お盆に暗黒交響曲を 8月13日
 グスタフ・マーラーは1911年5月に51歳で亡くなったが、その年の9月、スウェーデンの南部にひとりの男の子が生まれ、グスタフと命名された。ヨーロッパでグスタフというファーストネームは珍しいものではない。画家のクリムトも文豪のフロベールもこの名だ(もちろんフロベールはフランス読みのギュスターヴだが)。スウェーデンの中世の帝王もグスタフ2世、現国王もカール16世グスタフである。

 しかし、1911年9月生まれのその子は、巨匠の生まれ変わりだったようだ。グスタフ・アラン・ペッテション。世界最恐の交響曲作家と言われている。何が最恐かって? 15作ある交響曲のどれもが、底無しに暗いのだ。マーラーもたいがいクラいと評判だが、ペッテションのその深淵たる暗さは、お気楽な人生に疑義を呈している。果たして、人は何故生きるのか、神は存在するのか、人間に救いはあるのか、という哲学的命題を突き付けて来る。その付き詰め方はマーラー以上だ。

 ペッテションの生い立ちは悲惨そのものである。移り住んだストックホルムのスラムで、アル中で暴力的な父と、病弱で宗教狂いの母に育てられ、親から感化院に入れると脅されたこともあるらしい。精神への暴力だ。母の歌う讃美歌が彼の人生唯一の音楽だった。それでも独学で音楽院へ入り、何とかヴィオラ奏者になるものの、やがて関節炎を患い演奏家を断念。作曲家に転身するも、様々な病気が悪化してペンも持てない体になり、譜を書くにも人の手を借りることに。絶望のドンゾコ、破滅のズンドコである。最後は癌でのたうちながら死ぬ。まさに「呪われた生」だ。ただし、生前から国内外で、作品の評価は高かった(これもまた信じられないような話だが)ようで、それが救いである。

 花の都パリに留学したこともあり、レイボヴィッツやメシアン、オネゲルらに師事したので、20世紀作曲家としては生え抜きと言ってもいいが、その人生が絶望のドンゾコなので、書く曲もズンドコばかりなのである。はっきり言って誰の影響も受けていない、オンリーワンの作曲家だ。底無し沼のオンリーワン…。怖わ過ぎる。

 とあるカードの○久○滅ポイントが溜まったので、このペッテションの交響曲全集を買ってみた。まあタダみたいなもんなので、買って後悔しそうなもんを選んでみた訳よ。もうね、目星い交響曲作家を全部聞き齧ったもんで、これくらいしか残ってなかったの。ショスタコもオネゲルもミャスコもニールセンも聞きました。退屈で暗いと言われ、ドロドロしてると謗られるものたいがい聞きました。そしてついに、ここに来た…。

 もとから分売してるプラケースのものを箱にまとめた全集で、そのせいか、最近主流の紙ジャケ・スリムケースなんぞよりもずしりと重い。音楽もかく重いもんだと、覚悟しろと言ってるようである。思わずステレオの前に正座しちゃったりして。恐る恐る聞いてみると、現代音楽のような晦渋さはなく、美しいと言ってもいい旋律が流れ来たる。しかし、低弦が常にドロドロと鳴っていて、苦痛の通奏低音を醸し出す。しかも一楽章制の曲ばかりなので、飛ばして聞くことも出来ない。正座したまま拷問に耐える。まるで音楽の算盤責めじゃ。しかし、時折、ヤコブの梯子のごとく光が指すこともある。その瞬間の美しさと言ったら比類がない。ここがおそらくペッテションを聞く醍醐味なのだろう。

 そもそもクラニーせんせいが、ブログでこの作曲家を聞いていると言ったのが、その名を知ったはじまり。倉阪氏は私の偏愛する作家だし、日本で唯一の特殊怪奇小説家である。近頃は生計のために時代小説家に転身されておられるが、本来は、グロくて暗くて救い様の無い(でも笑っちゃう)恐怖小説ばかりを発表されてきた。その人が、「ペッテションをまとめて聞いて疲れた」と書いていたのである。鼓舞されたとか、憑かれた、とかじゃなく、「疲れた」のだ。どんなんじゃ。そんなヒンシュクもんの交響曲全集あるんやったら、聞いてみたいわ。

 で、ここ数日、こればっかり聞いていたのである。もうね、仕事が手につかなくなるし、晩ご飯の献立も考えられなくなる。本も読めない。テレビも見たくない。無気力・無関心の症状を呈し、盛り上がっているらしいゴリンピックなぞ、どこの世界の話である。聞きし
に勝る最恐ぶりだ。でも、旋律が本当に美しい時もあるんだよ。それに、どよーんとした十二音階的音のカタマリではなく、伝統的な音が好ましい。オンド・マルトノみたいな変な楽器は出てこない。マーラーやショスタコーヴィチの暗い一部分を延々と聞いているようだ。でもやはり、疲れる…。厭じゃないけど疲れる。ここまで追い詰められるといっそ爽やかで、死にたくなるとかそういうベクトルの音楽ではないのですね。どなたかがネットで書いておられたが、「私小説的作曲家」という評はまさに言い得て妙だと思う。暗い人生そのものを凝視め、救済を希求しながらも拒絶する、痩せ我慢な文学にそっくりだ。

 HMVのアーティスト情報の頁をのぞくと、この交響曲全集、意外と「スマッシュヒット」したらしい。そんなんでええんかいな〜。どの国のオケもが、猫も杓子もペッテションを取り上げるような時代は来ないでしょうし、まあ、物好きな人が聞いて深淵を覗き込むのがいいと思う。その深淵の底無しぶりが、私たちに色んなことを思い出させてくれるのだから。