閑話休題 12  文政9年 細川斉護公 初入部 御祝御能の次第

 (平成22年7月18日より23日まで 敬愛する肥後の奇人 津々堂さまが ブログに
文政9年 細川家10代斉護公の初入部の式次第を発表された。お許しを頂いて 以下 御祝御能興行
の部分を転載させていただいた。 細川邸(城山下の御花畑御殿中庭舞台)での二日間の番組は未詳であるが、
興行に至る 奉行所よりの数々の通達により 家臣団の動きが手に取るように判明した。 江戸幕府や
他の大藩の式次第も似通ったものと推測されよう。お蔭様で江戸時代の考証がまた一歩進んだ思いである。)

御入国為御祝来月六日・九日於御花畑御能興行、御家中之面々見物被仰付、
士席以上は御料理をも為頂戴旨被仰出候、 依之別紙書付二通相添候條、半上下着之
朝六時罷出、夫々座札有之所え可有座着候、尤不形儀無之様家来末々迄堅可被申付候、
諸事支配御小姓頭御座敷見繕、御使番被仰付指図有之筈候條、得其意、触支配方えも
可被達候。
        9月29日             御奉行所

 10月6日
一. 組支配一列々々半分宛
一. 無足之面々は父兄出仕之同日罷出候様
一. 御目見医師より諸役人段半分
       但、無役之者ハ罷出候ニ不及

 同 9日
一. 組支配一列々々半分宛
一. 初日当番ニて不参之面々
一. 無足之面々は父兄出仕之同日罷出候様
一. 御目見医師より諸役人段迄初日相残候分
       但書右同断

 右之通見物被仰付候事
一. 初日依故障不罷出面々、二度目罷出候ニ不及候事、以上
一. 出仕之面々御能相済退出之節、猥に不罷立、御小姓指図受
   差図可有退出候、 自然火事有之候共 御小姓頭指図無之内は
   被罷立間敷候事、以上
一. 今度御祝能見物被仰付候ニ付、初日罷出候面々竝子弟名付とも 
   来月二日限、二度目御能之節右同断来月五日限 右之通ニ付
   左様被相心得、名付は右日限昼比迄可被相達候。尤触支配方
   有之面々名付之儀は 直に御小姓頭へ可被相達候  巳上
          9月29日          御奉行中  

一. 今度御祝御能之節、御府外之御役所詰独礼以下は罷出候ニ不及候條、此段
   御支配方へ可有御達候     以上     御奉行中

一. 今度御祝御能之節、出仕之面々御花畑御門 供連様、竝見物被仰付候面々
   御礼出仕之儀付て 別紙之通可及達由 御小姓頭より申来候條、左様
   被相心得 巳下例文
           十月            御奉行中

   御祝御能之節 御花畑表御門内 供連様 竝 御礼出仕之覚

一. 着座
   右は若党一人、草履取一人宛連被申筈之事
      但 雨天之節は外ニ笠持一人宛連被申筈
一. 御奉行竝副役 一、御目付 一、御役人
   右は供不残連被申筈之事
一. 右之外御物頭以下全御門外より御玄関迄簀を敷有之事ニ付 
   供一人も連被申間敷事
      但 雨天之節ハ草履取一人宛連被申筈
一. 御能見物被仰付候 組ニ不入御中小姓巳上 初日見物之面々
   は 来ル七日、後日見物の面々は 同十日、四時より八時之
   間 麻上下御花畑え出懸出仕、謁御小姓頭え御礼被申上筈候事
一. 御眼見得医師より諸役人段以上、初日見物被仰付候面々来ル
   七日、後日見物之面々は同十日、麻上下着 組支配頭迄御礼
   申上筈候事
    以上
一. 右御礼能 追て六日・九日を九日・十一日被仰付、御礼も十日・十三日ニ
   猶又十月四日奉行所触、御奉行達有の候事        (了)