地獄の日々 4月23日 
 ここ二ヶ月ほど日記が絶えてしまっていましたが、実は、我が家には98歳になる祖母がおりまして、おばあちゃんの介護で一家総倒れ状態になっていたのです。祖母は昨年の前半くらいまではたいへん元気で、数年前から車椅子生活ではありましたが、食事も楽しみ、カラオケに連れて行ってもらったり、和歌山の実家や娘の嫁ぎ先に旅行したりと、随分、恵まれた老後を過ごしていました。
 ですが、白内障で目が失明同然になったのと、食が細って痩せたことで入れ歯があわなくなったことで、体力が落ち、寝たきりとなり、介護を受けざるを得なくなりました。それでもまだ頭のほうはしっかりしていたので、医者である父が、本人の気分がよいように、家で最後まで面倒見ようということになっていました。
 ここ数ヶ月、祖母は便のコントロールが出来なくなり、トイレに座っても自力で出せないようになりまして、父がまた、技術があるもんですから、浣腸して摘便で、日々なんとか乗り切っていました。
 でも、ここに来て、そろそろ自身も後期高齢になる父が、中腰で浣腸摘便を毎日したせいで、腰椎を圧迫破砕骨折し、激烈な腰痛に悩まされるようになってしまいました。父と同じ年の母も、風邪をこじらせて肺炎が治らず、老老介護の苛烈さを、身をもって知る事となりました。私も大きな勤めを数年前にやめて、パート仕事で、なるべく家から離れないところで働き、家事全般を母と分担して行っているのですが、この先のことを考えると夜もまともに眠れない日々でした。
 ところが祖母の老耄はここ一週間ほどでさらに悪化し、ついに凶暴性を帯びた痴呆の症状を顕すようになりました。トイレで数時間苦しまねば出ないという恐怖から拒食症となり、栄養が行き渡らないことで、痴呆が顕在化してしまいました。もともと祖母は数年前から癌を患っていましたが、年をとってからの癌の進行はゆっくりとしたものでした。しかしこうなると、癌の転移が心配されます。
 ベッドの上で暴れ、布団を蹴り出し、おむつを剥ぎ取って、一日中ぶつぶつと独り言を言う…。こんな典型的な認知症の症状になるなんて、思っても見ませんでしたので、家族は皆ショックを受けています。
 私も今月あたまはまだ、相方とお気楽に旅行などして、その紀行文を今書いていたりする訳ですが、夜なか中、祖母がベッドから墜ちたりしないよう、見張りがてら書いています。これも針の筵の気分です。祖母の奇声を聞きながら、面白おかしい文章を綴らねばならないのもねえ。
 祖母はまだ、時々家族の名前を思い出すときもあるのですが、そうでないときはもうどうしようにもなくて、ついに、父が勤め先の病院に祖母を入院させることを決心しました。それが今日のこと。
 今日24日は奇しくも、祖母の連れ合いが三十数年前に亡くなった命日です。家族は皆、数日前からひそひそと、もしかしたら、祖父が寿命の来た祖母を連れに来てくれるのではないか、と囁きあっていたのですが、とんでもない、どうやら、理性や魂だけを中途半端に連れていったという感じです。ひどいよ、おじいちゃん…。
 もうかつてのおばあちゃんはそこにはいないのだ、と母は一日泣くばかり。私も今日の昼間は、恒例の出張古典講義で神奈川県のほうに行っていたのですが、とんぼ返りでした。父は休みの一日を介護で棒に振り、弟までも勤めから帰ると馴れぬ家事の手伝いをやらされる始末。
 明日、父の妹である、神奈川の叔母が出向いてきて、段取りをして、おばあちゃんを入院させます。辛いことです。もう病状がよくなって家に帰ってくるということは考えられないのですから。
 昨日のニュースで、欽ちゃんファミリーの明るい芸風だったタレントが、老母の介護疲れで心中を図って死んだ、という、縁起でもない話題が出ていますし、このHPで取り上げている作家の連城氏も、ご母堂の介護でまる5年作家活動をやめていました。作家だと勤め人なんかより遥かに時間の自由がききそうと思うのは、素人の浅はかさで、介護は24時間すべての自由を奪ってしまうものなのです。要介護者を抱えた家族の苦悩が身をもって経験できたのですが、それにしても、行政の福祉制度はあまりにも無慈悲です。
 あまり行政の悪口書くと、入院できるものもできなくなりそうなのでアレですが、親身になって相談に乗ってくれる担当者なんていやしねえ。点数稼ぎとノルマこなしの連中ばっかりです。介護保険だの、国民年金だの、払うのが真実いやになります。誰のための福祉行政? 誰のための介護事業?
 こんな訳で、まだしばらく取り込みますので、日記はまた、しばらくお休みさせていただきます。沖縄紀行のほうはなるべく努力致しますので、ごひいきのほどを。
泡坂妻夫氏急逝 2月4日 
 前回の日記が『幻影城の時代』の話題で、新作の意欲満々だった泡坂先生が、3日、突然お亡くなりになりました。夕方のヤフーニュースで知ったのですが、75歳急性大動脈乖離で亡くなられたようです。
 つい先日出たばかりの小説宝石にも、亜智一郎もの新作「喧嘩飛脚」が載っていて、体を悪くされていたとかそういうご病気の様子は全くなかったものですから、あまりのことに、今日は仕事も手につきませんでした。深夜になってようやく正気に戻ったような感じで、今、日記を更新しています。
 こんな悲しい訃報で日記を埋めるのは、もうイヤだと思いつつ、8年前にジュンク堂池袋店のトーク・セッションで、泡坂先生がテーブルマジックを間近で見せてくださった、幸せな日のことを思い出しました。はにかみ気味の紳士といいますか、にこやかなお顔の下に、見る者読む者を驚かせたいという天性の奇術師気性がうかがえて、こちらまで騙されるのが楽しくなるようなお人柄でした。
 75歳といえば、私の両親とほぼ同年です。8年前にも「長編ミステリはもう書くのが大変なので」と仰っていましたが、短編は汲めども尽きぬ泉のようで、『幻影城の時代』に二編も執筆されていたくらいで、お元気でこれからもずっと活躍されるものと期待しておりました。しかし、一世一代の奇術の幕は降り、先生は筆を擱かれました。カーテンコールは……ないのですね。残念です。
『幻影城の時代 完全版』 1月20日 
 昨日の日記だけでは、この正月私がどうやって過ごしていたか、いまひとつ皆様に伝わらないかと思います(そんなことどうでもええ、と仰る方は、ここからお帰り下さいませ…って、またかよ)。
 正月中私は、年末に出版された大著『幻影城の時代 完全版』(講談社)をあちこち眇め読みしながら、少しづつ味わい尽くしていたのです。こっちの短編、あっちのエッセイ、そっちの研究、と興味深い文章がたくさんの玉手箱。日本ミステリ界の至宝とも言える一冊で、ただ手にしているだけでも楽しくてね。
 私は実は、『幻影城の時代』の同人誌編が入手できなかった哀れな読者のひとりです。噂を聞いて取り扱い書店に走ったりしましたが、すべて後の祭りで悔しい思いをしました。その頃、ネットと少し距離を置いていたので、『幻影城の時代』の刊行を全く知らなかったのです。国会図書館で同人誌編の記事をコピーしようとして、アンソロジーであるのを楯に断られて憤慨したり、いやはやとんでもない同人誌を出してくれたものよと、関係者の方々を恨みさえしました。それが『完全版』として、島崎博氏来日時のパンフレットも含めて商業出版として刊行されたのですから、そりゃ嬉しいですよ。
 さてこの『幻影城』、私個人のミステリ読書歴では完全ニアミスの雑誌でした。横溝正史の某作品の文庫本と出逢って、オトナのミステリの世界に蒙を啓かれたのが9歳の秋、『幻影城』が解散して出版停止となったのが同じ年の夏のことですからね。まあ、万が一時期がかぶっていたとしても、この部数数千しか刷られない特殊な雑誌が、クソ田舎の子供の手に入ったかどうかは疑問ですが。
 それ以来、古本屋で見かけても敢えて避けて通ってきたような雑誌ですが、ここ出身の当時の新人作家やここで健筆を揮った作家たちに対する思い入れは一入で、それが昂じてかようなHPを作っていたりするのですから、『幻影城』抜きに私のミステリ歴も語れません。
 『完全版』で書き下ろされた幻影城作家の短編競作のうち、やはり特筆すべきは連城三紀彦氏の「夜の自画像」です。『幻影城』で花開き、やがて一般誌に舞台を移して書き続けられたものの、諸般の事情で打ち止めとなった<花葬シリーズ>の最新作! 花の名が冠されていないけれど、紛れもない<花葬シリーズ>最新作を読むためだけでも、この大著を手にする価値があろうかと言うものです。
 また、泡坂妻夫氏も『幻影城』に連載された<亜愛一郎シリーズ>の亜の先祖に当たる<亜智一郎シリーズ>の新作「敷島の道」と、直木賞を取った『蔭桔梗』のような、文章上絵師人情もの系の「丸に三つ扇」と、二編も書き下ろし大盤振る舞い。
 そして、竹本健治氏が名作『匣の中の失楽』のサイドストーリー「匳
(こばこ)の中の失楽」を書き下ろし、『匣』の原型とされる未完成原稿「静かなる祝祭」を収録。これだけでも涎が出るでしょう?
 栗本薫氏の名探偵・伊集院大介もよく考えりゃ、デビュー作『絃の聖域』が『幻影城』に当初連載されていて、その新作「誰でもない男」が書き下ろし。『幻影城』時代は筆名が李家豊だった田中芳樹氏や、滝原満だった田中文雄氏、評論で入賞した友成純一氏もそれぞれ短編を寄せています。
 『幻影城』を回顧することは単なるノスタルジーではありません。この短命だった雑誌を母胎として世に出た才能が、更に十年の後に新しい人たちを巻き込んで新本格ムーヴメントが台頭したという歴史的事実を考えれば、現在のミステリ隆盛の基盤となったのがまさに島崎博編集長率いる『幻影城』だったということです。
 『完全版』で明らかになって大いに驚かされたのは、他ならぬ島崎編集長の消息と、『幻影城』解散の経緯でした。島崎氏は祖国台湾で、1979年の美麗島事件の後、<ペルソナ・ノン・グラーダ(国家にとって好ましからざる人物)>として事実上の軟禁生活を送っていたということです。若かりし頃、台湾独立運動に関っていたおかげで、家庭の事情で里帰りしていて、そのまま30年近く日本に戻って来れなかったなんて、これを悲劇と言わずして何と言えばいいのでしょうか。編集長がたった一人で切り盛りしていた雑誌と出版社も、たちまち不渡りを出して経営できなくなったのだとか。長らく、単純に売れなくて終わった雑誌と聞かされてきたのに、この不意打ちですから、大きな時代の波に飲み込まれた運命について、うたた感慨を禁じ得ませんでした。
 正月中読んでいてもこの650頁余の大著ですから、まだまだ読みではありますが、この本、お値段がなかなか張るにもかかわらず、アマゾンなどでも売れ行き好調だとか。私のような遅れてきた読者にも優しい、ひとつの雑誌の歴史が詰まった本なので、日本ミステリを愛するすべての人の手に資料としてお届けしたいものです。というか、これを知らずして日本ミステリを語るなかれ。
『地球が静止する日』 1月19日 
 キアヌ・リーヴス主演のSF「大作」『地球静止する日』を見てまいりました。そう、あの「クラトゥ」で有名なカルト映画『地球静止する日』だす。またまた勘違いリメイクの嵐か?という絶望感が一瞬脳裏をよぎりましたが、よぎるどころか、ど真ん中ストライク、キャッチャーミット大炎上でした(笑)。
 なんでじゃ〜〜〜!と悲鳴を上げそうになった場面は数知れず、ああもう。。。
 相方といつもは基の映画の美点を詳しく話しあったりするのですが、もうそんな気も失せるような脱力映画でした。ですので、その代わりにひとくさり、その『地球
静止する日』(以降『』と省略)のことでも。いちおうネタバレしますので、未見の方はここいらでお帰り下さいませ。

 もともとの映画は1951年発表のB級SF映画です。きぐるみのロボットが妙に人間臭かったり、逃避行のはずなのにほのぼの物見遊山してたり、古き良き時代の映画の典型です。主人公ベンスン博士役はパトリシア・ニール。ミステリマニア的には、チャリチョコ原作者ロアルド・ダールの元奥さんですね。
 ほのぼのテイストもさることながら、『
』は核戦争の恐怖が世界中を覆っていた50年代初頭の雰囲気を如実に反映していて、クラトゥが地球にやってきたのは、地球を核による荒廃から救うためで、核を排除することが聞き入れられなかった場合、クラトゥは世界中のエネルギーを全部停止させてしまう、というものでした。だから『地球の静止する日』だったのです。
 しかしリメイク版はエネルギー停止どころか、変な機械虫による人類殲滅とまあ、展開が勇み足で、タイトルの意味が分からなくなってしまってました。『
』のTVCMで、スタジアムが破壊される場面が使用されていましたが、単にCGを派手に使いたいだけの自己満足映像だったって事ですね。そもそものタイトルすら裏切った展開だったのです。
 百歩譲って『
』の「人類を滅亡させることで地球を救う」というテーマが観る者に受け入れられれば、それはそれでれっきとしたメッセージ映画になったかもしれませんが、なんだか、鯨を救うために人間を殺してもよいとするアホ・エコロジー団体の活動のようで、はっきり言って気持ちが悪いです。それでは本末転倒も甚だしい。
 宇宙人がやってきて、人間以外の生物を生かすために人類を殲滅しようとする行為を「ノアの箱舟」と考えるのは、いかにもキリスト教的ハリウッド映画だなあ、と感じました。我々の文明は神に滅ぼされるソドムとゴモラなんですかね。あるいはバベルの塔。

 まあ、何を書いても『
』への文句になっちまいそうなので、人類は地球のガン細胞になっている、という現実について私の考えを述べますと、過激な発言かもしれませんが、そろそろ人類は滅んでもええ頃ちゃいまっか、と思っています。見境なく増え過ぎたレミングは自ら死なねばなりません。権力者も貧乏人も等しく滅ぶなら、それはそれでええんとちゃうかと。
 子供をたくさん産んで繁栄せよ、地に満てよ、というのは、戦争のための兵士の確保を是としたファシズムの傲慢に他ならず、たかが一国の大統領が変わった所で、腐敗し切ったこの世の何も変わることはありませんよ。ちょうど、“We Can Change!”をスローガンにした大統領が生まれたのと時を同じくしてこのような映画が作られたのも、なんだか、偶然とは思えません。新しい大統領様へのマンセー・プロパガンダ映画だったってことかねえ。
 地球が温暖化して都市が水没し、文明が終焉を迎える…バラードの『沈んだ世界』ではありませんが、「ほろぶ」という意味の漢字は「滅ぶ」だけではございません。さんずいに民、と書いて「泯ぶ」もあるのです。民が水に沈み世界がほろぶのも、しかたのないことでは?

 年頭のご挨拶もなしにこんな極めてグルーミイなことを書き綴っているおっさんですが、HPはついに満十年目の節目でございます。せいぜい憎まれ口でも叩きながら世にはばかり、ネットの隅っこに生き永らえさせていただきとうございます。最後の審判が明日でも、私はこんなことばかり言い続けています。それでは今年もよろしく。

1月21日付記 つらつらと思い返せば、パトリシア・ニールの役って、下宿屋のおばちゃんだったような…。科学者ではなかったよな。