今年のマイ・ベスト 12月30日 
 今年も年間ベストの季節になりました。今年は長い論文書きでベストがどうのこうのと言ってる余裕などない年の暮れですが、やっちゃいます。今年の新刊読書量90冊。例年の私には比べるべくもない、一桁下回る数字です。特に国内の新刊はどれも積ん読になっちゃって…。ベスト3でカンベン。(付記31日国外編6〜4位追加。1月2日国内編6〜4位追加。駆け込みで読んだ本とかありますからね)。

  
国内編
 6位 『都市伝説セピア』朱川湊人 文藝春秋
 5位 『日ぐらし御霊門』赤江瀑 徳間書店
 4位 『クレシェンド』竹本健治 角川書店

 3位 『「神田川」見立て殺人』鯨統一郎 小学館・文芸ポストノベルス
 2位 『嫌われ松子の一生』山田宗樹 幻冬舎
 1位 『人形
(ギニョル)』佐藤ラギ 新潮社

  国外編
 6位 『閉じた本』ギルバート・アデア 東京創元社
 5位 『冷たい心の谷』クライヴ・バーカー ヴィレッジ・ブックス文庫
 4位 『殺人犯はわが子なり』レックス・スタウト 早川ポケミス

 3位 『夜更けのエントロピー』ダン・シモンズ 河出書房新社
 2位 『絢爛たる屍』ポピー・Z・ブライト 文春文庫
 1位 『薔薇の渇き』ホイットリー・ストリーバー 新潮文庫

 今年は取り上げる作品少なめなので、それぞれにコメントできそう。
 国内3位、鯨統一郎は今年も怒涛の出版ラッシュだったのですが、とりわけオバカ度が高かった
『「神田川」』『みなとみらいで捕まえて』(Joyノベルス)のどっちにしようか迷いました。結局、往年の歌謡曲の名作見立ての事件を、美声が売りの間暮警部が、歌い上げながら謎を解くという噴飯もの(誉めてるんです)の前者に決定。
 2位の
『嫌われ松子』は泣けましたね。映画の『さよならミス・ワイコフ』さながら、堕ちゆく女教師の松子さんの身の上が、余りにも性欲本位のチープさに充ちていて、スケベ度は満点です。坂口安吾の『堕落論』実践編かな。重松清氏の推挽でわりと話題になったはずですが、年末のベスト・レースの頃には忘れ去られていた感あり。エッチなのに号泣できるなんて夢のような作品ですね(^_^;;)
 1位は…
すいません、アンチ・ヒューマニズムの見本のような暗黒文学の傑作です。キチクと呼ばれようとヘンタイと呼ばれようと、私はこの作品好きです。声を大にして言えませんがね。まさに臭い立つような官能のかほりです。おえ。
 国外3位、ホラー&SF&アクションの才人、シモンズの日本オリジナルの作品集です。シモンズの処女作である
「黄泉の川が逆流する」をかつて早川のSFマガジン増刊号で読んで、すっかりモダンホラーに魅せられて早十ウン年。ここで巡り会えようとは…感無量です。今年は他にもいい短編集が多かったですね。イーリイの『ヨットクラブ』とかスタージョンの『海を失った男』(どちらも晶文社)とか…。
 2位は、またしてもホモ・エロ・グロ・ネクロ・ファンタジー。
『人形』とともにベスト1に据えて、甘んじてキチクの汚名を受けてもよかったのですが、まだ私、社会的信用を失いたくないので、2位にさせていただきました。文春文庫は今まで紹介される機会を逸してきたホラーの名編を訳してくれるので貴重。
 で、そんな埋もれた名編中の名編が1位
『薔薇の渇き』。デヴィッド・ボウイとカトリーヌ・ドヌーヴ主演の映画『ハンガー』(名作!)の原作として長らく翻訳を待ち望まれてきたものです。近年、この作品を原作にしたドラマがヒットして、20年ぶりに続編も書かれ、こうして紹介されることになりました。人生、待ってみるもんですね。待った挙句に、たいしたことない作品だったりと言うことも、ままあるのですが、これは傑作でした。よかったよかった。年内に続編『ラスト・ヴァンパイア』(新潮文庫)も出てゴキゲン!
擬人化? 12月29日 
 昨日の日記を朝になって読み返してみて、なんか、いい歳こいたオッサンが、何をうるうるしているのやら、とハズかしくなったもんですが、でもねえ、今日この頃の世相を見ていると、今のご時世、何が欠けていてこうなっているのか、考えさせられちゃうでしょう?
 昨日ご紹介した「いたちの十か条」には、更に作者不詳の原典があって、それが「犬の十戒」です。詳細に読めば、ペット好きが過度に動物を擬人化しているのでは、という批判が当然あってよいのですが、人獣の境を越えてペットって家族の一員である、という考え方もあって当然でしょう。むしろ、生活をともにする「家族」に対する愛情が、情緒発達途上の子供にとっての他者理解の手助けになるのはごく当たり前。「十か条なんて、単なる擬人化だよ」と言い捨てる人の心には、それくらい当たり前の(子供にもわかる)想像力も働かないのかと、心が薄ら寒くなります。
 
想像力の欠如が、すべての諸悪の根源、と言うのが十年来の私の持論でして、今まさにそういうご時世になりつつある年の瀬なので、やはりここは、くどいと思われようと、書いておかないとと思った次第。
 つい先日も我が家の近所で、父親が生後一年のわが子にコンセントを押し当てて感電させて死なせる、という信じられない事件があったばっかり。弱き者の立場に立ってちょっと想像力を働かせれば、そんなむごいこと出来る訳がないでしょう? 世の中不況で貧すりゃ鈍するで、みんな想像力が鈍ってやしませんか? 想像力が働かないってのは、大きな罪だと、私は思うのです。
 ペットどころかわが子をも虐待する親たち。年寄りから僅かな年金を騙し取る「オレオレ詐欺」。人の命を虫けら同然のように奪う殺人犯。世界に目を向ければもっと最悪、某国の指導者達もテロリストも人の命を何とも思っていないという点では一緒。
み〜〜んな、人の痛みを感じられない、想像力が欠如しただけの存在だったのです。って…極論過ぎ?
 じじい放談で世相を嘆くことが多くなった今日この頃ですが、もちろん私だって、どこかで想像力が欠如した罪びとでない、とは言い切れますまい。どこかで誰かを傷付けずには生きてゆけない、それが人間の原罪というものでしょう。でもね、せめて自分だけは、か弱いケモノを殴るような人間にはならずにいよう、と内なる良心に忠実に生きたいと祈るだけです。あぁ…それにしてもまた、すんごく飛躍した文章を書いてしまった…鬱だ…。
「かわいい」だけで飼わないで 12月28日 
 初めて「ねこたま&いぬたま&たまいたち」に行ってきました。お相手はカレー友Tさんです。気合を入れて午前中から行ってきましたが、二子多摩川の駅前というに、プチ寂れ。もしやここは脱力系のテーマ・パークかと予感がむずむずしたので、とりあえず、高島屋ニコタマ店の新宿中村屋で、最近恒例のカレーを食しました。
 で、決死の覚悟でまず「いぬたま」。私もT氏も猫派というよりは犬派なので「いぬたま」。数々のかわいいワンコとのフレアイを求めて「いぬたま」。確かに犬たちはかわいかった。文句なし。でも人馴れし過ぎてて、なんか逆に醒めてる感じ。犬たちの緩慢な動作から漂う「お仕事感」に苦笑。T氏はお気にいりのブルドックにシカトされてましたし(書いてしもた、すまん)。私はダルメシアンに目の前でオシッコされました。
 それでも黄ラブやビーグルとのツーショットを撮りつつ、「ねこたま」へ。ニコタマとネコタマという、関西人悶絶のダジャレ・パークへ、いざ。おおおお、猫もかわいいぞ。猫じゃらしで遊んであげると意思の疎通もできるし、なんとかだっこもできたし、猫パンチも食らいました。猫満喫で、「たまいたち」へ。
 ここは西洋いたちフェレットの館。ドアを開けると、もふっと襲ってくるイタチ臭。それにめげずに入ると、奥のほうにフェレットとのたはむれコーナーがっ!! 猫じゃらしでフェレットを釣り上げて気分は太公望。イタチ用シャンプーでお風呂に入れられるお湯いたちも見れました。
 で、ふとフェレットの檻の横を見るとさりげない張り紙が…。「フェレット8か条」。これがまた泣かせるんだな。
「私たちを叩く前に考えてください。私たちにはご主人様しかいません」「私たちの命は5年から8年。短い間なので大切にしてあげてね」。うろ覚えだがこういう感じ。今、ネットで検索して「いたち10か条」(必見!)というのを見つけました。これが「8か条」の出所かもしれません。マジ泣けます。
 このテーマ・パークは巨大ペット・ショップをも兼ねているのですが、おしなべて、ペットを飼う前に心して欲しいことをズバリ書き上げている8か条でした。職員の人たちはきっとこれが言いたくてここに勤めているのかな、って思いました。
「かわいい」という気持ちだけで飼わないで、すぐにネグレクトするなら飼わないで、飽きて捨てるくらいなら飼わないで、生き物なんだからいつかは命が果てることを知らずに飼わないで、ってね。
 私も中学生のとき、かわいいってだけでビーグルの子犬を拾ってきて、あっという間にフィラリアで死なせてしまったイタイ経験があるので、ちょっと心の傷開きました。パーク内にはこれから家族になる動物たちを物色しにきた坊ちゃん嬢ちゃんが、親に連れられて沢山いましたが、こういう大切なことをちゃんと教わって、大切にしてあげてくださいね。
 なんだかマジになっちゃったな(泣)。ちょっとやるせなさ味わいつつ、帰りに池袋でとんこつラーメンのハシゴをしてしまいました。こってりこてこてを二杯食ってしもた、ぶひ。げっぷが背脂臭えのな。
タイの仏壇ジュース 12月8日 
 すぱいしいな舌の根も乾かぬうちに、またしてもT氏とカレーに行ってしまったのですが、昨日はタイカレーでした。これがまたど辛いの。五段階まであるうちのレベル2のグリーン・カレーエビ・イカ・カレーを食したのですが、おおおお、おとといのいずれのカレーよりもかれ〜〜〜。ひいひい。眼から感激のあまり迸る涙。ごはんはサラサラの香り米。今まで食ったタイ料理の中でもかなりイケてます。
 お店は川越のランマイというタイ飯屋。他にもタイのさつま揚げとか青いパパイヤのサラダとか食べましたね。どれも日本人に媚びていない辛さ。ビールにあうわ〜〜〜。甘さと辛さと酸っぱさのハーモニー。そこに自己主張するパクチーやレモングラス。何食べても私好みで、うまっ、うまっ、と食べて最後に飲み物欲しくなって、ジュースを頼んだのですが、グアバとかマンゴーとかありふれた中に「菊花ジュース」なるものが。なんじゃこりゃ。好奇心では猫にも勝る私はすぐさま注文してみました、ら…
 運ばれてきたのは透き通ったりんごジュースのような飲み物。ひとくち含むと、ハーブティーのカモミールのような風味の中にほのかなシロップの甘さ。最後に来る菊の花の真ん中の、おしべの香り。T氏は一口味見して、「仏壇の味がする〜〜〜〜」と言ってましたけど(苦笑)。名付けて「
仏壇ジュース(爆!)」。どないでしょうか。さすがタイは敬虔な仏教のお国柄どすな〜〜。また行きたくなるお店でしたが、T氏は仏壇ジュースがトラウマになったそうです(^^;)。では皆様、さようなら、手の皺と皺を合わせて仕合わせ、なむ〜〜〜〜〜(♪おぶつだんのはせがわ〜〜)
人非人華麗之梯子 12月7日 
 カレーである。私は週に3回はカレーを食う人であるが、最近カレーの食べ歩きにハマっている。しかし昨日はついに、カレーのハシゴをやらかしてしまった。嗚呼! さぞもたれるかと思いきや、意外とすっきりこっきり、お腹は爽やかである。
 
カレーはもとより、印度5000年の歴史あるスーパーナチュラル薬膳料理であるので、当然なのだが。それに、印度人は毎日カレーを食っているのだが、彼らがカレーに飽きてはかなく命を絶ったという悲劇も寡聞にして聞かない。日本人のイメージでは、毎日カレーというと、ウチの母さんの作り過ぎの手抜きか、独り者の侘しい哀話と相場が決まっているらしいが(私が勝手に決めた)、そーんなことないっす。ウマいっす。日に三度食っても大丈夫(ただしこれは私の胃腸の調子がよろしい時のみである)。
 で、やはり最近
カレーに憑かれている友人Tと神保町に行った。なにせ、神保町は古本の町、スキー用品の町、の他に、老舗カレー屋が軒を連ねる一大スーパー・スパイシー・シチーであるからだ。地下鉄の駅を出ると既に、大気にスパイスの香りが漂っている、と思っていただきたい(嘘です(^_^;))。
 神保町は生まれて初めてという、我ら本好きには考えられない人生を送ってきたTに、古本屋の街の奥深さオソロシさを諄々と説きつつ、まず、共栄堂へ。ひさびさ喰らう
スマトラカレーである。この須磨虎カレーはなんちゅうか、インドネシアのスマトラ島とはあんまり関係なさそうな黒いカレーである。しかも超スパイシーで不思議な苦味があり、ちょっと好き嫌いが分かれる感がある。でも、んまい。Tが食ったタンカレー(ジンの銘柄か…)は牛タンがとろふわ。味見させてもらうと、結構んまかった。私のチキンカレーもうめえ。
 しばらくサ店で休憩したあと、次の有名店へ。今度は駿河台下のエチオピア。なんで印度カレーなのに
エチピア
(ラスタカラー?)なのか、理解に苦しむが、ここもまいう〜。私の豆カレーはちょっとさらさらで、辛さ以外は物足りない感じだったが。Tが食ったビーフカレーは絶対味噌が入っててそれがミソのような味がしました。ホントだって、私の舌は確かなんだから。
 まだ有名店のボンディとか残ってるというと、Tから「もう食えん」と泣きが入ったのでここで華麗なるハシゴは終了。あとキッチン南海かまんてんの
カツカレーでも食っときゃよかったな。いえ、嘘、うそです。もう食べられませんごめんなさいおかあちゃ〜ん。ゲップまでがスパイシーだなんてちょっとイヤ。
 というわけでしばらくはカレーに凝ってしまいそうな今日この頃です。じゃあ次は新宿中村屋突撃か!
マ、マニフェスト 11月9日 
 ちょっと覚えたてのエーゴを使ってみたざんす、という感じの政治家の皆さんの自惚れ顔に飽き飽きしている今日この頃ですね。選挙はわりと行くほうだったのですが、今回はほんとしらけちゃって行く気になりません。ちゃんと日本語で「公約」という言葉もあるのに、「公約」=「守られないもの」の図式が出来上がっちゃってるので、わざわざアチラの言葉を舌を噛みつつお使いになっているらしい。いやホント、ご苦労ですな。まあ、舌は噛んでももう一枚あるみたいだけどね。
 それにしても候補者の名前を連呼して走る選挙カーには辟易します。名前を連呼したからといって票を入れてもらえるとでも思っているのかね、候補者諸君、アホか、君らは。ウグイス嬢を酷使して夜の8時まで目いっぱい騒音を垂れ流してくれて、迷惑極まりない。国を代表するはずの議員の候補どもがあれじゃ、そりゃ暴走族の爆音とか右翼の街宣カーとか取り締まれないわなあ。『うるさい日本の私』(中島義道・新潮文庫)でも読めと言って投げつけたろか、ホンマ。
 もう日付も変わって今日、衆議院選挙なのですが、どうせ痔民党が多数勝利なんでしょ? 判り切った結果にもう言うべき言葉もありませんな。民誅党も本気で政権とる気がないの見え見えだし、テンション下がるよなあ。今日のじじい
談は、放り投げる談でした。
目黒のサンマ 10月16日 
 今日、近所のスーパーでサンマを買ってきたのですが、店でトロ箱に入ってたときから「ん〜?」でした。頭が落としてあってワタも抜いてしまってるのです。それでもとれとれのサンマと言える? 他の店に買いに行くのもめんどくさかったので、それを家族分買って帰ったのですが、晩飯に焼いてみると案の定・・・
 なんか味がないんですね。頭を取ってるので魚の美味しい脂がトロ箱の氷水に出てしまっていて、ジューシーさがなくてぱさぱさ。おまけに古いんじゃないかな。蓋つきグリルで焼いたけど、ぜんぜん皮が焦げてこないのよ。それって脂がすっかり抜けてしまってるってことでしょ。サンマがダイエットしてんじゃないって。
 ぱさぱさかりかりのサンマを食いながら、落語の「目黒のサンマ」の殿様の気分を味わったのでした。殿様が城の外・目黒の農家でゴチになって覚えてきたサンマの味を忘れられず、家来にサンマを焼かせると、家来は下魚のサンマで殿様に何かあってはと、皮を剥ぎワタを抜き骨も脂も抜いて、すっかりサンマの出し殻にして殿様に献上したのでした。殿様がそれを食って満足するわけありません。「サンマはやはり目黒にかぎるのお」でオチとなります。
 どうよ、サ○ィさん。サンマは目黒に限るぜ。いくら新鮮でないのをごまかして頭落としたってダメだよ。それとも何かい? 最近の主婦がサンマの頭を落としてくれと言ってるのかね? だったらこの国の味覚はおしまいだな。無頭のサンマや骨なし魚を買う主婦諸君、あんたらは日本の食文化を破壊してるのよ。「おさかな天国」でも歌って出直してこいって。
 わが和歌山が生んだ詩人・佐藤春夫も、名作「秋刀魚の歌」でサンマのワタに「青き蜜柑の酢をかけて」食し、そのほろ苦さを恋の苦さに重ねて「秋刀魚苦いかしょっぱいか」と詠嘆したものです。ワタが抜いてあったらその苦さもわからないでしょう? 恋の苦さもサンマのワタの味も知ってこそのオトナですよ。
 昨日のトキに続き、日本の将来を憂えるコーナーでした。
喝!
トキの「自殺」 10月15日 
  桃花鳥(とき)が七羽に減ってしまったと新聞の片隅に
  写りの良くない写真を添えた記事がある
  ニッポニア・ニッポンという名の美しい鳥がたぶん
  僕等の生きているうちにこの世から姿を消してゆく
    わかってるそんな事は たぶん
    ちいさな出来事 それより
  君にはむしろ明日の僕達の献立の事が気がかり
  I'm all right I'm all right
  それに僕は君を愛してる それさえ間違わなければ
                   ニッポニア・ニッポン
         さだまさし「前夜(桃 花 鳥)」

           アルバム『夢の轍』より…まさかJASRACが見てないよね(笑)

 ついに来るべきXデイが訪れました。日本人が滅ぼした日本を代表する鳥、それがトキです。学名はニッポニア・ニッポンと日本人のアイデンティティそのもの、漢字で書けば「鴇」「朱鷺」「桃花鳥」と色んな書き方があるのも、とりもなおさず、この鳥が里に住む我々日本人に近しかったからなのでしょう。
 あまりにも人里に近い環境に住んでいたために、羽根を蒲団にするため乱獲されてしまったのです。トキの肉を煮ると汁はその羽根の色に似て赤く毒々しく染まるので、煌々とした光のもとでは食欲をそそらず、「闇夜汁」とも言われたとか。トキは食用にもされていたのですね。
 トキ滅亡のカウントダウンを歌ったさだの歌は、この後、若者はアメリカに憧れてアメリカ人になっていき、戦争のフィルムを見て子どもたちが歓声を挙げている、と二番三番が続きます。静かな美しいメロディだけに尚更、作者の怒りや無力感、祈りが篭められていることに胸打たれます。
 美しい鳥は滅び、美しい心情を持った日本人も滅び、そして得体の知れないサイボーグのような人間や、美しいものの本質を知らない子どもがどんどん増えていく。そのような現実に対する嘆きともプロテストとも取れる歌…。
 篠田節子の初期長編に、『イビス―神鳥』(集英社文庫)というのがありまして、人間に滅ぼされたトキの逆襲を描いたホラーなのですが、現実には人間に逆襲するまでもなく、トキは保護という名目の檻の中で静かに滅びたのでした。
 頭を檻にぶつけて死んでいたとか。老衰や病死ならともかく、最後のニッポニア・ニッポンであった“キン”は、まるでおのれに強制的に担わされた種の未来を捨て去るかのように、自ら死の道を選んだとも言えます。「種の保存」のために中国産のトキと無理矢理つがわされる生涯も悲劇といえば悲劇でした。私のこの感想は、いささか鳥を擬人化している謗りをまぬがれ得ないでしょうか。
 “キン”は種の未来に絶望して自殺をしたのだと、私は死亡のニュースを聞いたとき、とっさに思ったのでした。同時に、日々のニュースは、心を失い野獣と化した人間達のあさましい事件ばかりを伝えています。物言わぬ鳥のほうが人間らしい最期を迎えたのも何かの皮肉、と思ってしまう秋のこの頃です。
『呪怨』が怖くない理由 9月7日 
 残念ながら最近のホラー映画はちっとも怖くない。怖くないばかりか失笑を買ってしまうらしい。私は映画館から最近足が遠のいているので「らしいらしい」としか言えないのですが、レンタルで見るにしても、である。ち〜〜〜っとも怖くない。あほくさ、金返せレベル、である。
 で、最近出色の出来と言われる『呪怨』です。これがまた爆笑もの。ネタばらしになるので詳しくは言えないのですが、因縁話の底が浅い、という印象。
 例えば伝奇小説を書くなら、どれだけストーリーの上で大風呂敷を広げるかというのが、作品の面白さを左右する鍵になるのですが、『呪怨』はちんまりとしててその面白さを半減させている感じです。
 なにがダメかって、たかだか十数年前の殺人事件が強烈な幽霊屋敷を存在させている、という物語の土台にあたる部分がアカンのですわ。殺された者の呪いや怨みといっても、まあ元が人間、多寡が知れています。
 私が今まで見たこの種の映画の中で一番びびったのは、実は劇場版の『リング』でした。これのどこがそんなに怖かったか。TVから這い出る貞子や呪いのビデオなんぞ、ちっとも怖くないのですが、呪いの背景が異様に怖かったという記憶があります。貞子は確か、母親と海の魔物との間に出来たのであろう、というエピソードがあったのです。呪いのビデオにも何故か三原山の噴火の新聞記事が踊っていたり。何か人智を超えた存在が跋扈しているという感触。
 要するに大自然の得体の知れない怖さ、がそこにあったのです。私たちの身の廻りを囲遶する世界の怖さです。神が実在するか否かはともかく、暴風雨の夜の海や、吹雪に降り込められた山の夜、あるいは満天の星輝く魂を吸い取られるような夜でもいい。そういう夜に感じる大いなる存在への根源的な恐怖、つまり、私たちの存在の外側にある
「宇宙的恐怖(コズミック・ホラー)」((C)H・P・ラヴクラフト)があるかないかで、ホラー映画の怖さは違ってくるのでは、と私は言いたいのです。ハリウッド版の『RING』もその辺をすっとばしていたので、全然怖くなかったのでしょう。
 ほんと、たかが殺人被害者の呪いで作られた幽霊屋敷ごとき、幼稚な都市伝説のレベルですよ。そんなもんで怖がっていても本当の恐怖は味わえませんぜ。やはりホラーはラヴクラフトに帰るのでしょうかね。優秀な日本のホラー業界の諸君、私にもっとコズミックな恐怖を味わわせてくれ!!!
『Heaven?』が終わった… 9月5日 
 鬼才・佐々木倫子のマンガ『Heaven?』(小学館)が終わってしまいました。とほほ(また、とほほ、かよ)。私は小説にしろマンガにしろ掲載中は読まないヒトなので、単行本が出てからの後追い派なのですが、某ちゃんねるなどでさすがに連載終了のニュースは知ってましたけど…でもね、やっぱり淋しいの。
 佐々木さんの緻密な絵とトボけた味わいが好きで、「花とゆめ」の作家だった頃からのファンですが、今回ほど次の巻が待たれたのは珍しいです。それだけこのマンガがお気に入りだったんですね。代表作『動物のお医者さん』(白泉社)よりももしかしたら好きかも。
 読まれた方ならわかると思いますが、『Heaven?』って、史上最低(?!)のレストランの話なんですよね。青山墓地とおぼしき霊園のど真ん中にテナントを借りたフレンチの店。スタッフはド素人ばかり。シェフは店を潰す名人。そして若い女性のオーナーが超強力自己中キャラ。これでおもろないハズないって。
 で主人公は、その中で唯一、フレンチ・レストランで勤めた経験のある青年、という設定で、これがまた佐々木さんの主人公らしい醒めキャラ(『動物のお医者さん』のハムテルを思い出せ)で、彼が試練の日々を送るという話です。
 いつも読んで感心してたのは、料理がちゃんと美味しそうに描かれていることでした。こういうのって画力がないと辛いんだよね。これを読んで「うわ、オイシそ〜」とか思って衝動的にフレンチに行けるほどアタクシは懐豊かではないのですが、危うく走りそうになること幾たび…。
 連載の初めと終わりが見事に呼応した大団円で、なんか悔しいくらいでしたが、次はどういう世界を描いてくれるのでしょうかね、佐々木倫子は。乞うご期待。
 それにしても、今、これほど微笑ましい世界を必要としている自分が、なんて殺伐としているのだろうか、と逆に思わされますね。ドラマも土曜夜九時日テレの『すいか』がすごく好きです。そんなに癒されたいのか〜〜〜、オレ?!
愛と沈黙のスタバ 8月7日 
 それはおとといの、とんでもねー大夕立の日のこと。暑い暑い夏ホンバンの昼下がり、出先で私は雷一閃、バケツの抜けたような雨に見舞われたのでした。
 うおおおおお、セゾン・カードのポイント溜めて貰った折り畳み傘は風でバンザイして、ぜんぜん露しのぎにもならないし、雨は容赦なくどしゃどしゃ降るし、♪気が付いたらアナタのムネへ雨やどり♪(Byさだまさし)する場所を求めて、私は駅前のスタバに飛び込んだのでした。それが間違いの元…とほほ。
 皆さんスタバスタバと仰るが、私は実はあのサ店、嫌いなんです。もともと紅茶党の私は、ドトールとかスタバとかいったコーヒー・メインのチェーン・カフェはあんまり入りたい店ではないので、入ったことほとんどなかったのです。それがこんなときに裏目に出ようとは…
 さて、おもむろにレジ前に立ち、頭上のオーダー表を見上げると、なんじゃこりゃ、さっぱりわからん飲みモンの数々。う、それも舌を噛みそうなネーミングばっかり。おお、まい、があ。
 なんか安そうなのテキトーに言って出てきたものは。。。小さなカップの底にへばり付く、かすかに泡立つ未知の液体…エスプレッソだったのでした。エスプレッソならエスプレッソって書かんかいゴルア、と叫びたいのを抑えて、席へ。スーツびしゃびしゃ、足元水溜り、荷物どぼ濡れ、とほほ。
 しかしあのメニュー、どうも最近うまく言えないネーミングが多いなあ、と考えつつ、ああ、そう言えばミスタードーナツとかフレッシュネスバーガーで舌噛むなあ、と思い出し。
 そこで私、ハタと気付いたのでした。もしかしてこれって老化現象? うきききききっ! ほんと色々思い当たるフシが…。横文字にとみに弱くなってきた此の頃。三十代半ばになりつつあり、マジ老化が始まってきたのでは?
 そう思うエスプレッソのまあ、苦いこと。ますますコーヒーショップ嫌いになりそうです。ああ、ヲンナの厄年って辛いわっっっ、って男だけど。