閑話休題 槍ト舞扇

「肥後異人談上之巻 中村庄右衛門」 熊本県立図書館蔵
中村庄右衛門ハ、能役者也、ソノ比、槍ノ達人ニ、磯野伝兵衛トイフ人アリ、
島原役ノ後、両人ヲ同格ニ召抱ラレ、500石宛ノ禄ヲ下サルルトキヽテ、
伝兵衛云、 彼庄右衛門ハ、高ノシレタル能役者也、 然ニ、拙者ト同格ニ
召抱ラルヽコソ心得ネ、 トイト不興ナリヶレハ、 藩侯キコシメシテ、ソノ方、
コレヲ不興ト存スルナラハ、 某ノ日、安宅ノ舞ヲ舞フ時ニ、 ツキ殺スへシト
申サル、 ヤガテ、ソノ日ニナリヶレハ、 庄右衛門、従容とシテ舞台ニ上リテ舞フ、
伝兵衛隙アラハ、ト待構ヘタレト、終ニソノ隙ヲエス、 伝兵衛我ヲ折テ云、 
サテ々々勘能ナルカナ、抑ソノ勘能ヲ能々見トメテ、用ヒラレシ、 君候ノ御眼ガネ、
返々モ恐入タル次第ニコソ候ヘ、トテ槍ヲ投ステヽ、ソノ無礼ヲ謝シ、 幾重ニモ
此罪ハ御シアレ、ト申シテ、ソノ席ヲ退キ、 ソレヨリ庄右衛門トハ、殊ノ外親シク
交ハリケルトソ、 是等コソ、技進ミテ道ニ至トイフヘキニヤ.

注:本文は明治年間 巷間に言い伝えられていた人物伝であり、間違いもあるが
 江戸期の人々の好む話題であったのだろう. 細川家、中村家にも 同様 
 中村伊織の話として残されている. 当日の演目は 船弁慶であったとも 井筒
 であっとも伝えられている.
  初代中村勝三郎の師匠金春八郎の嫡子七郎氏勝は柳生流剣術、宝蔵院流槍術、
 体術など何れも免許皆伝であり、兄弟弟子勝三郎も「能ヲイヤガルニモ」といわれる
 程で、馬術の名手でもあった.中村家は歴代とも武道に執心していたことであろう.