本格的な味のフォー 3月21日
 過日、相方と大宮方面に行って来ました。本格的なベトナム料理があるらしいということで。ベトナムねえ…。確かに都内の有名店でも食べたことあるし、デパートのレストランフロアにあるフォーの店も行くけれど、なんか、物足りないんよね。オサレなんだけど、パンチがないと言うかさ、近国のタイとかマレーシアの料理に比べるとねえ。

 特に東上線沿線で美味しいベトナム料理が見つからないので、ちょっと遠出して、大宮の見沼のほうに行きました。店は、例によって、相方が探してきたのでした。

 さて、お店は東武野田線の七里駅からかなり離れた、ヘンピ…もとい、静かな住宅地にありました。「カヤオ」というお店です。幹線から入った更に脇道の長屋みたいなところにあって、はっきり言って、新来の客を拒んでいます。まるでどこぞの県の、讃岐うどんの店のようぢゃ。

 こういうロケーションの店は、かなりオイシイか、それとも究極マヅイかのどっちかで、ちょっとドキドキしながら入店しました。どうやら、お国の方がやっておられる店のようで、期待が膨らみます。

 いろいろと頼んでみたい料理はありますが、とりあえず、前菜ぽいものってことで、子袋のおつまみを。辛くて酸っぱいタレで和えた子袋は歯ごたえがよく、冷たくて美味。なんか今まで食べてきたパンチのないものとは違う感じ。ノンアルコールビールが進むわ〜。

 そして、ベトナム言うたらコレでしょの生春巻。我が家でも昔良くつくっていたのですが、タレがタイ風のスイートチリでなくて、ナッツ入りの味噌味。これが本場の生春巻か〜〜。目から鱗のオイシサです。具もよくある豚と海老なのに、なんか違う。レタスが入ってるのが新鮮だったです。

 そして画像真ん中の蒸し餅。海老子か蟹子とお豆のペーストみたいのが載って、蒸し上げて、柔らかい味の餡をかけてあります。つい美しさに見とれて、画像取る前に食べちゃいました。まあ、いつものことっすけど。

 そしてメインの麺。相方が注文したのは、海鮮スープ麺。アツアツにもやしや香草をほりこんで、かきまぜて喰う。味はトマトを感じるまったりとした、辛さも感じるスープで、海老や帆立が時々顔をのぞかせます。今までのベトナム料理で食べた事のない味でした。こういう麺料理は、お店のHPによると、ベトナムの古都フエの料理だとか。

 私はわりと馴染みのフォーを注文しましたが、これが素晴らしかったのです。スープはよその店と同じ牛肉のスープですが、さっぱりとしているのに、風味が濃い。そこに香菜と玉葱が載って、黒胡椒とレモンの香りがプラスされて、旨味たっぷり。今まで食べたフォーの中で一番美味しかったのです。もし医者が許すならば、全部飲み干したいわ〜〜。あかんけど。

 もしかしてこの店、隠れた名店なのでは?

 相方は生春巻とフォーがたまらんと言っています。私も賛成。これは、いろんなメニューを制覇する甲斐がありそうな店です。我々の住む東上線沿線からはちょっと遠いけれど、通うだけの価値のある店だと思います。また、あのフォーを啜りに行かなきゃ、とココロに誓う私です。
幻のベートーヴェン全集を探して 2月28日
 昔、私の実家に箱入りLP盤のベートーヴェン交響曲全集がありました。しかし、あるにはあったけれどプレイヤーは、壊れていて鳴らない蓄音機があるのみ。誰もそのレコードを聴こうとはしませんでした。家族でクラシックが趣味の人などいないし、いったい誰が買ったのか。誰かが持って来たのか。

 中学生になって念願のプレイヤーを買ってもらい、そのLPの箱を開け、まず最初に聴いたのが「エロイカ」でした。一年くらいは新しいレコードもないので、その全集を聴いて、すっかりシンフォニーを覚えてしまったのでした。レコードはずっしりと重い盤で、音はひたすら美しい。生まれて初めてちゃんと聴いたのですが、音楽室の壁の亡霊のような肖像画のあの人が創った音楽だとは、信じられませんでした。耳が不自由な人がこんな素晴らしい音楽を創ったというのも信じ難い。

 でも、高校生になって自分で街のレコード屋に行くようになって、私はもともとカセットで集めていたイージー・リスニング(ポール・モーリアやリチャード・クレイダーマン)を買うようになり、たちまちベト全は忘れ去られてしまったのでした。間もなく、CDプレイヤーが安く出回るようになり、今度はそっちへ。レコードのように針で擦って音を作るのではない、新しい文明の利器に魅了され、洋楽やニューミュージック(死語だなあ…)を聴くようになって、クラシックのお勉強はお預け。ピアノも十年近く習ったのに、ものにならず終いでそれっきり。

 数年前、あの時のベト全が気になって、廃墟と化した実家を探したのですが、見つかりませんでした。古びたレコードは他にも浪曲全集とか日本民謡全集とか数種類あったのですが、どれもない。まだ元気だった祖母に、そのレコードのことを尋ねたら、蓄音機と浪曲等はひいじいさんの趣味だったと判明しました。でもベートーヴェンは?「そんなハイカラなもん、誰も聴く人あれへん」とのことで、全くわかりませんでした。

 いずれにせよ、まとまってあったレコードの類は、全て消えてしまったのです。そういう古いものを放り込んでいた物置がわりの長屋が、実家の敷地の隣りにあったのですが、そこは十五年ほど前、土地を欲しがった父の弟が譲り受けて更地にしてしまい、中にあったものの行方は杳として知れず。その叔父も昨年他界し、消えたレコードの跡を辿ることは出来なくなってしまいました。

 ここ二年ほど、私は狂ったようにマーラーの交響曲ばかり聴いていましたが、最近、忽然と目が覚めて、「あ、ほかのクラシックも聴き返さなきゃ」と思うようになりました。なんとなく気になっていたあのベト全の事も、ちゃんと調べてみたいと思ったのです。現物がない以上、記憶の中から探り出さねばなりません。ご存知の通りクラシックは、指揮者演奏者によって。同じ曲でも全然演奏が違って聴こえます。だからあの時の演奏も思い出せるのではないかと…。まあ、甘かったですね。

 中学生のさほど肥えていない耳で覚えた程度のものでは、はて、どんな演奏だったのか。速いか遅いかようやく覚えている、そんなくらいでしょう。私の十代の頃ですので、時代は80年代。レコードはそれを更に十年以上遡ったシロモノと思しい。その頃は幸い、今のような古楽のピリオド演奏もまだなく、従ってベーレンライター版と呼ばれる新全集の楽譜も存在しませんでした。現在のような快速ベートーヴェンというのは、一部の例外を除いてあまりなかったのです。

 くだんのレコードの演奏は、モノラルだったのかステレオだったのかも覚えていません。でも記憶の底にあった、あの盤のずっしりとした重さから直感的に、1970年代以前のものだろうと思います。私はその時代のベートーヴェンの交響曲全集を片っ端から集めて聴こうと勢い立ちました。思い出の中のベートーヴェンを探してやろうと。

 ベト全の歴史を一言で言えば、1930年代に完成したワインガルトナーのものが最初と言われています。そこから大戦を挟んで四十年間くらい。あの頃レコードは、今のCDなどは比べ物にならぬくらい、高価なものだったようで、それ故、ベートーヴェンの交響曲全集は庶民にとって高嶺の花、一生ものの買い物でした。だから現代のように、猫も杓子もベト全を振って録音できるような結構なことはありませんでした。全集の種類も数が限られているはず…。

 でも甘いわ。巨匠マエストロと言われる人なら一度ならず作るであろうベートーヴェン全集。カラヤンなんぞ、LPの時代に都合四回も作っています(映像版とCD時代になって発掘されたものも含めると七回…)。ほんまに見つかるんかいな。ワインガルトナーに始まり、フルトヴェングラー、トスカニーニ、ワルター、クレンペラー、メンゲルベルク、バーンスタイン、シューリヒト、クリュイタンス、セル、ヨッフム、カラヤン、クリップス、レイボウィッツ、ラインスドルフ、シェルヘン、ケンペ、コンヴィチュニー、ベーム、アンセルメ、クーベリック、ああしんど。

 いつのまにか、もともと手持ちの全集(朝比奈、テンシュテット、ムーティ、バレンボイム、ハイティンク)も含めると、コンプリートしたマーラーの25種類を軽く超えていたのでした。あなおそろしや。まあマーラーやブルックナーとはCDの枚数が違うので、集め易いですがね。

 これだけ聴いてしまうと、ますます訳のわからない状態になり、最近の演奏はどんなもんじゃろうと思って、ラトルにアバドにティーレマン、ピリオド系のノリントンやブリュッヘンまで買う始末。マーラーに引き続きカオス状態になりました。

 こんだけ集めたのに、くだんのLP全集と同じ演奏らしきものはないみたいだし、やはり記憶も薄れてしまった演奏では、思い出しようもないのかなあ、と諦めかけていたその時…

 ついに、コレデハナイカ、と思えるものに巡り会ったのです。シュミット=イッセルシュテットがウィーン・フィルと入れたベートーヴェン全集。この端麗な演奏。しかも完成は1970年、私の生年です。これか?これなのか?これがあの幻のベト全なのか?

 このイッセルシュテットの全集、実は現在入手困難です。二十年ほど前にCD化されBOX発売されて、十年ほど前にバラ売りで復活。その数年後に輸入盤で再BOX化されるも、廃盤。すっかり忘れ去られた全集となっていました。まあ、そりゃ、ベートーヴェンの交響曲全集って、全部で150種類以上あるらしいですからね。定番化してCDショップに行けば必ずあるものもあり、大量消費時代の荒波に呑まれて消えるものあり。イッセルシュテットのものは、残念ながら市場からは消えていました。私も中古屋を廻って探しに探して、ようやく最近になって見付けたのでした。

 ながーい歴史を誇るウィーン・フィル初のベト全だそうで、消えているのがもったいないような演奏ですが、かと言って、三十年近く前に聴いただけの演奏を覚えているほど、私の耳はそんなにスグレモノではありませぬ。では何故これがそうだとわかったのか?

 私はこの箱に見覚えがあったのです。この画像は現在手許にあるもので、二十数年前の国内盤として発売された時、一回こっきり使用されたデザインですが、どうやら、LP全集の箱も似たようなデザインだったようです。でも確か、あれは赤い箱だったような。そして、私は、中央のベートーヴェンの半身像を、何故か天使だと思っていたのでした。記憶って、怖い(笑)。

 謎はまだ残ります。いちばん最初に書いた通り、いったい誰が文明果つる僻地の我が家に、このベト全を持ちこんだのか。老父にそのあたりを尋ねてみると、父の従兄弟で声楽家になった人がいるそうな。犯人はそいつか?

 そして更に色々と調べていて、声楽家以上にアヤシイ人物を発見したのです。遠縁にとある流行小説家がおりまして、生前、オーディオ・マニアとして有名だったそうです。クラシック歴の長い人なら絶対知らないはずのない名前の人です。その作家氏が1980年に亡くなっているので、その形見の一部が回りまわって我が家に来たものでしょうか。あるいは生前、交流があった誰かに、お気に召さなくてあげちゃったものか。こういうものの持ち主候補としては、充分にあり得ますね。

 どっしりとした重量のあるレコードをプレイヤーに載せ、恐る恐る初めて針を下ろした日のことは、おぼろげに覚えています。三十年ぶりに聴く「エロイカ」は、……色々聴き過ぎたせいか、ごくごく普通に美しいだけでした。でも、多分、このCDはこれから私の宝物になると思います。あのレコードは、どうしようもなく放埓な人生を送った叔父が、借金の埋め草に売り払ってしまったのでしょう。あるいは、ボロ長屋と共に解体されて押し潰されたのか。思いは尽きません。
中島みゆきツアー2012〜13「縁会」 1月24日
 先週末、有楽町の国際フォーラムに再度行って来ました。今回のツアー二度目の参加です。今回は、前回の天井桟敷のク○席よりは少しだけましな、一階後方席です。ステージのセットも双眼鏡でならはっきり見えます。11月に観たツアーがどのように変っているのかいないのか、色々と楽しみです。24日現在、大阪福岡公演を残すのみとなりましたので、ここでセトリ書いちゃってもよろしかろうね。

 第一部
  空と君のあいだに
  あした
  最後の女神
  化粧
  過ぎ行く夏
  縁
  愛だけを残せ(Alb.Ver.)
  風の笛

 第二部
  3分後に捨ててもいい(Inst.)
  真直な線
  常夜灯
  悲しいことはいつもある
  地上の星
  NIGHT WING
  泣きたい夜に
  時代
  倒木の敗者復活戦
  世情
  月はそこにいる

 アンコール
  恩知らず
  パラダイス・カフェ
  ヘッドライト・テールライト

 懐かし目の歌が結構あって、古いファンにも嬉しい次第ですが、第二部のMCで本人が、「前回前々回くらいのツアーで歌った歌とはかぶらないようにしている」と仰っていました。あとは、今回ツアータイトルを復活させて、「宴会」に「縁あって会う」を掛けたので、縁がらみの選曲がちらほら。そのものずばりの「縁」は、短いけれど壮大な曲想の名曲。

 前回観覧した時は、第一部のことを「昼の部」第二部を「夜の部」と言ってましたが、今回はその説明はナシ。第一部にも「あした」「化粧」といった夜の気配を濃厚に感じる有名曲があるので、本人が「昼の部」扱いできないと感じたのでしょうか。

 第二部の「真直な線」「悲しいことはいつもある」「泣きたい夜に」は、長いアー歴を誇るみゆきさんの、初期の佳作。殊に、地母神が歌うが如き「泣きたい夜に」は、多くのファンの涙を誘い心を癒してきた名曲です。心して聴きたい!

 第二部も「時代」以降の4曲は、第三部としてもいいような濃密さで、大震災以後初めての全国ツアーに際して、みゆきさんが思うところが詰まった感じです。あまりうがった見方をし過ぎて、大震災の原発のと言及し過ぎるのはよくないことですが、そこに傷ついた人がいる限り、慰撫し救済の手を差し伸べずにはいられないみゆきさんの優しさが感じられ、そこに「世情」のようなシビアな社会批判の歌が入ることで、甘い癒しだけでは済まされないという現実に、目を覚まさせられるのです。

 アンコールは、立って踊るにはちょっと微妙なノリの2曲のあと、見事なお帰りソングで某国営放送のドキュメンタリーの如く、粛々と幕が下りるのです。自作が500曲近くあるからこそのチカラワザですね。

 私が行った日は、ちょっと歌詞の間違いが多くて、一回二回ならいつものお約束で楽しめるけれど、若干心配になる感じだったのですが、どうやらその日はカメラがあったので、みゆきさん、アガっていたのかもしれません。DVDになるのかTVで放映されるのか、はたまたヤマハの資料用だけなのか、詳細はまだわからないのですが、翌日もカメラがいたそうな。2007年の『歌旅』に続いて、ツアー映像の商品化を期待してしまいますよね〜。とは申せ、前回2010年ツアーと2011年の夜会も、カメラが入っていたのに商品化は未だナシ。イケズやわ、みゆきさん。

 平成になってからのツアーは全部観ていますが、90年代の選曲がその時のニューアルバムを中心にした、本人が歌いたい歌中心だったのに対し、良くも悪くもライト層の客も増えた00年代以降は、本人が歌いたい歌とファンが聴きたい歌を擦り合わせた結果の選曲で、今回、ニューアルバムの佳曲はけっこうスルーされてしまって、少しばかり悔しいなあ。それとも、ニューアルバムの曲の半分くらいは、もしかしてまた次の夜会のオリジナル曲?…色々と妄想も膨らもうと言うものです。

 途切れることなく次から次へと歌と舞台を作り続ける、回遊魚の如きアーティストですね。こんなにも「次」が楽しみな人はいないんじゃないかな。ファンの欲目かもしれませんが、還暦を超えてまだこんなに「次」を期待させる人はいませんよ。

 コンサートの感動は、幕が下りてしまえば空に漂って消えてしまうものですが、何かしら考える営為をいつも残してくれるみゆきさんのステージには、毎回、感謝感激です。願わくば「次」も。今年は新作夜会かな〜。