(2002/10月:記)
経済時評 (7)神の国アメリカ、仏の国日本?(なにもしない東京証券取引所)
 

金融財政政策が混沌とし、ダウ平均もついに8,600円となりました。金融機関や大企業が危ない不安の時代に突入し、1998年12月から3年以上も休止した経済時評をついに再開とすることにいたしました。混沌とした状況の中で、少しでも役立つ評論が展開できるよう考えたいと思います。(次代への貴重なメッセージとなるように)

1999年〜2000年は、小渕政権が大胆な規模で財政を公共事業部門に投下し、景気下支えを果たしましたが、志し半ばで急逝されました。秀でた実務能力により「一国の経済が救われた」と表現しても良いと思います。もし存命であれば恐らく2000年度は財政のエネルギーをかって大規模な社会構造の変革や、金融経済システムの改革を行っていたであろうと思います。沖縄サミットの記念2,000円札はその象徴で、キャッシュフローに貢献するものでした。

残念ながら、政治の現実は、その反対方向に動きました。その後の無作為と先送りによる失策がこの効果を相殺してしまったのです。紙幣を一新する政府の発表がありましたが2004年度では遅く即時効果は期待できません。我慢を強いるだけの経済無策の為政者、実に多量の言葉を早口にまくし立てるだけの経済学者、何も規制しない証券取引所の関係者達。高度成長政策から長期にわたって労働分配率が下がり企業の過剰流動性がバブルの崩壊へと繋がったのです。減税論議が盛んですが今の日本の状況下では戻し税(現金給付)しか効果は期待できません。見当違いの論評が横行して実に嘆かわしい状況です。

アメリカの国富の行方は今後どうなるのでしょうか。世界の歴史はいつも戦争の時代へと進んでゆくことを示しています。誇り高い正義の戦いに巨額の国富が使われることになるでしょう。アフガニスタンのテロとの戦い、将来起こるかも知れない中東諸国との戦い、アメリカの巨額の国富が戦費に使われます。結果として一国の国富は消費され分散化し経済バランスが保たれるはずです。戦争に依存する政治経済は歴史的に本質が変わるものではありません。

「アメリカに追いつくことをけして許さない」そんな大統領発言が有ったと思います。R財務長官はかつて日本の経済パワーがアメリカ市場を席巻していた時に、市場関係者として辛酸をなめたひとりでした。ウォール街のリストラで大半の人が職を失った暗黒の時代を自ら経験し、日本や他の新興国の富をアメリカに取り戻すことを最大の目標にしていたと考えられます。彼の手法はなんでもあり、その具体的方法は当事国の資本市場自由化とデリバティブの投機手法だったのです。哲学的なロジックによる戦略的な市場操作を駆使し、戦後のアメリカの威光を取り戻すこと、社会的富や年金資産を増加させることでした。ご承知のように予想をはるかに超える大きな戦果を上げることができましたが、一方では非常識で混乱した秩序と市場収奪を許してしまいました。ヘッジファンドや年金ファンドの投資顧問は、良識有るアメリカ人の批判や質問に対し「それではあなたの年金が少なくなっても良いのか?」という返し言葉で黙らせていました。

この3年間に(1999〜2002)日本で起きたことは、多くの企業の業績が悪化して全体的な総利益より総損失が大きくなり、経済全体の縮小が続いたこと。反対にアメリカでは金融過熱現象とその後の反動が見え始めたことです。日本の証券市場低迷の最大の原因は、ファンダメンタルズや、影響力ある政治家の発言や、為替市場の動向などによるものではなく、市場の運営管理それ自体に責があるのだと思います。つまり極度な低下を続ける証券市場に対し関係者が直接的な規制策(例えば,個別売買停止など)を取らなかったことによるものです。ボーっと電工掲示板を見つめる人に、大切な日本経済の生命を託してしまったのです。2001年11月に東京証券取引所は株式会社となり初めて管理責任が発生しました。それまでは、旧大蔵省の管理下で、長期にわたる市場の異常な暴落に対して無為無策で何も効果的なことをしてこなかったのです。日経平均が1万円を割りこみ、慌てて財務大臣が3月に緊急事態対策をとりました。市場の極度の低迷下では経済再生は極めて困難です。1万円以下では理論的にも成り立たちませんし、少なくとも1万5千円程度を維持しなければなりません。(アメリカダウは8,000ドルが適正水準)

一方で市場は自由に任せるべきだという論義がありますが、今の日本社会は硬直的で社会主義的な面が強く、自律反発すらできない危険な状況です。官僚体質は無為を好み、経済学者と同じく「自由市場」の言葉を標榜し、これを絶対的に変えようとしません。こうして実態経済が市場先導により悪化しつづけました。もう財政出動ではとうてい市場は回復しません。先ず市場関係者が身を賭して市場規制をおこなわなければいけないのです。最大の責任はここにあることに誰も気づいていません。インフレターゲットは底に穴の空いたなべと同じ結果となります。将来企業活動と金融市場の関連性を独立させて証券市場からの影響を少なくする必要がありますが、今は逆にその影響が最悪の状況となっています。いまや東京証券取引所は日本の不良債権の最大の発生源となりました。緊急時の市場は直接管理されるべきです。あまりにもひどい状態を見過ごしてきたことは極めて重大な責任だと思います。一国の経済社会に計り知れない大きなダメージを与えることになりました。今まで一体どれだけの国富が消滅したでしょうか? 市場はやがて企業の墓場となるでしょう。善良な従業員や社員を巻き込みながら・・・。

神が新天地として約束した国アメリカ?そして仏の国となった日本?・・・現在は金融の萎縮の最終局面に入ってきたと思います。巨額の不良債権や企業の年金基金も、暗闇の時代の清算をしなければなりません。2003年にその実態が明らかとなります。
 




(2003/3月:記)
経済時評 (8)戦争かデフレ対策か

日本の経済対策が混迷している原因には色々なことが考えられると思いますが、これまで金融政策だけに頼ってきた日本の経済財政政策が間違いであったことに、多くの専門家がいまだに気づいていないことにもあるのではないでしょうか。現在の金融システムは、金融市場のマネーが市中に回らないクローズドな閉鎖体系になっていて、金融政策による市中の需要創出効果を期待することができない状況になっています。(残念ながら垣根の内側だけの効果)

前日銀総裁は果敢にも2000年にゼロ金利政策を導入しましたが、これはまさに日本救済の意味であり、経済原理よりむしろ哲学的な宗教的な観点から決断された政策でした。しかしながら経済の再建が金利誘導策だけでは限界であることが明白となってしまいました。現在の日経平均8000円割れは、金融市場がある部分では恐慌と同じ状況となっていることを示すものです。まさに「静寂な金融・資産恐慌」が始まったといえます。

民間銀行に守られた温室状態の「日本銀行」、需要創出が特定業種に偏った道路や公共事業、規制や手順に縛られて、効率の悪くなった社会制度や経済循環。シティーや金融機関の領域から抜け出ることのない安逸な状況の中でいくら超金融緩和策を続けても、マネーは器の中をぐるぐる廻るだけで一向に市中には廻りません。実際にはダブついたマネーが行き場を失い驚異のマイナス金利を招いたり、民間の株式市場を避けて国債市場に向かったりしているだけで、個人の生活や小規模事業者にはなにも効果を及ぼしていないのです。

景気が良くなるという意味は、やはり消費経済や企業の投資が活発化して、社会が豊かになるという実感が大切です。国の政治が先ず、その豊かさを体現していなければ難しいのですが、逆に今のような皮相的でいかにも貧相な為政者がいくら頑張っても経済の流れは悪化するばかりです。利権型の政治家タイプではなく、今まさに豊かな発想で富貴な才能のリーダーの登場が待ち望まれます。

デフレ対策として経済の活性化に一番重要なのは、今までの方法とは違った手法を用いて直接消費を創出することであって、不良債権ばかりにエネルギーを費やすのは賢明な方法とはいえません。一番効果的な方法はやはり市民への直接減税とか実社会のマネー循環を増大させることなのです。減税といっても直接個人に現金を給付し、貨幣を使わせる方が即効的です。また以前に実施された地域振興券ではなく、一定期間(例3年間)市場流通を認めた交換性のある「第2貨幣」のようなものもを臨時に発行するのが最適だと思います。日銀には公定歩合の決定権と通貨の発行権があります。有効な対策として機能していない通貨発行権の規制を緩和し自治体や公共団体にも特殊通貨を発行させることも必要でしょう。発行原資の保証が無くても消費需要を喚起するカンフル剤としての役割を持たせる必要があると思います。

現在企業の業績悪化から賃金引き下げとなり、資産デフレの悪循環をともなって個人の消費は極端に萎縮していますので、需要のマイナスを補完するために消費市場に特殊通貨を投入する方法を、真剣に福祉政策の面からも考えなければなりません。とにかく特定金融市場しか廻らない貨幣に頼らず、日銀券以外の第2貨幣や、減税貨幣、インターネット貨幣など、あらゆる貨幣を創造し動員することで、購買力の増加と経済の活性化を図らなければなりません。

昔の江戸時代もデフレ下では必ずといって良いほど「鐚銭」(ビタ銭)が増加し大量に流通しました。経済への悪影響を心配するより、かえって市中の景気は活気を取り戻すことが多かったようです。当時日本橋永代橋の先の下町は鐚銭造りの中心地だったことを歴史の事実は教えています。藩札や様々な貨幣が流通し機能していた時代もあったのです。発行権は今よりもはるかに分散していました。自由な貨幣がたくさんありました。

政治家のあなたは戦争を選びますか、それとも国内のデフレと戦いますか?
 
 


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