(1998/1月:記)
経済時評 (1) 先見性の欠如

最近の経済記事は先の見通せない混乱した情報が多く、日銀短観や経企庁の予測もますます若者や市民を迷わせるものとなっています。何故、これだけの専門機関の有能な人が間違えたことを発表するのか、予測の能力は必ずしも有能な人に備わっているからではないからです。

先導的な指標を示すことは、またそれだけ専門的な推論の能力が必要です。国の機関や情報をリードする者がその重要な能力の欠落した者であれば、企業や国は滅びます。若者にとっては、将来の先見的判断が常に必要ですが、誤認した記事やニュースの捉え方で今の日本は混乱しているのだと思います。

株式市場の低迷から、金融経済の縮小が始まっています。1990年にバブルの解消としてオーバーキルの政策がとられましたが、すでに歴史的には急激な不況に突入し始めた時期であり、むしろ緩慢な政策がとられるべきでありました。ラビ・バトラーという経済学者がその前にこの歴史的不況を予測していました。日銀が失速経済に逆噴射をした誤り。初期。

株式市場のプログラム売りで極度に市場が疲弊するのを防止するために、アメリカでは裁定取り引きの現物売りに対して、当日決済から翌朝決済への規制を引き、市場の回復力を図りました。日本では、現在も当日内での反対売買の決済が行われています。これを規制して止めない限りは、証券市場は下げ続け、紙屑と変わらない水準まで下げつづけます。外資系証券会社の収益は、アメリカ市場に還流し続けます。市場の影響だけならまだしも、資金の不足と信用収縮が始まり、最近の倒産の続出につながりました。円高で始まった海外旅行は習慣性もあり、しばらくの間円安傾向は止まらないでしょう。

実体経済の変動は、昨年から急激に発達したインターネットの影響によるものが大きいと考えます。消費税5%は全体に影響を及ぼしているのではなく、自動車や消費財が実績を割っているのも、パソコンや高い通信費、時間消費に食われて他の消費財が低迷しているからです。デジカメの売れ行きは最高水準に達しています。ネットのビジネスはソフトやサービスが中心ですが、専用回線など通信インフラが整備されれば、商品物流・金融流通も大きな影響を受けます。金融のビッグバンは”大倒産”の状況となります。おそらく、現状の実体経済の25%程度はネットの中に移行するでしょう。旧市場の20%程度の会社が今世紀末までに消滅します。同時に、中高年の失業率は10%以上まで跳ね上がるでしょう。一方不足分を埋め切れないまでも、新たに10%程度の全く新しいシステムのビジネスが勃興します。しかし長期的なマイナス成長で数年後には現在の国民所得よりも数%程度低い水準に落ち込むでしょう。長期のデフレ。でもお金だけでは国富全体の価値が計れない時代になったのです。通信社会の精神的価値の時代、つまり旧態経済学の終焉です。仕事の社会的要請や、そのクオリティーが今問われようとしています。

今年の一年は、将来への果敢な投資とロジカルな革新能力が勝敗の分かれ目となります。6月までの前半が勝負です。




(1998/2月:記)
経済時評(2)負の遺産

デフレの時代になり、消費支出が低下し景況感も一段と悪化してきました。この3月頃には、製造会社や事業会社の置かれている環境も最悪となりそうです。また倒産する会社が出てきそうな感じがします。時代に取り残された古い会社の整理が始まるでしょう。

公共投資のマンネリや金融機能の低下で官僚硬直社会の敗北が明らかになってきました。つまらない価値の公共投資を毎年続けお金を撒くだけの不要な事業の繰り返しです。日本経済の収益力が高いうちは通用しますが、成長力も落ち現在の日本は負債を返済し過去の資産を有効に使う時代に入っています。

本来の公共投資の姿をたどると70年前にアメリカで行われたニューディール政策があります。公共投資による失業対策と地域開発により社会の構造的な歪みを解消することにより経済的な循環を活性化することでした。政府としての目標はテネシー川流域の貧しい農業従事者の所得を上げることにより食料の増産をはかり、不況から脱出することでした。34個のダムがつくられ、肥料工場が建てられ、只に近い電力によりやすい肥料と食料の生産で飛躍的(5倍)に農民の所得は伸びました。テネシー川の氾濫も治まり、この事業の成功により大不況から脱出することができたのです。当然税収も上がり政府の財政収入も一気に好転しました。

この政策の根底に流れている思想は社会に対する「welfare」(市民の福祉の精神)というものでした。貧農を救うため、あふれる失業者を雇用するため、洪水から耕地を守るための公共事業でした。社会経済的に絶対有益な事業で民間会社が単一な機能だけでは完遂できない総合的な大規模事業でした。収支を短絡的にとる企業規模では為し得ないものでした。ただそれは、きわめて大きな目算と地域社会経済への貢献を意図したものでした。そして精神的なバックボーンが「welfare」なのです。日本のようにブルトーザーやコンクリートや建設会社が主役ではないのです。公共事業の根底には強い人間愛があるべきなのです。日本は現代に至るまで間違えた社会事業を続けてきました。経済学者ケインズの名を語り、本質的なものを全く忘れて・・・・・。公共事業の収益性を考えなくてよいわけがありません。今や政府はクレジット破産と同じ状態です。誰が始末をするかが問題です。きっとそれはあなたではなく、子供達が背負うことになります。

目的のあいまいな公共投資の多い日本の将来には負の資産が残され、住みにくい社会となってやがて人々は海外へ流出せざるを得なくなるでしょう。年金生活者達も快適な負担のない社会へ向かうはずです。その時は日本の全体の制度が大きな転換点を迎えることになるでしょう。身に染みついたパターン認識型の漢字文化からロジックが優先するプロセッシング型文化へ、表面的な見える形の判断からプロセスや本質的なものを思考する文化への変貌です。情報阻害を招く古いピラミッド型社会から個人の自由平等の分散型フラットな社会へ。日本の文化にもインターネットは大きな影響を与えます。




(1998/3月:記)
経済時評(3)アメリカのバブル

消費の低迷と企業の業績悪化、期末の証券市場の不振など悪いことばかりで、一方のアメリカにはアジア市場から大量の資金が集中し未曾有の市場景気になっています。

政府も公共投資で政治基盤の建設市場の梃入れをはかる予定が、効果の期待できない偏った資金投下の非難が内外から起こり、急遽減税や通信インフラなどの多元的な内容に変えました。公共投資を建設市場へ投入する一番の理由が、ケインズの「乗数効果」というものですが、一般市場が1.5とすれば建設市場は2.7ぐらい消費を増加させるといわれていますが、昔の恐慌時代と違って、有効な経済価値を生み出さなくなっています。増加した消費の質が低下し、また使われた資本の効果が極めて低くなって、長い間に社会全体の経済競争力が低下し、長期的に見ても全く無駄な公共事業が多くなっています。つい先ごろまでは、景気の構造的な浮揚を考えることもなく、マンネリ化した継続予算で飽和状態の建設工事が行われていました。官僚化した組織で、より細部の体裁を取り繕った総花的な政策を続けて、日本の経済は疲弊してしまったのです。循環する資金が引いた後に、これらの不合理な部分が噴出したのです。

漢字文化圏はどうしても、多くの知識の羅列で判断され易く、また少しでもその知識が多いことが有識者とされるため、論理的な思考や推論能力が欧米人に比べて後れています。すべては過剰な法律規則や表面的な虚飾にとらわれることから、社会の硬直性が起こります。一つでも多くの漢字を知っている人が賢者として社会の規範を決めて行く社会になっているのです。新しい概念や今までに無い物を評価する基準がないので社会は停滞してしまいます。既成秩序を打破しないと新しい成長はできません。今あらゆる面で日本の社会全体がリストラクチュアリングの渦中にあります。戦後と違うのは、古い経済価値が残ったまま、国民のエネルギーが低下しているなかで、新しいものを作り上げなければ行けないということです。多分色々な犠牲を負担しながら変革しなければいけないのです。つまり崩壊や犠牲が大きいほうがより良い結果が得られるのです。

アメリカは現在バブルの頂点です。ラビ・バトラーの最近の著書「株式大暴落」にそのような指摘があります。ファンダメンタルスが良いほどそれは次の大暴落の兆候であり、ドル崩壊の後は金の高騰となります。それは1999年迄に来るでしょう。株・不動産・債権はリスクがあり持つべきではなく、国債、最大手の銀行へ預金、保険付きの定期預金にすべきです。戦後長い間、収益の分配率が押さえられ、企業の余剰利益、不動産その他資産の含み益、国の税金へと流れ続けました。この需給のギャップがいま大不況となってかえってきています。一般の国民が生活し易い、働き易い状況になってからはじめて景気は回復するといえるのです。それまでは、狂ったようにビッグバンを続け企業の倒産も多発するでしょう。




(1998/8月:記)
経済時評(4)失業時代

新しい政府が一生懸命従来の財政出動をしても、1年以上は回復の兆しが現れません。民間経済の構造的疲弊に、公共投資によるインフラ誘導は効きません。それだけ実体経済は悪化しています。資本市場の投機的な動きを規制し、プラスの信用創造をして行かなければ経済全体を有機的に蘇生することはできません。

以前、国力が一定のレベルにあった時、公共事業と民間事業の区分は、政府が負の投資を行うことで意味がありました。財政投資の回収が後年の税収で賄えるからバランスが取れるのです。今の国力は明らかに安定から衰退の分岐点にあり、この状況では財政投資は直接的な民間事業分野等、収支が通算で回収の見込みがあることが絶対条件です。お金を投じれば失業者が救済されるとの認識で、投資の対象を非営利の公共部門に限定すれば、昔の社会と違って全く連関性の無い分野で、それは単なる流出に終わってしまうでしょう。複雑で高度な今の日本社会では、残念ながら残された仕事の多くは民間事業分野に集中しています。むしろ現在は民間事業でも10年がかりの巨大資金の必要なことが多くあって、公共投資はこの分野で将来の採算性を考えたものとして計画されるべきです。

恐らく、新内閣が実施する公共事業や減税は、半年後の1999年初めには全く意味の無いもので終わるでしょう。過去のセオリーで経済政策を進めれば赤字国債の多発で終わります。子供たちの時代はまことに深刻な事態となります。企業が長期的な採算投資を行えなくなったことが一番問題なのです。紙幣の印刷をして、一時的な過剰流動性を起こし、時間を稼いで1年以内に資本市場の健全化を計り、民間の不足している事業領域の分野に公共事業の投資を行うべきなのです。さもなくば、民間企業が信用縮小で疲弊し、急激に中高年の失業が増えて、財政赤字が急拡大するでしょう。政府の閣僚は残念ながら親からの資産を食いつぶす働きしかしません。来年(1999)になれば、経済が再建されないことに社会が気がつくでしょう。失業者が溢れてくるのです。



(1998/10月:記)
経済時評(5)遅すぎた対策「引き潮、そして市場経済の終息」

ようやく日本政府も遅れ馳せながら、株式市場の空売りを規制することになりました。残念ながらすでに手後れの感があります。株式市場の暴落により評価損の会社が続出、さすがに規制も止むなしと感じたのでしょうか。でもこの間に失った日本の国富はもう回復できません。経済2流国への転落です。

証券市場の信用取引のなかで、裁定取り引きや、ヘッジファンド等の投機資金の最大の問題は、過去に市場の行き過ぎを調整すると言われたこのような先物取引が、実は全く違っていて、市場を混乱させるものであったと言う点です。市場のスタビライザーだといわれて、誰もこれを論理的に考えようとしなかったのです。「空売りが資金を一方的に市場から流出させる」性質を無視していたのです。瞬間的な1回だけの取り引きは確かに均衡を保つように見えます。しかし、長期間繰り返し行われることの効果を考えていなかったのです。専門的な権威付けを行い近視眼的な見方で、本質を全く見失ってしまったのです。学説としては通用するかも知れません。しかし、単純で重要なことをまったく無視しています。いまや市場は空っぽの洞窟と化しました。

経済戦争のはて、株価は下がり続け資金は市場から外部へ流出し、けっして戻ってきません。「市場から金を巻き上げるだけの先物投機」今日本の証券市場から大量の資金が無くなってしまったのです。これだけ放置していれば、株価が下げつづけるのが当たり前なのです。このような状況でいくら政府が買いざさえの資金を投じても、投下資金はやがてアメリカに還流するだけ。その影では投機グループの巨大な資金が形成され、為替市場や債券市場など、金融関連市場が大混乱するほどに成長するのです。

モラルの低い投機筋が次々と新規参入しています。これではまともな経済再建などは全くできません。東南アジアへの海外援助も、弱った投機資金を活性化させる役割しかありません。その多くはアメリカの金融市場へと還流していきます。湾岸戦争の時に起こった資金の流れが、今また再現されようとしています。国民の血税が海にながされて行くのです。政府は同じ誤りを繰り返しています。

本質論を考えようとしない日本人。あまりにも大きな犠牲。株式市場の責任を国民全体が負わなければなりません。市場経済の失敗、不履行責任は一つも問われていないのです!

ニュースでは「経済恐慌」の言葉も飛び交っていますが、一般の人々はまだまだ奇麗な衣服を着ています。経済循環が一時的にストップしてはいましたが、いまは、けして恐慌などではありません。むしろ本当の恐慌は6〜7年ほど後に先送りとなったのです。それは2004年頃に起きるでしょう。大きな災害が前触れとなり、やがて避け難い世界的大不況に突入します。1929年と同じ状況です。

今革新的なイノベーションを起こせなければ、衰退の道しかありません。ホッと一安心していたり、必死でむなしい努力をして続けているのであれば、5〜6年後に来る大恐慌の嵐で完全に消滅します。真のリストラ再構築と革新的イノベーションが出来ない企業はそこで終わりなのです。流出した資金の減少分(20%程度)だけ、資産や所得が減り、ボランティア、手作り、無償給付、サービス、クラフトマンシップなど、むしろ貨幣経済の外側の領域を重視した文化や社会に変革しなければなりません。海外からなんでもお金で買ってきた歴史は終わったのです。文化的価値を新たに創造し、(20%程度)貨幣に依存しない経済給付制度に変えなければならないのです。日本の安易な近代文化さえも、考え直さなくてはいけなくなっています。まじめに生活の糧を自らの手で作り上げる新しいライフスタイルの始まりです。



(1998/12月:記)
経済時評(6)日本経済の敗戦

”I shall return!”50年前の昔のように,シンガポール市場を拠点にした先鋭的米国金融資本の勝利です。(日本は経済戦争に完全に敗退したのです)今年は今までにない経済環境の一年でした。少しでも経済の見識を持っていれば 人の心の余裕も違って,冷静な行動が出来ます。そんな気持ちでこのページを書き続けました。

歴史的な不況の中で,インターネットや携帯電話,通信革命により一時的経済循環が 停滞し,それにより潜在化していた不良債権,金融資産の減少の問題が一挙に表面化 し,デフレスパイラルとなって,あらゆる企業や個人を巻き込んだ混乱の1年でした。 いま,この不況の先行きについて、政府や色々な立場のひとが確信をもてない 状況に落ち入っています。直接投下した,公共投資部門は1〜2年間は余りすぎる ほどの活況を示しますが、しかしその一方,民間事業分野や個人の消費分野では不況や リストラの嵐となってきます。経済社会構造の激変が始まります。

経済企画庁の「発表」も なんだかさっぱり分からない内容です。 これは先物市場を攪乱して資金を吸い上げていた投機資金を規制したことで, 11月頃から効果を上げはじめ,状況が安定基調に入りつつあるのですが,もともと大怪我をした患者に応急処置をしただけで,手術や傷の治療はまだこれからの状態なのです。経済大恐慌は未解決のまま先送りとなりました。

では,この先日本の経済は一体どうなるのでしょうか? 私もとても気になるので、この1〜2ヶ月間四六時中考えていました。 そして単純化した予測なのですが、日本のこれからの経済状況の推移はおよそ次のようになると結論づけました。

(原因の発生) 先ず、日本の金融資産の減少分の推測ですが、アメリカのヘッジファンドや金融資本 の基に集まったお金の総額は、1000兆円(NHKのTVの報道)となっています。 ロシアで失ったお金は400兆円で、まだ600兆円分の資金が手元に留保されて いる計算です。このうち、初めの金額の1/3の300兆円は日本から、 他の300兆円はアジア市場から、残りの3〜400兆円がその他の国から、資本市場や為替市場を通じて米国に集められたと考えます。

従って、日本で急激に不足する資金は、政府(税)予算部門で100兆円、民間投資部門 (企業)で100兆円、消費部門(個人金融資産)で100兆円に分散化平準化されます。(異常に大きな経済変動は最終的には全体に平準化される)

(政府部門では)政府の予算資金の不足は、収入の目途がありませんので、そっくり赤字国債の 発行となります。しかし税収の見通しは立ちません。100兆円の返済できない借金を 抱えます。(これは多分将来とも返済出来ません。アメリカの財政赤字が解消された のと対照的です)日本は経済も国債も格下げとなって,簡単に大規模な発行が容易に 出来ません。更に債券市場や金利市場に大きな不安定要素を作ることになります。 この特別予算の使途により日本経済の将来の回復基調が決まってきますが, 相変わらずの土木建築型の公共投資ですから,文化社会の水準は低下したままです。 いま必要なのは,公共投資が通信や,社会コストの合理化を促進し,日本の社会を インテリジェント化へと社会を大きく変革させる事なのです。

(企業部門では) また投資部門では、不足した100兆円に対し、今後企業がその経常収支を減少させることで50兆円が吸収されます。 例えば,1部上場規模の会社が20〜30%の減益を2〜3年続け、その後更に 10%の減益を2〜3年続ければ吸収されるはずです。つまり大企業1社当たり 5〜6年間で500億の減収です。中小企業もありますから,平均的な企業の経常利益は50%に半減します。

残る50兆円は倒産会社に貸し倒れや、債権放棄等で吸収される事になります。 同じようにこの5〜6年の間に、倒産企業の債権総額は500億円なら 1000社、50億円なら10000社分に相当し、事業会社の倒産は まだまだこれらを埋め合わせるだけ増えて行きます。既に金融機関や大型の倒産があった分を差し引いて考えても良いと思いますが、中小企業の整理や、事業の整理は これから先5〜6年は誠に厳しい状況が続きます。それはソーシャルコストを絶対的に引き下げる方向に動きます。様々な社会で革命的な動きが生まれてきます。

(個人消費部門では) 個人の金融資産の減少は、既に株式、債券などの価値で発生していますが、実質的な意味 で国民1人当たり平均100万円の損失を何らかの形で被ります。土地などの所有資産の 評価減少では無く、実質的な資金の減少分の意味です。これも同じように5〜6年 かけて減少させられるとみて良いでしょう。(4人家族であれば400万円を、 何らかの方法でカバーしなければなりません)生活スタイルはかなり変化すると 思います。支払いの資金が絶対的に不足しているのです。消費部門で5〜6年 かけて100兆円の減少です。今までの経済市場は相当減衰するでしょう。 企業のコスト削減によるしわ寄せ,社会負担の増加など個人にとっても所得水準を 大幅に下げる要因が発生します。経理的なやりくりだけでは乗り切れず,それこそ 給与生活者でも自給自足のスタイルを取り入れなければなりません。

(大恐慌の可能性は)しかしながら一番の問題は、今まで書いてきた状況が、将来そのまますんなりとは解決 されないことなのです。結局5〜6年後にそれぞれの部門で、未解決の金額が相当残ると思われます。その先延ばしは歴史的(1929年)に見ても6〜7年が限界で、 その先には疲弊しきった社会の一番弱いところが引き金となり、避け難い大恐慌が 起きる可能性があります。一つの目安としては、2003年頃までに金融市場や 企業部門の未解決部分が1/3(30兆)を超える状況であれば, 市場先導型の経済恐慌がおきるでしょう。また政府(税)予算部門の未解決部分が 1/2(50兆)を超える状況であれば,同時に猛烈なインフレが 襲います。経済社会が破壊され、富の強制移転が起こると思われます。 この時点までかろうじて生き延びてきた人達(年金生活者)も、被害を免れません。 もっと緩やかに長期にわたっておこる可能性があるかもしれませんが、国鉄未清算の 28兆円も更に巨額に達していると思います。

(回避策は) その先の2003〜5年が危ないと見ています。今は浮氷の上を目を閉じて歩いている 状況なのです。景気の回復論やマスコミの評論では、まだこのような認識に至っていません。曖昧な論議で終始し、今後の将来どうなるのか?一体何が問題なのか? 明確になっていません。数学的に、確率的に,合理化して考える日本人はまだまだ 少ないのです。制度の論議や、与件の範疇ではもう解決にならなくなっています。 このような時に,データはめまぐるしく変化しますので,あまり意味がありません。 そして自然に本来のあり得べき方向に収束するのです。それは間違いのない真実です。 つまり,枝葉末節の事実を追跡しただけでは,本来の姿を正しくとらえられず,有効な経済対策とはなりません。今後、米国は強くディスクロージャーを求めてきます。300兆円の不良債権を明らかにしなければ納得しません。彼らのほうが冷静に見ています。その金額は「600兆円」とアナウンスすべきかもしれません。恐れていた人間にさらに恐怖感を与えるという効果はあるでしょう。とてつもない資金のショートが発生しているのです。政府部門は破綻する可能性が強いのです。

これからの経済の激変期には、イマジネーションや豊富な経験知識に裏付けられた慧眼で、物事を判断しなければ将来を方向を失います! 残された唯一の究極の解決策は「事前の調整インフレーション」しかありません。赤字国債の発行はインフレーションで消却されます。

公共投資は社会コストを最小限にする機能のインテリジェント化投資と一部の福祉に 貢献する分野に限られるべきです。更に,通信費の引き下げなどでインフラ投資を誘因しなければなりません。今の時期に40%もの増益をだす巨大通信会社が 今の経済状況下で日本国内に存在するのはおかしいのです。余剰利益を今すぐ社会に還元しなければなりません。余計なことかも知れませんが、今の日本にはおかしな状況がたくさん放置されているので、これを一つずつ解決しなければ行けません。先送りやごまかしや権威の誇示では事態を悪化させるばかりです。将来間違いなく起こる大恐慌に対し、今から準備をしなければなりません。

「1999年が正念場」です。5〜6年後も忘れないで下さい。それはあなたの為なのです・・・!

今年の一年を振返えり、長いメッセージになりました。皆様もこの大波を旨く乗り切って下さい。最悪はもうはっきり見えています。 自分の力で解決し、あきらめないで努力を継続する。「ロビンソンクルーソー」の 時代の始まりです。貨幣がなくても豊かに生きていくことが大切です。自給自足とは、まず自分自身が「生活哲学」を持つことなのです。


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