くじびき勇者さまの裏話

COLUMN

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新規:2008年7月20日
 
 HJ文庫から出ている「くじびき勇者さま」は、おかげさまで好調に売れているようです。
 その第2部南アルテース編、ならび当初から考えていた部分を使い終えましたので、この作品に関する裏話を語りたいと思います。
 

富士見時代の動き
 
最初に企画した時期
 この作品を最初に企画したのは、1998年10月〜1999年1月ごろです。
 この少し前、1998年6月の出版予定だった気象精霊記の第2巻は、諸事情が重なってなかなか発売に至りませんでした。しかも夏頃に担当だった人が異動でいなくなったため、気象精霊記第2巻は出版自体がいつになるかわからなくなりました。
 そこで、これを一つの機会と考えて一度原稿を引き上げ、原稿を丸々書き直しました。書き終えたのは、たしか1998年10月頃です。
 そこから気象精霊記が出版されない場合を考え、代わりの企画として考えた一つが「くじびき勇者さま」です。当初は3巻完結で企画していました。
 他にも「どり〜む・まいすたぁ」の元になる物語など、いくつもの企画を立てました。
 もっとも、企画を持っていく先がなくて困ってましたが……。
 
龍皇杯にも候補企画案
 1999年1月に第2回龍皇杯の話が持ち上がり、私にも声がかかりました。そこで担当不在の状況で企画を出せるのは今しかないと思い、上で考えていた企画をすべて送りました。以下が当時出した企画です。
  (1) 帝政ローマ時代に存在した夢スパイを現代風にした「爆睡喫茶」 ⇒のちに「どり〜む・まいすたぁ」へ
  (2) 街の郊外にできた地底洞窟(実は異世界に繋がる穴)へ休日ごとに出掛けて冒険する「日曜探検隊」
  (3) くじ運の悪い男が、くじ引きで勇者に祭り上げられる「くじ引き勇者さま」
  (4) 遠い未来、現代の遺跡を堀り当てては滅茶苦茶な仮説を立てる若い学者の「考古学ハンター」
  (5) 妄想を魔力に変える魔法使い見習いたちの活躍(暴走?)を描く「想像力魔法」
 他に魔法学園物や宇宙開拓物などの企画を出しています。
 この時、提出した企画と一緒に小ネタもいくつか出しました。その中の一つ、魔法のランプから出てくる魔神に主人公が「帰れ。失せろ。二度と出てくるな」と答えるだけのネタが気に入られ、それが龍皇杯参加作品「ドツボに願いを」となりました。

 ちなみに第1回の龍皇杯ですが、担当不在であったために私に連絡が届くのが遅れ、上記(1)(2)の企画を出した時には締め切りをはるかに過ぎてました。
 
最初の出版準備
 龍皇杯参加作品を仕上げた後、実は上記の企画の中でもっとも形のできていた「くじ引き勇者さま」を、デビュー後の第1作目として立ち上げる準備をした時期があります。1999年の3〜4月です。
 春の人事異動で担当不在の状況が解消されつつあったため、担当が本決まりになった時にすぐに動けるようにと、具体的な企画へと詰めてました。
 
状況変化
 たしか1999年の4月中旬頃だったと思います。ふと頭の中に海洋冒険物の物語が浮かんできました。
 この構想を企画として残そうとしたところ、5巻完結のシリーズになりました。
 そしてGW明けの5月上旬、ようやく新しい担当が決まり「くじ引き勇者さま」と一緒に企画を練りの直そうとしたところ、海洋物は失敗しやすいというジンクスがあるものの、それでも他の企画より海洋冒険物が面白いのではないかという話になりました。
 以降、「くじ引き勇者さま」は長いこと塩漬けになります。
 そして、もう一つの海洋冒険物の方も、第2代龍皇に決まったり、気象が連載になったりなどの諸事情が重なったため、ついに日の目を見る機会を失いました。
 

HJ文庫での動き
 
HJ文庫の企画として
 諸々の事情があってHJ文庫で書くことになりました。
 その際、どのような物語を書くかについて先方から分野等の希望提案がなかったので、こちらから眠っていた企画をいくつか挙げ、その中から「くじ引き勇者さま」改め「くじびき勇者さま」を書くことになりました。
 ファンタジー物は作家になったからには一度は書いてみたかった分野です。編集部側にとっても品揃えのバランスを取るために、この時点で少ないファンタジー物が欲しかったみたいで、双方の思惑が重なった「くじびき勇者さま」が選ばれるのは必然だったみたいです。
 
ここで最初の企画・設定でも書いてみようか
 最初に企画していた作品は、上でも書きましたが3話完結で考えてました。また現在シリーズとして世に出た作品は、ナバルとメイベル、大司教、ドラゴンの設定以外はまったくの別物になっています。
 ドラゴン教徒との宗教戦争もありません。ただし、デスペラン疑惑で救世の旅をする骨格と、その旅の途中でフライパンファイト(旧企画では盗賊との戦い)する話と(旧企画1巻)、逃走中に発明都市ラクスに立ち寄る話(旧企画2巻)は、初めから考えていた企画でした。すでにラクスに珪油を取る湖がある企画もこの頃に考えてましたが、そのラクスではすでに城壁の上を蒸気機関車が走っていて、ガス灯で夜も明るいという設定でした。

 さて、最初の設定と今の作品でもっとも大きく変わったのが、ナバルとメイベルです。
 ナバルは若い町医者という設定でした。もっと高度な医療を学ぼうと王都(旧設定では帝都ではありません)にある大学へ受験に来たところが物語の始まりです。しかしナバルは願書のくじびきに失敗して受験すらできず、その帰りに引いた勇者募集のくじびきで勇者に祭り上げられるという役回りでした。この時の設定ではナバルは町医者で科学に詳しく、しかも剣は使えないけど魔法は使える主人公でした。
 その一方でメイベルは宮廷料理人ですが、料理以外には何もできない修道女でした。しかも愚痴が多く、ナバルにお荷物扱いされる可哀想な女の子です。

 そんな2人が救世の勇者と従者に選ばれて旅立ちます。救世の旅はナバルの活躍で無事に成功。しかし国王は2人を亡き者にするために褒賞と偽って処刑のくじを引かせようとします。それに気付いた2人は王都から逃亡することになります。(ここまでが旧企画1巻)

 逃亡する2人は1番近い国境を目指して南へ逃げます。そして逃げた先が南国にある水の都市ラクスです。そこでは城壁の上を蒸気機関車が走り、街を囲む湖で珪油を取っていました。そのラクスは毎年冬になると、北にある王国(2人の逃げてきた国)から毎年のように攻め込まれていました。そのためラクスの人たちは2人を敵のスパイと思って投獄してしまいます。
 獄中でシーズン最初の攻撃があったことを知ったナバルがラクスの守りの欠点と改善策を紙に書き、それを看守に渡します。それが市長に伝わり、市長はナバルを監獄から出して守りの強化を命じます。メイベルも一応監獄から出されますが、人質として市庁舎にある客間の一つに軟禁されます。城壁の強化工事を命じられたナバルは、工事を進める中で蒸気機関を理解し、それで工作機械を発明して工事の助けとします。
 この工事と発明により、このシーズンのラクスは例年より無事に春を迎えます。ですが、あまりにナバルの活躍が目覚ましかったため、高額の賞金首として王国に狙われることになりました。そして手配書が隣国にも出回り、そして賞金稼ぎが集まってきたことを察知したナバルとメイベルは、市長たちに惜しまれつつラクスから旅立ちます。(ここまでが旧企画2巻)

 ラクスから逃げたナバルとメイベルが消息を絶って3年が経ちました。
 その2人は裏をかくつもりで王都近くの山に戻り、そこにある集落に落ち着きます。2人は山の中にある廃屋を直して住み着き、隠遁生活を始めました。そこでナバルは町医者として村人の信頼を得、メイベルもまた料理の腕で村人たちの評判の若奥様(正式には結婚してないけど)として評判になります。
 そんな時、王都で疫病が流行り、国王が崩御しました。王都では医者や僧侶たちが次々と疫病に倒れ、医師不足、僧侶不足という事態になります。
 それを聞いたナバルは、王都に戻って医療支援をする決意をします。メイベルもかつての仲間たちが心配で、一緒に戻ることを決意します。ただし、偽名を使って……ですが。
 王都に戻るまでの間に疫病を特定し、必要な薬草を集めるナバル。メイベルはその薬草を得意な料理の腕で有効に使えるレシピを開発します。
 その2人の活躍により、疫病は沈静化に向かいます。しかし活躍が目覚ましいということは、偽名を使っても正体がばれるのも時間の問題ということ。案の定、2人は正体がばれ、新国王の衛士たちに捕らえられます。(ここまでが旧企画3巻の確定済み部分)

 正直に書いておきますが、旧企画では結論までは決めてませんでした。
 
設定が大きく変わった理由
 理由は簡単です。編集サイドから企画した1巻6章を3冊に分けるという要求があったため、それに伴って内容を盛り込んだ結果です。
 まず1巻をどのように分けるか。それが最初の課題でした。6章を単純に2章ずつに分けようと思いましたが、それでは物語のバランスが崩れてしまいます。そこで第1章を第1巻として世界の背景説明に時間を割くことにしました。また第2巻は中盤のクライマックスが終わる4章まで、第3巻は残りの部分と分けることにしました。

 この方針で書き始めたところ、すぐに元々の設定では何かと無理が出てきたため、ナバルとメイベルの役回りを検討し直す必要に迫られました。
 最初に考えていた展開は、知識を使って暴走するナバルと、ひたすら騒ぎに巻き込まれて振り回されるメイベルという構図です。ところが1巻の舞台が王都限定になってしまうと、受験のために来たばかりのナバルが王都のことをいろいろ知っているのは矛盾だらけになります。
 そこででナバルとメイベルの役回りを再検討しました。
 まずメイベルを説明役にするために、ナバルの持つ科学知識をメイベルのものとしました。となると必然的にナバルが町医者とか、大学を目指すという設定も消えます。それではナバルが王都に来る理由がなくなってしまうので、大学の代わりに近衛隊を目指すことにしました。それで最初は魔法剣士という役目を考えましたが、それで少し書き始めたところで、魔法もメイベルに与えた方が面白いのではないかと……。
 と、諸々の理由で設定が二転三転した結果、最終的に現在の剣士のナバルと参謀役のメイベルという形が決まりました。また主人公をメイベルに変えた方が物語がうまく流れるため、主人公の変更も行ないました。
 この変更に伴ってタイトルをどうしようかという問題があったのですが、編集部と話し合った結果、このまま進めることになりました。変わったのは「くじ引き」が「くじびき」になったところだけです。
 また物語を膨らませるためにドラゴン教徒などを登場させました。

 このように大きな変更があったのですが、意外と当初考えていた骨格は5巻まで使うことができました。いや、7巻まで……かな?
 

こぼれ話
 
水力都市の着想はどこから?
 ネット上には清水がエコロジーの観点から……などと思っている人が多いようですが、そんな気持ちは微塵もありません。
 一番の理由は、この作品を書く直前に「どり〜む・まいすたぁ」を立ち上げたことです。この「どり〜む・まいすたぁ」は帝政ローマ時代に実在した夢スパイを元にしています。その関係でローマ帝国を調べているうちに、そのローマ帝国が作った水力技術による都市作りに興味を持ちました。そして産業革命前のヨーロッパの水力技術を調べているうちに、水力だけでもかなり高いレベルの生活ができると気付かされました。
 その影響で「くじびき勇者さま」の世界観は、産業革命以前の水力技術を、更に高度に発達させた世界となりました。
 
ドラゴンが恐竜ではなく大きなトカゲになったのは?
 ドラゴンを変温動物にするかどうかで迷ったのは、3巻のあとがきにある通りです。

 知能が高いという設定を考えると恒温動物とした方が便利です。しかし、それでは活動範囲が広くなり、もっと人間社会との接触が増えても良さそうです。となると、すでに書いた世界では接触が断たれているため、その理由作りが必要でした。
 そこで発想を逆転して変温動物としました。確定は2巻を書いている途中です。
 と同時に冒険に必要な地図作りも、その頃から始めました。その際、竜の山脈付近が季節に関係なく年中20℃前後の気候になるように考えています。
 フォルティアース大陸が大きな内海を抱える環状大陸となったのは、あくまで竜の山脈の気温を生み出す条件を考えた結果です。けして鉄道が普及したのち、どこかの国がハートランドとして発言権が強くなることを避けた……という理由からではありません。(爆)
 
メイベルを聖女にする必要はなかったけど
 メイベルを聖女にするかどうか。実は3巻を書き上げる直前まで決めていませんでした。正修道女のまま逃避行させるか、修道長に昇格させてみるか、決めかねていました。
 それを聖女昇格に決めたのは、タイトルをどうするかです。いくつか候補を出した中から「誰が聖女よ!?」がタイトルに選ばれたので、じゃあメイベルを聖女さまにしようと……。(笑)
 事実は小説よりも奇なり。理由なんて、そんな程度です。
 
旧企画にあった3巻目は?
 たぶん、ここまで読んだ方の中には、今後の展開が気になるでしょう。特にまだ使われていない旧企画第3巻をどうするか……。
 結論を先に言うと使いません。今の「くじびき勇者さま」も本当なら6巻で終わらせる予定でした。
 それを延長させることになりましたので、ここから先は暗中模索ということになります。まあ、9巻以降の構想はありますけど……。

 さてさて、新章に突入した「くじびき勇者さま」は、これからどのような物語を紡ぐのでしょうか?