幽霊たちの競艶『うらめしや展』 8月8日
美術館入口でお出迎え
鰭崎英朋『蚊帳の前の幽霊』
大学構内の暗がりにひっそり佇む
上村松園『焔』
 過日、涼を求めに東京藝大美術館で開催中の『うらめしや〜、冥途のみやげ展』に行って来た。谷中・全生庵に残る三遊亭圓朝の幽霊画コレクションを中心とした、日本画主体の幽霊画展覧会である。
 応挙、北斎、国芳、蕭白など江戸期より、暁斎、芳年、英朋、松園など近代期に至る、幽霊たちの競艶が楽しめる美術展は滅多にないので、とても楽しみにしていたのだ。もともと確か2011年に開催予定だったのが、大震災の影響で延期されていたものだ。
 前期後期で展示が変わるのだが、今はまだ前期、前期の目玉、応挙作と伝えられる『幽霊図』などが楽しめる。応挙の幽霊は「日本の幽霊から足を無くした」と言われているエポック・メイキングな画風で、おぼろに彩色された少しふくよかな女の幽霊は、恨めしさよりもあえかな色気を漂わせている。
 展示の順番は、圓朝コレクション、江戸の錦絵、近代の日本画、の順になっており、応挙より前、あるいは影響下にない画風だと、おどろおどろしさを強調し、むしろ現代人には滑稽に見えてしまう。そんな骸骨じみた幽霊たちは、美意識よりは「九相図」的宗教観に基づいたものだ。
 近代の目玉のひとつ、六条御息所を描いた上村松園『焔』は後期九月から。今回は生憎出逢えなかったのである。もうひとつの目玉、鏡花の挿絵などで知られる鰭崎英朋の『蚊帳の前の幽霊』、これは通期展示。いつ行っても出逢える。どちらもポスターしかここに画像を載せられなかったが、有名作なのでネットでご覧になれよう。
 『焔』の六条御息所はつまりは『源氏物語』に出て来る生霊であるが、恨みの真髄は死霊の復讐譚。圓朝は近代怪談の創始者であり、『牡丹灯籠』『真景累ヶ淵』『怪談乳房榎』などが代表作。どれも凄惨な最期を遂げた死霊の跋扈する復讐譚だ。現代のホラー愛好家もこれらの怪談を古臭いと思わず、味わい掬すべし。圓朝怪談関連の展示もいくつかある。
 幽霊を視覚化したり物語化して涼を取るというのは日本固有の文化であり、泰西ではオバケは冬に出るもの、暖炉の辺の慰みである。美に昇華された時もはや恨みは恨みと言えず、九相図の最後の如く原野に還って行く。その無常観に抗う幽霊たちのなんと生き生きしていることか。『うらめしや展』と銘打っているが、逆に日本人の恨みに対する恬淡さに思い至るのである。
 後期の展示ももちろん行くつもりなので、今回は分厚い図録は買うのを見送って、土産に京都「みなとや」の「幽霊子育飴」を買って来た。日本昔話で有名な子育て幽霊の飴屋が実際にあるのである。
 埋葬された妊婦が土中で出産し、死人の故に乳が出ないので夜な夜な飴を買い求めて子に与えたという民話は日本の至る所に残っているのだが、さすが本家尽くしの京都だ。
 入江敦彦氏の『京都人だけが食べている』(光文社知恵の森文庫)などに取り上げられいて、一度味わってみたいと思っていた。素朴で上品な味のまがいものの入っていない飴で、湯に溶けば飴湯となって赤ん坊に与えることも出来るらしい。話だけだと眉唾だが、麦の薫り仄かな飴を口中に転がし舐めていると、身重で死んだ女の無念や悲しみもすっと蕩けて、安逸に彼岸の川を渡って往くかのようである。蓋し逸品。
カラヤンの箱に埋もれて 7月31日
EMI管弦曲集 EMI声楽曲集
DG 1960s DG 1970s
DG 1980s DGオペラ集
 私がクラシックを聴き始めた頃、まだカラヤンは現役でした。彼の80歳アニヴァーサリーで出たCD選集を集めたのが最初だったかな。確かエリエッテ夫人の絵がカヴァーに使用されていたはず。でもその後興味を失って(生活に困って?)売っちゃったです。まだCDがそこそこ値崩れしていなかった頃の話。
 そのCDもハイレゾだのダウンロードだのに勢力を奪われて、青息吐息、断末魔のレコード会社がここんところ頻繁に巨大なBOXを連発しています。メディアとしての最後のバーゲンセールってことでしょうか。CDの黎明期から親しんできた中年には寂しい昨今です。
 没後四半世紀以上経っても、カラヤンはクラ界の帝王のようです。小箱中箱大箱入り乱れて乱発され、しかもいずれも売れちゃうんだから、大したもの。
 今となっては彼のゴージャスな音づくりは古めかしく思う人もおいででしょうが、こっちだって耳が古めかしいので、全然問題ないっす。現代奏法もピリオドもそれなりに聴きますが、やはり思春期の頃に慣れた音が一番って気もします。
 ここ数年で彼の音源がかなりまとめられて売り出されました。他の演奏家のものは山のようにあるのに、不思議と彼とは縁が切れていたので、これも何かの幸いと、これらの大箱を毎年購入して聴いてきました。
 そして気がつけば、CD枚数500枚近く…。カラヤンの公式レコーディングの九割方は揃ったことになります。ええ? 他の演奏家のCDでもこれだけの枚数ないよ。てか、あんまりこだわりなく聴いてきたせいか。私が今まで意識的に集めて来たのって、テンシュテットとスヴェトラーノフぐらいですから(ええ、どうせ馬鹿耳ですよ!)。
 先月発売されたドイツ・グラモフォンのオペラ箱がその掉尾を飾るのですが、これを聴き終えて、感無量です。
 ここ十年くらいクラシックへの興味が再発したので色々と聴いたのですが、カラヤンは私の好きなマーラーをあんまり取り上げなかったので、今まで縁が薄かったのかもしれません。でも独墺系を中心としてありとあらゆるクラシックの名曲を律義に録音し続けた感もあって、圧巻です。世界中をツアーで飛び回って、色々な音楽祭を監督して、映像も撮って、その合間にこの膨大な録音…影武者でもいたんでしょうか。
 なにせ、ベートーヴェン交響曲全集だけでも、50年代のフィルハーモニア盤にはじまり、60年代、70年代、80年代(三回ともベルリン・フィル)と四度にわたってレコーディングされ、それが収められております。どれ聴いても彼の解釈は一貫しているので、あとはその年代ごとの勢いとか音の良さなどを楽しむことになりますが、傍で見ているよりも飽きませんね。面白い。
 そしてたまにぶつかる変な曲が最高です。オルフの『時の終わりの劇』なんて他に誰が録音しているのでしょうか。シェーンベルクの『浄夜』の凄絶な美しさなど、なかなか他の指揮者には出せないでしょう。ま、この演奏が耳に合わない人も多いでしょうが、個人の主観ですから。
 意外とハイドンが拾いものだったり、そう言えば私が初めて聴いたマーラーもブルックナーもカラヤンだったなあ、と懐かしむこと頻り。評論家のセンセーたちが何と言おうと、やはり楽しさを再発見させてくれた大箱でした。
 EMIの箱は目一杯の詰め込み式なのですが、グラモフォンの箱はいずれもほぼオリジナル通りの曲目で、LP時代の一時間に満たない鑑賞時間も思い出させてくれました。しかもオリジナル・ジャケット再現。これこそCDというメディアの華麗な墓碑銘と言わずして何と言いましょうか。他の演奏家でも巨大な箱が発売されていますが、カラヤンこそ、私にとって一番懐かしい人でありました。
 あとは、デッカ録音分の小箱と、初期モノラル箱を求めるのみ。制覇も夢ではありません。ただし、おびただしいライヴ・レコーディングCDや海賊盤まで集め出したら泥沼ですなあ。そっちもちょっと気になる…。
『テナント』にお住まいの方は… 5月15日
 現在、私の住むマンションでは外装の大規模修繕工事中です。日中は工事の騒音がガンガン、脳髄の奥までドリルの音が響き、エントランスは資材置き場と化し、窓の外は足場に囲われ、洗濯物を干すのだってままならぬ、そんな折も折、予約していたDVDが届いたのでした。タイムリーなんだか迷惑なんだか何なんだか、思わず天を仰いでしまうのでした。

 ものは、ロマン・ポランスキー監督の未DVD化だった一作『テナント/恐怖を借りた男』です。知る人ぞ知るカルト映画で、長らくDVD化が待たれていたのでした。でも何もこんなタイミングで、ねえ…。。。ポランスキーが私の敬愛する監督だということは、このHPの来館者様ならとっくにご存知でしょうが、恐怖と不安を撮り続けて半世紀の、筋金入りホラーマスター。年明けには新作『毛皮のヴィーナス』(7月にDVD発売!)も公開されて、まだまだ制作意欲が半端ない感じですが、とりわけ鍾愛の作品がこちら『テナント』でございます。

 原作はかつて早川書房のブラックユーモア傑作選で出てたローラン・トポールの『幻の下宿人』。イヤな話です。住宅難のパリの街で下宿を探す男が、先住者が飛び降り自殺して開いたアパルトマンに引越して、個性的な住人の面々に追い詰められてゆくというもの。どこからか現実でどこからか妄想か判らないイヤーな恐怖を堪能できます。イヤな話と再度書いてしまう通りのイヤな話で(^^;)、それを更にパワーアップさせて映像化したのがポラ氏の映画です。

 原作者トポールもポランスキーと同じユダヤ系ポーランド移民の子として、パリで生まれました。『幻の下宿人』の主人公トレルコフスキーは、まさにトポールやポランスキー自身の鏡像でした。その主人公をポランスキー自らコミカルに演じるこのすごさ。そしてユダヤ人だからなのか、性格にヴァルネラビリティ(攻撃誘因性)を持つせいなのか、ちょっとしたルールを守れない若さゆえか、何が理由にせよ、主人公に対して隣人たちが仕掛けて来るイヤガラセの数々はおぞましくて吐き気を催すもので、現代の日本でも各所に散見できるものではないでしょうか。集団ストーカー、盗聴のぞき、村八分、サークル内カースト、などなどなど、おえっ…。現代人の深層に潜む暗黒面の数々。

 ほんと、賃貸であろうと分譲であろうと、集合住宅にお住まいの方は、この映画見るべきではないですね。私もこの素晴らしきグッド・タイミングでやって来たDVDを数年ぶりに全編見返して、心底震えあがったのでした。開幕早々登場するアパルトマン管理人役のシェリー・ウィンタースのイヤさ加減はもう絶妙で、思わずリモコンの停止ボタンを押しそうな威圧感です。待望のDVD化とは言え、まともに見るのはシンドい、けれどもついつい見ちゃう、マゾヒスティックな境地です。ポラ氏、だてに、『赤い航路』や『毛皮のヴィーナス』でマゾヒズムをテーマにしていた訳ではなかったのですね。

 ああ〜〜〜、DVDの国内盤が出る前は輸入盤で買っておくかどうか迷ったくらい好きな映画なのですが、これはひとには見せられません。まさにトラウマになる一本。と言いつつ、まだ見たことのない方で、集合住宅にお住まいの方、是非レンタルでどうぞ。敬意と悪意をこめて、お薦めいたします。見た後で吐き気催して、えずいても知らんけど。