庭師の歳時記

42 北国のレモングラス ‐ 地球が温かくなればいい?

 いっときハーブにこっていた妻は、さまざまな種類のハーブを育てていました。そのなかにレモングラスという草があって、
「料理に使ったり、ハーブティーに入れたり、重宝するのよ」
と、妻はそんなことを言っていましたが、私のレモングラスの記憶は、何度かお茶のなかに入れて出された独特の芳しさとして残るだけ。寒い地方で冬越しの難しいレモングラスは、寒さの到来とともに枯れてしまい、翌年から我が家でその姿を見ることはありませんでした。
 レモングラスもそうですが、日本で見ることのできる木や草を載せた図鑑や写真集のなかには、冬の寒さの厳しい地方では育たない木や草がたくさんあります。ああこの花いいなあと思っても、寒さに耐えられないと注意書きがあるとがっかりする。でも無理といわれればますます欲しくなるのが人情で、私も植えてみたけれど枯らせてしまったというものがたくさんあります。
 雄しべや雌しべが時計の文字盤や針のような風変わりな模様を作るトケイソウもそのうちのひとつです。トケイソウはクレマチスに似たツル性の植物で、初めてアメリカ大陸でこの花を見つけたスペイン人が、花のなかでキリストが十字架に架けられている、とパッションフラワー(キリストの受難の花)という名前をつけたことでも知られています。
 そのトケイソウをフェンスに這わせたら、どんなに面白いだろう。そう思って、試しに植えてみたのですが、案の定、翌年生き残ったのは五株のうち一株だけ。私の中途半端な情熱(パッション)では、トケイソウを越冬させることはできませんでした。
 以前は寒い新潟では無理といわれていたオリーブの木が、友人のRくんの家の庭で茂っています。去年挿し木をしたものも大きくなり、それは新潟の冬が確実に暖かくなっているからです。
 このままいけば、いつかレモングラスもトケイソウも新潟の冬を乗り越える日が来るかもしれない。でもそれまで待てないという方。エアコンの設定温度を下げ、バスには乗らず自家用車。魚をやめて肉ばかりを食べる。そうすれば、あっという間に新潟は雪のない暖かな町となり、街路樹にはヤナギの代わりにサボテンが植わり、街のいたるところにトケイソウが咲き乱れ、そのトケイソウの花のなかでは、何千何万というキリストが磔にされた姿をさらすに違いありません。
写真説明
                                    (新潟日報 2007・9・21)
ハーブのなかでも人気のレモングラス。新潟の露地で育つ日も近い、なんて喜んでいいのかどうか。新潟市西区赤塚。
 

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