さぬきうどん VS. オレの歯 3月14日 
 そこはイボイノシシも通らぬ山の奥にあるうどん屋での出来事だった。S玉県O里郡Y居町の山中に、そのスジでひそかに有名な、麺通団の団長も来たらしいうどん屋が存在する。そこでの出来事……
 関越道から車で10分と言う人跡未踏な(どこがじゃ)立地にあるうどん屋で、ワタシと相方はさぬきうどんを待ちわびていた。そこは関東人には未知の空間、つまり「セルフうどん屋」であった。前に一度来て、そのイリコでとったダシに感激していたワタシは、また性懲りも無く二週間も経たぬうちにダシを啜りに来たのである。日曜のお昼時で、果たしてうどんが品切れていないかドッキドキでかけつけたのだが、うどんはもうもうと湯気を立てて、無事山のように茹でられていた。
 この店でのワタシのオススメはなんと言っても「ひやひや」。英国人と電話で喋ってて「ヒヤヒヤ」と相槌打ってる訳ではなくて、茹でてシメたまんまのひやこいうどんに、ひやこいイリコダシをかけた素うどんなのである。このうどん、ものごっついかみごたへ。それはうどん屋の主が、讃岐の名店・やまうち(『恐るべきさぬきうどん』新潮文庫で見てね)で修行してきたことによるものらしい。火を通さない餅に似た食感。大変なハゴタエ。
 腹が減っていたワタシは、ひやひやの大を難なくサワヤカに飲み干して、お次の釜バターうどん(冬季限定)を啜っていたときのこと…。口中、ざりっ、と砂を噛むような音が…。ん? 大将、土ついたままでネギを刻みよったんか? しょーがねーなー。
 カトちゃんぺ、と吐き出してみると、白い石? 三保の松原に植えたネギ? ち、ちちちち、ちが〜う! これ、オレの歯やんけ!!! 前歯の一部がミゴトにぽっきり。
 なんじゃ! オレの歯! うどんに負けたんかあっ!!!!
 ショックのあまり、うどんをぐびぐび飲み込んでしまったワタシは、すぐ手洗いに駆けつけた。鏡の中に映る自分の顔は、まさしくハヌケのバカっ面であった。前歯の一番ど真ん中にぽっきりと穴が…。これでは歯を噛み締めたままでうどんを啜れてしまうではないか。あー、そりゃ便利…って感心してる場合でない。
 翌日、かかりつけの歯医者に電話したら、先生、インプラント学会で木曜まで帰らないとな。このまま木曜までワタシはハヌケマヌケで生活しなければなりません。なんたる恥辱。。。
 おお、まさしく、恐るべきさぬきうどん! 皆様も歯に自信のない方はお気をつけください。ちなみに店の名前は「イーハトーボ」と言います。店の人が賢治ファンみたいね。ここのダシ、めっちゃうまい。うどんはかみごたえありすぎのような気も。ワタシが関西人だから、ふにゃふにゃのうどんに慣れ過ぎてるせいかね。
 ここで店の名誉のために言っときますが、ワタシの前歯、以前削って詰め物をしていたので、そこが年月経って弱っていたのです。なにも普通の人が噛めないうどんを出している訳ではありません。そんじょそこらでは喰えない美味なうどんです。とにかく、高速使って車飛ばして行くだけの価値のある店です。
『ナルニア国』往還 3月7日 
 日曜日に『ナルニア国物語/第1部 ライオンと魔女』を見てきました。ハイ・ファンタジーの古典として親しまれてきたC・S・ルイス『ナルニア国ものがたり』(岩波書店)の忠実な映像化、ということですが、なんか、原作を愛読したのって小学生の頃で、一世紀ぐらい前のことでして、それでも多少はディテイル覚えてましたね。『ハリー・ポッター』シリーズや『ロード・オブ・ザ・リング(LOTR)』シリーズの人気の余波で作られたと思しき、ディズニー製作の英国産ファンタジーであります。
 箪笥を開けるとそこは魔法の国でした…って、ん〜〜〜、国境のトンネルを抜けると雪国でしたくらいサラリと言われてもなあ。グレートブリテンの空襲と呼ばれる第2次世界大戦下の疎開児童の話ですぜ。
 ロンドンっ子のペベンシー家の4兄妹が、ど田舎にあるカーク教授(彼も子供の頃に「ナルニアの友」だったはず)の家に疎開して、そこで秘密の国への扉を開けてしまうのですが、秘密の国「ナルニア」は白い魔女の君臨する百年冬の世界。4兄妹は魔女の圧制に苦しむ人々に未来の王として迎え入れられ、ナルニアの創造主であるライオンのアスランとともに魔女と戦うというお話。
 ナルニアの戦闘シーンでまるで実際の空襲と同じ鳥瞰アングルで撮られた場面があって、現実の戦争と幻想の中の戦争が交錯するつくりには、感心しました。実は原作はいちおう児童文学なので、戦闘シーンなんてそんなに沢山ないんですが、映画ではディズニーにしては珍しく頑張った戦闘シーンが繰り広げられます(とは言え『LOTR』なんかと比べるとね…)。だから映画の戦闘シーンがなんらかの暗示を含んでいるとしたら、これは映画の製作者のメッセージでしょう。
 ファンタジーやミステリが第1次大戦と第2次大戦の前後の時代に発達したのは、二度の大戦における兵士や市民の悲惨な大量虐殺が「無意味の戦い」「個人の死の尊厳」をあぶり出した、という説があります(例えばミステリ評論の笠井潔氏とか)。ナルニアにももちろんそんな20世紀の暗部の記憶がこだましていて、コドモの話じゃん、と安閑と見ていてはイケナイのかもしれません。
 ストーリー自体はわりと他愛もなくて、可もなく不可もなしなのですが、見終わって相方とまず顔を見合わせて「ターキッシュ・デライト」って何?、とギモンが沸きました。次男坊のエドマンドがこのお菓子を貰って魔女に手なずけられるブツなのですが、どー見てもアンコ玉かきんつば(笑)。T氏にはボンタン飴(!)に見えたらしいです。ねちょりんことして甘そうなお菓子、早速調べてみると、ゼリーとタフィの中間(T氏の感想のボンタン飴が当たらずとも遠からずでした)みたいな虫歯の元! 歯医者の天敵! やっぱし疎開児童は甘いもんに飢えてますね〜。あと、私の記憶が正しければ、原作では確か「プリン」って訳されていたような気が…。いまさら読む気にならんし、誰か調べてお願い!
 末娘のルーシーが最初にナルニアに足を踏み込んで出くわすのが、気の弱そうなタムナスさんなのですが、あちこちのサイトを見て廻って「鹿男」とか「山羊男」とか書かれてるの見て、唖然。あれはフォーン(綴りはFaun)といって、普通は「牧神」と訳される森の精霊です。アーサー・マッケンの名作「パンの大神」で田舎娘を性的に狂わせる邪悪な存在として登場。あと、ドビュッシーの名曲「牧神の午後への前奏曲」のモチーフにもなってます。フォーンの吹く笛が元になったのが民族楽器の「パン・フルート」。間違ってもシカオトコとか言わんように。まあナルニアのタムナスさんは、赤いマフラーとこうもり傘を持ったオシャレさんで、邪悪には程遠いです。
 印象に残った配役と言うと、白い魔女役のティルダ・スウィントン。このクール・ビューティな女優さん、英国ホモ大家のひとり、デレク・ジャーマン監督の常連さんです。アンデルセンの雪の女王みたいでまじ怖いっす。でも全体的に有名な俳優さん少なかったかな。やはりコドモがメインだね。映画館で見て損はないキレイな映画です。特撮は『LOTR』でおなじみニュージーランドのWETAが全面的に協力してるし、世界各国でロケ敢行された美しい風景は一見の価値あり。
ディクスン・カー最後の一冊 2月27日 
 本格3大家のひとり(後はクイーンとクリスティーでんな。文句ある?)ディクスン・カーの、訳し残されていた最後の長編がついに、ついに、ついに!出てしまった。先日発売された原書房『ヴードゥーの悪魔』がそれである。本屋で実物を見た時、思わず目に涙を浮かべてしまったのは、私だけではあるまいね。覚えがあるって?ええ人ですな、アンタ、ご同類!
 1968年原書発表と、翻訳刊行されるまで38年もかかってるのには悲しみを感じるが、それでもついに手に取ることが出来た喜びには勝るまい。
 ニューオリンズ三部作の第1作として名のみ知られていたが、第2作・第3作の『亡霊たちの真昼』・『死の館の謎』が先に訳されて随分経ってるのも、出版社(この『ヴードゥー』を版権とってて出さなかったのはどこの出版社かな?)のちょっと信じ難いミスであるが、とりあえず許そう。
 ディクスン・カーも、ここ十年くらいで復刊と未訳作の紹介が終わって、現在の読者にも手に取りやすくなったはずである。72冊ある長編も、実に現在50冊くらい本屋に流通している。これを奇跡と呼ばずして何と言おう?(もっとも書店に常駐しているのはそのうち10冊くらいかな。それでも代表作はちゃんと手に入るんだから十分に恵まれていますよ)。
 かつては絶版と品切れの嵐で、マニアを絶望させ、古書店を大いに喜ばせたカー。それにもめげず、カーを探し求めてきた皆様には、ホント、ご同慶の至り。なんならみんなで抱き合って泣いてもええで。ワールドカップで優勝した時のサポーターみたいやな。
 カーのマニアを人は「カーキチ」と呼ぶ。つまり「カー吉外」である。それだけ人を狂わすのである、カーは。訳書を集める面倒だけでも人生をゆうに棒に振りそうだしな。今は随分と手に入りやすくなったぜ、こんちきしょう。
 カーキチの文章として特に感動的なのが、江戸川乱歩「カー問答」(光文社文庫『江戸川乱歩全集27 続・幻影城』所収)、、松田道弘「新カー問答」(創元推理文庫『カー短編全集6 ヴァンパイアの塔』所収)、二階堂黎人&芦辺拓「史上最大のカー問答」(講談社文庫『名探偵の肖像』所収)、瀬戸川猛資「ジョン・ディクスン・カーが好き」&「異次元の夢想」(創元ライブラリ文庫『夜明けの睡魔』所収)など。カーを語るとこんなにもテンションがあがるのですよ。
 そんなこんなでディクスン・カー。実は本日が命日なのです。1977年の今日、愛する剣と騎士道の世界へと旅立ちました。来年で没後30周年です。
追悼・日下圭介 2月13日 
 1975年に『蝶たちは今……』で第21回乱歩賞を受賞した日下圭介氏は、ウールリッチ風サスペンスの名人として知られている。…と書き起こしてみたが、どうだろう? ここ8年ほど作品を発表していないせいもあって、なんだか現役を退いた感があった。若い読者の間では、もはや名前を知らない、忘れられた作家だったのも事実。そういう作家を偏愛するのがこのHPの大きな目的であるので、日下氏の部屋を復活させた次第。
 ことにHP管理者にとっては、唯一、同郷の作家である。日下氏は生まれこそ都内だが、5歳で疎開した和歌山県海南市を故郷としている。私も海南市の隣である和歌山県海草郡の育ちで、それだけに昔から動向が気になる作家だった。
 短編の書き手としても、日推協編の推理小説年鑑に1978年から1994年まで、毎年作品が収録されていたのも、佐野洋氏に次ぐ長期記録として知られている。しかしその業績も、文庫化された講談社の年鑑ももはや手に入らないようでは、たどりようがない。
 かつては「蝶の会」というファンクラブを持っていたくらい、ファンに愛された作家だった。氏の前身は新聞記者で、作家専業になった頃から、シリーズキャラクターを作って普通のトラベルミステリーのような作品を多作するようになったが、本領はサスペンス、それも情緒ありながらクールな味わいの作品だった。人が「ウールリッチ風」と言う訳だ。
 まだ66歳の若さだったが、ここしばらく執筆から遠ざかっていたところを見ると、長く病気療養でもしていたのだろうか。記事に出ていた誤嚥性肺炎なんて、すっかり弱った寝たきり老人でもなるような病気である。酒好きはつとに知られていたので、肝臓かそのあたりの慢性疾患だったのだろうか。ミステリの器に詩情と幻想を盛った名手が去った。近々実家に里帰りする予定なので、日下氏の作品を埼玉に持ってきて、読み耽ってみたいね。
夜会Vol.14 24時着00時発」雑感 2月3日 
 先週の土曜に中島みゆきの「夜会Vol.14 24時着00時発」に行ってきました。これはDVD「夜会Vol.13 24時着0時発」(2003.12初演)として発売されている作品の再演です。タイトルもマイナーチェンジし、中身も少し変わっているのか、気になっていました。私は今まで再演の夜会って行ったことないんですよね。「Vol.9 2/2」、「Vol.12 ウィンターガーデン」がそれぞれ、「Vol.7」「Vol.11」の再演だったけど、どちらも初演のほうが当選して、再演はチケット取れなかったからね。だから一度発表されたものがどういう形に変わっているのか、この目で確かめることができてよかったです。
 前回の公演をご覧になった方、あるいは、DVDを鑑賞された方なら話が早いですが、今回、ホテルマン役を本職の役者さんが演じることで、答えのわからぬパントマイム・ゲームになりかねなかった舞台が、より具体性を得た、という印象です。ストーリー後半の鮭たちとの出会い以降の、ともすれば科白で誤魔化してしまいそうになる、舞台説明が、スムーズになったかな。
 例えば、ヒロインのアカリと影のアカリの二人が出てくる「月夜同舟」という歌の場面、ホテルマンで車掌さん役のコビヤマ氏が長い竿を持って船の船頭の動きをするところがあります。なぜその場面でこの歌が歌われるのか、前回のDVDでは必然性が見られなかったのですが、こうして登場人物が無言劇を完璧に演じることで、アカリの今回の旅が何の旅なのか(死出の旅)が、はっきりと観客に提示されます。イメージとしてはカロンの艀、あるいは古代エジプトの死者の船かな。
 その後、自らの生い立ちに触れるアカリが「命のリレー」を歌う場面で、車掌さんが自分の制服と制帽を彼女に着せると言う秀逸な演技が見られました。これで、迷える魂であったアカリが、「一生田舎者の鉄道員」であった父の遺志を引き継ぎ、誇り高き銀河鉄道の鉄道員として甦り、同じく迷える魂たち(ここでは堰で行き場を失くした鮭たち)を別の線路へ導くことができた、ということです。本当にこの場面は素晴らしかった。涙が流れました。前回のDVDのほうでははっきり言って、唐突に自我を発見しただけにしか見えない、微妙な場面なんですがね。
 そして何より、前回の公演から今回までの間に、夜会オリジナルとして書かれた曲たちがパワーアップして『転生』(2005.11発売)というアルバムとして発売されたことも、プラスに働いていますね。夜会の曲ってまず、リフレインが多い(覚える科白としての歌詞が少ない)のが特徴なのですが、いつもCD化される時、付け足し=言い足りない部分を補う補完がなされるのです。その補完部分が今回、実によく生きています。歌のモチーフや場面設定がより鮮明になり、みゆき版「銀河鉄道の夜」という舞台全体のモチーフが浮かび上がってくる。
 宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」ってそもそも、皆さん、ちゃんと読んだことありますか?ますむらアニメだけ見て判った気になってる人はよもや知りますまいが、少年ジョバンニが親友カンパネルラと行く、単なる綺麗なだけの宇宙幻想の旅ではありません。カンパネルラにとっては友を助けて自分が溺れた死出の旅、ジョバンニにとっては「ほんとうのみんなのさいわい」(衆生済度)を求めていく悟りの旅、なのですね。
 衆生済度と自己犠牲いう大きなテーマが、みゆき版にももちろん受け継がれていて、今回、それが再演ではっきりした形になりました。できれば、前のDVDはなかったことにして、今回の演技を「24時着00時発」の決定版として再DVD化して欲しいな。でないと大きなテーマが不発に終わってしまってもったいないですよ。
早く人間になりたいジュース 1月18日 
 相方が正月の帰省の土産に、へんな缶を買ってきてくれました。称して「目玉のおやじ汁」と「妖怪汁」。なんじゃそりゃ〜?相方の田舎の近所に水木先生で町おこししてる境港という街がありまして、そこで売ってるらしい。
 いろいろ調べてみたら、妖怪汁と同じ会社から、変なキャラクター系のドリンクがけっこう出ているみたいで。しかも埼玉でも入手可能ときたもんだ。早速、川越は南古谷のヴィレッジ・ヴァンガードでご購入!以下、そのご報告です。
えっと…これが妖怪汁と
おやじ汁です…ネーミング
と中身がずれてます
ダブリ分を試飲してみたら、
どこをどうすりゃ
そーなるってくらい
とても爽やかな柑橘系でした
妖怪汁は鬼太郎のアップです
これが鬼太郎ブラザーズ
一番右のねずみ男汁なんて
飲むのに勇気が要りそう…
だってねずみは何十年も
フロに入ってないんじゃ…おえ
妖怪珈琲もどうぞ
これがベム・ファミリーです
おおお、おぞましいぞ!
早く人間になりた〜〜〜い!!!
飲んだら人間になれるのぢゃ!
いや病院行きかも…
注ぐならやはり実験用の
ビーカーにしたいもんです
まずはベムから…
すっぱ〜いブルーレモネード
確かに酸っぱいな
色が…あんた…どう見ても
飲みもんじゃないよ
絵の具の入った筆洗の水?
私のお気に入りキャラ、
口裂け女のベラ様です
ピンクレモネード、味は一番
まともだったりして…
色が蛍光色です!
一番問題だったのがベロ
あま〜いグリーンレモネード!
ほんまに甘い!頭痛が!
色はカビの生えたビーカーの
中の謎の合成液です
ヤケクソでファミリーを
合成してみました
案の定、味は最強でした…
一口で死亡…
そのまま流し台行き…
とろみがないのが残念です
濃度ついてたらまさしくベム汁…
さいとうたかをもあるぞ!
味はひじょうにうっすーい
スポーツドリンク味ですた
 こんなんでほんまに
非常時を生き残れるのか?
こちらは同時購入のルートビア
『Xファイル』のモルダーが
好きでよく飲んでますね
確かスカリーは嫌いなんでは?
だってねえ、味が…
サロンパス舐めたような…
私は好きですけど
異星人の存在も信じてるしなっ
 『妖怪人間ベム』って私のトラウマとなっているアニメでね、人間になることを希求するモンスターの放浪の物語よ。アウトローの悲しみをグルーサムなテイストで描いた、正直コドモに見せてえーんかい、ってアニメでしたね。それをこのようなキャラクター商品にしちゃうなんて、え〜度胸でんな。グロくて怪奇で悲惨な物語のかずかず、もう一度観たくなっちゃいましたよ。DVD出てるらしいから、近所のTSUTAYAかなんかにレンタルで置いてねえかなあ。
 『ゲゲゲの鬼太郎』もそういう点では、アウトローですね。ようかいだもの(みつを?)。京極夏彦の登場以来、妖怪が巷ではブームなのですが、アニメの楽しいキャラである以前に妖怪の彼らは、忘れられ遺棄された神々の成れの果てですから、こちらも語るも悲しい物語な訳で。まあ、そう目くじら立てずに楽しみましょうね、キャラ商品。
どぜうはいのち 1月7日 
 どぜう! それはいのち…。寒い夜に骨を噛みながら啜る物悲しい味。残り少なの生命の火を輝かせるたべもの。

   「疲れた。一ついのち
(3字傍点)でも喰うかな」
   すると連れはやや捌けた風で
   「逆に喰われるなよ」
   互に肩を叩いたりして中へ犇めき入った。
      ちくま文庫版『岡本かの子全集』第5巻より

 いのち、と名付けられたどぜうの汁を毎夜啜りながら、骨を噛む様に銀細工を彫り続ける老人の秘められたエロスの話…。岡本かの子女史の名作「家霊」(昭和14)のモデルとなったどぜう屋を訪ねてみました。
 その日は初詣で、相方Tさんと一緒に浅草寺に参ったのですが、私は正月早々、おみくじで「末吉」でした。うわ、嬉しくない…(笑)。宅墓鬼凶多シ、ってユーレイに沢山遭遇するっちゅうことですかい?(違うと思う)。嬉しくないねえ。ちなみにTさんは「凶」でした。百円払ってみくじを引いてこの仕打ち。内心ムカ入りながら、みくじを結んできました。どーせなら、おみくじは全部「大吉」にしておいて欲しいもんです。
 で、浅草寺から川べりに出て、駒形橋を過ぎて道の向こうに、「どぜう」の看板が見えてきます。いちおう週日の昼間なのですが、正月4日だからか、店の前で待つ人ちらほら。下足番のおやぢに名を名乗って、待つことしばし。Tさんはどぜう食べたことないそうで、反応が楽しみです。
 階下のテーブル席に通されたのですが、けっこう満席近くて、みんなどぜうを喰いながら酒を酌み交わしている模様。一杯気分でいい気持ち。我々も早速、どぜうのまる鍋と白鹿の燗を註文しました。どぜう蒲焼も頼んだけど、若造が生意気に、とでも思われたのか、単なる卵焼が出てきてイヤガラセされました(涙)。喰わずに返したけどな。まあ下町の老舗のことですから、いたしかたございませんことよ。
 さてどぜう鍋。小さい七輪に炭を熾して、その上に浅い鉄鍋を置き、つゆとどぜうがひたひたに載っています。薬味のねぎをどさっと乗っけて喰う。つゆは蕎麦つゆのような返しの風味。牛蒡とともに卵でとじた柳川もいいのですが、今日は、どぜう本来の味が味わえるまる鍋。私はこの「駒形どぜう」の店、3回目なのですが、いつもこのまる鍋ですね。
 骨まで柔らかな煮込まれたどぜうを、箸で一匹二匹取り、ねぎと絡ませて口に運ぶと、甘い返しの風味と仄かな魚の泥臭さが混じり合う。燗酒をひとくち含むと、ため息が出ます。Tさんも「おいしい」と箸を運んでいるようで、よかったよかった。煮詰まってくると水差しに入れて置いてあるつゆを足せるようになっています。
 この後、水上バスで湾岸方面へ出て、汐留ラーメンを食す予定なので、どぜうはほどほどにしておきましたが、魚がなくなってもつゆを足してねぎを煮てちびちびと喰ってました。いとおしい小魚の骨を噛むごとに、「家霊」の老人の、生にしがみつきたい希求が判るような、そんな気がしました。
 ほろ酔いで隅田川べりの乗り場から水上バスに乗りますと、ここもかの日影丈吉の名作「吉備津の釜」(昭和34)の舞台ではありませんか。疲れた(=憑かれた)男が、新橋から水上バスに乗って「川の魔物と陸の魔物」に遭遇するミステリの名作ですね。

   水上バスは浜離宮と魚河岸のあいだから河口に出て、
  やがて永代橋をくぐると大川をさかのぼって行った。小春
  の日は西に廻っていたが、川全体が温もっているのか、
  甲板に並べた椅子に腰かけていて、風の冷たさが快いくら
  いだった。
      国書刊行会版『日影丈吉全集』第6巻より

 我々は日影短編とは逆の道のりをたどって、魔物にも出遭わず、日の出桟橋へあがったのでした。
 初詣と一緒にちょっとした下町幻想文学紀行をしてみましたが、〆の汐留ラーメンまあまあでした。「うまいけど並ぶほどじゃない」(byT)そうです。