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◆平成家族考 38


 前号の平成家族考では、面会交流するお父さんのために「お父さんの集い」の様子を紹介しました。 今回は、お母さんのために、面会交流セミナー「お父さんに会いたい・お母さんに会いたいー子どもを板ばさみにしない上手な面会交流の進め方―」の講演内容を紹介します。
 多くのお母さんは、日々子どもといっしょに暮らし、子どもがお父さんに会えるように協力する立場にいますが、 気持ちよく面会交流に応じられないお母さんの事情を、お父さんはお母さんの悪意と受け取ってしまいがちです。 しかし、モラルハラスメントのような長い夫婦の葛藤から解放されて、 ようやく自分を取り戻しかけたばかりのお母さんは、再びお父さんとの接点を持たなければならないことに、 お父さんの想像できないほどの苦痛を感じています。 また、少数派ではありますが、子どもと面会交流する立場のお母さんもいます。 そのようなお母さんを支え、元気づけて、面会交流を続けてもらうためにセミナーを開催しました。
(プライバシー保護のため、ケースは実際のとおりではありません)

1 10年ぶりに再会したA子さんのケース
 初めに、母親A子さんと息子B君の面会交流の例を紹介します。母子の面会交流は父子の面会交流以上に多くの困難を抱えていることが多く、 10年以上にわたる、A子さん母子の山あり谷ありの長いながい面会交流の物語は、 歳月を経て初めて分かる面会交流の意味を教えてくれているように思われるからです。

(1) 面会交流援助のはじまり
 A子さんは、知的で努力家ですが、持病があって体調がいまひとつすぐれませんでした。夫の家族の期待に応えようと頑張るうちに疲労困憊し、 子育てもうまくいかず、1歳児のB君を夫の許に置いて別居を余儀なくされました。夫は父として、炊事、洗濯などをして息子を育ててきましたが、 子どもにとって母親が必要であるとの認識はもっていました。 そこで、A子さんの求めに応じて、子どもが幼稚園の年中のときから小学校2年の修了までの3年余り、 当センター(FPIC)の援助を条件に母子の面会交流を受け入れました。しかし、肝心の子どもが拒否的で、 父の同行を条件にようやく母に会うことを承知してくれました。

(2) 面会交流のプロセス
 @ 母を母として認識していく時期

 お互いに面識のない母と子の4年ぶりの出会いは、たいへん緊張感の高い、ぎごちないものでした。 B君は、母に近づいても、定期便のようにすぐ父の様子を確かめに戻ってしまい、母の存在を無視するかのように一人遊びを始めてしまいます。 デパートの屋上で、母が誘ってようやく遊具に同乗したときも、他人行儀にかしこまっていました。時間が来ると、義務を果たしたかのように、 父の手を引いて帰って行きました。
 2回目も、嫌がるB君を父は無理に連れて来たそうですが、B君に微妙な変化が生じました。 母と前後して座った遊具の後部席から、ひそかに母の髪や衣服に触れたり、自分から別の遊具へ誘ったり、母に名前や仕事を尋ね始めたのです。 母がB君の赤ちゃんの頃の写真を見せたり、名乗って名刺を渡したりすると、まじまじと母の顔を見つめ、 おんぶや抱っこされることも恥ずかしそうに受け入れました。

 A 母へ感情をぶつける時期
 その後の面会交流は、B君の希望にしたがって、遊園地、水族館、動物園、交通博物館などを訪ねました。 B君は小学生になって自由闊達に話しをするようになり、このまま順調に推移するかに思われました。
 ところが、あるとき思わぬことが起きました。「可愛いなら、どうして出て行ったんだよ。オレを捨てたんだろ」、 「お前なんか嫌いだよ」と言いながら、B君が母にツバを吐きかけようとしたのです。 また、ウンチや家を破壊するような絵を描いて、A子さんに攻撃的な言葉を吐くのです。 A子さんの方も、B君の言葉を受け止めかね、 「泣く泣く追い出されたのに、どうしてこんなにひどいことを言われなければならないの!死んでしまいたい」と、 動揺してパニック状態になってしまいました。事実がねじ曲げられていると言って、夫への怒りも再燃してしまいました。
 援助者は、子どもの気持ちと、面会交流する親の役割をA子さんに話しました。 「悪態をついても、お母さんなら受け入れてくれる、自分を嫌ったりしないと思ったから、ほんとうの気持ちをぶつけたくなったのよ。 吐き出さなくても、子どもの心の中にはすでに存在していた感情でしょう。 吐き出せた分だけ気持ちが楽になったはずよ。いい所を見せようとか、愛していることを分からせたいというのは、 子どもに自分を認めさせたいという親のエゴだと思う。子どもが苦しみを吐き出すごみ捨て場になってやることこそ、 面会交流する親の大事な役割なの。今日、あなたは、母親として大役を果したのよ」

 B 父の忍耐が切れる時期
 父は、B君を連れて来て、A子さんと顔を会わせ続ける苦痛に次第に耐えられなくなってきました。 面会交流中に些細なことから両親が人前で言い争いを始めてしまい、B君が親たちをたしなめることもありました。 B君が2年生を修了したとき、「今後は子どもに任せたい」と父から援助の中止の申し出がありました。 面会交流はこれをもって途絶えてしまいましたが、父が了解してくれたので、A子さんはB君に緊急時の連絡方法を教え、 年賀状や誕生祝い、クリスマスプレゼントを送り続けていたそうです。

 C 子どもからの面会交流の再開
 高校生になったB君から、A子さんに突然電話が入りました。8年目の再会です。 母は180センチを越えている昔の小学生を人混みの下の方で探し、子どもは昔の母を上の方で探したので、 二人はなかなか出会えなかったそうです。 その後は、いっしょに買い物をしたり、ガールフレンドに振られた話を聞かされたり、ときには親子喧嘩もしながら、 母子の交流は、ずっと続いているそうです。

 D 子どもから援助者への再会の誘い
 ある日、B君に頼まれたというA子さんから援助者に連絡がありました。 「社会人になる前に、援助者を交えた母子と3人で、なつかしい思い出の場所を訪ねてみたい」と。 再会の当日、知事表彰を受けた卒業作品を持参して現れた高校3年生は、母親似で顔立ちの整った、 清潔感のある長身の好青年でした。実に、10年振りの再会でした。この日、3人がともに過ごした数時間は、 それぞれの今後にとってかけがえのない貴重な分かち合いの時間となりました。
 A子さんは、B君をここまで養育してくれた父に感謝できるまでの自分に成長できたことを語ってくれました。 また、笑顔で語り合うB君と援助者の会話を、母子の会話のモデルと受け取り、「社会人になる息子の全部を知りたがって、 入りすぎた関係になっていた自分に気づいた」そうです。B君は、帰宅後A子さんに電話して、感謝の言葉とともに、 体の弱いA子さんを自分が養うつもりでいることを告げたそうです。そして、援助者もまた、新たなエネルギーと気づきを与えられました。

2 この事例から学ぶもの
(1) 面会交流は、長いながい道のり・・・初めは順調にいかなくて当たり前
 面会交流が始まるとき、B君のように会いたがらない、同居親から離れない等々さまざまな問題が生じるのはごく普通のことです。 逆にいったん遊び始めると別れたがらないこともありますが、B君のお父さんのように、同居親が目の前のできごとに一喜一憂せず、 あきらめず、あせらず、淡々と続けることが肝心です。そうすれば、子どもは同居親への気遣いから解放され、 安心して面会交流に臨めるようになります。 保育園の「慣らし保育」と同じことです。初めの山を越えてしまえば、それを当たり前と感じる平坦な道に出られるのです。
 B君のように、途中で中断することがあっても、それはそれでいいのです。それまでに築かれた親子の絆は、 子どもの心にしっかり結ばれていることが分かります。絵に描いたような素晴らしい面会交流など必要ないとさえ言えるでしょう。

(2) 離婚すると、立派なよい父、よい母でなければ子どもに会えないの?
 非離婚家庭に、理想的で立派な両親がどれほどいる と言えるでしょうか。親権者となった親にも欠点はたくさんあるはずです。 欠点の少ない親であっても、親の意向どおりに育てられた子どもは、新しい環境や文化への適応力や意欲が低いと言われます。 面会交流の援助者は、子どもとの接し方・遊ばせ方などに、父母間で代替できないような著しい違いのあることを、実際場面に立ち会ってみて、 いまさらのように認識し直しています。欠点のある別居親との面会交流には、 子どもから「異質」や「違い」との出会いの機会を奪わないという大切な意味があります。
 A子さんも、しばしば情緒不安定になり、決して理想的な母親であったとは言えません。 誰より、A子さん自身がそれをよく知っていました。でも、会わずにはいられなかったのです。 それでも、あるいは、だからこそ、B君は、A子さんからたくさんのことを学んで、思いやりのある青年に育ったのではないでしょうか。 お父さんも、それが分かっていたからこそ、面会交流に3年余もつきあったのです。
 面会交流場面での暴力の危険がないのであれば、欠点の多い親であっても、親子は会うほうがいいのです。

(3) 何のために親は子に会うの?
 @ 子に詫びるため

 司法福祉的見地から、面会交流の目的には、子の福祉、親の権利、親子の自然感情などが挙げられますが、 援助の心理臨床的見地からは、もう一つ、もっと人間くさい目的を加える必要を感じています。それは、親が子に心から詫びることです。 離婚の過程で子どもに不安で悲しい思いをさせてしまったこと、夫婦としていっしょに子育ての責任をまっとうできなかったことを、 子どもに心から詫びることです。一生懸命遊んでやる、言葉にして詫びる、怒りを受け止めるなど、表し方はさまざまですが、 詫びの気持ちを子どもの心に届けることです。A子さんの場合は、子どもの怒りを受け止め続けることが詫びであったと言えるでしょう。
 ある4歳児は、父を詰問しました。「どうしてお母さんをたたいたの!」と。「喧嘩してたたいちゃったんだ。 悪いお父さんでごめんな。ごめんな」と父が答えました。援助者が、「お父さん一生懸命謝っているから許してあげようか」と声をかけると、 「うん、いいよ。もうお母さんをたたいちゃだめだよ」という返事が返ってきました。白々しかった子どもの態度が軟化し、 自分のできなかったゲームを父にしてもらって、「お父さんて天才!」と、フォローさえしていました。 帰宅後、「お父さんのこと、ぼくが怒ってあげたよ。お父さん謝ってくれたから、もう大丈夫だよ。お母さんのこともうたたかないよ」と、 母に報告したとのことです。
 小学校6年の男児は、父に怒りを伝えるためだけに会うと言って来てくれました。 父とは、これきり子どもに会えないとしたら何をすべきかを事前に話し合い、心からの詫びを言うことになっていました。 「黙って家を出てしまい、長いこと辛くて悲しい思いをさせてしまってほんとうにごめんなさい。 これからは、お母さんと約束したお金は必ず送るからね」と、父は子どもの前で膝まづき、深々と頭を下げて詫びの言葉を述べました。 子どもは一瞬困惑した顔になりましたが、きちんと父の方へ向き直り、じっと父の言葉に耳を傾けていました。 10分のはずが、少しずつ会話が成り立ち始め、ディズニーランドのような所なら、夏休みに行ってみたいと子どもの方から言い出しました。
 子どもといえども事態は分かっているものです。 一人前の人間として親から謝られたとき、心を動かされずにはいられないのです。 このまま父と会わないとしても、最後に詫びてくれた父の姿を、子どもは記憶にとどめておくことができるのです。 父が子どもに詫びることを、母は拒否してよいものでしょうか。

 A 子が自分の目で親の実像を確かめるため
 親の実像が、子どもの心の後ろ盾になっていることは、子どものセルフアイデンティティ(自分が何者であるか)の確立にとって、 不可欠と言えるほど重要です。自我の確立期と言われる思春期危機を乗り越える時期に、その重要性が証明されます。 しかし、心理的に親から離れようとする思春期になって、面会交流を開始するのは至難の業です。
 それでは、いつから会えばよいのでしょう。人間関係能力の基盤である基本的信頼感の形成のためには、乳幼児期から会い続けること、 縁を切らないことが重要です。いったん会えなくなった場合にも、記憶をつかさどる脳の海馬の発達を考えると、 生涯記憶が定着する3,4歳までには開始したほうがよいでしょう。 保育園や幼稚園の子ども集団で、父母のことが話題の中心になる時期にも重なります。 面会交流していれば、子どもは引け目を感じないで、積極的に話題に参加できるのです。 この時期の体験は、後に続く小・中・高校での友人関係のあり方に引き継がれていきます。 B君は、なんとかこの時期から母に会えるようになっています。

 面会交流で一番大切なのは、父母の間に立つ子どもの気持ちを尊重することです。 よく、子どもが会いたがらないというお母さんからの話しを聞きますが、援助の経験からは、心底お父さん、 お母さんに会いたくない子どもはいないと言っても過言ではありません。お母さんの真意が試されているのです。 B君も、無理に連れて来られたお陰でお父さんのゴーサインが分かり、お母さんへの気持ちを出せるように変わって来ました。
 FPICでは、子どもの将来を見据えながら、お母さんといっしょに、ゆっくり援助の歩みを進めていきます。初めの失敗だけで結論を急がないでください。


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