水出し中(コーヒーではありません) 3月22日
 先月の台湾旅行の後、風邪を引いて以来、具合が優れない日が続いた。先週、たまたま散髪に行った後、出張講義で、大変寒い日があった。その日から猛烈な咳と吐き気に襲われた。頭をさっぱりし過ぎたのだろう。

 一週間経っても回復が見られないことから、かかりつけの大学病院へ行く羽目になった。やはり診断は心臓喘息だった。私は一昨年の秋、心臓を悪くして入院して、生来の拡張型心筋症であることが判明したのだが、今回も入院スレスレだった。以前入院した時に、少しは体重などもしぼったはずなのだが、一年半の内にじりじりと元に戻っていた。加えて、いつまでも寒さの去らないこの気候がよくない。暑さ寒さが激しいと、心臓への負担が大きくなる。今年の冬の意外な寒さで、どうやらぶっ壊れたらしい。

 私としては、食餌療法を多少なりとも守っていたつもりだったのだが、やはり気が緩んでいたのだろう。特に水がよくない。体内の水分量が増えると、血液を循環させる心臓が悲鳴を上げるのである。情ない心の臓だ。アンティクーチョ(ハツ焼き)にして喰っちまってやりたいくらい、腹が立つ。詩人のラフォルグのように、「ほらね、ほら、ほら、僕の心臓だよ、ティルラルレン」(「心臓肥大の子供の嘆き歌」)なんて、おどけて見せる境地にもなれやしない…。

 なので、利尿剤を増やして、家で水出し中なのです。水分摂取一日一リットル、心は埼玉砂漠です。一時間おきにオ○ッコ。人間は水の袋です。やはり心臓の悪い繋がりで、マーラーばかり聞いています。『指環』もせっせと聞いていましたが、今は、マーラー、魔羅ではありませんのよ、念のため。

 昔、カラヤンが亡くなってしばらくして、廉価版で彼の代表作CDがどばっと出たことがあった。その頃、そのシリーズを買い揃えて、その中にマーラーもあったはずだ。少なくとも『大地の歌』は持っていた。しかし、その時は、なんだかマーラーって雑然武骨でヘンな音楽で、心そそられなかった。カラヤン氏も、あんまりマーラーに積極的でなかったので、その頃の私は指揮者を変えて聞き比べとかあり得ないオコチャマで、それきりだったのに…。

 前回の入院後から、猛烈にマーラーが聞きたくなったのだ。クラシックは器楽やオペラ、声楽ばかり聞いていた私に、一体何が?

 2010年は生誕150年、2011年は没後100年と、二年越しでマーラーの記念年が続いて、気になったのは確か。EMIの全作品BOXを買ったのが運の尽き。最初はちまちまと「さまよう若人の歌」とか「亡き子を偲ぶ歌」など、声楽を聞いていたのだが、まあ、聞かずに積んどく訳にもいくまいと、交響曲を聞き始めたら、凄かった。特にテンシュテットの五番八番。こんな指揮者、知らんかった!!!

 それから震災が来た。体験した事のない揺れ、津波の映像、原発の暴発、そしてあまりにも多くの犠牲者…。心が折れた日々を過ごした。これは日本中の多くの方々もそうだっただろうと思う。その時、私はマーラーの二番『復活』を思い浮かべた…と言ったらカッコいいのだろうが、むしろ九番を聞きたくなった。心臓の不整脈のもつれるような弦の響きで始まる、最後の交響曲である。「英雄ではない普通の人の死」を描いたと言われている。

 それから憑かれたように、マーラーを聞きまくり買いまくった。今、クラシックの世界は大変な投げ売り戦争状態で、かつて私がクラシックに興味を持ち始めた頃、五万円以上したようなマーラー交響曲全集が、下手すると、五千円くらいで買えてしまう。買う方にはいいのだが、とんでもないことになったものだ。『大地』や、他人の補筆に因る十番まで入れると、CDが十枚以上に確実になるマーラーが、幾センエンなのよ。二か月に一セット買い足して、ひたすらそれを聞き、耳慣れる。そんなことしていたら、今年の春で十セットちかくになった。

 聞き比べがこんなに面白いもんだとは。そして、誰が振っても素晴らしいのが、マーラーの譜面だということもわかった。スコアを買って読んだりするようになったら、マーラー大先生がうるさいくらいに指揮者に対する指示を書き入れてある。生前マーラーは作曲家ではなく、指揮者として知られていたのだと、思い当たる。

 そして私も、立派なマーラー廃人として、心臓まで悪化させている。マエストロも、晩年心臓を悪くしたらしい。マーラーの晩年は痛ましいまでの凄惨事の連続だった。八番を書きあげた後、幼い愛娘の死、ウィーンからの都落ち、心臓病、妻の不倫、新天地アメリカでの大活躍(無理が祟った)…。ベートーヴェン以来の九番のジンクス(交響曲九番を書くと死ぬ)に怯えたという、まことしやかな都市伝説もある。マーラーは51歳でこの世を去るが、それは心臓ではなく、溶連菌感染、現代なら死ぬことはない病だった。

 私の水出しはしばらく続くので、なかなかHPをいじることも、食べ歩きすることも、ままならない。早く相方と、花見の話でもしたいものだが、今年は桜も遅いのだそうで…。でも御心配は無用です。震災一周忌の時記事を書けずにいたのは、忸怩たる思いですが、いつかこの国に『復活』の鳴り止まぬ日を願っています。
『ニーベルングの指環』を初めて観ました 1月18日
 お正月以来、『ニーベルングの指環』を毎日ちびちびと観ていました。ちびちびと言っても、一日約一時間ちょいで、二週間かかりました(^^;)。『源氏物語』や『失なわれた時を求めて』を読み通したような、途方もない達成感を味わえました。
 以前はCDでしか聴いてなかった上に、あんまり上手い演奏とは言えない廉価盤を聴いていたので(マニアならどの盤かすぐにわかるでしょう)、誰か歌っているのか、どの場面なのか、最後までさっぱりわからず仕舞いで、半ばBGM状態と化していました。有名な「ヴァルキューレの騎行」の場面が来れば、辛うじて理解できる程度。
 一念発起してDVDを買って、納得いくまで観るか、と思ったのですが、はて、どの指揮者のを買ってよいのやら。誰の演出を観てよいのやら。あれだけ長大な作品ですが、それでも、十指に余る全曲盤DVDが出ています。ブーレーズ、レヴァイン、ヘンシェン、バレンボイム、ティーレマン、メータ、セント・クレア…。錚々たる面子の指揮者が揃っています。
 いったい、初心者はどれを観たらええのん? どれも高額だし、悩ましい。ところが実は、『指環』のDVDで定評があるものって、国内版はほとんど廃盤でした。そんなら、どうしたものやら。
 よくよく吟味した結果、日本語字幕が付いてて、詳細なガイドブック付きとなると、DVD付き書籍ならあるのです。それでも2パターンありまして、小学館の「魅惑のオペラ」シリーズのバレンボイム版と、世界文化社のズービン・メータ版「バレンシア・リング」。値段は似たようなもんなので、分冊されていない後者を買ってしまいました。
 しかし、これ、調べてみると、超前衛的演出でマニアもびっくり、のシロモノだそうです。近年のバイロイト祝祭劇場でも、演出に限ってはかなり前衛的らしいですが、それに輪をかけた「21世紀のリング」です。初心者がこんなん観て、大丈夫か?
 まあ、でも、勇気を振り絞って観てみることにしました。スペインはバレンシア州立歌劇場で、2007〜8年に上演された舞台を、完全収録したものだそうで。そしたら、のっけからビックリ!!!
 序夜『ラインの黄金』の第1幕で、三人のローレライがいきなり、天井から吊り下げられた透明な箱の中で泳いでいます。泳ぎながら歌ってるの。なんじゃこりゃ〜〜〜。でも面白いし、舞台後方に張り巡らせた液晶パネルを駆使したCGが、幻想的かつ先鋭的。
 そしてそれから、正統的なマニアが目を剥くような演出が次から次へと…。天上界の神々は何故か手押しクレーンに乗り、火の神ローゲはセグウェイでちょろちょろ走り回りながら歌う。巨人族はマジンガーZにまたがり、霧の国にはベルトコンベア…。
 演出は、「ラ・フラ・デルス・バウス」というスペインの前衛舞踏集団の代表、カルロス・パドリッサ。なんだか、まんま、「シルク・ド・ソレイユ」を思わせるようなパフォーマンスだらけでした。あそこまでサーカス・サーカスしてないけど。
 第一夜『ヴァルキューレ』のヴァルキューレの乙女たちが、オペラでお馴染みの「デブキューレ」たちで、これが神の馬に見立てた背の高いクレーンに乗ってくるもんだから、私はいつアームがぽっきり折れやしないかと、ハラハラしました。もちろん、ブリュンヒルデも女プロレスラー激似でございました。まあ可憐なブリュンヒルデなんぞ、ハナから期待していません。
 第二夜から登場のジーグフリート役も、私にはドー観ても、安岡力也のホタテマン(なつかし…)にしか観えませんが、「人間界随一の英雄」です。ホタテマンと女子プロレスの愛の歌…。こ、こ、これが、ヴァーグナーの目指した芸術といふものか…。しかもシーグフリート、第三夜『神々の黄昏』では、逆さ吊りで歌うし、演出が凄すぎて、唖然…。ギービッヒ一族が顔に円やユーロをペインティングしてるしな。やりたい放題。
 配役は誰がやるにせよ、オペラじゃ巨体が付き物でどうしょうにもないのですが、巨匠ズービン・メータの指揮するバレンシア州立管弦楽団の素晴らしいこと。やっすいDVDプレイヤーと未だアナログのブラウン管でなくて、液晶画面で是非とも観たいです。今度、相方んちで爆音で観たろか? こういうの嫌がられそうだね。
 それにしても、バレンシア、たかだか自治州なのにこんな凄いオケと劇場を持っているんですね。確かにマドリッド、バルセロナに次ぐスペイン第三の都市とは言え、おカネありすぎよ。なんなの?
 これが私の『リング』映像初体験。目眩めく映像と迫力の音に圧倒されましたが、今思うのは、正直なところ、次はマトモなオペラ演出で観てみたい、でした。でないと、この超前衛的「バレンシア・リング」の正しい価値もわからないでしょう?