お肉の殿堂 7月17日
 多忙を極めまして、なかなか更新も出来ず、久々の日記です。まあ、気分が乗らない、ってのもありますけど、もはや時事ネタとか書く気は毛頭ございません。私はすっかり世捨て人になりました。“Ich bin der Welt abhanden gekommen”、てなところですかね。

 世の中に忘れられても、腹は減るのでございます。高楊枝なぞという言葉は私の辞書には載ってませんし、相変わらず美食とは縁が切れません。ふだんはごはんも控え目ですが、ここぞという時は、がんばってしまいます。我ながらアホです。

 連休中に私の誕生日がありまして、もう四十も半ばだと有り難くも嬉しくもないのですが、相方が祝ってくれることになりました。私が喜ぶ店をとってくれたということで、その日までヒミツということで、敢えて訊かず、楽しみにしていました。エスニックかなんかかね、と思いながら。

 その日になって、連れて行かれたのは、あんまり降りたこともない溜池山王。ご近所の赤坂なら、みゆきさんの夜会で馴染みの土地ですが、ハテ、溜池…なんじゃろか。

 地下鉄の駅を出てすぐ、とのことですが、行って見て驚いた。TVによく出てるあの、ローストビーフの専門店、「ロウリーズ・ザ・プライム・リブ」だったのでした。ここって結構、高いんじゃ…。でも年に一度の降誕祭だしね。思えば、昔はこんなに肉肉言わなかったってのに、最近私はやたらと肉肉言ってるので、相方が気を聞かせてくれたのでした。嬉しいけど、ちょっと怖い、この店…。

 そして「肉の殿堂」へ。凱旋門もかくやという石造り(もしかしたら張りぼ…いえ、それは言っちゃいけませんのよ、オホホホ)のエントランスがお出迎え。お店の人にかしづかれて、真夏の日曜の昼間というにひんやりと薄暗い階段を降りると、そこはお肉の焼ける薫りの充満した、異次元世界。昼の開店間もなくなので、まだ客の姿はちらほらだけど、既にサラダバーには野菜がこんもりと盛られ、あちこちでお肉のワゴンが稼働中。

 予約の席に通されますが、オーダーを待つ間に、店の中を盗○。このしょったれた画像ではあんまり雰囲気が通じないかもしれませんが、アールデコ調で高級感あります。近頃は貧乏が板についたので、なんか嬉しくて泣けるわ〜。でも、おっさんが泣いても、ホースラディッシュの喰い過ぎとしか思われませんから、泣かないわ、アタシ。だってこれからお肉を食べるんだもん。

 お肉の食べ方はひと好き好きですが、私はローストビーフが一番好きです。すき焼きは関西風だと甘くて閉口するし、関東風だとしょっぱくて体に悪いし、ステーキはほんと焼き加減がムズカシイ。焼肉ももっぱら普通のお肉よりもホルモン派だし、とにかく和歌山県人なので、肉にはウルサイ。結果、もっとも美味しい食べ方の一つだと思うのが、RoastedなBeefなのです。

 自分でも塊を買ってきて作ったりしますが、やはり専門店で最高のものを食してみたいと願っていました。以前、○倉で「鎌○山」を食したこともありますが、国産の最高級のお肉のローストビーフは、最初は美味しいけれど、脂にノックアウトされました。つねづね、輸入肉の赤身の多いところをやーらかく焼いたものが、お肉の味が味わえて最高に旨いのでは、と思っていました。だから、「ロウリーズ」はもってこい。

 この店では、安っぽくローストビーフなぞと言わず、「プライム・リブ」と言ふのですね。リブなんてアタシ、豚のりぶしか最近喰ってないわ、しかもコテコテの中華風のヤツ。でもここは牛のリブです。牛のリブを特製スパイスで調味し、柔らかくとろけるように焼くのです。…とかなんとか書いてても胃液出るわ〜〜。

 オーダーですが、相方が、ここで一番肉の量が多い「ダイヤモンド・ジム・ブレーディー・カット」を頼んでもいいよ、おごるから、と言ってくれました。太っ腹です。私はリアル太っ腹ですが、相方は「自分は食えないけど、見てみたいから」とのことです。奇特な人や。相方はひとつ下のサイズ「ロウリー・カット」をご注文。

 サラダを控え目に食してしばし待つと、やがて、我々の席に、あの銀色の乳母車…もとい、肉わごんがやってきました。目の前でお肉をカットしてくれます。しかしまあ、真ん中にそびえる肉の太さに、笑っちゃいます。古里の牛小屋で牛に蹴られそうになったことを思い出して、ひきつけを起こしそうになります(なれへんて)。

 そして肉の皿が目の前に…。

 ロックオン!!!!

 は、はみでてるがな、皿から。今回は米国産牛肉を特別に使用した6000食限定の骨付き肉だそうで、分厚い。焼き方はレアなので、血の滴るような凄烈な赤。血は源泉。死人じゃないってこれほどまでに確信する色。なんだか途中から戸川純様が降臨していますが、気にしない(ヤプーズの名曲「赤い戦車」です…って、肉の説明に引用するなんて悪趣味…)。

 相方の肉と比べると、厚さが2センチくらい違う。ありえない眺めです。皿の上段に窮屈そうに並んでいらっしゃいますのは、左からご紹介いたしますと、クリーム和えの法稜草殿とマッシュド・ポテイト様とこれまたクリーム和えのコーン氏とヨークシャー・プディング候でございます。皆さま、こってりと日本人離れしたお味でいらっしゃいます。さすがアメリカンな店。お肉の新婦がまとうウェディング・ドレスは茶色いグレーヴィー・ソースでございます。新婦は500グラムを超えていらっしゃいます。どへ。

 シルヴァーのカトラリーを両手にぐっと握り締めて、肉をカットすると、忽ち刃が通ります。や、やわらかい。大きめに切って口へ運ぶと、肉汁で口腔が充たされて、ちょっと天国のドアが開きました。と言っても咽喉をつまらかしてるのではございませんのよ、あしからず。何度か噛むと爽やかな肉汁を残して、お肉は消えてゆきました。プリンセス・テンコーばりのマジックです。これが米国産? これが輸入? うそ、うそ、うそ、きっとこれは和歌山の大自然に育まれたわぎゅーなのだは。♪あ○らぼーくじょ〜〜(壊)

 和牛商法はよくわかりませんが、これは食べたらわかる。肉好きの血が騒ぎます。それからは一心不乱に謝肉祭。盆と正月とクリスマスとカーニバルが一緒に来てしまいました。どうしましょうかね。何も考えず、ひたすら命のみなもとを口に運ぶのみ。骨付き肉の骨のまわりをこそげて喰うのも一興。

 薬味にホースラディッシュのそのままと、ホースラディッシュの生クリーム和えが出ていましたが、このクリームド馬大根が、お肉にまあよく合うのなんの。旨い!!! これは盗むべし盗むべし。家でも肉に合せるホースラディッシュはクリームでこってりとね。

 ヨークシャー・プディング侯爵ですが、相方は初めて見たらしく、戸惑っておりましたが、私は自分でローストビーフを焼く時、焼皿の肉汁を取っておいて、ちゃちゃっとこれを作るくらい、好きです。侯爵閣下はクリスティーの小説にしょっちゅう出て来ますし、ポアロも大好きな付け合わせです(あれ? ヘイスティングスが好きだったのかな?)。

 しかしその後、ロウリー・カットに飽きた相方からけっこうな量を施されて、カオスに。添え物の皆さまがけっこうなコッテリ具合で、しんどくなったとか。確かにね、肉食人種アメリカンなら平気なのでしょうが、これはさすがに胃が軟弱な日本人にはヘヴィーだわ。私もそろそろ本当に天国のドアが見えてきた…。

 なんとか完食しましたが、こりゃすごいわ。店の中を見渡すと、私以外は誰もダイヤ・カットなぞ頼んでいません。本日の肉馬鹿一号の称号を戴いても不思議ではありません。肉阿呆はデザートはさすがに一口くらいしか喰わず、店を後にしました。

 あ、そうそう、トイレ。ここのトイレへのアプローチ、凄いです。店を経営する会社の沿革史が壁に飾られていました。従って、トイレまでけっこう遠いので、皆さま、ガマンの果てに飛び込むことは出来ませんので、要注意。ラビリンスの床に垂れ流さないことをお祈り申し上げます。

 でもね、ここだけの話。私ってば、誕生日のランチにまさかここを予約してくれているとは知らず、二週間前の日曜も、埼玉方面のブラジル料理店で、一ポンドステーキ喰うてたのです。薬を飲んでいるので、ここ五年くらいは痛風の発作が出ていませんが、ちょっと今後が怖いです。しばらくお肉は、お預け。