庭師の歳時記

48 漆掻きの力 ‐ 漆の力と漆掻きの技

 庭が寺や大名、豪商たちの屋敷にしかなかったころの庭師は、庭作りを求めて、日本じゅうをさすらう漂泊の民でした。
 昭和の初め頃まで、その庭師と同じように、ひとところに定住することなく、あちらこちらと漂泊する人たちがいました。越後瞽女のような遊芸民や、狩りに生きたマタギたち。そのなかの山に生きる人々をサンカと呼んでいましたが、そのサンカのなかに、漆掻きを仕事としている人達がいました。
 漆は山里の村にとって大事な現金収入。それも上質のものであればあるほどよい。村の人たちにしてみれば、上質の漆の取れる木を見つけ採取する漆掻きたちの技は、羨望の的でした。その漆掻き、それも腕利きの漆掻きが村に現われると、上げ膳据え膳、村一番の器量よしをあてがい、村人たちは何とかその男を村に定住させようとしたのだといいます。
 漆は、お椀や座卓、そして蒔絵、沈金などのさまざまな工芸品に使われています。その漆器に触れてかぶれることがありますが、かぶれは、漆のなかの成分が完全に乾燥していないことでおきるもの。私も子供のころ、座卓に突っ伏してうたた寝をしたとき、見事に片側の頬を膨らませたことがありました。しかしそのかぶれがあって、漆は魔を寄せ付けない、と考えられていたのです。
 加工された漆器でもそうですから、生の漆、その元になるウルシの木でのかぶれは、その比ではありません。人によってはウルシの木の下を通っただけでかぶれたり、燃やしたその煙を吸って気管や肺に炎症を起こしたりする人もいる。ウルシやその仲間のヤマハゼなどは油断のならない木なのです。
 庭師仲間にも、ちょっと触れただけですぐにかぶれる人がいますが、彼はウルシやヤマハゼのある庭では仕事にならない。ウルシやヤマハゼは、新潟市周辺で一番濃厚に紅葉する木で、時折植えて欲しいという要望があるのですが、そんな仕事は、ウルシに弱いかの庭師にとっては災難以外の何ものでもありません。
 漆掻きに女をあてがい、定住させようとした村人のたくらみが、うまくいったかどうかは分かりません。明治以降、お上によるサンカたちの定住政策が進み、サンカという言葉も消えました。漆も今では中国産がほとんどだとか。国産の漆が減ったのは、漆掻きたちが定住したことで、良い漆を見つけ採集する野生の力を失ってしまったからなのかもしれません。
                                (新潟日報 2007・12・7)
写真説明
ヤマハゼの赤は、かぶれやすい人には、近寄ると危険、の赤信号でもある。新潟市西区小針
  

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