中島みゆきライヴ『一会』 11月21日
 という訳で、過日、有楽町に行って来た次第です。いやはや、珍しいハプニングがあったり、全国ツアー続行宣言あったりで、盛り沢山な一日でした。

 二階席の前の方というビミョーな席でしたが、かえって、舞台上がよく見えて興味深かったです。「夜会」オペラグラスで覗いたら、あら、以前にもましてお美しやのみゆき様がいらっしゃいました。立ち居振る舞いが楚々としていらっしゃるかと思いきや、おっとこまえな大股開きのガハハ笑いのMCコーナーもあって、どちらも相変わらずですなあ。

 さてその珍しいハプニングですが、「友情」という教科書副読本に載ったこともあるシリアスな歌を、今回は敢えて2番から歌ったのですが、途中の間奏でバックバンドの演奏がフシギに聞こえました。なんか…誰か演奏失敗したのかな? そしてそのおかげでみゆきさんが次の入り箇所が判らなくなって、あわやインスト事故になりかけたのでした。バンマスの小林さんが奮闘して合図を送り、なんとか歌えたみたいです。直後のMCで「アタシ、歌に戻るとこ忘れちゃった〜、テヘ」みたいにみゆきさんが明るくフォローしていたのがよかったです。

 その他にも「ライカM4」の1番でいきなりみゆきさんが「あ゛〜〜〜、まぢがっだあ゛〜〜〜」と叫んだのは、場内爆笑。もうね、カンペキに歌詞を歌って欲しいなんてファンは誰ひとり思ってませんから、いつまでも豪快に歌詞間違えて戴きたいものです。今回からどうやら歌詞丸暗記派のみゆきさんも寄る○○に勝てず、歌詞モニターらしきものが足許にあるとまことしやかに囁かれていますが、いーんです、ご自分の作った歌なんですから、アレンジしよーが、歌詞間違えよーが、小皿叩いてちゃんちきおけさしよーが、ファンはついてゆきますよ。

 ハプニングはさておき、ライヴの意図みたいなものを探りますと、やはり、現在の時流に対する警世の意味の籠ったセット・リストだったのではないかと思われます。無邪気な若かりし日の思い出の場所が消えてゆくことを歌う「もう桟橋に灯りは点らない」で始まり、「私はひとりが嫌いです/それより戦さが嫌いです」とさらりと歌う「樹高千丈落葉帰根」、「時代という名の諦めが/心という名の橋を呑みこんでゆくよ」という「友情」、第1部だけでも彼女の旗幟が鮮明に見えてくるのですが、第2部になるとさらにお怒りモード?

 その第2部は、ヘイト・スピーチやいじめをもたらす誰しも持っている心の奥底の偏見を「寝心地は最低/居心地は最高」な「ベッドルーム」に喩えたり、基地問題や尖閣問題で揺れる南島を歌った「阿檀の木の下で」、特定の国や場所ではなく世界中いずこも「私の暮らす町」と歌う「空がある限り」、嘘八百の政治家や企業やマスコミに物申す「Why & No」など、硬派な歌が勢揃いしました。

 こう言うとネトウヨなどと称す浅墓な連中の恰好の餌食になりそうですが、アーティスト・芸術家・創作家と言われる立場の人間は、いつの世だってその時代の権力・政治・軍産企業に対抗して物を作るものです。こんな当たり前のことすら判らなくなっている昨今の反理性的風潮に「NO!」と叫ぶと、「サヨク」のレッテルを張りに来るのはいったい何なんでしょうか? 言論統制? 世の中がそうやって閉塞的に息苦しくなってくると真っ先に撲滅されるのは、カナリヤならぬアーティストですし。

 みゆきさんはそもそも安保闘争世代の名残を羨み惜しむ形で歌を歌い始めたお方です。初期の「時代」や「傷ついた翼」、「あたし時々思うの」、「誰のせいでもない雨が」なんかに如実にそれは歌われています。かと言って簡単に左翼陣営に取り込まれるのも拒んできた経緯があります。湾岸戦争に反対表明する知識人の声明を新聞から求められた時、「反対とか言えと言われても、アタシそういうのムカつく」と書いて物議を醸したこともありますしねえ。

 人間個人の本来の人権・自由を求めると、右とか左とかそういうレッテルではない立場に辿り着くものです。しかしそのリベラル(公平)を訴えるのがなんと困難な世の中になったことか。昨年の『夜会Vol.18 橋の下のアルカディア』も人柱や特攻をテーマに、国や集団の公益のために命を差し出せと迫られたら、逃げて卑怯者と言われてもいいんだよ、というものでしたね。

 だから今彼女が歌って世間にアピールしたい曲目が、このようなことになったのではないか、と思う次第です。今回のライブは何故か『一会(いちえ)』とタイトルが付けられているのは、こんな訴えるようなライヴは一度きりにしたいと願う表れなのでしょう。しかしこんな世の中はまだまだ続くのでしょう。総理が悪いのでも政党が悪いのでも宗教やどこかの大国が悪いのでもなく、わたしたち自身がそのような暗澹たる未来を選択していることに気が付く日まで。

 あれ? みゆきにかこつけて随分私個人の言いたいことを書いちゃいました。まあ、このご時世、言いたいこと言えば唇寒し。もとより我がHPは政治的発言の場ではありませんので、この辺りでおひらきに。ライヴ「一会」は断続的に来年2月まで東阪二か所で催されます。2月にもう一回国際フォーラムに行く予定ですが、来年のことを言えば鬼に笑われます。では。
中島みゆき新アルバム『組曲』 11月13日
 みゆきさんの季節がやってきました。ファンにとってはもはや季語に等しい「ニュー・アルバム」ですが、今年は『組曲(Suite)』です。オリジナル・アルバムとしては41枚目となりますが、これで、「すうぃーと」と読ませるそうな。何にも修飾語なしの『組曲』って、ドヴォルザークですか? 1975年のデビューから40年目の節目に回顧的ベスト・アルバムを出すような方ではございません。直球内角で攻めて来ます。

 テーマは一聴したくらいではわかりません。本人が何より明言しないし。ジャケットの写真はセントレア空港で撮ったらしい意味深な一枚。夜のデッキに立つ旅姿のみゆきさん。ということは「旅」…なのかな?

 ここのところのアルバムには、その時その時の夜会の曲が混じることが多かったのですが、今回はそれはないようです。しかし、アルバムを通して組曲となるような仕掛けが存在するとしたら、紛れもなく夜会インスパイアなストーリーを秘めているのでは、と勘繰ってしまいます。現に、事前にラジオかインタビューかで「アルバムには通しの主人公がいる」ってなことをのたもうたらしいですが、私は敢えてその辺は気にしないようにしたいものです。それだけ一曲一曲の深さが、ストーリーとして聴き流すことを受け入れてくれないのです。

 今回のアルバムを何度かリピートして思ったのは、切ない歌が以前にもまして多くなったということ。「あなた」に対して歌いかけている歌で、はて、この「あなた」は現世の人かな? と留保を付けたくなります。ここ何枚かのアルバムでも、先に逝った人のことを歌ったとおぼしき歌が幾つか見受けられるのすが、年々切実さが増している感じ。知人・友人のいくたりかが歯の抜ける如く逝ってしまう、彼女もそんな年齢になったのですね。こっちだって中年になるはず。30年以上彼女の歌と春秋を過ごしてきて、今、みゆきさんのアグレッシヴな老境に立ち会っている、そんな気分です。何がアグレッシヴかって、まだ恋の歌があること。生涯現役? 流石…。

 そして昨日から東京大阪限定ツアー「一会」も始まって、私は来週東京国際フォーラムに行く予定なのですが、そのセット・リストが見事コア・ファン寄りだとか。いいですね〜。「地上の星」以降のライト・ファンは篩にかけてくれても結構、そのほうがチケット取りやすくなるから(^^;)。まあこういう利己主義者はほっといて…。

 「時代」も「ひとり上手」も「悪女」も「空と君のあいだに」も「糸」も「地上の星」も「銀の龍の背に乗って」も歌いません!!! うひー、鼻息が荒くなってしまいますが、みゆきさんが本当に今歌いたい歌だけを歌ったツアーなんて、どれくらいぶりでしょう? そして一切事前タイアップなしシングルなし提供曲なしのアルバム。これをアグレッシヴと言わずして何と言おうか。今年のみゆきさんはコア・ファン感涙ものです。

 ツアーの感想はまた来週にでも…。