幻想ミステリ博物館館長日記 特別編 沖縄なんくるなくない紀行(一) 2009年4月10日

沖縄に高層ビルが建たないワケ

 「なんくるない」というのは、沖縄語で「なんとかなる」という意味ですが、今回の旅行では、どーもこーもならん事態に出くわすことが、多々ありました。沖縄気質、と言うのでしょうか。これまた有名な「てーげー」という言葉もあります。「適当・アバウトで」という意味ですね。「てーげー」で生じた事態を、「なんくるないさー」と笑って済ましてくれるな、という意味で今回の紀行は「なんくるなくない紀行」です。ちょっと辛口になることもあるやもしれません。
 四たび目の沖縄で、今回はある食堂をメインターゲットに、旅行のプランを立てたのです。沖縄ってほんとコンパクトな旅が出来て、私のような安近短トラベラーにはありがたい場所です。今回も週末を挟んで二泊三日で堪能すべく、沖縄に空路飛びました。

 宿も前回と同じところで、したがって、まん前に「沖縄そば博物館」があって、色んな店のスバを近場で味わうことが出来るはずでした。
 が! ですが…んがっ!!!! 前回の日記で「このままだと潰れそう」とか書いたので、予言どおりになったもんか?
 そば博失踪、ビル廃墟。どーゆーこと??

 貼り紙が風に吹かれて揺れていますので、廃墟に近づき見てみますと、「そば博移転」の文字が。2008年3月に豊見城市にある商業施設「TOMITON」に移転したとか。我々が前回行った数ヵ月後じゃねえの。なるほど、あの時の閑散とした雰囲気もうなづけますな。
 潰れたわけぢゃないらしいので、ひとまずほっといたしましたが、よくよく考えれば、ここ、那覇の目抜き通りである国際通りの、しかも一番繁華な土地である沖縄三越のすぐ真裏よ。そんな一等地に巨大なタワーの廃墟。
 そば博が入っていた建物は、正式名称「ゼファー那覇タワー」と言いまして、高さ83メートルと、かつて1973年の沖縄海洋博覧会の時に建てられた沖縄一高いビルだったそうです。

 我々は、日ごろ高層ビルに馴れているナイチャーですので、沖縄一高いビルだったと言われましても、「ほー」としか言いようがないのですが、言われてみれば、那覇市内、高い建物ってほとんどないですなあ。翌々日、高台の松尾(「月桃庵」)から公設市場へ抜けるとき、私が目印にしたのもこの那覇タワーでした。
 それだけに、この廃墟、はっきり言ってブキミでした。私たちの泊まった宿は安宿で、部屋に風呂のあろうはずもなく、共同シャワーも便所が一緒で塞がっていることが多いので、二晩とも近所のスーパー銭湯に行ったのですが、いつも宿を出ると廃墟がどーん。なんとかしろよと言いたくもなります。危ない少年がたむろっていることもありましたしね。

 築36年は少々老朽化もしているでしょう。しかし、ビルが廃墟になったのは、名前に冠されている不動産会社「ゼファー」が、昨年倒産したことによるようです。昨今の不動産大不況の影響がもろに出ていたのですね。
 どっちにしろ、そば博は那覇空港より向こうに行っちゃいました。コバラが減ったからそばを、という訳にはいかなくなりました。
 しかも那覇にいて食べられるはずの、ガブソカ食堂のてびちそばも何の因果か食べられず。実は翌日、ガブソカ本店までわざわざ行くのですが。。。とほほ。

 しかし、83メートルで沖縄一かよ、と帰ってきてから調べてみますと、今現在は、同じ那覇のおもろまちに2007年に建てられた「D'グラフォート沖縄タワー」という高層マンションに抜かれたようです。こちらが89メートル。埼玉だと、うちの隣町の富士見市にある「アイムふじみ野」だってゆうに100メートル超えてまっせ。
 沖縄に高層ビルが建たない訳は、米軍基地がどっさりあって航空制限があるのと、毎年何本もやってくる台風のせいもあるのでしょうが、ひとつ気になる記事を発見しました。

 つまり、この記事を曲解すると、海抜89メートルの「黎明の塔」、90メートルの「斎場御嶽」より高いビル計画は、みな破綻するっちゅうことかい?ひ、ひ、ひああ…オカルト…。
 沖縄戦の怨念と、沖縄の神の神意…。

 ちなみに、私も相方も、廃墟となったゼファー那覇タワーの写真は幸か不幸か撮っておりませんでした。まさかこんなオソロシイ話があったとはねえ。これこそ、なんくるないでは済まされませんぞ。とにかく、高い建物は祟られるってか?
 ということで、のっけから「マジかよ…」という話題です。


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