2011.11.14 更新
このサイトは、偉大な探偵小説家・土屋隆夫氏に捧ぐものである。
簡単に土屋氏の経歴をご紹介しよう…。
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| 在りし日の土屋先生 (獨歩文化のブログより) |
読売新聞サイトより
推理小説界の最長老で作家の土屋隆夫さんが14日午前1時35分、心不全のため死去した。
94歳だった。告別式は16日午後0時30分、長野県佐久市協和2361の1カームしらかば、喪主は長男、哲夫氏。
中学校教諭だった1949年、短編「『罪ふかき死』の構図」でデビュー。江戸川乱歩の随筆に影響され、文学性と謎解きの面白さを併せ持つ推理小説を志し、新興宗教と地方政治の癒着を取り上げた「天狗の面」(58年)、千草検事シリーズ第1作の「影の告発」(63年、日本推理作家協会賞)などを発表、本格派の巨人と言われた。
生家のある長野県立科町を拠点に創作を続けた地方在住作家の元祖的存在で、90歳で長編「人形が死んだ夜」を書き下ろすなど晩年まで執筆した。2002年に日本ミステリー文学大賞を受賞した。
| 大正6年(1917)1月25日、長野県北佐久郡芦田村(現・立科町)に生まれる。今も生まれ故郷に居を構える、在郷作家のはしりのひとりである。土屋作品のほとんどがこの地を舞台にしていることからも、氏の故郷への愛着の深さが知れよう。 昭和13年に中央大学法学部を卒業。しばらくは東京で勤めを続けるが、戦後になって帰郷。小劇場の支配人、中学校教師などを経験する。この頃、真山青果、真船豊、岡本綺堂、三好十郎などの戯曲を耽読する。劇作をいくつか、発表したこともある。 昭和24年12月、《宝石》の百万円懸賞短編の部に、「『罪ふかき死』の構図」で入賞。作家デヴューを果たす。同期に鮎川哲也、日影丈吉、飛鳥高がいる。 しばらくは短編を発表するだけだったが、昭和32年、初公募となった第3回江戸川乱歩賞に長編『お天狗様の歌』を投稿、最終選考に残るが、惜しくも仁木悦子の『猫は知っていた』に破れる。しかし、乱歩の推盤で『天狗の面』と改題の上、出版される。 その後、第2長編『天国は遠すぎる』で現在の作風を確立する。またこの作品では、松本清張ばりの社会派的素材を土屋氏独特の方法で扱っていることも注目すべき。 この頃から、人間を描く文学派推理作家の定評を得るようになる。同時に、ミステリとしての趣向にも意欲を燃やし続けていて、作中使用するトリックは全部、自分で試して実行できることを確かめるという凝り様である。探偵小説とは割り算の文学である、というのが主張で、「事件÷推理=解決」という数式に剰余は認められない、という徹底ぶり。しかし、ガチガチの本格というよりは、人情の勝る部分も持っている作家である。それは例えば『盲目の鴉』で、無関係の人を殺めてしまった犯人が、紙の位牌を仏壇に供えて、毎日、手を合わせて罪を償おうとしていた、というエピソードなどに表れている。 昭和37年、第3長編『危険な童話』で第15回日本探偵作家クラブ賞候補になる。 翌38年、第4長編『影の告発』で第16回日本推理作家協会賞(名前がこの年から変わる)を受賞。この作品で、長編のシリーズ探偵である千草泰輔検事が登場する。 千草検事の活躍する作品は、その後、昭和41年『赤の組曲』、45年『針の誘い』、55年『盲目の鴉』、平成元年『不安な産声』と書き継がれて行く。日本のミステリを代表するシリーズのひとつである。 その一方、サスペンス長編も執筆。昭和47年の『妻に捧げる犯罪』を皮切りに、平成8年『華やかな喪服』、11年『ミレイの囚人』、14年『聖悪女』と続く。ここには、氏が好きだと言うシムノンなどの影響が色濃く見られる。 創元推理文庫から全8巻の作品集成が刊行済。長編11作と精選された中短編が収められる。 さらに齢米寿・卒寿にして、『物狂い』『人形が死んだ夜』と長編を書きおろす。処女作『天狗の面』の土田巡査の息子・土田警部が登場する。 台湾でも『物狂い』までの13長編が、獨歩文化から翻訳されて好評を博す。 旅館の宿帳などの職業欄には、作家と書かず、農業と記す。晴耕雨読的生活を最後まで貫いた。 2011年11月14日午前1時35分、心不全のため逝去。享年94。 |
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