VHSの秘儀、DVDの日常 5月11日 
まぼろしのビデオソフト。
販売元はキングレコード。
二本組解説書付、19800円。
初めてデッキに入れるとき、
手が震えたの覚えてます。
小遣い叩いて初めて買った
映像ソフトだったんだよね〜
今でも触るとドキドキする・・・
入手可能なDVDソフト。
確かに場所はとらないし
映像キレイだし、いうこと
はないんだけどねえ・・・
でも、最後までいっきに
見通したことない(^^;;)
さすがに15年以上見続
けて飽きてきたのか?
いやそうではないような…
 DVDデッキを購入してはや3年、我が家のDVDソフトもBOX買いのせいで凄まじい勢いで増え続け、既に150枚を越しています。もともとビデオソフトが2、300本あった上でのコレですので、管理が大変。よく見ればVHSからDVDに買い換えたものばっかりだし。何やってんだろかオレ。
 最近DVDを鑑賞してて思うのは、一本の映画を最後まで見なくなった、ということでしょうか。初めて見る新しい作品ならともかく、何度も繰り返し見ているものに関しては、好きなシーンをチャプター選択で出して見たり、途中で見るのやめて翌日にまわしたり…。なんか、惰性っぽい。だったら見るなってツッコまないでちょうだい!
 DVDって操作一つでどこからでも見れる気安さがあって、しかもテープみたいに磨り減らないという美点があるので、却って、いつでもいいやって思ってしまいますが、かつて、ビデオソフトが廉価セルなどない時代は、そりゃもう、好きな映画一本買うのに、清水の舞台から飛び降りるような覚悟がいったもんですよ。
 だって映像ソフトって、昭和の頃は大量生産がなかなかきかなくて、一本2万円近くしてましたからね。我が家にもその頃必死の思いで買ったものが残っています。『戦場のピアニスト』でオスカー監督賞に輝いたロマン・ポランスキーの、1979年度の文芸大作『テス』。これがまた、全てのシーンが泰西名画の如き完璧な美しさを持っていて、名画の名に相応しいすんばらしい作品なのですが、私が高校生の頃に大枚はたいて買ったソフト、なんと19800円でVHS二枚組しましたからね。
 しかもこのビデオ、結局すぐに廃盤で幻になってしまって…(のちに再発されましたが)。見る度にテープの巻き戻しに気を使ったり、デッキをクリーニングしたり、大騒ぎ。そこには、宗教にも似たオタクの秘儀が漂っていました。時代はそろそろM君事件で「オタク」がマイナスイメージでクローズアップされる前夜でしたっけ……。
 それが今じゃ、DVD一枚で3800円。3時間近くと長い映画なのにDVD一枚で収まって、コンパクト。あのワクワクするような秘儀性はどこにいった? 映画すらお安い消耗品になっちまったのか、おい。
 私はレーザーディスクは通過せずに直接DVD世代に突入してしまったので、そう感じるのかもしれませんね。でもあえて言うならあのLD、デカいし、かさばるし、VHSよりも秘儀性を醸し出していたシロモノだったのではないでしょうか。かつてCDが出てくる前のレコードが、値千金の宝物だったように…
 もはや進化したメディアは逆戻りできないのですが、多くのマニアの人たちが、未だにレコードにこだわったりするの、気持ちは判り過ぎるほど判るんですよねえ……。
 DVDって便利すぎるのよ、結局。イチャモンつける気ないんだけど、あの、秘儀めいた喜びを返してほしいです。
戦争はなかった… 4月26日 
 一月たらずで決着のついてしまった、イラク戦争ですが、その最中にはあまりコメントしたくなかったということもありまして、今ごろ話題にさせてもらいます。
 なんだかワンサイド・ゲームを見せられたという感じで、少し腰砕けな終わり方だったかもしれませんね。どちらの側にしろ亡くなった人の冥福を祈りたいものです。兵士・民間人を問わず…。
 しかし今回の戦争、前の湾岸戦争の時よりも更に、腑に落ちない点が多くて、正直、日々の報道に「???」と疑問符の山を築かされたものです。とにかくイラク首脳陣の動静が訳わからんことばかりで、ほんまに戦争やる気あんのかい、とツッコミ入れたくなる始末。
 このワンサイド・ゲーム、もしかして……。
 話が変わりますが、皆様、「カプリコン・1」という映画はご存知でしょうか。有人火星探査船の打ち上げ直前にトラブルが発生して、無人のロケットを打ち上げ、飛行士達が地上で大芝居を打つ、というNASA大陰謀SFであります。
 今回の戦争のレポートを見るたびに、私はあの映画を思い出して、「もしやこれは、ハリウッドが総力を挙げた一大スペクタクルだったのでは」という思いが日に日に強くなりつつあります。
 だって今回、メディアの中心的役割を果たしたのって、アメリカのFOXテレビでしょ。前の時のCNNは今回目立ちませんでしたよね。で、FOXテレビって、映画会社20世紀FOXの子会社じゃん?
 ハリウッドの大仕掛けに私たちは騙されていたのではないか。あの戦争がいともあっさりと終わったのは、あれがすべてアメリカ側の情報操作によるものだったからで、本当の戦争は別のものだったのではないかという不安が残ります。
 ネバダの砂漠で飛行機を飛ばし、戦車を走らせ、それをテレビで垂れ流しても、もしかしたら「戦争」の記録は作り出せるものかもしれません。私たちの「仮想現実」はそんなに私たちを深く蝕んでいるかもしれないというお話でした。
 だってそうでしょう。一度は自殺を報じられたサハフ情報相がバグダッドのシェルターからのこのこ出てきたり、フセイン大統領も生きてるのやら死んでいるのやら。訳がわからない、はっきりしない状況にあるので、こんなふうに勘繰りたくなるのかもしれませんね。
里帰りしてきました ミスター編 3月28日 
 さて、家の整理もついて、大量の書類を破棄し(カルテ類とかは5年間保存しなきゃいけないそーです。よくわからん法律ですね)、大量のゴミを産廃業者に引き取らせ(10万円也。ぎょ!)、私の本の整理と心の生理(ほほほ)も落ち着いたので、埼玉へ帰ることになりました。レンタカーで関西空港へ行き、一泊ホテルに泊まって旧知のホテルマンの方々と旧交を暖めた後(主に親が)、さて当日。
 
なんじゃこりゃ、大混乱! 飛行機のダイヤ乱れまくり。特に全日空。年寄りを連れているのでフライト時間の一時間前に入ったのですが、搭乗口に飛行機あらへんのよ。急ぎの客たちがクレームつけるわ、スッチーさんたちうろたえるわで、大混乱。結局、一時間半後に飛ぶことになり、ちょうどお昼時だったので、航空会社からお昼ゴハンのサービス券が配られ始めますと……、なによ、あんたたち、スカしてキめてるくせにヒト押しのけて券貰うんとちゃうで! 子連れお母さんは子供の分以上の券をむしりとろうとするし、たちまち長蛇の列。あさましいっちゅうかなんちゅうか。みんな逞しーわ〜〜〜。
 お昼は早めに済ませていた私たちも、コーヒーかうどん(関西だしな)くらいは入るだろうと最後に券を貰って和食ファミレスへ行きました。そして帰ってくると今度は別な人だかりが……。
 私たちの乗るゲートのそばのムービング・ウォークで、テープ貼りめぐらしてなんかの撮影が始まっていて、その真中にいたのは……目ざとい父が叫びました。
 
み…ミスター!!!???
 そーです。動く歩道を歩いてくるのは紛れもなくあのミスター…長嶋茂雄さんだったのです。巨人ファン数十年の父大ハシャギ。私もやじうま根性まるだしでヒトを押しのけて(さっきの配給の時の遠慮はどこ行った?)、至近距離で長嶋さんを見てきました。チョーさん、なんだか手がぶらりんとしててオカマっぽかったわ(考えてみるとこの方いつもそうですね)。
 たぶんCMかテレビの撮影だったんでしょうが、チョーさんが撮影を終えて裏口へ消えてゆくとき、思わず私は手を振ってしまいましたよ。なんじゃこの、ミーハーがっ!って感じ〜〜〜。
 そして飛行機も無事離陸し、一時間の快適な空の旅でWarihiko一家は家へと辿り着いたのでした。追い討ちかけるみたく、羽田からのリムジンバスが大渋滞に巻き込まれたけど、まあなっ! もう笑っちまうぜ、おい。
 去年の里帰りのときも、母親がトイレに行ってて飛行機を遅らせるというどたばたがありましたが、そんなもん序の口。所沢の航空管制システムがダウンして、沢山の飛行機が欠航した中、よくもまあ帰って来れたものですね。
里帰りしてきました お墓参り編 3月23日 
 車で道を走っていて思うのは、「ヒト少ねーなー」ってこと。過疎化が著しく進んだうちの田舎はもちろんのこと、県庁所在地である和歌山市内を見ても、確かにヒトも車も少ない。毎日渋滞の埼玉とはえらい違いである。のどかを通り越してかなりサミシイ状態です。うちの村なんか、昼間でもヒトが全然歩いてへんしな。
 これならペーパードライバ歴うん年の私でも車を運転できそうですが、困ったことにうちの田舎、ヒトはいないけど、それ以外のものは沢山いるのよね。今回も村の奥のほうにドライブ行ったら、イタチとタヌキが道に横たわって往生してました。
イノシシが車に体当たりしたこともあったり、カモシカやニホンザルやオオカミやトキもいるし(ちょっとウソ)、ここは天然の宝庫。人間様よりも動物様のほうがデカイ顔して歩いているのでねえ……。
 さて久々の里帰りだしちょうど春のお彼岸、墓参りに行ってきました。そしたらあらら、めきめきと新しいお墓が建って、まあ、ほほほ、にぎやかでよろしいこと。村人の大半はこちらにお引越されていたのね。道理でヒトが少ないわな。皆さんこちらにいらっしゃるんですもの(爆!)
 傾斜地に立った墓場は上から見下ろすと立ち眩みしそうで、足がちょっと不自由な私にもキツイのですが、それでも谷底の祖父の墓まで行きました。谷の上にもお参り用の綺麗な墓があるのですが、下の埋め墓(うちの田舎は両墓制なので参詣用の参り墓と埋葬地の埋め墓がある)にも行ってあげないとね。
 するとお墓の前に謎の酒瓶が置いてありました。生きてるときは日に一升飲んだという酒好きの祖父のために身内の誰かが供えたものでしょう。我が家の酒豪たちは色々伝説がありまして、曽々祖父など死んだ後も酒が飲みたいからとお墓のカロウト(墓室)にアルコールを充たしてそこに漬け込まれているそうな。その後南海地震とかあったので、アルコールは残ってないでしょうけれでもねえ……。
 下戸ではないものの、二合で酔っ払う不甲斐ない末裔は、渋い顔して手を合わせてきたのでした。
里帰りしてきました 本にカビ編 3月22日 
 一年ぶりに和歌山の実家へ、家族総出で行ってきました。人が住まなくなってはや一年半、荒れに荒れているのではと心配しながら帰ったのでした。関西空港でレンタカーを借りて、祖母を叔母の家に預けて一路山奥の村へ。和歌山県K郡M町。もうすぐ平成の大合併で町そのものが消えてしまう運命にあるとか……。無常ですね。
 おうちは佇まいは変わりなく、冬の間は草も生えず、住んでいた頃と取り立てて変わりないように見えたのでした。ですが、が、んがっっ!!!!…… 台所の流し台に、青っぽいもやもやが……
 
カビ! 手ズレのしたところあちこちにカビが…。引き戸の取っ手や電子レンジの中、流し台の縁など。冬だというのになんちゅうこっちゃ。去年帰ったときはまだ何ともなかったのに、ひと夏越えるとこうなるのね。湿気がひどかったんでしょうね。
 私は悪い予感にかられて書庫へ走りました。命より大切な蔵書がしまってあるあの部屋へ。よくよく見ると、本棚のガラス戸にも黒い染みが……。
 
おーまいがーーーーーーっっっ!!! 神よなぜに貴方は私にこのような試練を?!
 更にショックなことに、本棚の下部の引き出しに並べて入れてあった新書の小口のところが青黒い染み……。ああ、なんてこった、まだ読んでない新刊の積ん読もあるんだぜ(カビてたのは西澤保彦の新書だった)。
 
おーのーーーーーーっ!!!!
 慌てて引っ張り出して、とりあえず新鮮な空気に晒したのでした。それにしても本にカビが生えるなんて、今までなかったことです。人が住まなくなると家は、こういう目につかぬところからじわじわと、朽ち始めるものなんですねえ。本の小口だけで今回は済みましたが、この先どうなることやら、私は泣き濡れて書庫に佇んでしまいました。
ドリームキャッチャー 1月19日 
 インディアン(ネイティヴ・アメリカンと私は言いたいが)のおまじないもの、ドリームキャッチャーを部屋の扉にかけること二ヶ月。最近夢を見なくなったことに気付きました。これってやはり夢を吸い取ってしまうのかしら。ちなみにこれ、叔母のカナダ旅行のおみやげだったりします。
 そもそも悪夢を吸い取ってくれるというのが、呪物としての機能だったハズですが、どうも獏さながら、夢を食っちまうらしい。かくて私は夢を見ない疲れの取れる眠りを満喫していたのでした。
 でもあんまり夢を見なくなってキモチ悪いので、外してみたのです。するとあらテキメン、夢を見てしまいましたよ。それも無理矢理口にドリアンを押し込まれて食わされるという、おええええ、な夢(ホント)。あのドリアンの○ん○臭い匂いが夢の中に充満して、私は本気でえずきながら目を覚ましました。とろっとした食感だって残ってたですよ…おえ……。
 
すごいぞドリームキャッチャー! えらいぞドリームキャッチャー! ただの羽飾りぢゃないんだね! 僕らを真夜中の暗黒の底なしのどろどろとした宇宙的恐怖((C)H・P・ラヴクラフト)から守ってくれてるんだね。ありがとうドリームキャッチャー!!!
 ドリアン食わされるのがコズミック・ホラーな訳ではもちろんないですが、人を殴ったりするヤな夢は見なくなってよかったな、と思う今日この頃です。そう言えばスティーヴン・キングの最新翻訳も『ドリームキャッチャー』って題だったな。新潮社より今月から文庫で4分冊刊行。小説の中ではどんな悪夢に襲われていることでしょうかね。
年末年始みゆき騒動 1月15日 
 「紅白歌合戦」史上最低の視聴率の中、瞬間視聴率史上最高を打ち出したみゆき様ですが、その影響あって、「地上の星」がついについにオリコン1位。130週目にしてこの快挙。これでシングルチャート、4世代(ディケイド=10年間ね)制覇となりました。
 ですが…私は素直に喜べないですね。きっと勘違いしてみゆきバッシングしたりする不逞の輩が出てこないとも限らないし。出る杭は打たれるこの国の悪しき風習が、みゆき様の上にも降りかからぬよう祈るのみです。例の北○三○の批判なんてのは、屁でもないですけどね。個性のない似たような歌ばかり中途半端に生産しつづける限り「演歌」に明日はないのさ。カラオケで歌いやすいことしか利点のないような歌ばかり作るなんて言語道断。
 ただひとつ言えるのは、かつてみゆきを聞く人に浴びせ掛けられた「クラ〜い」という類のアタマの軽い発言が減ったのは喜ばしいことだと思います。確かにみゆきの歌はらんらららんらんと明るく消費生活を鼓舞してはくれませんが、人の心の重さを充分に背負った言葉のひとつひとつ(それはファンにとってはまさに珠玉)に聞く者は癒されてきたのです。私もみゆきを聞くことで、孤独で愚かな十代二十代をなんとか乗り切ったものでした。誤解を恐れずに言えば、今でも心のバイブルさ。
 なんと多くの人々が癒しを求めてさ迷う時代になったのでしょうか。みんなそんなに日々の仕事や生活に倦み疲れているのか? 疲れているなら、試しにみゆきでも聞いてみては如何か。それだけが私の言いたかったことです。
 話が抽象に流れました。紅白に話を戻しますと、みゆき様の歌詞間違いが話題になりましたが、ファンなら数々のライブでもっとすんげえ歌詞間違いに立ち会ったことがあろうというものです。私が10年ほど前に体験した時など、歌詞の2コーラス目全部ぶっとばし。それがみゆき様のチャーミングなところなのですよ。紅白の歌詞間違えの直後、「あ〜ら、またやっちゃったわ…」みたいにニヤリと苦笑した顔がステキでした。こういうことがあるからファンをやめられないのですね。