新総理の伯父様は? 9月24日 
 某党の新総裁が決まったそうで、まあ、普通に考えればしばらくはこの人が総理総裁なのだな、ということです。別段感じることもございませんが、新しい総理になる人にゆかりの文学者の話など一席。
 麻生太郎氏はさかんに、自分が「あの吉田茂首相」の孫だと言っておられるようですね。近頃は「あの(一億円ばら撒いてリクルート事件で退陣した)竹下登首相」の孫なるタレントも、テレビをにぎわしていることですし、孫けっこうなのですが、吉田茂の孫、と言いましても、麻生氏は次女・和子さんの息子なのですね。しょせん外孫じゃな。あんまり血縁振り回してマゴマゴ言わんとってほしいですわ。
 さて、吉田茂バカヤロー解散首相にはお子さんが四人ありまして、その長男が英文学者で作家の健一氏であります。首相の長男ともなりますと、現代ではたいてい地元の後援会なんぞにかつぎあげられて、若くて衆議院選とかに打って出たりして、ケッツの青い二世三世議員として君臨するわけでございますが、吉田茂の息子は留学先のケンブリッジで生きた英文学の歴史に触れ魅了されて、文学者の道へと大きく道を踏み外したのでございます。
 この健一氏、父親が首相になると脚光を浴びて初のエッセイ集を昭和29年に出してもらったのですが、そのタイトルがミもフタもない『宰相御曹子貧窮す』(文芸春秋新社)というもの。本人は同じ内容の本に『でたらめろん』とつけて私家版を出し、そっちを知人に配ったそうで、他人(主にマスコミ)がおのれのことを「御曹子」などと冷やかすのが耐えられないという面持ち。あんまり父親のことを書いたり語ったりは好まなかったそうです。
 健一氏の文体にはシロウトでも一目で分かるくらいの如実な特徴がありまして、とにかくセンテンスがやたら長い。しかも、句読点が異常に少ない(この日記の文体と正反対ですなあ)。蛇かみみずがのたくるような文体、とでも申しましょうか。文学活動の初期から小説は書いていましたが、早い晩年になって何作か長編を残しました。その書き出しをここに引用したいと思います。

 こういう題を選んだのは曽て日本に占領時代というものがあってその頃の話を書く積りで、その頃は殊に太平洋沿岸で人間が普通に住んでいる所を見廻すと先ず眼に触れるものが瓦礫だったからである。……『瓦礫の中』(昭和45年)

 この頃の東京は東京でないと言ってしまえば簡単である。併しそれで東京に住んでいるものはどうすればいいのか。尤もその場合も色々と分けなければならないに違いなくて、そこに住むものの多くが今日では自分がどこにいようと全く無頓着な人種である時に東京がどんなであっても少しも構わない訳であるが、それが東京にとって別に喜ぶべきことなのではない。……『絵空ごと』(昭和46年)

 朝になって女が目を覚して床を出る。その辺から話を始めてもいい訳である。そこは鎧戸とガラス窓を締めてレースのカーテンに重ねて濃紺の繻子のカーテンを夜になると張るのが東側の窓だけ繻子のカーテンの方が引いてあるのは女がそこを通して朝日が僅かに部屋に洩れて来るのを見るのを朝の楽みの一つに数えていたからだった。……『本当のような話』(昭和48年)

 これは加賀の金沢である。尤もそれがこの話の舞台になると決める必要もないので、ただ何となく思いがこの町を廻って展開することになるようなので初めにそのことを断って置かなければならない。……『金沢』(昭和48年)

 これは本郷信楽町に住んでいた頃の話である。当時は帝大の前を電車が走っていたと書いても電車も帝大も戦後まであることはあったのだからそれだけでは時代を示したことにならない。それならば日本で戦前だとか戦後だとか言うようなことになるとは誰も夢にも思っていなかった時代ということにして置こうか。……『東京の昔』(昭和49年)

 もう皆さんおなか一杯になったでしょう? この極端に句読点の少ない、したがって、ケータイ小説なんぞしか読んだことのないゆとり世代には天敵のような文体、これこそ吉田健一一世一代のスタイルなのです。批評とも小説ともつかない、ひとを喰った書き出し。しかしそこで常に行われているのは、小説の「世界」を措定するという作業です。彼は愚直にも長編を構築する度に、その作品の「世界」をこういうものだと読者に示さずにはおれなかったのです。やたらと饒舌な新総理も、この伯父さんに似たのでしょうか。
 吉田健一の文章だけ読んでいればあとは何もいらない、というような意味のことを仰っていたのが、先年亡くなった倉橋由美子氏ですが、作家・評論家にもヨシケンファンは多いですね。自作のみならず翻訳の文章までもこの独特の文体で彩った、唯一無二の文学者です。文庫や選集では飽き足らず、私はかねてから全集を入手したいと思っていますが、全32巻の厖大なもの故、なかなか手が出せないでいます。
『源氏物語』千年紀に思う 9月18日 
 『源氏物語』が書かれてちょうど千年、というふれこみで、今年はいろいろと本が出たり、ネットで取り上げられることが多いのだが、さて、何をもって「1000年」と言っているのか、正しく理解している人は少ないのではないだろうか。『紫式部日記』の寛弘5(1008)年11月の条に、中宮彰子の内裏還御の手土産に『源氏物語』の冊子を製本しているくだりがあって、これを『源氏』完成の時として、京都市などが中心になって、千年紀を祝おうと呼びかけているのである。ただあまり目立っていないのが悲しいところだ。
 そもそも、テレビなどが取り上げなけりゃ、文章を読まない人たちにはアピールは無理だろうし、テレビ局側は平安時代以前の物語はあまりいいネタとは思っていないらしいので、くだらん戦国や幕末のチャンバラや黄門様はいくら撮っても、光源氏など一顧するだに価しないようである。でも同時代人の安倍清明(『陰陽師』だよ)なら撮るのかね。アクションがないとドラマにならんのか?
 しかし私も正直なところ、『源氏物語』の実写化なんておよそ感心しないと思うよ。もし実写版が作られるなら、主人公の永遠の美青年(でも本来、王朝の『美青年』だからね。引き目かぎ鼻しもぶくれのデブじゃ〜〜〜)を誰が演じられるというのか。ジャニタレなんぞが選ばれたらシャレにならんしなあ。かといって女性が演じるのもどうかと思うし(2001年の映画『千年の恋 ひかる源氏物語』)。
 書店の棚を眺めていても、研究書が雨後の筍のように次から次へと出版されているのもなかなか見ものだが、折からの新書ブームに乗っかって、誤解に誤解を重ねたイタい妄想研究や、深読み裏読み斜め読みのテキトー本がうじゃうじゃで、比較文学やらフェミニズムやらからの越境勘違い異種格闘技も混じってて、苦笑するやら微笑ましいやら。それだけ愛されているんだし、いいことなんだけど、忘却の彼方に霞み行く他の王朝作品に比べたらね。
 近頃、とある地方都市の主婦の皆さんを生徒に、某女流日記作品を毎月講義しているのだが、ようやく慣れてきて色んな質問が来るようになって、実に楽しいものである。こういう人たちが『源氏』人気を支えているのだな、と実感する。瀬戸内寂聴では飽き足らず、原文で読んでみたいと思うのはいい心がけだし、『源氏』は古典の勉強をしている大学生でも歯が立たないくらいの構文が多くあるのだが、同じ日本人がたかだか千年前に書いたものだし、是非とも挑戦してみていただきたいものである。
 しかし講義で時々、最新の研究に基づいた王朝時代の真の姿をお話したりすると、拒絶反応を示されることがある。みんな華麗な夢を見たいのね。天皇が内裏に孤独に置き去りにされ、貴族の従者が暴力を働き、通りには子供の腐乱した屍骸が転がる、暗黒の末世には興味ないのかもね(こういう王朝社会の裏面を教えてくれる、田中貴子氏や繁田信一氏の本は面白いぞ)。
 とは申せ、源氏千年紀、たかだか千年、されど千年、長い歳月に磨かれた宝玉のような小説を、もっと多くの人に読んでもらいたい、ただそれだけの願いなんです。もちろんマンガの『あさきゆめみし』(傑作!)でもかまいませんことよ。


※注 唐津紀行は画像が重いため、別ページといたしました。

サイモン・マースデン写真集のこと 7月19日 
 今月、3?歳の誕生日を迎えたので、自分へのプレゼントに、サイモン・マースデンの写真集2冊を買った。けっこう前に出たやつなので品切れてるかも、と思っていたら(確かに一度は版元が倒産して絶版になっているようだ。現在のは復刊)、な、なんと、近所の本屋にあったのだ。これを仕入れた店員はどーかしてるぜ…いえ、素敵な見識ざんす。単に、以前の客注の分のスリックをそのまま再注文に回しただけかもしらんが。
 この写真家、サイモン・マースデン氏は、「ピクチャレスク」な写真を得意としている。手元の研究社の英和辞典を引くと、「picturesque」は「絵のような・画趣に富む」とか「生き生きとした」という意味しか載っていないのだが、ものの本によると、

 一八世紀の終わりに、大陸の華やかな文化に対抗して英国独自の美的価値観を希求する一派が登場し、「崇高」な、人の心を圧倒し、恐怖さえおぼえさせるような風景を賛美する理論が打ち立てられた。その成り立ちにかなりの無理を抱えたこの理論において賞賛されたのが、断崖や崩れかかった廃墟などだった。そうした風景が、当時としては絵にするのにぴったり、すなわち「ピクチャレスク」であるとされた(辞書では、picturesqueという単語はたいてい「絵のように美しい」などとなっている。しかし、もともとは大変な絵を指していた)。           『妖精のアイルランド』下楠昌哉・平凡社新書より。

ということである。時を同じくして現れたのが、ゴシック・ロマンスという、恐怖を煽情を売りにした娯楽文学であった。現代の恐怖幻想文学の祖とされるウォルポールの『オトラント城綺譚』(国書刊行会)などが、ゴシック・ロマンスの代表選手である。幽霊や悪霊が跳梁跋扈する廃墟や荒野を舞台にした小説が山のように書かれ、多くは消えていった。
 このゴシックの味わいを濃厚に湛えたのが、マースデン氏の写真である。彼は赤外線写真を駆使して、私たちの観ているフルカラーの普通の風景を、モノクロのきれい寂びた悪鬼の住処と変えてしまう。しかも彼の好む被写体は、廃墟、それも、ゴーストの出るという因縁のものばかりである。『幽霊城』、『悪霊館』(どちらもエディシオン・トレヴィル刊)とも、ホラー作家も真っ青の達意の文章で、因縁をちゃんと盛り込んだ写真集になっている。さながら泰西ゴースト大図鑑である。
 どのページにも、恐怖と歴史の重みが横溢し、モノクロの上にフィルター加工されたピクチャレスクな写真に、しばしうっとりと眺め入ってしまう私は、イカレたヤツなのだろうか。まあ、もとより普通の感性でないのは自覚しているし、いい歳にもなってオカルト趣味だのホラー愛好から抜け出せないのだから、何をかいわんや。
 しかし、私のような恐怖愛好家にすれば、この写真集はイコンであり、バイブルである。今頃手に入れているのも間が抜けている、と同好の士から謗りを受けそうだが、なかなか本屋で目にすることがなかったのだ。それがまさか、近所のフツーの本屋にあるとはねえ…。
 イギリス・アイルランドの「出る」城館を撮った『悪霊館』と、アングロ圏からフランス、ドイツ、そして、ドラキュラのふるさとトランシルヴァニアへと足を延ばした『幽霊城』。これからの暑い季節の銷夏にぴったりの、自分への贈り物である。大変気に入っている。