の名前を書き込んでた、というよりもひどい話です。出版社がね、そういうコトやっちゃいけないっつうの。
本当に怖い映画ってあるの? 3月23日 
 久々映画の話です。さいきん、昔のホラー映画のビデオをヤフオクで買ったんです。『デス・シップ』って映画。かつて公開された時のタイトルは『ゴースト・血のシャワー』でして、こっちのほうが有名だね。私、小学生のとき、深夜にTVでやってたこの映画を見て、一ヶ月ぐらいトラウマから抜け出られなかったくらい怖かった。が…1978年の映画です。今改めて見ると、全然怖くなくって拍子抜けしました。ネットでもあちこちで珍作怪作としてのみ語られることの多い映画なので、「ああ、やっぱりね…」と、幼い日の甘い悪夢すら奪われた気分です。邦題にある「血のシャワー」のシーンとか、どろどろした水槽に骨が浮いてるシーンとか、すっごく怖かった記憶が残っているのにねえ。笑ってしまった、悲しい……。
 皆さんはほんとうに怖い映画って見たことあります? ホラー大好きっ子の私ですが、近頃はあんまり何見ても怖いと思えないんですよね。それがものすごく残念なの。つまらん除霊番組とかのほうが怖いと思う。バラエティーの心霊写真特集とかね。私の恐怖のツボがさいきんとみに磨り減ったような気がしてなりません。今まで見た中で怖かった映画、って考えても古いのしか出てこないし、その古いのを改めて見ると、今回のような体たらくですからねえ。
 マニアな方なら誰でも一度は、ホラー映画マイ・ベスト3なんてのを考えたことがおありでしょう。私も今回、改めて、「では…」と考えているところです。そして、それを近々、見直してみたいと思います。ポランスキー監督のファンなので『テナント』は外せないし、『エルム街の悪夢』『ナイト・オブ・リビング・デッド』も捨てがたい。『シャイニング』『ノスフェラトゥ』『ゴシック』…。邦画の『リング』もいいぞ…。色々考えてみて、再見のその結果を近日お知らせしますね。全然怖くなさそうで、そっちのほうが怖い……。
空港懺悔 3月10日 
 先週、空家となっている実家の掃除に帰ってきたのですが、その行路でハプニングが…。飛行機の出発時刻に遅れて、離陸を10分以上も遅らせてしまったのです。
 今回は母に同行したのですが、飛行機の時間までまだズイブンあるので、喫茶店でお茶を飲んで時間をつぶしていたのでした。そしていざ出るという時になって、母がお手洗いへ行ってしまい、私はそれに気付かず、出発ロビーへ! こっちが気付いてトイレへ行くと、どこかですれ違ったんでしょうね、もぬけのから。待てど暮らせど出てこない。そうやってるうちにも時間は迫る。私は冷や汗流しながら空港を駆けずり回りました。そして時計をふと見ると、ああら、出発5分前。
 母はひとりではモノレールも乗れない人ですが、さすがに今回は出発口のところで待っていました。そして顔に引きつった笑みを浮かべたわーです嬢にお出迎えられて、機内へ…。満席状態のお客さんたちが一斉にこっちを見るんだもん。こうなったらヤケクソで愛想振り撒きながら、自分の座席に着きました。
 聞くところによると、旧共産圏の飛行機って、お客が遅れてもゼッタイ待ってくれないんだそうですね。日本でよかった。それにしても3月3日のANA147便の乗客各位、ならびに乗務員の皆様、大変失礼をばいたしました。これからはトイレは搭乗口のそばで行かせるようにしますです、はい。
オークション侮り難し! 2月25日 
 相変わらずネット・オークションに夜も日も暮れぬワタクシですが、ほんとにクリック一発イノチトリですなあ。カーター・ディクスンの唯一の未読本だった『殺人者と恐喝者』を5万で競り落としてるアホウが私です。
 まあ世の中にはもっとア…いえいえおかねもちな方々がいらっしゃるもんで、こないだなんか横溝正史の『緋牡丹銀次捕物帳』や鮎川哲也の『海辺の悲劇』が、ショックのあまり吐き気を催しそうな値段で落札されてました。『銀次』は71000円、鮎川は127000円(桁を間違えてはおりませんのよ)! おえ…
 私もけちけちと落札し、けちけちと出品していますが、やはり圧倒的に支出のほうが多いようで、困りものです。皆様、と言う訳でWarihiko印の古本や映画ソフト、CDなどをご覧になりましたら、せいぜいチェックリストに入れてあげてやってくださいまし。ひやかしで落札は、いやん、ばかん。
作家と自殺 2月2日 
 年明け日記第2弾がコレかい、とツっこまれそうですが、ゆうべ、ヤフーで検索していて、愛読していた作家・加堂秀三氏の自殺を知ったのでした。ちょっとショック。しかも昨年の2月2日のことだそうで、一周忌になるまで知らんかった訳ですね。なんという偶然か!
 昔から作家と自殺って、当然の帰結と言うか、切っても切れない仲なのですが(不謹慎?)、芥川、有島、川端、三島、等ならずとも、私の好きな作家でも、何人も自殺された方がいます。幻ミスで取り上げた
青柳友子氏もおそらくそうでしょうが、推理作家にはほとんどいないようですね。純文のほうがやばい。
 例えば
田宮虎彦。「足摺岬」「落城」「霧の中」という名作を遺していますね。私は中学生の頃にこの人の哀切な小説を好きになりまして(その頃私の愛読する作家って三浦哲郎とか宮本輝でしたからねえ)、古本でもほとんど見かけない田宮の作品を探し歩いたものです。昭和最後の年の4月に自宅のマンションから飛び降り自殺しましたね。年齢と病苦が原因とか。でもそもそも代表作の「足摺岬」からして、土佐の足摺岬に死に場所を求めてきた青年の話ですからね。何をかいわんや。
 
佐藤泰志。たったの6冊しかこの世に作品を遺しませんでしたが、どれも美しい青春小説で、心が痛みます。平成2年に40歳の若さで、首を吊りました。何度も芥川賞候補に挙げられてその度落選が続いたことも、遠因のひとつではないでしょうか。処女作『きみの鳥はうたえる』以降、『そこのみにて光輝く』『黄金の服』と本が出て、没後『大きなハードルと小さなハードル』『移動動物園』『海炭市叙景』がまとめられました。同郷出身の辻仁成氏もこの作家のファンだそうです。
 加堂氏も昭和45年の小説現代新人賞(赤江瀑、皆川博子などを輩出した賞)以来の長い作家歴を持っていましたが、近年、作品があまり出ず(おそらく書けず)、最後には捕物帳に活路を見出そうとしていましたが、本来、日本の伝統芸術に材を採った恋愛&愛欲小説を得意としていたくらいで、やはり無理があったのでしょうね。吉川英治文学新人賞も第1回受賞者(『涸瀧』)ですが、その後長らく賞から遠ざかっていました。
 やはり作品にはどこか死の影が落ちたものが多い作家だったりしますね。私はこれからちびちびと加堂氏の未文庫化作品でも集めようかと思います。ご冥福をお祈りします。
横溝正史のエッセイ集 1月15日 
 今年も宜しくお願い申し上げます。って、いったい正月いつだったんでしょうか。はるか昔のような気もいたしますが、大目に見てやってください。
 今年、ぜひ皆様にご紹介したいなと思うものがございます。それは、
横溝正史のエッセイ集です。さいきん、未読だったエッセイ集を入手しまして、まあ、銘耽庭の資料程度に、と期待もせずに読み出したのですが、いや、これが、面白いというか、正史の人柄の良さがよく表れていて、とても楽しいものだったのです。あれだけストーリー・テラーぶりを発揮した作家ですが、今まで私が読んだことのあるエッセイ集(角川文庫の『真説・金田一耕助』『金田一耕助のモノローグ』)はいまひとつな文章ばっかりだったのです。
 それで、「正史のエッセイってつまんない〜」とか思い込んでいたのですが、やはり真打は違いますね。文庫落ちしている2冊ははっきり言って残り物、生ける日本探偵小説史とも言うべき正史の真骨頂が出たエッセイは、
文庫化されていない最初の3冊(『探偵小説五十年』『探偵小説昔話』『横溝正史の世界』)に入っていたのです。
 そこには正史研究に欠かせない文章も沢山あるし、なにより、たくまぬユーモアと胸のうちの熱さが迸るような文章があって、一読後、うーん、と唸ってしまいました。特に私が感銘を受けましたのは、正史の親友で夭折した作家・渡辺温(当博物館に部屋のある渡辺啓助氏の弟さんです)のことを書いた
「惜春賦」という文章です。「新青年」の編集者だった正史の若き日の横顔と、仲間たちに愛された渡辺温の人柄がよく描かれていて、目頭が熱くなりましたよ。のちに温の兄の啓助が、この小文を読んだ人から、子供の名前に「温」を使ってもよいか、と尋ねられたと、とあるところに書いております。それくらい人の心を打つエッセイです。
 こんな素晴らしい文章が、埋もれたままになっているなんて、信じられない、の一言に尽きます。勝手にここに転載することも出来ませんが、もし興味を持たれた方は、図書館なり古書店なりで探してみては如何でしょうか。古書店はさすがにちょっとお値段のはりそうな品ですが、図書館なら、確実に読めると思います。
「惜春賦」は第1エッセイ集『探偵小説五十年』に入っています。
 今年は正史生誕100周年の節目の年です。私が子供だったころに勃発した空前の横溝ブームも今は昔、埋もれようとしている作品も数限りなくあります。でもあだ花に終わらせたくないという決心で、今年はHPの更新などを密にしてゆくつもりです。いきおい、更新は一部の頁に集中するかと思いますが、ひらにご寛恕のほどを。