庭師の歳時記

44 おやつの時間 ‐ 生産者の顔の見える果物

 元服という儀式は、十五歳になればだれでも大人の仲間入りができるという、日本の儀式です。バンジージャンプは、その儀式をおこなわなくては大人になることができないという南太平洋の島の儀式。もし私がその島で生まれていたら、バンジージャンプのような恐ろしいことなどとうていできませんから、きっと今でも子供のままでいたに違いありません。
 そんな大げさな儀式ではありませんが、子供たちの世界にも、木登りができなくては、仲間として認められないとか、屋根の上に登ることができなければ、行動を共にすることを許されないとか、そんなふうな儀式がありました。
 私が育ったのは、町内の端から端まで軒の連なる、そんな下町の住宅密集地でした。その連なる家の屋根の上を、端から端まで行って帰ってくる。町内の子供たちのあいだでは、それができて、初めて一人前の子供として認められたのです。
 屋根の上からは、家々の庭が丸見えです。あの家のイチジク、そろそろらな。あそこの甘柿は、もうちっとらかも。あの家のザクロより、あっちの家のザクロのほうが甘いろも、あそこは犬がいるっけなあと、この季節おやつを自前で調達していた子供たちの考えることはそんなことばかり。何のことはない、子供たちは、屋根の上で住居侵入と窃盗の相談をしていたのです。
 当時新潟の庭に多かったのが、イチジクとカキです。私が庭師になったころには、まだイチジクはたくさんありましたが、そのイチジクの姿が少しずつ消えてゆき、その原因の第一は、カミキリムシでした。
 近頃は、猫も杓子もクワガタ、カブトですが、私の子供のころは、色鮮やかなカミキリムシも、人気の昆虫のひとつでした。そのカミキリムシが、イチジクの幹に卵を産み、かえった幼虫が、木をぼろぼろになるまで食い荒らす。カミキリムシにやられたイチジクは、見るも無残です。
 せっかく実った果物なのに、収穫もせずに放っておく。そんな家を良く見ます。だって、スーパーや果物屋で売っているものの方が、おいしいもの。そんな話も、よく聞きます。
 もし私の家の庭で果物がなったら、産地直送で無農薬の、こんなうれしい食べ物、放っておきません。でも、なったらなったで、近所の悪ガキたちに、屋根の上から狙われないかと、心配で心配で、夜も眠れないかもしれません。
                                 (新潟日報 2007・10・19)
写真説明
子供たちの一番人気だったイチジク。ああ、イチジク湯が食べたくなった。新潟市西区立仏。

庭師の歳時記 index

TOP PAGE