風幡亭雑記帳

 断腸亭であるとか、観潮楼であるとか、家に名前をつけるならそんな気の利いた名前をつけたいと思っていました。
 敬愛する永井荷風の断腸亭という名は庭に咲く秋海棠(断腸花)からとったものですが、その例に倣うなら、わが家はドクダミ荘かブタクサ亭ということになってしまいます。確かにそのとおりなのですからそれでもよいのですが、ブタクサ亭主人ではあまりに情けありません。そして何よりも庭作りを生業にしている身としては、庭の草取りもしない怠け者を看板にするようで恥ずかしくありました。ならば荷風が後に移り住んだ偏奇館のような名はどうかといえば、そのように斜に構えた名をつける、私には自信も勇気もありません。結局ついた名前は、そんなふうに風が動く幡が動くと、いつもおろおろしている私にお似合いの風幡亭という名前だったのです。
 荷風の日記、断腸亭日乗には、偏奇館の隣に善太という植木屋が移り住んできたことが書いてあります。荷風は、その善太とそれまで代々のタクダ師(庭師、植木屋のこと、ちなみに庭師と植木屋はそれぞれ役割を分担していましたが、今その境目はほとんどありません)、そして偏奇館に生い繁る椎の木のことを綴れば好個の文章になるだろうと考えていました。しかしとうとうその文章を書くことなく、偏奇館も椎の木も、そしてタクダ師の家も、昭和二十年三月十日の大空襲で灰燼に帰してしまいました。
 植木屋善太は書かれる側の人間でした。しかしもし善太に文章を書く習慣があって日記のようなものをつけていたら、荷風のことを客として隣人としてどのように書いていたでしょうか。
 善太の植木屋日記。タクダ師もまた人を見、世間を見、時代を見ていたに違いないのです。
 風幡亭雑記帳は、風幡亭-庭師の日記ならぬホームページ。新潟日報で連載中のコラムを中心にして編んだ雑記帳です。
                                 風幡亭主人
                                 2004・7・23

 断腸花(秋海棠)

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Last Update 2014/02/17
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