晴雨計

7 路地裏のあみだくじ

 平行な線を何本か引き、それに直角に無作為に線を引くと、できあがるのがあみだくじ。新潟の町も、信濃川に平行に走った道を横切るように路地がとおり、あるいはところどころに袋小路があって、ちょっと変則的なあみだくじのような町である。
 最初に神社があって、上がりは迷宮のような下町。かつてそこには地獄と極楽が隣り合わせの歓楽街があった。私が物心ついたころにはもうその歓楽街は消えてしまっていたが、大人たちは相も変わらず上がりのなくなったあみだくじの路地裏を迷走していた。次の角を右に曲がれば当たりに行き着くか、左がそうかと、夜毎あみだくじの上を右往左往していたのである。
 路地裏は大人たちばかりでなく私たち子供にとっても魅力的な迷宮だった。幅三メートルにも満たない狭い路地で野球をして、缶蹴りをして、ビー玉で遊んでいた。路地を抜け出し角を曲がればいつもなにがしかの発見があった。あそこの路地のイチジクは食べごろだ。あそこのザクロを取るときは怖い親父がいるから気をつけろ。あの校区のガキ大将は手ごわいぞ、と。
 庭にも路地という形があって、その路地は庭師にとっては基本中の基本。限られた空間にいかにして宇宙を再現しようかという庭の作法は、路地に集約されているといっても過言ではない。
 ちょいと角を曲がると思いもつかない景色が広がっている。見る方向によって眺めが違う。立ち止まり振り返ってみればそこは今来た道とは違った別な世界になっている。まるでエッシャーの描くだまし絵のようだが、それこそ路地の究極の姿といってもいいだろう。
 路地裏はもしかしたら庭師にとって最高の学習の場なのかもしれない。
 そういえばこのところ路地裏を徘徊しなくなった。鍛錬を怠っていると、曲がる角を間違えてブタクサの生い茂る荒野に迷い込んでしまいかねない。さて今夜あたり、ちょいと勉強に出かけようか。
                                   (新潟日報 夕刊 2002・9・12)

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