那須野妖狐紀行

第二夜 狐の住処にコンコンと湧く名湯

 那須の湯本温泉が温泉番付の大関と前回申しましたが、調べてみると、江戸時代の番付表にはまだ横綱ってなかったのです。草津が大関、那須湯本は関脇でした。東国のナンバーワンツー、なのは変わりませんが。
 さて、殺生石の横から山道をたどると、那須温泉神社が鎮座ましましていらっしゃいました。高台に古色に充ちたお社が建っていて、温泉湧く魔の地を鎮めておいででした。そもそも全国の温泉地に温泉神社があるのは、何も観光客のためではなくて、温泉が霊験あらたかな霊場であったからなのです。
 ここは大己貴命
(オオナムチノミコト)と少彦名命(スクナビコナノミコト)が祀られていて、この温泉が古代に発見されていたことがわかります。古い温泉には必ず、この二柱を祀った神社があるのです。このお二方が温泉を発見したのだそうです。ありがたや、ありがたや。


 こちらは那須与一ゆかりの神社でもあります。『平家物語』第十一巻「那須与一」で、讃岐屋島の合戦が一段落したとき、海上に逃れた平家方の舟から一人の女が、紅地に金の日輪を描いた扇を掲げて立ち上がります。この扇射てみよ、との挑発です。そこで判官・義経から命を受けた与一が、みんごと、この扇を射抜いて見せ、両軍から喝采を浴びたという、中学校の教科書でおなじみの場面です。
 弓の名手・与一が、矢を放つとき、心の中で成功を祈るのですが、祈った相手が「なすのゆぜんだいみゃうじん」です。どうやらこの温泉神社のことのようです。温泉神社が彼の守り神だったのですね。扇の的を射るのに失敗すれば、屈辱の自害しかありませんので、まさに命懸けのお題目だったわけです。
 与一の生家・那須氏はこの那須一帯の豪族で、与一、の名の通り、父・資隆の十一番目の男子だったのですが、他の兄弟がほとんど平家方について滅びたため、家督を継いで那須氏二代目となりました。『平家』に登場するたくさんの武将の中でも、人気のあるひとりです。
 殺生石からきたルートは神社の裏から入る道で、正規の参道は、落ち葉焚きの煙につつまれていました。煙の匂いが香ばしくて、深まる秋を感じさせてくれます。芋でも焼きたい気分ですが、ここは神域、畏れ多いところです。


 参道から横へ抜けると、鹿の湯の入り口で、土曜の夕方のこととて、大変なことになっていました。車同士が行き合わせて、狭い坂道でバックするやら停まるやら。殺生石手前のカーブに鹿の湯の入り口があるので、そこで曲りきれずに立ち往生。そのせいで有料道路も大渋滞。我々は車を殺生石の駐車場に置いてきたので、鹿の湯の狭い駐車場でびびることもなく、ひと安心。さっさと鹿の湯に浸かりにいきましたとさ。
 鹿の湯、というと、長野県の鹿教湯
(かけゆ)温泉を思い出しますが、他にも「シカユ」が訛った青森県の酸ヶ湯(すかゆ)温泉など、全国に鹿が教えた温泉があるようです。野生の鹿が猟師に撃たれた傷を癒すために、温泉を利用していたということですね。那須湯本の元湯である鹿の湯も古代から知られていたようです。


 鄙びた味わいの建物が、湯川のせせらぎの上に渡殿を渡して建っています。入り口に向かって右側が玄関と休憩所で、左岸の建物が共同浴場です。玄関は大正、湯屋のほうは明治の建物だそうです。実はこの十一月四日から来春の二月二十八日まで、男湯の浴槽取替え工事で休業だとか。あぶないとこだった…。
 男湯女湯は分かれていて、混浴はちょっと…という方でもダイジョウブなのですが、けっこう広い浴場なのに、芋の子洗い状態で、老若びっしり。
 さすがに湯船の写真は撮れないので、説明いたしますと、男湯は四つの浴槽があって、右奥から順に温度が低くなっていきます。50℃を超える奥の湯船は、足を漬けるくらいが限度で、熱くて熱くてとても入れたもんじゃありません。一番ぬるい浴槽でも、街のスーパー銭湯なんぞに比べて熱め。しかも硫黄分でとろとろとした白濁のお湯ですから、なんか身体によさそう。
 ネットで調べると、この鹿の湯、いろいろと曰くがあるようで、入浴方法をうるさく指導してくれる方々がいるとかいないとか、常連さんがなかなか芳しいようだったのですが、我々が入った日はとにかく混雑していて、入浴方法をうんぬん言ってるバヤイではなかったようです。隙間があったら入れ、みたいなね(笑)。
 ふくよかな体型の私にとっては、なかなか試練の場でもありましたよ。ぢいさんたちの隙間に身体をムリヤリ押し込んでイヤな顔されーの、のぼせそうになって上がりたいんだけど、スノコの上が芋洗いで、上がるに上がれず茹で豚に…。ああ、この白いお湯はもしかして、我が身より出たとんこつスープか?バリカタの麺を入れたらさぞ旨かろう…。
 ちょうどよく茹だって、殺生石の駐車場まで戻ると、どでかい観光バスが突っ込んできました。バスからぞろぞろと降りた客は、みな、殺生石に目もくれず、鹿の湯のほうへ…。うげっ、あれみんな入ったら、今でも既にぎっちぎちだったのに、どーなんねん?
 観光バスで団体でこういう共同浴場に押しかけるのは、ちょっと感心いたしませんな。


 その夜は、那須岳のてっぺん近くにある旅館「ニューおおたか」に泊まりました。那須七湯のひとつ、大丸温泉のお湯です。大丸温泉と言や、川を堰き止めて作った川の湯で有名な、「大丸温泉旅館」がありますが、そっちは数ヶ月先まで予約いっぱい。さすが、あちゃこちゃの雑誌とかに載りまくりーの、テレビに出まくりーの、の人気のお宿。我々は那須行きをけっこう間際に決めたもんで(会津行きのさらにあとだったりして)、まあ、こちらでよかよか。
 ここの露天もまた、源泉掛け流しでたいへんあっつあつで、あんまり熱い湯が得意ではない様子の相方は、すぐにおん出てしまいました。夕闇迫る頃に着いたもので、夕食前にひとっ風呂浴びるにしても、もう、山は暗闇でした。眺望がよいらしいのですが、さっぱり見えず。周囲の樹木はもう紅葉を通り越した、色は匂へど散りぬるを状態。うゐの奥山をけふ越えてきたので、しょうがありませんがね。いろは歌の他にも、秋らしく、三夕の歌なぞ口の中で転がしながら、風呂を楽しみました。
「見渡せば/花も紅葉も/なかりけり(定家)」見たまんまやん。
「寂しさは/その色としも/なかりけり(寂蓮)」今の気持ちか?
「心なき/身にもあはれは/知られけり(西行)」すいません。私が悪うございました。
 ここは単純泉、さらさらとした透明なお湯でした。ただ、火山の近くのせいか、硫黄の匂いがかすかに漂っていました。殺生石ガス?


 翌日は我が雨男っぷり大発揮。天気予報では崩れないはずだったのに、朝から霧が流れて雨。関西の奥山育ちの私には、林の中に霧立ち込める風景はなじみのものなのですが、車を運転する相方には「雨なんか降らして、もう…」と、溜息つかれました。どうもいつも雨降らして、だうも、しーません。うどんの讃岐行きのとき、大雪や土砂降りにしたのも、春の気候いいはずの沖縄で嵐を呼んだのも、私です。ほほ、私とお出掛けのときは、みなさん、雨のご用意をなさって頂戴ね。
 おかげで、那須岳ロープウェイに乗ったはいいが、霧の中のもやもやしか見えませんでした。悔しいので、百人乗りのロープウェイの一日あたりの総売り上げ(往復で大人一人様1100円也)を計算などして、もっともやもやしてしまいました(笑)。えー商売してはりまんなあ。こんななんも見えへんロープウェイ動かしといてなあ。そんな関西まるだしのなまぐっさい話を、相方としておりました。
 このロープウェイ、定員が異常に多いので、ゴンドラが支柱を通過するとき、けっこう傾くんです。客がかすかな悲鳴を上げたりして、なかなか趣深い。山頂駅を一歩出ると、冷たい霧雨に顔をなぶられる、あの世の光景でした。
 霧の山頂で唯一見えたのは、ロープウェイ山麓駅の駐車場だけ、つまり出発点だけでした。うっ……。
 晴れていれば、那須野が原が壮大に見えるそうです。

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