閑話休題 中村流 桜間右陣

 桜間右陣の家につたふる中村流てふ乱舞を舞ひて
見せければ読める 長歌並びに短歌

                     正三位 有功
四海(よも)の海の 浦間にすめる 田鶴(たつ)はしも
多数(さは)には有れど 能(よ)く謡ひ 能く舞う田鶴は
希(まれ)らなるものにしあるらし
 久方の 天(あま)つ雲井に 聞(きこ)ゆるは
多から無くに 葦北の 野坂の浦に 産出(あれで)しは
未(ま)だ片方(かたなり)の 雛(かひこ)より
朝夕(あしたゆうべ)に打ち寄する 波の鼓に 合せつつ
謡ひつ舞つ 歳を経て 秀(ひい)つる故(から)に 鳥が鳴く
吾嬬(あずま)の空に 飛び翔(かけ)り
大江(おほえ)の水門(みと)に下(を)り居ては
同じ列(つら)にも立交(たちまじ)り
立帰るさに 九重の 雲井間近く 参上(まうのぼ)り
時を得たりと 白妙の 翅(つばさ)廣らに 大空の
雲の掛橋 踏み鳴らす 音も轟(とどろ)に
君が代は 千代に八千代に 山彦も
對(こた)ふるばかり 良く謡ひ 良く舞ふ見れば
雲井にて 名に負(お)ふ田鶴も 心をや
驚かしけむ 此の田鶴は 世に希有(まれ)なるを
新玉の 年を重ねて 愛(いつく)しみ 飼ひ給へとぞ
肥後国(ひごのくに) 領知(しら)せる君に
申(まを)さめ 申さめ

 返  歌
 葦北の 浦なる田鶴の 時を得て
      雲に 翅(つばさ)を ふれる今日(けに)はや

記: 正三位有功 姓は千種. 幕末の著名な歌人.嘉永7年没.
 上は年代不詳ながら右陣青年期 寛政・化成頃であろうか.
 明治四十年代の歌人、郷土史家 内柴御風(柴柵)採録.市井の文書であるか
 或は細川家蔵か不明.柴柵は編者中村の大叔父.