なんという凄い牡蠣! 6月27日 
 すいません、また性懲りもなく夏なのに牡蠣の話です。去る日曜、二度目の生牡蠣食べホーダイに行ってきました。♪なーまがき、なーんこも、タベホーダイ〜〜〜、とどっかで聞いたような歌が脳内鳴り響く中、例の店の新宿店に行ったのでした。
 今度は鬱陶しいカキフライもなく(支店によってサーブ方法が微妙に違う)、純粋に生牡蠣をわしわしと食べられるとあって、わしは大喜びだったのですが、昼飯のあと昼寝をしてしまったT氏がなんか腹のこなれが悪くて浮かぬ顔。実は内心飽きていたりして。でも付き合ってくれるし、先週のうちに予約は入れてあるので問答無用。
 食いもんとなるといつもはオバカな私だけど、今日はちゃんと食った牡蠣の数カウントすることにして、夕刻、おいすたあばあに出向きました。珍しくテーブル席に通されて、気合が上がるわしら。
 食べ放題の牡蠣の産地ですが、今回はいよいよ夏本番のせいか、国内産が一種類だけで、岩手・釜石産。あとはオーストラリアとタスマニアとニュージーランド産。冬の国からやってきた、日本の牡蠣と形の違う、ぷりちいなヤツラ。海外の牡蠣って、わりと小ぶりなのよ。日本の岩牡蠣のドデカさを見慣れていると、食い足りない気がするが、それぞれお安くはありませんのよ。牡蠣いっこワンコインくらいはするざんす。牡蠣ってば、コインをぼりぼり貪り食っているにも等しいんざんす。贅沢ざますわ。相方が「毎週生牡蠣食ってたらダメ人間になる〜〜」とのたもうてたのも、故ないことではありませんざんす。
 さて、一皿に二人分、4種類8個の牡蠣が鎮座ましまして運ばれてきました。小ぶりでも磯味濃厚な牡蠣もあり、あっさりと物足りないのもあり、さすがに国内産は岩牡蠣に近い濃密さで、舌を喜ばせてくれました。
 ところでお店のオシナ牡蠣には7種類のブランドが書かれていました。その中でも「三重県・的矢産岩牡蠣」というのが目を惹きました。だってだって……一個1000円近くするんですもの。ワンコインどころの騒ぎじゃありません。ヒデヨ一枚ざんす。これはさすがに♪タッベホーダイッ、のラインナップには入っておりませんでした。しかしまあ、耳ダンボにしていると、このヒデヨ牡蠣、結構註文される方がいるもんですなあ。わしらも最後の仕上げに別注で頼んでみようかということになりました。
 私のカウントが40個を超えた頃、的矢産を二個、チューモンしました。なんといふ贅沢。牡蠣いっこでSuikaのチャージも出来るし、ファミレスでランチセット食える。あまつさえ、アメ横でアロハシャツさえ買えちゃうではないか。それを牡蠣いっこに費やすなんてバカ。エンゲル係数と血糖値が高いにも程がある。
 しずしずとマトヤ君は運ばれてきました。思わず息を飲むわしら。
 「……で、でかい!!!」
 「ななな、なんじゃこら〜」
 あきらかにそれまでわっせわっせと食っていた牡蠣と違う大きさと品格。今まであちこち食った岩牡蠣の中でも図抜けてでかい。成人の掌サイズの殻の中に、ぎっしりと乳白色に耀く身がのたうっています。
 「的矢って真珠の産地やん。真珠貝とまちごうたんとちゃうか。真珠出てくるで」と私のさりげないボケを無視して、T氏がマトヤ君にかぶりつきました。
 「……これ食べたらダメ人間になるう〜〜〜」
 私は今までにも的矢産の生牡蠣を食したことがありましたが、それよりもでかい。しばらくためつすがめつ眺めていた私ですが、おもむろにがぶりといきました。ん! なんだこの芳醇な味は! 口の中に拡がる旨味。しかもその旨味ときたら、本体が咽喉を滑り落ちていった後も、まるで痺れるかのように口腔に残るのです。文字通り、私ゃ、マトヤ君にしびれました。もし皆様におかれましても、マトヤの岩牡蠣君に御目文字かなった時は、財布の底はたいてでも召し上がられたほうがよろしいかと存じますことよ。
 いやあ、それにしても食った食った。生牡蠣だけでなく、オイスターチャウダーまで取り寄せて食う始末。こんな贅沢したら来週から、ウドンばっかりお食べにならなきゃいけないざんすうううう。しばらくは岩牡蠣ショックから立ち直れそうにない私です。
隣の客はよく牡蠣食う客だ 6月15日 
 誕生日の祝宴はとどこおりなく進行し、とりわけ牡蠣はきれいに平らげられた。
「牡蠣おいしい、お父様?」とマメーリア王女は何度も父親に尋ねた。「水っぽくない?」
「私のはおいしいよ」と国王は言った。
「おまえのはどうだね?」
「とってもおいしいわ」と彼女は答えた。「とっても」
「王女マメーリア」田口俊樹・訳 ハヤカワミステリ文庫
 ちかごろは『チョコレート工場』の原作者としてのほうが有名なロアルド・ダールさんであるが、オトナ向けのスパイシーな小説も沢山書いている。ダールさんはグルメなことで有名で、晩年に書かれた短編「王女マメーリア」では、登場人物に美味しそうに牡蠣など食べさせている。それまでは美人ではなかったけれど心優しかったのに、ある朝目覚めたら自分が虫…じゃなくて(それじゃカフカだよ)超絶美人になっていた王女様が、美貌に目が眩んだ男どもにチヤホヤされてついに、父である王を弑して自分が王位に就こうと野望を抱くオトギバナシである。ここでは生牡蠣が殺人の凶器になる。
 かように、生牡蠣は彼ら王侯貴族が夢中になる食べ物である。なんでも「生牡蠣は“R”の付く月は食ってはイケナイ」とのたもうたのは、かのナポレオンであるとか。暖かくなると中毒が怖いから、というのは表向きの理由で、ホントウは春先に美味になる牡蠣を独占したいが為であるそうな。あんたそんなんやから、胃弱で片手をいつも上着の袷につっこんでなくちゃアカンようになんねん、って誰ですか、天下のナポレオンにツッコんでるの?
 この日記の↓のほうでもさらりと触れているが、最近、私と相方は「オイスターバー」なる食いもん屋にはまっている。毎週でも行きたいくらいだが、決してお安いところではないので、時々な。ところが、行きつけのオイスターバーが今、「生牡蠣食べ放題フェア」をやっているのである。先月末から6月いっぱいね。夏場は生牡蠣食べる客が激減するだろうから、お店の苦肉の策と思うが、生牡蠣好きにはたまりません。
 このお店、いつもは7、8種類の産地から直送の無菌処理牡蠣をつるつると食べさせてくれて楽しいが、今は4種類に絞って食べ放題。しかもお値段がニーキュッパ!日ごろ、生牡蠣をタップリ食いたいと思っていたわしらが、こんな美味しい話に乗らない手はなかろう。先の日曜に行ってきましたよ、池袋店。
 北海道産、岩手産、タスマニア産、ニュージーランド産の4種類を二時間食べ放題。いったいどれくらい食えるのかわからないが、お供のアルコールとともに、早速つるつるしてみた。海の味、潮の味、塩の味、磯の味、旨い。それぞれの産地によって味が違うし、レモンちょびっとたらして啜りこめば、牡蠣極楽。
 カキフライも一緒に食べ放題なのだが、こっちはさすがに一回食べたらお腹が膨れるので、もっぱら生牡蠣をつるつる。相方と、やれここの牡蠣は濃厚だ、とか、これは水っぽい、とか、楽しくだべりながら、何度もおかわりし、いったい何個くらい平らげたやら。牡蠣の殻に残った汁までずるずる飲み干すワタシ。だってこれも美味しいんだもん。アチラのレシピを見れば、牡蠣のチャウダーとかシチューを作るときは、必ず、開けた殻から出る水を溜めてスープに入れなさいって書いてあるし、これもまた牡蠣のエキスよ。
 ビールにワイン、ラムカクテル、酒に強くない相方が残したジンライムまで飲み干して、ガハハと牡蠣を食っていたが、だんだんアルコールが脳髄に染み渡ってきて、一時間半くらいでとりあえず終わりにした。
 こんだけ食ったら店のレコードホルダーになってんのちゃう?と、我々は勝手にイキオイこんでレジのおねえさんに聞いてみたら、「一人で百個召し上がられる方もおいでです」とのこと。負けた……。隣の客はよく牡蠣食う客だったりしてな。他に食べ放題頼むような酔狂な客はおるんかい、と思っていたら、結構いたねえ。オサレな二人連れとかが、つるつる、あっちでもこっちでも。ご同類がいて嬉しくもあり、ナポ公のように独り占めしたい野望がむらむら湧いてみたり。
 別に生牡蠣大食い選手権にエントリーするつもりはないが、来週もまた生牡蠣食べ放題に行ったろか、と画策中である。相方が飽きてなければ、おそらく行くだろうね。それだけ生牡蠣は旨いのだよ、諸君(しかもフダンは高価なのよ)。
 余談だが、ワタシのオトートはかつて生牡蠣大好きだったが、数年前に中って死に目に遭って以来、生牡蠣はオロカ、生貝類をいっさい口にしなくなった。さぞかし辛い人生であることだろうね。同情する。なんでも、中毒になってから三日三晩というもの、トイレから一メートル以内から出られなかったんだって。
 さて、生牡蠣を美味しく食べた王様とマメーリア姫はどーなったのか、それは、本屋で『王女マメーリア』を手に取ってご自分の目で確かめてください。うちのオトートが泣き濡れるような、ダールらしいブラックで気の利いた結末が待っているはず。
嗚呼、感動の結婚式をぶち壊す方法 5月29日 
 私の父の末弟で、見た目ヤ○ザさんのよーな人がいる。空手の師範で全国に舎弟…いえ、弟子が2000人いるそうな。でもこの人、酒癖が悪くて悪態を吐くので、初めて見る人はほんまに怖いかもしれない。酔ったところで眼の前におったら、東京の方だったら多分ちびりまんなあ。
 さておとといの日曜、私の従妹の結婚式が横浜の老舗ホッテールで執り行われた。山下公園眼の前のあそこね。当然、叔父たちも列席したが、くだんの叔父、洋風のお式が気に入らん人である。しかもそういう場でも酒呑み出したらとまらへんの。さてどうなるか、親戚一同、おっかなびっくりで式に臨んだ訳である。
 さあ、楽しい結婚式の始まりだ。従妹とそのフィアンセの希望で人前結婚式という珍しい式だったが、案の定、戦前生まれの叔父は気に食わない。やれ、変な式だの、メシが不味いの、ワインが嫌いだの、洋食嫌いだの、クーラー寒いの、などとゴネだした。あれまあ。
 ホテルマンにポン酒を持って来させて、変なビーカーみたいなイレモンでぐびぐびやり出した。ちょっと味を見させてもらったが、えらい甘ったるい酒。あま〜いカポーにはええかもしれんが、70近いオッサンには甘過ぎじゃね。あっという間にタコオヤヂが出来上がってしまった。
 新婦の父、つまり私の義理の叔父に当たる人が、親類紹介でこの叔父のことを「見た目が関西方面の名物(何?タコヤキか?)のようでちょっと怖いですが」と紹介して、一瞬引き攣った笑いを取っていた。
 色んなゲストがいて、従妹一家の友人有志のジャズバンドの演奏とか、賑やかに披露宴は続き、いよいよ感動のクライマックス、新郎新婦のオトーサンの贈る言葉である。満場の注目が、ご両親席に集まる。新郎の父が言葉を贈る。大学の先生とあって立て板に水の滑らかなお話で、笑わせつつ、ほろりとさせつつ、息子へメッセージを伝えた。ん〜、隣のテーブル見たら、うちのオカンがハンカチを取り出している。
 新婦のオトーサンの番が来た。カメラのフラッシュが焚かれる。こちらのオトーサンも感動のスピーチを用意していて、泣かせる自信満々だったのである…従妹の生まれた時の話から、彼女が誇りを持って続けている仕事の話、うちのオカンでなくても、ご婦人方はハナミズ寸前である。叔父たちもカメラを取り出して、感極まるオトーサンの表情を捉えようとしている。
 ところが、が、んが〜〜〜〜!!! どた〜〜っと大きな音がして、なんか黒い物体がご両親席の前に転がった。なんじゃ〜〜〜っ?!
 例の怖い顔の叔父が、カメラ片手にムーンサルトでごろごろ転がって、満座の注目するど真ん中にぶっ倒れた。凍りつく満場。あちこちで、ひっ、と悲鳴が。もしや、ヒットマンが式に紛れ込んでいて、組長(叔父のことね)を狙撃でもしたのか? 流れ弾から逃げようと浮き足立つ人々。
 しかし、こっちの親類は、叔父が相当酔ってて足にきてんの判ってるんで、ダメ、もうだめ、笑いがぞくぞく脊椎を駆け上ってくる。あ、ダメ!!! 笑っちゃいけないのにこみ上げてくる笑いを人は「法事笑い」と呼ぶ。法事の場とかでなんだか笑えてしょーがない、アレね。一度はじまってしまうとどうしようもないのね。
 新婦のオカーサン(父の妹ね)が堪えきれず、んははははと笑い出した。そこに叔父がケツをさすりつつむっくり起きたので、こっちももうダム決壊。ぐはぐはぐははははは…
 ホテルマンはホテル始まって以来の椿事に、式場のアチコチで瞬間冷凍されて銅像になってるし、新婦もメイクをブン流してだははは笑ってるし、感動の場が一瞬にして大爆笑の渦となった。
 まあ、近頃はヒトの結婚式でここまで酔っ払う人見たことないでしょうし、列席した皆々様にオイシイ話題を提供してしまったのだが、一番気の毒だったのは新婦の父かもしれない。スピーチの途中で満座の大爆笑を取られてしまっては、もはや感動もすかしっ屁みたいなもんである。
 さて、この狂態を見るに見かねたもう一人の叔父(私のオトンのすぐ下)が救出に行った。だが、この叔父は負けるな一茶ここにあり、と励まされてしまうような貧弱な体格であった。下の叔父はカラテカであるし若い頃からころころしてたので、たぶん兄貴より重い。だから持ち上がらん。一緒になってずっでんどう。痩せ蛙が大きなカブにぶっ潰されてるみたい。人は笑う。オッサンたちはこける。親類は固まる。で、一番長兄のオトンはどうしていたかと言うと、あまりの状況にフリーズしてました。私? 私ですか? もちろん他人のフリです(^^)
 叔父はすべて終わったあともホテルのフロントで絡むわ、廊下で寝るわ、さんざん暴れてくれたようだが、宴のあと、そそくさと逃げ出してきた私たち一家には与り知らぬことである。関西人の身内が山ほど来るので、何が起こっても不思議ではないわ、と新婦の母が予め新郎側の家族に言ってあったので、特にその後、問題もないようであるが、嗚呼…
大庭みな子氏逝く 5月25日 
 作家・大庭みな子氏が昨日24日亡くなった。ネットでも訃報(yahoo!ニュース)(毎日インタラクティヴ)(livedoor)(cyboze)が報じられている。1996年7月に脳梗塞で倒れて以来、夫の利雄氏に支えられて車椅子で闘病生活を送っておられ、毎年始に、ぽつぽつと短編を発表されていた。ここ一、二年、その短編も見あたらなかったので、もしかして随分お悪いのかと思っていた矢先だった。ミステリのHPで純文作家の大庭さんの訃を取り上げるのも、彼女の文学が幻想怪奇と地続きのものだったと私が勝手に思っているからである。
 フェミニズムの先駆的存在とも言われ、日本の純文学壇の中心として40年近くの長きにわたって活躍されていた。…というような、どっかで見たようなしたり顔の総括は書きたくないのであって、斬新な男女観の捉え方と詩的な文体が魅力で、私も高校生のガキのころから愛読してきた。
 凡そ総ての文章には、私の頭にするりと入ってくる文体と、そうでないものがあって、大庭さんの文章は私の頭や心にするりと忍び込んできては、時に毒の味わいで酔わせ、時には明日の創造へと繋がる取っ掛かりを与えてくれる。フェミがどうの、純文がどうの、という以前に心底魅了されていた。私の書架にも左の画像のように大庭さんの単行本がコンプリートされている。常にみぢかに置いておきたい作家である。
 大庭さんが半身不随となって旦那さんとともに「終わりの蜜月」に入られた頃から、漠然と、もっと大庭文学の面白さを色んな人に知ってもらいたいと思い、サークルで読書会を持ったり、ホームページを作ることも考えたが、努力不足で今日に至っている。
 そもそも「三匹の蟹」(1968)で異国の地で壊れた人間関係を虚無的に眺めるところから出発した大庭文学だったが、老子思想とアニミズムを取り込んだ独自の変化を遂げて、「夫婦は共犯者」(佐多稲子かっての(笑))とも言うべき「対幻想」の中に慫慂として消えていった感がある。
 長年文壇の中心にいたので、わからないなりに誉められてきた気配もあって、その反動か、近年、大庭文学がわからない、などと公然と批判する連中も増えた。わからないのはそちらのアタマが○○なだけだろうと思うのだが、棺の蓋を覆うてから、やおら、大庭みな子はくだらない、などと言い出す阿呆が出てきそうなので、一言ちくりと言うとかないとね。
 最後の作品となった『浦安うた日記』(2002、作品社)の最後に、半世紀一緒にいた夫との日々を振り返り、「ノラの家出のようにナコ一人がこの世の火宅から旅立つのはトシに気の毒だと思うと、今しばし痛む身体や燃える頭をいたわって蜜月を楽しむのも悪くはないと身を任せている」と語られている。今年の花の盛りを味わって萌え出づる季節に旅立たれたのだから、そう悪くはない門出だろう。
 読者としての心残りは、病に倒れた時連載中だった、『ふなくい虫』サーガの新作である『七里湖』が未完に終わったことかな。
『無意味なものと不気味なもの』 5月23日 
 2007年4月16日のアメリカ・ヴァージニア工科大事件(死者30人)、1999年4月20日のコロンバイン高校事件(死者13人)、1996年5月21日のタスマニア・ポートアーサー事件(死者35人)、1982年4月27日の韓国・宣寧事件(死者55人説から71人説まであり)、そして1938年5月21日の日本の津山事件(死者30人)。短時間で多数の人を銃刀で殺戮した事件ばかりで、いずれもギネス認定級の凶悪事件である。もっともギネスブックって現在は、そういうマイナス要因のある認定は行っていないので、大量殺人の記録は載っていないのだが。
 さてこれらの事件の共通事項は、いずれも4月から5月の木の芽時の事件だということ。もっともオーストラリアは地球の反対側なので秋だが、それ以外は全部春。木の芽時が「キ」の芽時ということがよーく判る。世界中の短時間殺戮事件が4月5月に集中して起きているなんて、出来すぎた話だがホントウである。
 こんなキの芽時に読んでいただきたいのが、精神科医の春日武彦センセイの本。巨大吉外病院・都立松沢病院の元医長にして、「ストーカー」という言葉を日本に紹介した方。『ロマンティックな狂気は存在するか』(現・新潮Oh!文庫)や『顔面考』(紀伊国屋書店)、『17歳という病』(文春新書)など精神科医の側から文学や社会を見たエッセイを多数出版している。
 その春日先生の最新刊が『無意味なものと不気味なもの』(文藝春秋)という、とってもイヤ〜なカバー絵がキュートな文学論。しかもイヤ〜な収まりの悪い小説だけを取り扱った本だから、たまらない。ちなみに目次を引くとこの通り↓。
隠蔽された顔―N・ホーソーン『牧師の黒のベール』
本物そっくり―河野多惠子『半所有者』
糞と翼―パトリック・マグラア『長靴の物語』
姿勢と連想―古井由吉『仁摩』
受話器を握る怪物―H・P・ラヴクラフト『ランドルフ・カーターの陳述』
孤独な日々―日影丈吉『旅は道づれ』
南洋の郵便配達夫―J・M・スコット『人魚とビスケット』
描きかけの風景画―藤枝静男『風景小説』
墜落する人―レイ・ブラッドベリ『目かくし運転』
救われたい気持ち―高井有一『夜の音』
果てしない日々―クレイ・レイノルズ『消えた娘』
世界の構造―富岡多恵子『遠い空』
グロテスク考―カースン・マッカラーズ『黄金の眼に映るもの』
うふふ。―車谷長吉『忌中』
昆虫的―内田百間『殺生』+ブルーノ・シュルツ『父の最期の逃亡』
 このようなラインナップが取り上げられていて、驚いたことに私の趣味にどんぴしゃりで的中しているのだ。富岡・車谷以外は全部私の気になる作家ばっかりだった。オヨヨ。私の文学趣味も決してひとさまに言えるようなもんでないのは承知していたが、「無意味」と「不気味」で括られるものばっかりだったなんてね。
 この評論のいいところは、精神科医だからといって安易な精神分析的解釈に頼らず、自分の体験と照らし合わせた不気味さの根源を探そうとしているところである。作品それぞれのマクラに春日先生の経験したイヤ〜な話題が盛り込まれていて、とってもダークな気分になるのである。文学作品を論じてまた最後にイヤ系の話題が振られ、イヤ話でサンドイッチされた論考のつくりは大変面白い。名作というよりは論者自身の心に引っかかって離れない作品ばかり扱っているせいか、こちらの心にまでしがらみついてくる。
 いったいこのイヤ感はどこから来るのか、気になってキになって、ここひと月ほどぱらぱらとこの本を繰り返しひもといていたのだが、この収まりつかない気分は取れそうにもない。明朗快活なエセ文学(そういうものは人間の理解度が浅いのである)は大嫌いな性分ゆえ、自然とこのような小説ばかり好んでいたと思っていたら、自分自身がみごとにキーさんの仲間だったことに気づかされた感じである。
 春の呼び声を聞きながらこのようなイヤモスキー本を読むのも一興かと思うのだが、いかがであろうか。少なくとも、日ごろの憂鬱が文学で昇華できているうちは、ライフルや日本刀持って人をぶっ殺したりしないんじゃないかな。
 ところで冒頭で引いた『八つ墓村』のモデルとなった津山事件、来年で発生から70周年である。果たして惨劇の記憶は風化したのだろうか否か。
乗り過ぎちゃって困るの〜 4月18日 
 ♪見え過ぎちゃって困るの〜、はマスプロだが(今でもCM流れてんのか?)、最近、乗り過ぎちゃって困るの〜〜。原因は、アレです、アレ。ICカード乗車券ってえの?ペンギンがCMやってるJR東日本のSuika。アレが私鉄、地下鉄、どっこでもタッチアンドゴーになったからである。
 しかも近所の私鉄の駅でもチャージできるようになって、もう便利すぎて高笑いが止まりません。なんでもっと早くこうしなかったのか、もっと早くベンリになってれば、みんな都心に電車でタッチアンドゴーで、こんな不景気な世の中に陥ってねーんじゃないか!!!、とついつい憤ってしまうくらい、ベンリである。前は最寄のJRの駅でないとチャージできなかったから、あんまり使う気がしなかったのにねえ。
 同じ機能のPASMOは早くも売れ過ぎちゃって困るらしくって、製造中止になって皆さんお怒りのようだが、以前からSuikaを使用していたこっちは、ありがたやありがたやである。ありがたすぎてこないだも、首都圏に20年近く住んでて一度も行ったことなかった六本木なんて行っちゃったしな。相方が開業したてのミッドタウンにできた、名古屋のお魚粕漬の「鈴波」の定食を食べたいというので、右も左もわからんポッポンギくんだりに行ったのである。「鈴波」の定食は、定食なのにソフィスティケイテッドされた食いもんでした。旨いです。
 だいたいがっ!、東京の地下鉄って蜘蛛の巣迷路状になってて、行きたいトコあっても、あの路線図とにらめっこして切符を買うのが心労で心臓がキューって縮む思いをしてきたのだが、タッチアンドゴーになった途端に、あらもうのれっちゃってたのね。
 飛行機も先月、関西に帰省する時、SKIPとかなんとかいうヤツで、石坂金田一のごとく、頭をぽりぽりしながら、いつの間にか飛行機に乗れちゃってたハズだが、同行のオカン(おん年70代)がケータイ使いこなせず、チケット発行で引っかかってたので、なんてこたない、チャラになってしまったのだが、こっちも本来ならベンリである。人間ベンリになり過ぎると堕落するもので、ダラクしまくってます。
 ダラクしたイナカモンは、ポッポンギ行くのにわざと新宿で降りて、駅ビルで生牡蠣ワインをつるつると流し込んでから、大江戸線に乗る、なんて、離れ業も憶えたぞ。とーきょーに来て以来20年でようやく、都会っぽい動きが出来るようになったのも、路線図とニラメッコしてちまちま計算して切符を買わなくてもよくなったからなのですね。
 しかもポッポンギの帰りに東ギンザによって、「プルーカフェ」の山形水ラーメンを啜る始末。こないだの墓地で花見の後も、高田馬場よって、「渡なべ」のごゆい魚介ダシラーメン啜ってるし、乗り過ぎちゃって、ふと気づくと、チャージしたてのSuikaが猛烈に速く減っているのだが、それでもすらすらサイタマまで帰ってこれてありがたや。IC付乗車券の威力を思い知った訳です。
 思えば、私は鉄道も走らぬド田舎に育ったせいで、高校生になるまで自動改札も見たことなくって、和歌山市内の高校に進学したその日に街のほうに遊びに行って、思わず、JRの改札を強行突破してしまったような人間である。改札をすっぱーと飛び越えたあの日から随分遠いところへ来ちゃったのね〜、と感慨に耽った春のイチジツだった。
墓場で花見!?『Heaven?』の世界 4月4日 
これがウワサの鱸さんち 桜のトンネル、桜坂
気がふれたよーな皆様 屋台まで出てました
やすらぎ会館 やすらぎ会館全景
 佐々木倫子の前々作『Heaven?』(小学館)がお気に入りマンガナンバーワンです。西原理恵子は別格として。それ以前は『動物のお医者さん』(白泉社)がナンバーワンだった。
 なので、前から一度行ってみたいと思っていた青山墓地!なんで青山墓地なのかというと、『Heaven?』の舞台となるフレンチ・レストラン「ロワン・ディシー(この世の果て)」は墓地のまん真ん中にあるという設定。それがどう見ても青山墓地なのです。この都会のブラック・ホー…もとい、オアシスを、過日、見に行ってきました。
 墓地は桜が花盛り、♪満開花は満開君はうれしさあまって気がふれる〜、ってか?(井上陽水かっ)。気がふれたよーな花見客の皆様が多数おいででした。うは。足元に死体がどっさり埋まってるってのに、よーやるぜ。
 さてマンガには、史上最強の黒須オーナーはじめ、主人公の無感動な伊賀くんとかおバカの川合くんとか、いろんなキャラが登場するのですが、ロワン・ディシーの常連さんで、墓地の入口で石屋をやっている鱸さんという人がいます。ところが、青山一丁目の駅から都立赤坂高校の脇を抜けていくと、ほんとうに鱸石材店が実在した!これはビックリ。佐々木さんてば、本当にある石屋さんの名前を使っちゃってたのね。
 『動物のお医者さん』のモデルとなったH大出身の相方いわく、「佐々木倫子は実在の店や場所をよく使ってるよ」とのことですが、それが実証された訳です。ほなら、『おたんこナース』(小学館)のモデルとなった病院とかあるのかしら……あったらすっごく通院したくない(笑)
 墓地の路地では、皆様どんちゃんどんちゃんと大盛り上がりで、これもまた『Heaven?』に描かれていたのですが、本当に墓場で酒盛りする人たちがこんなにいたんですねえ。感激。お好み焼きやたこ焼きの屋台まで出る始末。ここは上野公園かっつうの。
 見事な桜のトンネルが、青山から西麻布へ降りてゆくゆったりとしたスロープ沿いに咲いていて、見事でした。もともと東京の桜は死者を慰霊するためのものなので、さぞかし地下の皆様も桜を愛でて生者と酒酌み交わして満足されたことでしょう。
 墓地の真ん中に通りが通っていて、そこを左に曲ると、あったあった、これもマンガに登場する「やすらぎ会館」。マンガでは、「ロワン・ディシー」は「やすらぎ会館」と棟続きでトイレを借りる設定になっていましたが、さすがにレストランはくっついてませんでした。港区立の葬祭場で、建物もマンガと違ってたし。佐々木さん、名前だけ借りたんか?
 「ロワン・ディシー」はどこの駅からも遠い最低のレストラン、という設定ですが、やすらぎ会館はメトロ千代田線の乃木坂駅のどまん前で、とっても便利なので、港区にお住まいの皆様、お亡くなりの際はぜひ一度お使いになってみては?…っつうか、死んだら自分の意思で決められんってか?佐々木ファンならぜひここでお葬式あげたいですねえ。