幻想ミステリ博物館館長日記 特別編 沖縄じゅうしい紀行(一) 2014年2月8日

イントロ・シルダクション

 哲学者ベンヤミンはこう言いました。「食事のことでかつて羽目をはずしたことのない人は、決して食事の経験をしたことがなく、これまで食事をしてきたとは言えない。節度を守ることでせいぜい食事の愉しみくらいは知るだろうが、食事に対する貪欲さ、食欲の平坦な道から逸脱してむさぼり食らうという原始の森に至る道筋を知ることはない。つまり、むさぼり食らうことにおいて、欲求の際限のなさとその欲求を鎮めてくれるものの同形式性という二つが和合するのだ。むさぼり食らうという言葉はなかんずく何かを徹底的につめ込むことを意味する。楽しみながら食べるよりもむさぼり食らうほうが、平らげた食物の内界に深く入り込むことは間違いない」(「食物あれこれ」)。

 なに、毎度毎度むさぼりくろうて腹膨れさせて、その印象記を書き垂れているワタクシめといたしましては、ベンヤミン先生のようにいちいちもっともらしく理由をつくろうこともないですが、いつも画像を撮る前にお皿に手を伸ばしてしまう馬鹿さ加減を、補って余りある言葉ではないかと思う訳です。そうなんです、原始の森に辿り着き、禁断の花の蜜を吸うために我々は旅をするのです。結果、多少、体重計がオソロシクなったとしてもね。

 屁理屈をこねて見るのもまた一興。三年ぶりの沖縄に際して、今回は相方から「シルをテーマにすべき」との宣託がありました。シル? それはなんぞや? シルがなくては人は生きられません。シルがあるから我々はゴハンもパンも咽喉を通ることが出来ます。偉大なり、シル。シルは食べ物であると同時に、飲み物でもあります。「カレーは飲み物です」、とウガンダ・トラばりにのたまう時、インド由来の黄色い食べ物は飲み物に変化(へんげ)するのです。「与ひょう、私が機織りするところを見ないでおくれ」。それは「ツル」です。ツルのシルがあったら食べてみたいものですが。

 かの南の島には、まだまだ内地では知られることのないシルたちが、所狭しとひしめき合っているのだそうで、今までの旅で啜ったのはそのうちのほんの一部でした。では、色々と手を変え品を変えして味わいつくしてきたオキナワのまだ未知なるシルの真髄を、今回ご紹介いたしましょう。それでは、汁汁見汁! …ああ、やってしまった…。テレビ朝日様ごめんなさい。

 てな訳で、シルシルとかタイトルに付けるのもどうかと思うので、シルはエーゴでJuicy、沖縄には「雑炊」を意味する「じゅうしい」という言葉もあることだし、今回は「じゅうしい紀行」と名付けました。厳密に言えば雑炊は一度も出て来ませんが、ゴハンとシルをむさぼり食べ続けるってなことで、腹の中では雑炊みたいなものであります。ツユダクシルダクで参りましょう。

シルシルシルシルシルシル…汁にまみれて

First Juicy

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