あなたも庭師・研究編

5 サマータイム(うまく生かしたい借景)


 一瞬、私の頬を暖かな風が撫でていったような気がしました。
 そんな訳はありません。外は雪模様。そして私はまだ酔うほどに飲んではいませんでした。私は驚いて周りを見渡しました。しかし部屋のなかに空気を揺するような動きはなく、暖かな風を感ずるほど暖房は効いていませんでした。
 新潟在住のジャズピアニスト、小栗均さんのライヴでこんな経験をしたことがあります。曲は『サマータイム』。もしかしたら、私に夏の歌という思い込みがあったかもしれません。しかしたとえそうだったとしても、思い込みだけで暖かな風を感ずることはありません。あのありえない空気の動きは、何もないところから自然を生み出すという、まるで幻術のような小栗さんの優れた表現力のなぜる業に他ならなかったのです。
 庭は、木や草などの自然の素材を使います。さらに庭の向こう側に広がる山並みや林、あるいは空といった景色を庭のなかに取り込む借景という方法を用いて、それだけで、簡単に自然を再現できるかのように思えます。しかしそう簡単にいかないのが庭なのです。
 自然の素材を使ったからといって、不自然な使い方をしたのでは、せっかくの素材の力を損なうばかりです。そして借景。この借景が厄介な代物で、その圧倒的な存在感と比べれば、生半可な造形など、むしろ人間の小ささを思い知らされるだけでしかないのです。
 自然の素材、そして借景は諸刃の刃です。うまく使えば庭が何倍にも生きますが、失敗すると、庭など作らないほうがよかった、ということにもなりかねません。
 そうならないためにも、もう一度自然を観察することから始めてみませんか。もちろん木ばかりではなく森も見ることをお忘れなく。
 庭は欲しいけど、場所がないとあきらめておられる方。そして家に小栗さんのいない方は、ちょっと窓の外を眺めてごらんになってみてください。新潟ならさしずめ弥彦角田や飯豊の山並み。そのような恵まれた眺望はなくても、刻一刻と変化する空の気配。季節によって変わる雲の流れや夕景色。そこには借景だけの、飛び切り上等な庭が見えるはずです。
                               (新潟日報 夕刊 2004・8.10)
写真説明
窓から見える景観は、人工の庭に勝るとも劣らないものがある。大自然の景観をめでる事は、庭作りの原点だ。

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