閑話休題17 近代俳句 先駆四作家と能楽

 俳聖 松尾芭蕉が若年の砌、藤堂分家の小姓として謡三昧の年月を過ごした
と謂われるが、能は俳句の恰好の題材であり、またその七,五調のリズムは句作の
手引として好都合であったに違いない。
 近代の先駆者、特に松山に関わりの深い人々も、松平久松家の能楽に深い関わりが
あったことは明らかである。 夏目漱石の俳句も明治22年の子規との出会から始った
のではないかと推測される。子規に約70句、漱石に約70句の能がらみの作句が
認められるが、虚子と碧梧桐がそれぞれ膨大な句作のなかでどの位の能句をものして
いるのか、いずれ何方かのご研究を念じている。
 編者としては、世間に比較的に知られている能句を以下掲示してみたい。


江戸期 先駆作家

     おもしろうて やがて悲しき 鵜舟哉  (芭蕉)

     朝風の 吹きさましたる 鵜河哉  (蕪村)  


    正岡子規

     寒月や 人去るあとの 能舞台

     松風や 謡半ばや 春の雨

     あつらえの 扇出来たり 謡(うたい)初(ぞめ)  

     草の家の 隣に遠く 謡初

     謡ヲ談ジ 俳句ヲ談ス 新茶哉

    高浜虚子

     鼓(つづみ)あぶる 夏の火桶や ほととぎす

     もとよりも 恋は曲者(くせもの) 懸想(けそう)文(ぶみ)


     打ちぞめや 葛野(かどの)九郎兵衛 ここにあり

     鏡板(かがみいた)に 秋の出水の あとありぬ

     能すみし 面の衰へ 暮の秋

     雪の暮 茶の時頼に 句の常世

     一面に 月の江口の舞台かな

     その辺を 一廻りして ただ寒し

     夏潮の 今退く平家 滅ぶ時も

    河東碧梧堂

     神事近き 作り舞台や 楠若葉

     舞殿や 薫風昼の 楽起る


     曲すみし 笛の余音や 春の月

     鍛冶祭り 向打殿(むこううつとの) 何の守(かみ)

     両肩の 富士と浅間や 二日灸

     薪能 小面映ゆる 片明り

       
    夏目漱石 (熊本時代)

     白雲や 山又山を 這ひ回り (山姥 明治二十三年)

     憂ひあらば 此の酒に酔へ 菊の主 (枕慈童 二十八年 松山)

     弁慶に 五条の月の 寒さ哉 (橋弁慶 二十八年 熊本)

     落ち延びて 只一騎なり 萩の原 (巴 二十九年 〃)

     謡うものは 誰ぞ櫻に 灯ともして  (三十年 〃)

     折り添て 文にも書かず 杜若 (杜若 三十一年 〃)

     梅散るや 源太の箙 はなやかに  (箙 三十二年 〃)

    子規の訃を聞きて 

     きりぎりすの 昔を偲び 帰るべし (松虫 三十五年 ロンドン)





    「参考」

朧枝子来る

 淋しくば 呼子を鳴らし 聞かせうか  (三十年 熊本)

  (本句は能と関係ないものの、朧枝が編者伯父であるところからアップさせて
頂いた。編者もこれを機に 73歳の7月28日より、ホトトギスの歳時記を
購入して習作を始めてみている。謡の稽古が役に立っているかどうか分らない。
何れご笑覧頂けることを祈念している。

   編者駄句 石橋―金春流群勢によせて

  親子獅子 子規虚子秉五 夏も舞う