幻想ミステリ博物館館長日記番外編 うどん空海?紀行(三) 2015年3月10日

西方UDON浄土へ

 翌くる早暁、高松を発って、我々は西へと向かった。けして未踏の地ではないが、かつて訪れたうどん店はものの見事に潰れていた…。恐るべしカダスの果てよ。もっこりもこもこの、まんが日本昔話ふうのお山に、あれを見よ、虹が立った。あれはヴァルハラへの懸け橋か。それとも邪神の微笑みか。邪神は不埒な冒険者を歓迎してくれているようである(前回から文体が変っていますが気にしないで卓袱台)。

 ラヴクラフトやらヴァーグナーにかこつけて讃岐を茶化すのも大概にしろ、ということで、私たちは讃岐のさいはての地に立った。自ら讃岐の西の端であることをツイッターで名乗る「西端手打 上戸」である。香川県内最西端の予讃線・箕浦駅の駅舎の隣りに、その店はあった。

 ここはなんと、かの食べログの香川県2014ベストレストランの第3位に輝いた店である。まあその内実は、観光客が面白半分で検索・評価しまくっているのだろうという、私が前回推察したようなものと思われるが、それでも県民も大注目の店であるのに違いない。ここのうどんはダシが素晴らしいのだと、相方が力説する。

 うどんは麺そのものもさることながら、あの讃岐特有のイリコダシが我々を魅了してやまないのである。このHPの熱心な読者ならお判りのことと思うが(そんな奇特な人いる?)、我々はスープがたまらなく好きなのである。冷やしラーメンを愛してつけ麺やまぜそばを激しくディスっているのも、スープの有無である。冷たく一点の曇りもなく冷やしたスープはまさに、神の飲み物ネクトールである。

 人気店という評判に相違して、客はおっちゃんが一人、真ん中のテーブルでうどんを啜っているだけだった。でも早朝から客が押し掛けた痕跡が残っており、ダシに入れてあったとおぼしきレモンの薄切りが、テーブル上ではかなく干からびていた。ごくごく薄くスライスして四分の一に切った愛らしいレモンである。「こんなカケラぐらい喰え!」と私は会ったことのない先客に毒づいた。よほど酸いのが嫌いなお人なのであろう。

 さて、カウンター(のような洗面所のような場所)でうどんを貰ってテーブルに持ち帰る。後から思えば最大の痛恨事であるが、ひやひやの並である。この後まだ行く店があるので控え目にしたのだが、もっと食べておけばよかったと思い出してもよだれが湧きでるダシだった。冬場なのでキンキンというほどは冷やしていないが、爽やかな清水の如き淡い色のダシに、中太のうどんが艶めかしく横たわっていた。そして美しくレモンの欠片が浮いている。

 口にダシを含むと、上品なイリコの風味が爽涼感を伴って拡がる。昆布が入っているのかいないのか入っていたとしてもごく僅か、旨味はほとんど、かよわい魚の身から溶け出したアミノ酸である。我々の細胞を作るのもアミノ酸なら、美味しいダシで舌を喜ばせてくれるのもアミノ酸である。発酵食品も熟成肉もアミノ酸である。アミノ酸は偉大である。まさにあまねく世界を照らす食物界のブラフマン、大日如来である。

 妄想がむらむらと熾ってくるのでここら辺でヤメにして、うどんを啜る。わざとネギを投入しなかったのは、繊細なダシを味わいたかったからである。レモンが充分に香りの役目を果たしている。ほどよいコシのある麺がダシとともに咽喉を駆け下りてゆく様は、オルフェの冥界下りである(妄想はもういいって)。もんてう゛ぇるでぃ?

 量が少なくてあっという間に喰ったが、外へ出ると大人数の集団がドヤドヤと車を降りている最中だった。危ないところだった。たちまちに行列店になってしまった。県外からの車が多いが、なにしろ、あと数百メートルも海沿いの国道を走ればそこは愛媛県だ。しかも川之江・伊予三島・新居浜・西条と、四国山地が瀬戸内海に迫る山岳地帯。HP取り扱いの草野唯雄先生の名作ホラー『悪霊の山』の舞台ではないか。山から悪霊の炎が飛んでくるぞよ。恐ろしや。

 妄想留まるところを知らず、ふと駐車場を見ると、「燧(ひうち)のいりこは日本一」のでかい看板が。「燧」とは「燧灘」すなわち眼の前の瀬戸内の海の名だ。愛郷精神ここにあり。「うどん上戸」の立地ははからずも、空と海がまじわる場所であった。空と海…空海!!! そうだこの地はあの方の生まれ故郷ではないか!

 ずるずると啜っても啜っても切れない釜揚げうどんの麺のように、つづく…。

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