吹雪は吹き荒れて 3月16日
 いよいよ大変な事態になってきた。原子炉が次々と爆発事故を起こしている。地震で津波をかぶったせいらしい。首都圏各地でも通常レベルを超える放射能が検出されている。
 こんなニュースを見ていて思い出されるのは、中島みゆきの「吹雪」だ。1988年のアルバム『グッバイガール』で発表された問題作。

日に日に強まる吹雪は なお強まるかもしれない
日に日に深まる暗闇  なお深まるかもしれない
日に日に打ち寄せる波が 岸辺を崩すように
    どこから来たかと訊くのは 年老いた者たち
    どこにも残らぬ島なら 名前は言えない

恐ろしいものの形を ノートに描いてみなさい
そこに描けないものが 君たちを殺すだろう
間引かれる子の目印 気付かれる場所にはない
    どこから来たかと訊くのは 年老いた者たち
    どこにも残らぬ島なら 名前は言えない

降りつもる白いものは 羽の形をしている
数え切れない数の   羽の形をしている
あまりにも多過ぎて やがて気にならなくなる
    どこから来たかと訊くのは 年老いた者たち
    どこにも残らぬ島なら 名前は言えない
    誰も言えない
    はじめから無かったことになるのだろう

疑うブームが過ぎて 楯突くブームが過ぎて
静かになる日が来たら 予定どおりに雪は降る
    どこから来たかと訊くのは 年老いた者たち
    何もない闇の上を 吹雪は吹くだろう

 この詞は、チェルノブイリ事故の放射能汚染の恐怖を歌ったと言われている。この列島が「どこにも残らぬ島」にならないことを、ただ祈るのみだ。
3月11日の事 3月14日
 春の日の麗らかな午後だった。自室で仕事をしていると、なんだか床が揺れてきた。すわ地震、と思ったが、最初はたかをくくっていた。しかし、なかなか収まらないばかりか、揺れがどんどんエスカレートしてくる。これはまずいと、部屋を飛び出して、うろたえる老母をなだめながら廊下で座り込んだ。もうその時には立って歩けないくらいの、尋常ではない揺れだった。今まで経験した地震でいちばん大きかったのは震度五だが、今回は明らかにそれ以上だ。
 部屋の中で本棚が音を立てて倒れる音が響く。ぐるぐると回転するように振られる。しばらくは腰が抜けて立てなかった。そして部屋をのぞくと…。ウン十年かけて集めてきた大切な本たちが、部屋の床を埋めつくし、本棚が倒れて破壊されていた。ああもうおしまいだと泣いた。

 その日は結局、未明まで電気がつかず、水道もガスも使えず、トイレも食事もままならず、一家大騒ぎだった。離れて住んでいる相方も心配だし、ケイタイのネットで見ると東北・北関東方面が大変なことになっているらしい。そちらには少なからず友人がいるので蒼くなった。

 しかしまあ、電気がかよってテレビをつけてからが、地獄だった。。。

 とりあえず家族の助けを借りて自室を片づけた。と言っても落ちてズタボロになった本を箱に詰めて空き部屋に入れただけ。この先整理してもとの状態に復するのに、何カ月かかるんだろうか。

 テレビは悲惨な震災地の状況を流し続ける。私に出来ることと言えば節電して、蔵書が破壊された嘆きを謹んで、被災者の無事と、亡くなられた方の魂に祈るしかないのだと思う。

 3月11日はなんにもない、春の日だった。でもこれからは、辛い日になる。恰度前日の3月10日は、東京大空襲の悲しい日だったが、これからは3月11日も、日本人にとっては忘れられない悲しみの日になってしまった。大地の気紛れの前に私たちはあまりに無力だ。
愛犬家連続殺人が映画化? 3月3日
 過日、『冷たい熱帯魚』という映画を観てきた。わざわざ都内まで出向いて観てきたのだが、題材はあの「埼玉愛犬家連続殺人事件」であった。このレビューはいちおうネタバレがあるので、これから御覧になるつもりの方は、お読みにならない方が楽しいでしょう。

 「埼玉愛犬家連続殺人事件」は、1995年正月早々に犯人が逮捕されて世間を騒がせた事件だが、間もなく阪神淡路大震災が起こり、引き続いて地下鉄サリン事件など一連のオウム騒動が発生して、マスコミ的には忘れられてしまった。
 あの年はいわゆる「戦後と昭和と経済大国」の終焉の年だった。なかなか終わらない昭和が息絶えた真実の年は、象徴天皇の崩じた年ではなく、国民総力戦に敗北した年から恰度半世紀のあの年だった。1995年戦後終焉説は、私の持論である。
 愛犬家殺人事件はそんな昭和の掉尾を飾る事件のひとつ、だったはずだ。前年奇しくも、大阪でも同様の「大阪愛犬家連続殺人」が発覚し、埼玉の事件も明るみになって、年末年始にまたがって、ようやく十年来の事件にメスが入れられた…。

 そんな欲望の昭和を象徴する事件を、映画はあっさりと現代の設定に変更していた。まあ、ドキュメンタリーではなく、あくまで「インスパイアされ」た素材、ということなのだろう(映画の公式サイトによる)。だが、映画の進行途中に「2009年×月×日午後×時」というテロップを入れた時点で、疑似ドキュメンタリーになってしまい、その部分は勇み足と言うより外なくなった。馬鹿なことをするもんだ。
 映画は狂気じみた登場人物の演技が見所で、ブラックユーモアたっぷりで、楽しかった。スプラッタ趣味も満点で、映画がハネた後焼き肉でも…と思っていた方は、さぞや食欲不振に悩んだことだろうと、お悔やみ申し上げる。
 園子温監督の作品は『自殺サークル』(2001)以来、時折気になって観ていた。好きか嫌いか微妙だが、気になる監督だ。ただ前作が「?」な映画だったので、期待はしていなかった。相方がテレビでこの映画を絶賛する評を知って、観たいけどどう?と誘われたのだ。
 園監督は「シオンの園」の名前(本名らしい)でお分かりのように、どうやらクリスチャン的なバックボーンを持つ方のようで、『愛のむきだし』(2008)など、まさにキリスト・イメージの氾濫。『冷たい熱帯魚』でも主犯・村田(でんでんが熱演!)の父親が狂気に駆られて一人で山中に教会を建てており、そこが凄惨な解体現場となる。血を流すマリア像に蝋燭を捧げてから「ボディを透明にする」のだ。

 映画化されたと聞いた時、題材があの事件と知って、私は驚いた。あまりの残虐さに、こちらの人間性まで破壊されるような事件だからだ。人間を「サイコロステーキのごとく」極限までバラバラにして、川に投棄して消してしまった事件。同時期にオウムのサティアンでも同様に、殺した被害者の遺体を電磁波加熱で「チンして」消したという、これまた常軌を逸した事件が起こっていて、シンクロニシティを感じる。戦後の日本人が追い求めてきたものは、欲と金にまみれた物質主義に外ならず、人間の尊厳さえもモノと化してしまうという訳だ。

 愛犬家事件には事件の当事者によって書かれた(とされる)ドキュメンタリーが存在する。『共犯者』(新潮社、1999年6月刊)がそれだ。共犯者として数々の惨劇を目の当たりにした、映画では吹越満演ずる「社本」の役であるY氏が書いたとされる本。映画のラストのように、共犯者がブチ切れて主犯を殺戮することもなく、刑期を終えて出て来てから出した本である。
 この本は、出版された後、何故か不思議な経緯をたどる。出版後間もなく、内容の凄まじさに話題となり、通常文庫化保留期間を遥かに短縮する2000年9月、角川文庫から『愛犬家連続殺人』と改題し、著者名も「志麻永幸」と変更の上、上梓された。ここまではまあ、文庫化を廻っての新潮と角川の暗闘が見えてくるが、文庫本がまだ現役のうちの2003年12月、今度は『悪魔を憐れむ歌』と改題されて、幻冬舎から単行本に復活して発売された。ローリング・ストーンズの名曲を大胆にもフィーチュアしたタイトルだが、作者は別人の「蓮見圭一」となっていた。蓮見は実在の小説家だ。

 蓮見は2001年に『水曜の朝、午前三時』(新潮社)という、こっちはサイモン&ガーファンクルの名曲にタイトルを模した、抒情的な長編小説でデビューした。このデビュー作は私も読んだことがあるが、人間をバラバラにしたり殺人被害者を屍姦したりを描いたドキュメンタリーを書くような人とは思えない。悪い冗談のようだ。
 ただマスコミ出版勤務の後ライターに転じたらしい経歴で察するに、作家になる以前の蓮見が、Y氏の談話をまとめて一冊の本にしたのだ。ゴーストライターの経験のある小説家は結構多い。蓮見は『共犯者』が迫真の描写で話題になったので、本来の小説で同じ新潮社からデビューと相成ったのだ。
 しかし四年のうちに三度タイトルも版元も替えて出版とは、なんともひどい。かの「共犯者」Y氏も、自著でおのれを気弱な巻き込まれ被害者に仕立て上げていたが、実像はかなりのワルのようだ(映画の小市民っぷりとは大違い)。著作権を巡ってもめたのか、この三冊とも現在絶版で、映画を観て事件の凄まじさに興味を抱いた層が買うのか、ただ今ネットで絶賛高騰中である。私も文庫を持っているが、蔵書の中に埋もれて見つけられなかった。読んだ後トラウマになりそうで、本棚の奥にしまい込んだらしい。年末に本棚の整理した時見かけたのだが…。

 この事件については、思わぬ怪談が派生していた。現在の実話怪談ブームの火付け役となった『新耳袋』シリーズの『第五夜』(メディアファクトリー、2000年6月刊)に収録された第27話「庭」がそれだ。不動産屋に中古物件を紹介された一戸建てを見に行った人が、庭に残された巨大な檻の中で、「縦に左右真っぷたつに割れた片方だけ」の人が、「ものすごい速さでぐるぐる檻の中を走り回ってい」たのを見てしまった…というもの。短くてそんなに印象的ではないエピソードで、ありふれた怪談とも思えるし、いっぽう何やら残虐な背景も匂わせる。
 『新耳袋』は基本的に、怪異の目撃場所や因果因縁を曖昧にして、純粋な恐怖を味わわせるというコンセプトで編まれた本なので、この恐怖の家もどこにあるかわからない。しかし、シリーズが好評で文庫にもなり映画にもなった後、洋泉社の雑誌「映画秘宝」(大馬鹿で御機嫌な雑誌だ)のライター編集チームが、『新耳袋 殴り込み』のシリーズを出した。これは『新耳袋』怪談の発生場所を特定し、そこに突撃して怪異を探ると言う、まことに能天気な企画だ。ヤンキー諸君が大好きな、ゴーストスポットとちゅげき、そのものである。
 このとちゅげき企画だが、『新耳袋』の著者の片割れ・木原浩勝氏が全面的にバックアップしているので、シリーズ出版時には明かされなかった怪異の背景も、リーク済みなのだ。

 さて、説明が長くなったが、この殴り込みシリーズの第三弾『新耳袋 勝手にしやがれ』(2009年8月刊)で、「庭」のエピソードが検証されている。まさにこの怪異の家は、愛犬家連続殺人の主犯Sの持ち家だった。主犯G・Sとその妻H・K(資産差し押さえに対抗して偽装離婚したので、逮捕時の姓が違っている)は、埼玉北部の街で「アフリカケンネル」というペットショップを手広く営んでいて、アラスカン・マラミュートやシベリアン・ハスキーの幼犬をブリーダー志望の素人に高額で売りつけ、詐欺行為がばれそうになると、「ボディを透明にして」消していた。
 その檻のある屋敷や、ペットショップ跡地、更に、死体を解体した場所―共犯者Y氏が群馬県の山中でひとり暮らしていた通称「ポッポハウス」、透明にしたボディを投棄し骨の灰を「千の風にした」川、などを巡る、かなりアブナい「検証」が為されている。
 この本のケッサクなのは、この一連の「検証」に、アブナい犯罪マニアを同行させている所で、秘宝チームから「ようちゃんこ」とあだ名されるマニアの男が、いやー、実に笑える。こうばしすぎる。

 「ようちゃんこ、この川では誰が捨てられたの?」
 「被害者のKさんとWさんがこっち側で捨てられたんですよ。ここは捨てられたのが切り刻まれた肉と内臓なので、なにも発見されなかったんですよ」
 「…その場所がココなんだね。本当に陰惨な話だよな」
 「そうですよね! なんならスーパーで肉でも買ってきて実践してみますか!?」
 「…いいよ」
 ようちゃんこが
(主犯名自粛)を語るとき、少年が憧れのスポーツ選手の名プレイを羨望の眼差しで語るのにも似たものを感じさせる。
    ギンティ小林『新耳袋 勝手にしやがれ』より

 抱腹絶倒していいのかどうか迷うが、この「ようちゃんこ」最強である。悪いケド、映画の迫力を凌駕している…かもしれない。正直やばい突撃本でも、ここの章はかなり危ない。まだ死刑になっていない主犯のSが乗り移っている。しまいには、主犯の二人の名前を歌った「
(じしゅく)音頭」を踊り出すようちゃんこ…。「○っき○げんっ! せっ○ね○んっ! あそれ! ○っきね○んっ! みなさんもご一緒に!」
 …馬鹿だ、ホンモノだ…。ついでに、自粛してる意味なかった?(笑)

 いけない。真面目に犯罪を考察していたのに、笑いになってしまった。しかし、人は恐怖の限界を味わうと、大脳辺縁系が快情動と錯覚して笑いだすのだ。なんてね。
 とにかく、この『新耳袋 勝手にしやがれ』のせいで、私は『冷たい熱帯魚』を観ている最中も、色々とツッコミどころを探していたのだった。それが言いたいだけだったのよ、Bull Shit!!!
 映画はクールで最高なので、観に行くべし。ただし気の弱い人はやめときなさい。我々は映画のあと、妙なテンションでジンギスカンを戴きました。相方が観終わった後、「なんで骨を焼く時、醤油をぶっかけたのか」気になったと言ってたよね。あれは「こうばしい匂いで、骨を焼く匂いをごまかしてた」のよ。スペアリブかっ!!!
浅川マキの紙ジャケット復刻版 2月12日
 去年の1月17日、浅川マキは公演先の名古屋のホテルで急逝した。その時は特にここに記すべきこともなかったし、私は最近は彼女の音楽を聞いていなかったのだが、やはり驚いて、「ああ、亡くなったんだなあ…(しみじみ…)」と思った。ただ「死」を飼い慣らすような歌が多かったので、逆に悪い冗談としか思えなかったのだが。
 名を知らぬ人も既に多かろう。「アングラの女王」と言われ続けて40年、CDで聴ける音源は少なかった。ライブを中心に活動して、CDの時代に敢えて逆行するように、1998年以来アルバムの発表はなかった。
 私は1992年に発売された「音蔵シリーズ」で彼女の歌を初めて耳にして、気に入って聴いていた。音蔵では第1作『浅川マキの世界』、第2作『MAKIU』、第7作『灯ともし頃』、第13作『MY MAN』だけの発売で、彼女の世界の全体像が分り辛かったこともあったし、今のようにネットでたやすく情報が得られる時代ではなかったから、それだけ聴いていた。光り輝く闇、とでも言えばいいのだろうか、闇に親しみネオンに憧れるコドモ(?)だった私には、目映い世界だった。
 数年後、事情があって色々と手放さざるを得なくなった時、彼女のCDも売ってしまった。ただ彼女の歌う「朝日のあたる家」「少年」「赤い橋」「夕凪のとき」「港の彼岸花」「それはスポットライトでない」などの歌の切れ切れが、口に上ってくることが、ままあった。それだけ強烈に刷り込まれていた訳だ。
 ところが更に数年後、懐かしくなり手にしてみようと思いたって、ネットオークションやアマゾンで調べて、ぶっとんだ。この彼女の音蔵アルバムだけ、たいへん高額だったのだ。何故に? どうやら、CDの音に難色を示したアーチスト本人の意向で、発売後たちまち廃盤になったらしい。僅かな期間しか流通しなかった、そんな貴重なものを手放して…とほぞを噛んでも、売った店ももうないし、どうにもならぬ。だからそれ以来、彼女の音楽は鬼門となっていた。
 先月、一周忌にあわせて、第10作目までのアルバムが、リマスター紙ジャケで復刻された。CD10枚まとめ買いなんて、ただ懐かしいだけでは出来ないことだが、まとめて彼女の初期の世界を知るチャンスだと思い、入手した。旅行の直後で痛い出費だが、もう、手に入らないと知ったあの時の後悔は味わいたくなかったからね。1970年代の全アルバムである(残念ながら今回『MY MAN』は発売対象外)。
 とりあえず、5作目『裏窓』まで聴きこんでいるが、すごい。情感のリアリティがひしひしと立ち上ってくる歌声は、ドライなようでウェット、無頼の風が吹いているのに、泣かせの味がある、びりびりしびれる歌だ。私が特に気に入っていた初期2作は、彼女を見出したプロデューサーの寺山修司のかほりが、濃厚に立ち上がってくる。それは噎せ返るくらいだ。ブルース、更にモダン・ジャズへと変化してゆく彼女の世界の、ごくごく初期だけの味だが、その呪縛たるや、並大抵のものではない。
 「山河ありき」という寺山作詞の一曲がある。まるで浅川マキ自身の境遇に己の境遇を重ねて、それを粉飾するかのような、伝説化を目論む作品。それがたまらなくいい。都会で夢破れた女の魂が、鳥になって故郷の空を舞う光景、これは、寺山の『花嫁化鳥』や『誰か故郷を思はざる』の世界だ。極めて日本的な情念で、粘っこいが、そこがよい。彼女はまさに、情念というものに血肉を与えることの出来る歌手だと思う。
 初めて聴いた『ブルー・スピリット・ブルース』『裏窓』なども強烈。『裏窓』の一番最後に収録された「ケンタウロスの子守唄」には、まったく、泣かされた。子守唄というにはダークな歌声だが、まるでブラッドベリの「万華鏡」を読んだ時のような、宇宙的孤独感を漂わせた歌だ。こんなん、赤んぼの時に聴かされたら、トラウマになるかも。それとも、真に孤独を知る一人前のカッコいい(?)人間になれるかも、だ。素晴らしく切ない。「ゆうべ私が死んだいやな夢を見たのさ」で始まる「ブルー・スピリット・ブルース」は、彼女が本当に他界してから聴くと、胸に迫るものがある。
 ルサンチマンと痩せ我慢が背中合わせで、ダンス・マカーブルを踊っている感じ。夜、就寝時にこれをipodで聴きながら眠ると、何故か安らぐ。ドイツでは古くから、「眠りは死の兄弟」というではないか。だから私は昔から、あんまり眠るのが好きではなかったのかもしれない。夜更かし・徹夜・昼夜逆転を長年続けて、挙句、無呼吸症候群で病んだ。…そう言えば浅川作品にも「眠るのがこわい」という、和笛の嫋々と鳴り響く怖い曲がある。しばらくは彼女の歌声で、夜毎の「死」を楽しみに出来るかもしれない。
エンコードでHPが存続の危機 1月19日
 やはり厄年だ…。わがHP内のHTMLをメモパッドで開くと、ソースが何故か文字化けしてしまう。HPビルダーの設定のエンコードのミスのせいだ。データ保存用にしていた外付けHDの文書も例外なく文字化けしてしまう。ビルダーで編集するのがめんどくさいので、メモパッドで開いて編集したページなんか、ソース自体が全部文字化けして、手の施しようがない。もうこのHPを閉める潮時なのかもしれない。
 今ネット上にあるページの閲覧時の文字化けは、何度かリロードしてくれれば元に戻るのだが、ソース自体が文字化けしているので、おそらく今後、検索にひっかからなくなるであろう。全部作りなおしか、諦めるかの二者択一だ。
 それにしても古いビルダーを使い続けていると、こんな落とし穴があるのか。それとも英米のサイトをチェックした後、日本語のページを開くと、エンコードが勝手に書き換えられているとでもいうのだろうか。わからん。ネットにはアップしていないが大量に作って保存してあったデータも侵食されていた。使いものにならなくなってしまっているのもあった。どこにこの怒りをぶつけていいのやら。この日記だってこのまま更新し続けていていいものか、迷う。

追記2.11 HPは結局、容量もオーバーしていたので、一部分削った。書影を中心に削ったが、いたしかたなかろう。紀行など再構成してなんとか復活できたものもある。
初詣は一の宮 1月10日
 遅ればせながら9日の日曜に初詣に行ってきました。さいたま市大宮区の氷川神社です。大宮の地名の元になった官幣大社で、武蔵国一の宮という社格の高い明神様。埼玉・東京の荒川流域に分社が200以上もある(志木市のうちの近所にもある)、暴れ川・荒川を神として祀る「氷川信仰」の中心地、その歴史は紀元前からと古いものです。都内から埼玉へと、私も旧の武蔵国に住むこと20年以上なのに、一度も行ったことなかったもんで、今年思い立って、地霊へのご挨拶に参ってみました。
 そもそも「一の宮」とは、その土地にある神社の頂点に立ち、その国を守る神様、という有難い存在。ただ武蔵国に関しては、どうも一の宮を名乗る神社が一ヶ所ではないようで、多摩市の小野神社、府中市の大國魂神社、はてまた、同じさいたま市緑区の氷川女体神社など、いくつかが「一の宮」名乗りをしておいでのようです。あらあらこれじゃ、団子屋の本家争いだよ。
 しかし、室町時代に編纂された『大日本国一宮記』(『群書類従』神祇部)では既に、武蔵一の宮は「足立郡氷川神社」と記載があって、おそらく小野神社はそれ以前の一の宮であり、大國魂神社は武蔵国国府近くに、氷川神社を始めとする武蔵国の著名な神様六ヶ所を祀った、言うなれば、便宜上の神様であろうと推測されるのです。武蔵一の宮として氷川神社が栄えたのは、江戸に幕府が開かれ、明治になると東京に首都が置かれたため、武蔵国鎮守としての重要性が増したからです。地名の「大宮」も「大いなる宮」の意味。
 かつて広大な見沼のほとりに建っていた氷川神社は、おそらく関東平野全域を見渡せる場所だったと思われます。いずれも霊峰である、富士山と筑波山を結ぶ線と、浅間山と冬至の日の出を結ぶ線の交差点に鎮座されているとか。つまり古代の「レイライン」ですね。浦和の氷川女体神社はその、浅間山と冬至の日の出の線上に位置するとか。見沼区の中山神社(中氷川神社)も同じレイライン上にあって、この三社を一体として「氷川神社」と考えられています。氷川女体神社が一の宮名乗りをしているのも、あながち外れではないようです。
 祭神は荒ぶる神スサノオノミコトとその妻クシナダヒメノミコト、二方の子孫であるオオナムチノミコトです。オオナムチ様はかつて那須の温泉神社で、そのかみ温泉といふものを発見された神様と紹介したと思いますが、「国つ神」と呼ばれる方で別名の「オオクニヌシ」のほうがわかりやすいかな。因幡の白兎を助けた方。まあいずれも出雲神話の神様で、つまりこの地は出雲系の人々が開墾したとも言われていて、「氷川」の名の由来も一説には出雲の「斐伊川」から来ているとか。スサノオが戦ったヤマタノオロチは、この暴れ川・斐伊川の化身です。荒ぶる川を鎮めることこそ、農業を基盤とする国の守りのはじまりですから。
 神話の勉強はこれくらいにして、初詣。よくよく考えれば私も相方も昨年から前厄に突入していて、数え年で本厄の今年は、神頼みも必要なほど切羽詰まった気持ちで、初詣に出かけました。
 今まで行ったことないのでちょっと舐めてかかっていたら、けっこうな人出でした。もう七草粥も終わった頃だと言うのに、氷川神社の辺りは大渋滞の大にぎわい。結局大宮駅東口近くのコインパーキングに車を停めて、けやき並木の参道を歩きました。長い長い参道です。大宮公園と称する緑地の中にありますが、公園には他に、大宮アルディージャの本拠地「NACK5スタジアム」や大宮球場などもあって、かつては全部氷川神社の境内だったのです。広大さと厳格さにおいて明治神宮並です。
 神橋の上から池を見ると、アラスカのサーモンくらいデカい鯉が悠々と泳いでおります。大鳥居を過ぎると既に神域、霊験あらたかなのでしょう。そう言えば「昭和天皇遙拝式」の幟も見えます。昭和天皇の崩御は、自粛自粛のあの年の一昨日、1月7日でしたからねえ。
 楼門をくぐると参拝客でごった返している境内に入ります。拝殿に向かう人の列も尋常ならず、結局、外陣から拝し、お守りを戴きおみくじを引いて帰ってきました。おみくじは「末吉」、今一番の心配ごとである「病い」の項は、「長びくが信心して快復する」とな。
 境内で恒例の、書物ナメ撮影をしてきました。今年の本は、今回一の宮参詣の参考にした故・川村二郎先生の『日本廻国記 一宮巡歴』(講談社文芸文庫)です。私の好きな文芸評論家のひとりで、『和泉式部幻想』などで論文のお世話になってます。
 川村先生は9年かけて全国68ヶ所の一の宮を廻られたとか。全国66国と壱岐・対馬の二島にそれぞれ置かれた一の宮を廻る巡礼を「六十六部日本廻国」と呼んで、これが時代小説によく出てくる「旅の六部」の正式名称だと、この本で初めて知ったのでした。
 四国八十八か所や坂東三十三番など、巡礼のみちびきになるものは色々あったのですが、それぞれ一大決心をして各国を廻った人々の心はいざ知らねど、日本全土の六部廻りの遠大さには頭の下がる思いがします。江戸元禄期に『一宮巡詣記』を書いた橘三善は、二十年以上かかったとか。八十八か所廻りだって観光バスをチャーターして一週間で済ませるご時世に、気の遠くなるような話ですね。
 さて肝心の『日本廻国記 一宮巡歴』で武蔵国の章を見ると、川村先生、この氷川神社をあまりお気に召さなかった様子。祭神のスサノオを祀る「祇園信仰」の荒々しさ(つまりは原始自然信仰のプリミティブな魅力)と比べて、「氷川神社にはその暗さが欠けている」と書く始末。まあ先刻ご承知の通り、京の八坂神社発祥の祇園信仰とは別口の、関東ならではの氷川信仰が習合された場所ですからね。明治政府の国家神道によって、ご立派に整備されて毒抜きされた聖地、ということでしょうか。
 適度なウォーキングをした後、昼ご飯に大宮駅の西口にあるペルシャ料理の店へ。あまりにも怪しげな店のたたずまいに一瞬気が怯みましたが、店のホームページを信じて二階へ。左にペルシャ雑貨コーナー、右奥に小上がり座敷、イランの人とおぼしきお兄さんが愛想よく出迎えてくれましたが、日曜の昼時なのに客は他に誰も居らず…。私と相方は小声で「怖っ…!!」と囁いたのでした。
 料理の分量もいささか量りかねて、メインの「バガリボロ&マヒチェ」に「スープジョー」、ぞれぞれ飲み物を頼みました。後で出揃ってから量が少ないと感じて「サラダオリビエ」を追加。
 まず来たのが飲み物。相方は青リンゴ風味のご当地ビール風ノンアルコール飲料、これはさっぱりとして料理に合いそう。私はバジルシードジュース、バジルの種が蛙の卵のようにぷちぷちする不思議な食感でした。ただ問題は、味がシロップでゲロアマで、こっちは料理と一緒は避けた方がよろしいかと。スープは麦の入ったトマト風味のもので、塩気控え目でとろみがありました。
 香草風味のインディカ米のピラフ「バガリボロ」に、どどーんと羊肉のとろとろ煮込み「マヒチェ」が乗ったメインは、一人前にするとやや多め、スパイシーというほどでもなく、優しい味でした。羊肉は骨がするりと外れるくらい煮込まれていて、柔らかい。相方は銀座名物の「ムルギーランチ」を思わせる、と言ってました。銀皿にご飯が乗ってよく煮込まれた肉、という連想です。サラダはポテトサラダにピクルスが入っていて、旨い。ロシア料理のオリビエサラダとおんなじモンでした。
 妖しげなカタチの水煙草パイプや、ベリーダンスの衣装など、なんとなくペルシャンな味わいがそこここに見えつつ、中は至って普通の座敷でございました。座卓の下に敷かれてたのはペルシャ絨毯だったのかな〜。
 後から女性客が一人で見えてました。店の常連でなければなかなかのツワモノでしょう。店は大宮桜木町のりそな銀行向かいの「SHURU」です。我々のように、エスニックに興味のある方はどーぞ。
年始のご挨拶、並びにブログお披露目 1月5日
 あけまして五日経ってますが、おめでとうございます。本年も当HPを宜しくお願い申し上げます。
 これを機に、当日記より読書関係の記事をブログに移行いたしました。以前からそのつもりはあったのですが、面倒くさがり屋の管理人でございますので、十二年目にしてようやく重い腰を上げた次第でございます。ご笑覧のほどを。
 さて年末のベストスリーをほうほうのていで選んだのですが、さすがにお正月中心残りでウンウン唸っていました。やっぱりうちのHPならベストダズンよ、ダズン。一ダース。てな訳で、追加!(
赤字

国内編
1『琉璃玉の耳輪』津原泰水[原案・尾崎翠](河出書房新社)
2『少女外道』皆川博子(文藝春秋)
3『シューマンの指』奥泉光(講談社)
4『悪の教典』[上・下]貴志裕介(文藝春秋)
5『廃院のミカエル』篠田節子(集英社)
6『薔薇の家、晩夏の夢』倉阪鬼一郎(東京創元社)


国外編
1『秘密』P・D・ジェイムズ(早川ポケットミステリ)
2『森の惨劇』J・ケッチャム(扶桑社ミステリー文庫)
3『高慢と偏見とゾンビ』J・オースティン&S・グレアム=スミス(二見ミステリ文庫)
4『螺旋』S・バハーレス(ヴィレッジブックス)
5『ファージング三部作』J・ウォルトン(創元推理文庫)
6『ベルファストの12人の亡霊』S・ネヴィル(武田ランダムハウス文庫)

 ということですが、この日記で小説の話題は、これでおしまい。以後、雑文のみとなります。
今年のベストスリー 12月31日
 年賀状用の目出度い歌を探して色んな書を繙いていた時、和泉式部のこんな歌を思い出した。

 数ふれば年の残りもなかりけり 老いぬるばかり悲しきはなし

 年の暮の歌であり、人生の残りを数える歌でもある。私もそろそろ「年の残り」を数える年にさしかかったもんだ、と言われているようだ。たかが四十でそんな先行き暗いことを、と言われるかもしれないが、案外、残りの蝋燭の長さは短いのかもしれない。厳密な診断の結果、「拡張型心筋症」との診断が下った。無理さえしなければそうそう死に繋がる訳ではないが、決して治らぬ不治の病だ。生活全般に厳しい制約がつき、この先の人生をかなり限定されてしまった、そんなことである。
 思えば十年も少し前くらいは、三十歳になるまでに成功できなければ自殺して果てたい、などと言っていた気がする。若気の至りのこっ恥ずかしい文句を、よくもまあ口に出せたもんだ。その後の十年をおめおめと生きて、ようやく今頃になって、「なんだか死なないような気がする」と、宇野千代みたいな心境になっていた矢先だった。
 私の血筋はどこを見ても長命の人ばかりで、なんだか人生八十年は有に生き果せることが確約されていて、四十歳ならたかだか半分じゃないか、と甘く見ていたので、この病気のことは心に痛かった。蝋燭の長さが意外に短いかも、という思いに至った訳だ。
 人生五十年の時代ならば、もう四十は立派な初老である。『論語』の「不惑」でもあるが、なに、日々迷うことだらけで、どこが不惑じゃ、と一人ごちる毎日だ。まだまだ初心、まだまだ未熟、まだまだ勉強、と気分がまだまだ青二才のままでいたら、知らぬ間に青初老になっていたらしい。玉手箱を開けた後の浦島の心境かもしれない。
 だから「年の残り」は大切にしないといけない。入院した時、病棟は軽症者用で、『いのちの初夜』の如く日々生死に向き合ったという大袈裟なものでもないが、自分の「この先」については、つらつらと考えざるを得なかった。生命は有限で、自分の存在も有限であるという、アタリマエの措定を反芻した次第。
 新刊もあまり読むことができなかったが、国内外のベストスリーくらいは書名を記しておこうか。

国内編
1『琉璃玉の耳輪』津原泰水[原案・尾崎翠](河出書房新社)
2『少女外道』皆川博子(文藝春秋)
3『シューマンの指』奥泉光(講談社)

国外編
1『秘密』P・D・ジェイムズ(早川ポケットミステリ)
2『森の惨劇』J・ケッチャム(扶桑社ミステリー文庫)
3『高慢と偏見とゾンビ』J・オースティン&S・グレアム=スミス(二見文庫)

 去年今年貫く棒の如きもの 虚子

 では、皆さま、良い年を。