お伊勢参り
どうしてお伊勢参り
現在髪を後に束ねていますが、
現在、日本髪を結う人はめったにいるものではありません。知り合いを頼りに探しに探しました。見つけ出した時のうれしさといったらありません。また髪を結うときの痛さ、鬢付(びんつけ)油のクサイこと。またこの油のとれないこと。油はロウで出来ているため、熱湯につけると落ちることを知りましたが、根元はなかなか落ちません。シャンプーを何本も使い、一月くらいは匂いが離れませんでした。この髪形で和蝋燭(わろうそく)をたて、江戸の寄席を再現しました。演目は怪談ものです。なんとも江戸のイメージが広がったものです。
落語の中に描かれている場所・物・食べ物等を自らも訪ね、それを見、食する時の贅沢さといったらありません。学ぶことがたくさんあります。
キムスメ

職人 デエク

こんな人にちかずきたくない!

きっかけはダイエット?
さあ今回の「伊勢参り」ですが、江戸っ子の旅を体感しようというものです。しかし今回は今までのものとは違い、文明の力を用いません。歩きです。それも一日ではありません。片道の距離が四六四`。往復九二八`です。日数は順調にいって十二日かかります。生半可なものはありません。体力はあるほうではありません。夏場、半ズボンとスニーカーで過ごしますが、私の足は大変細いのです。自分もそう思っていますが、人にもよく言われます。見たことのない人は今度ぜひ見てください。少女のような足です。この足の細さは中学以来運動をやっていないためだと思われます。高校生の時、バイクに乗っていましたが、自分の部屋の横にバイクの車庫があり、乗るのに十歩で乗れます。そして目的地の五メートル近くまでいけます。そのため足が退化したのです。宇宙人化しました。そのうえ噺家になりました。噺家はあまり体力は使いません。座布団までたどり着けばいいのです。日頃から体のメンテナンスをせず、病気にならずに過ごせたことはありがたいことですが、ここ二、三年体が重い日々が続きました。だるいのです。後頭部に圧迫感があるのです。病院に行くと血圧が上185、下100でした。レントゲンに映る心臓は標準1.5倍になっていました。心臓肥大です。年齢四十九歳、生活習慣病です。薬を飲むことになりました。病院に月に一度、一月分の薬を取りに行きます。病院はご存知、年寄りのサロンです。年寄りが佃煮にしたいほどいます。薬を貰うのに一時間もかかります。また3回に1回は医者に診察してもらわなくてはいけません。大変手間がかかります。
薬を飲まずに元の体になるには医者曰く、塩分を控え、運動をして痩せなさいです。体重七五`ありました。身長一六七aですから六五`くらいがベストです。薬を飲みつつダイエットを心がける日々を過ごしていました。かなり痩せたと思い、満を持して診察してもらうと血圧も体重も同じまま。お医者さんは笑いながら「ダイエットは難しいですね」といいます。これが面白くありません。そこでスイッチが入りました。徹底的に食事と運動をやることにしました。
二〇〇八年一〇月から歩き始めました。近所の運動公園を二周です。二〇分ほどかかります。汗をだいぶかきます。少女の足をしていますからこれくらいの距離でも筋肉痛があり、次の日は足ががくがくしていました。だんだん慣れてきます。大寒の前後には体から湯気がたちのぼります。湯気が窓ガラスに写ると嬉しくなります。そんなところに旅の落語をやることになりました。旅の噺の行く先は伊勢参宮の設定でした。歩きながらふとこれだったら伊勢までいけるのではないかと頭をよぎったのでした。なんとなく天から舞い降りたような感じ、直感です。しかし私の直感はよく外れます。また体力的に自信がありません。なにせ少女の足なのです。
元々この伊勢と栄楽は縁があるのです。二〇〇八年から皇學館大学で非常勤講師になりました。自分の母校でもありますが、この大学は伊勢神宮の古文書を所蔵する林崎文庫の中に設立されました。大学の学長は伊勢神宮の大宮司が就任し、全国神社の子息たちが入学し、多くの神官を世に配出しました。私は神社の家に育った訳ではありませんでしたが神官の資格を得ました。大学の講義は落語を中心にした「江戸の芸能史」というタイトルです。教えるからにはこちらも勉強しなければなりません。調べていくと色々なことが判ります。
伊勢参宮の落語があり、これを中心にして旅噺しが出来ています。江戸時代に江戸から伊勢参宮にびっくりするような人々が行っています。その数は他のページに記しますが半端じゃありません。栄楽とお伊勢さんはリンクしているのです。だんだんこの「伊勢参宮」は栄楽のためにあるような気になったのであります。かくして早朝ウォーキングが始まりました。
から揚げにしたいかんじ!
