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 ●国連・世界の動き
 
米核兵器禁止条約の力≠ニ非核の政府≠語る
非核の政府を求める会がシンポジウム(
2017.12.9

  非核の政府を求める会は2017年12月9日、東京都内でシンポジウム「核兵器禁止条約の力≠ニ非核の政府≠語る」を開きました。パネリストは黒澤満・大阪女学院大学大学院教授、高草木博・原水爆禁止日本協議会代表理事、森一恵・日本弁護士連合会核廃絶PT所属・憲法問題対策本部委員、笠井亮・日本共産党衆議院議員・会常任世話人の4氏。小澤隆一・東京慈恵会医科大学教授、長谷邦彦・「被爆者証言の世界化ネットワーク」代表の両氏が特別発言を行いました。各氏の報告要旨を紹介します。
核兵器禁止条約の意義と核兵器廃絶の展望
黒澤  満(大阪女学院大学大学院教授)
 まず、この条約ができた背景は二つあって、一つは核軍縮への人道的アプローチが広く受け入れられていたこと。もう一つは、核軍縮は進まないし、逆に近代化が進められている。このプラスとマイナスの両方の要因が働いて、条約の交渉が進んだのではないか。
 人道的アプローチではスイスなどが始めた「核兵器の人道的結果に関する共同声明」は2015年には159カ国まで広がり、核兵器の人道的影響に関する国際会議がオスロ、メキシコ、ウィーンで開かれた。
 核軍縮は20年間、新START以外、何も起こっていない。逆にトランプもプーチンも増強すると言っています。
 第2は、核兵器禁止条約の作成プロセスもユニークで、すべての国に開かれ国際機関・NGOを含める。重要なのは、核兵器国の参加がなくても、有志国で条約を締結する。それから、コンセンサスなしでやろうというルールの開発です。
 2015年NPT再検討会議は中東問題で失敗しました。その後、16年に核軍縮の国連作業部会が開かれて核兵器禁止条約の交渉の開始を勧告し、同年の国連総会で核兵器禁止条約の交渉開始を決定した。
 そして、核兵器禁止条約交渉会議が2017年3月と6〜7月に行われ、7日に賛成122、反対1(オランダ)、棄権1(シンガポール)で条約を採択した。英米仏は最初から国連会議場の外で反対と言った。日本は出たが、参加しないと言った。何をしに行ったのかと思っています。
 次ぎに3番目の柱、核兵器禁止条約の内容です。
 ▽第1条は、基本的義務、「禁止」。開発、実験、生産、製造、その他の取得、所有、貯蔵の禁止。コンピューター・シミュレーションや未臨界実験もだめだという解釈が成り立つ。
 「使用の威嚇」を入れるかどうかでもめました。抑止力に頼るのは「威嚇」にあたるとされます。
 ▽第4条が「核兵器全廃に向けて」。核兵器を持っている国はどうするかという話です。国連軍縮会議でホワイト議長に「配備させてない日本はこのまま入れるか」と質問したけれど、「日本で議論してください」と言われただけです。
 ▽「被害者援助と環境改善」。6条、7条です。
 ▽第8条が「締約国会議」。非締約国も招待されるべきと書いてあるから日本も招待されたら行くべきだという議論もあります。
 ▽5番目が「発効手続き」。50番目の批准書が寄託された後、90日で発効する。ホワイトさんに聞いたら、「2〜3年かかるのでは」という話でした。
 4番目の話は、核兵器禁止条約へのクリストファー・フォード大統領特別補佐官の批判です。
 1、核兵器はまったく削減されず、国際的安定性が下がる。2、核軍縮の進展を遅らせる。3、核軍縮と核不拡散が検証できない。4、法的な意味合い。条約の場合、基本的には締約国が義務を負うけれども、それが慣習法になると入ってなくても影響を受けることがある。そのことを恐れている。5、世界的な核不拡散体制を毀損する。これが一番大きな反対理由です。核保有国は、NPTから50〜100ヵ国が脱退することを心配していました。
 最後に、核兵器廃絶の展望についてです。
 キーワードの一つは[stigmatize]で
悪の烙印を押す=B
 a.人道的観点から見て、核兵器は人類の全滅をももたらす可能性があるので、廃棄すべきだ。b.今まで軍縮は国家の安全保障という側面で議論されてきたが、人類全体の安全保障という形で進めるべき。c.倫理的な側面からも核兵器は許されない。d.核兵器禁止条約の早期発効と締約国の増加。米国は各国政府にものすごいプレッシャーをかけています。早く発効させないと、いろいろやりだす。e.国内および国際世論を喚起する。f.一般市民の役割が重要。各国政府に態度の変更を迫る。首相、外務大臣、国会議員を動かしてほしい。
 二つ目のキーワードは、[delegitimize]非正当化。核兵器の正当性や価値を剥奪する、核抑止論の正当性を検証する。朝鮮戦争、ベトナム戦争、中東戦争でも核抑止は効いていません。
 新しい問題で、核兵器が存在していること自体が危険だから廃棄すべきである。人的エラー、通信エラー、コンピューターの故障などで発射する。テロリストに盗まれたら抑止は効かない。こういう意図しないで使われる危険がものすごく増えている。やっぱり廃棄しないとだめではないかということです。
「核兵器なき世界」は何人も押し止められない人類的課題
 高草木 博(原水爆禁止日本協議会代表理事) 
 まず、ICANが今度のノーベル平和賞は、核兵器廃絶のために努力した世界の被爆者、反核・平和運動が受賞したものだという配慮の行き届いた声明を出してくれました。歓迎し喜びたいと思います。
 最初に、核兵器禁止条約の意義として第一に挙げたのは、法的ギャップを埋めたことです。禁止条約は、国連憲章の理念や、国連総会第1号決議に沿った国際政治の変化を実感させ、希望を与えるものです。
 私たちの運動にとっては、条約の内容とともに、実感させるというその部分が非常に大事です。というのは、72年前に国連憲章、第1号決議で定めた方向性を、世界の運動、人々が忘れず要求し、政府を動かし、今や大国の圧力があっても122もの国が禁止条約をつくれという声をあげた。希望を与えたと言ったのはそういう意味です。
 10月の国連総会第1委員会で核兵器国5カ国は、「安全保障環境は予見しうる将来にわたり核抑止力の維持を求めている」(英国)と居直っている。私たちは、核兵器国が参加するしないよりも核兵器禁止に役立つ措置であれば歓迎するという態度をとってきた。それでよかったと感じました。
 日本政府は、やり方としては「ステップ・バイ・ステップ」で、核兵器国に対して「橋渡し」するということでしたが、きちんとした立ち位置を決めてものを言わない限り橋は渡らないし、「ステップ・バイ・ステップ」と言ってもワンステップも進まない。
 国連総会の採択では、11本の決議が禁止条約を支持・評価し、条約の調印・批准を求めています。「多国間核軍縮交渉の前進」決議には、125カ国が賛成しました。反対39は少ない数ではないが、しかしほとんどが軍事同盟国です。これが世界の現実です。
 もう一つ、日本政府の態度には失望しました。
 第1項で、国際緊張緩和や信頼強化を通じて核軍縮、核廃絶を進めると言っている。国際緊張緩和や信頼強化をやらない限り、核軍縮をやる環境にはないという意味です。国連は「軍縮に努力して緊張緩和させるという道がある」と批判しています。
 2点目。日本決議案は、「自国の核軍備の完全廃絶の明確な約束」という2000年NPT再検討会議合意を、「NPTの全条項の履行という明確な約束を確認する」という文章に書き換えた。2000年NPT会議は最終日にまとまらないで決裂しそうになった。新アジェンダ連合を代表してメキシコが、「決裂するなら決裂してもいい。他の国も核保有能力は持っている。その危機の責任は核保有国の側にある」と発言して、核保有国が譲歩して生まれた合意が「自国核兵器の完全廃絶の約束」です。
 3点目。「いかなる核兵器の使用も人道的な壊滅的影響を与える」という表現から、英語の「any」を取った。
 そして4点目。CTBTの調印・批准問題も、今回は北朝鮮だけにそれを要求する形になった。これが「核の傘」の実態で、本当に情けない。
 次ぎに、北朝鮮の核・ミサイル開発問題です。これも今、核軍備で脅かすことによって解決しようとするのか、核兵器をなくすという共通の基盤をつくって解決すべきなのかが問われています。
 第一義的には、北朝鮮は核実験もミサイル発射もやめるべきです。同時にトランプ大統領は、核攻撃を含めて「あらゆる選択肢がテーブルの上にある」と言い、安倍首相はこれを高く評価して「対話は時間の無駄」だと言っている。「武力で解決」になれば、「核の傘」に頼ることになる。でも、「核の傘」に頼ると、エルサレム問題をみても、日本は米国にやめろと言えない。属国以下の対応です。
 最後に今後の運動です。
 核兵器禁止条約は、素晴らしい条件をつくり出しています。今回の国連決議では125ヵ国が支持しました。署名国もそういう数に
達していくと思います。
 我々の任務は、この発展に応えて、被爆国としてリードする動きをつくり出すこと。被爆者とともに被爆の実相を伝えて、国際的にも役割を果たしていく。とくにアジアに目を向けて、協力を図りたい。
 幸いなことに、大きなプロセスは、国会包囲の流れを見ても、日本はこれではだめだという方向に進んでいます。
 我々は過去のいきさつを越えて国民的な共同をつくらなければいけない。被爆者の皆さんが去年4月、署名をつくってくれました。この発展は感動的です。長崎では長崎市長も県知事も私たちと一緒に街頭で署名を呼びかけています。
 2018年は、核兵器禁止条約に世界の多数の国々が結集するときです。政治が変わる前でも、国民の努力が結集されれば、日本から世界、アジアへのメッセージになると思います。
核兵器禁止条約のすごい中身――日弁連はこうみる
森 一恵(日本弁護士連合会・核廃絶PT所属・憲法問題対策本部委員)
 最初に、2月26日から3月3日まで訪問したマーシャル諸島視察についてお話しします。
 まず、前日の特別ミサで核被害者を追悼し、国会議長のケネス・ケディさんと懇談しました。ロンゲラップの選出議員で、ジャスティス(justice)という言葉を使ってアメリカに対して公正な補償を求めたいと力説していました。
 核核被害は白い灰が降ってきた、最初はそれが何かわからなくて触った人もいたと話していました。その後、核実験の被害だとわかって避難し、今も戻れない状況だということです。
 3月1日はパレード、追悼式典、核レガシー会議に参加しました。核被害者追悼式典でヒルダ大統領が話したことは、やはり「ジャスティス」をキーワードに公正な補償を求めたいということでした。
 午後の核レガシー会議は盛りだくさんで、世界各国から招かれた人や、核実験被害者からいろいろ生の声が出ました。
 次に、国連核兵器禁止条約交渉会議に移ります。
 国連核兵器禁止条約交渉会議が3月27〜31、6月15〜7月7日の2回に分けて実施され、7日に条約が採択されました。私は第1会期に参加しました。
 本会議では藤森俊希・日本被団協事務局次長が、お母さんから聞いた被爆体験を説得的に語って、会場はスタンディングオベーションで拍手が鳴りやまない感じでした。
 3月30日。ホワイト議長の発案で、双方向の質疑応答が行われました。
 次ぎに、核兵器禁止条約について見ていきます。
 条約の基本構造は、前文と本文20カ条から成っています。15条「発効要件」に50カ国の批准が必要と書いてあります。脱退の権利はあるとされ、改正は10条で3分の2以上の多数となっています。
 条約の内容で大きな点は、核兵器使用の違法性を基礎としたこと。被爆者の努力、被爆者救済に言及したこと。禁止の範囲が広いこと。この3点です。違法性を基礎とすることは、前文に「核兵器のいかなる使用も武力紛争に適応される国際法の規則、特に国際人権法の原則及び規則に違反するであろうことを考慮し」と書かれています。
 前文で、「ヒバクシャ」という言葉が用いられて、「核兵器の使用の被爆者(ヒバクシャ)及び核兵器の実験の被害による影響を受ける者にもたらされる容認しがたい苦しみと害に留意し」と書かれています。6条1項では、「被害者に対する援助及び環境の回復」が規定され、7条4項でも被害者のための援助にふれるなど、被爆者の努力と救済については細かく配慮されています。
 第1条「禁止」の範囲は広いです。開発、実験、移譲、配備、使用・使用の威嚇なども包括的に禁止されています。議論があった「使用の威嚇」も入り、核保有国・核依存国へのプレッシャーになっています。
 以上、核兵器禁止条約はかなり素晴らしい条約だと思っています。ただし、残念ながら日本は署名していません。
 最後に今後の課題です。
 やはり、日本は唯一の被爆国ですから、政府が核兵器禁止条約の署名・批准をするよう、日弁連を含む市民社会で、粘り強く働きかけていくことが必要です。
 私の話の資料として、日弁連の核兵器禁止条約の採択に関する会長声明を付けました。「日本政府が、原子爆弾の投下による被害を受けた唯一の被爆国として、積極的な役割を果たす礎となることを期待するものである」としています。
 そして、核兵器禁止条約に署名するのと同時に、核兵器禁止条約第5条の「国内の実施措置」として、非核3原則法制化、非核法を作っていくことも必要と考えています。
 私は、日弁連の憲法問題対策本部の核廃絶プロジェクトチームの所属として、日本政府への署名の働きかけ、非核3原則法制化の働きかけを粘り強くやっていきたいと思います。
禁止条約に署名する非核の政府を≠フ声いまこそ
笠井 亮(日本共産党衆議院議員・会常任世話人)
 4点お話しいたします。
 最初に核兵器禁止条約の採択ですが、私も7月7日、国連本部で条約採択の歴史的な瞬間に居合わせて、万感の思いがしました。まさに多数の政府と市民社会のコラボでつくったことを実感し、目を見張りました。そして明日、ICANの皆さんのノーベル平和賞受賞で、共に喜びたいと思っています。
 そして世界は、核兵器禁止条約の採択に大きな力を得て、核兵器完全廃絶に向けて大きく動きつつある。大事なことは、核保有国や同盟国も、今度は国連加盟国として、国連が採択した条約にどう対応するかが問われる段階にきているということです。
 二つ目の柱です。世界では、大国の言いなりにならず、被爆者の訴えに耳を傾ける国々が主流になっています。それなのに唯一の被爆国の安倍政権は条約に背を向けて署名しない。
 今度の国連総会でも、日本政府は、自分たちが出した決議案でこの条約に触れない。例年より内容を大幅に後退させて、各国から「これは何だ!」と批判が集中する。本当に恥ずかしい限りです。
 3番目。今国会で、国民の批判や野党の追及を恐れる安倍政権の姿が際立ちました。核兵器禁止条約をめぐっても、日本政府の主張の破綻ぶりが明らかになったと思います。
 今回の日本決議案で核兵器のいかなる℃g用の「any」を削除したことについて問われて、河野外務大臣は意味するところは変わらない。削除しても変わらない≠ニ言いました。意味が変わらないなら、なぜ削除するのか。
 2つ目に、条約第1条「禁止」は条約の核心です。大きなポイントが、「使用の威嚇」の禁止でした。オーストリアの代表が、「核兵器が安全保障となる、平和をもたらすと言うなら、すべての国が持てば世界は平和になるのか」と痛烈に批判したのが印象深かった。
 条約が到達した中身と照らして、安倍首相や河野外務大臣の国会答弁はどうか。「北朝鮮の核・ミサイル開発といった現実の脅威」があるから禁止条約に反対だ≠ニいう。しかし、これは逆です。
 国連会議の当時、同じ国連本部ビルで、北朝鮮のICBM発射問題をめぐる安保理緊急会合が開かれたのですが、そこでウルグアイ代表が、「北朝鮮に核兵器を放棄させようというなら、(核保有国は)なぜ同じ国連ビルの下の階でやっている核兵器禁止条約会議に出ないのか」と発言したことが、私たちにも伝わってきました。
 結局、北朝鮮問題でも、いかなる状況であれ核兵器の使用は違法だという禁止条約の立場に立ってこそ、北朝鮮に核開発を中止せよと迫ることができる。北朝鮮問題があるからこそ禁止条約が必要です。
 3つ目に、条約との関係で、第4条「核兵器の完全廃絶に向けて」で核保有国の参加の道をオープンにしたのが印象的でした。
 安倍首相や河野外務大臣はいまだに「核兵器国、非核兵器国双方の信頼関係を再構築していく上で橋渡し役を強める」と言い続けています。しかし世界は、この新条約ができた今、核兵器にしがみつく国と、核兵器禁止条約に賛成する国の間の綱引きになっている。その中で日本が核兵器にしがみつく最悪の一員になっていることは重大です。サーロー節子さんが、「100カ国以上の人たちの発言に耳を傾けようという態度がなくて、どうして橋渡し≠ェできますか」と国連会議で言いました。「橋渡し」する立場も資格もないのが日本政府ではないか。
 日本決議案の共同提案国は、去年の109カ国から77カ国に減り、賛成は167カ国から23カ国減った。棄権は「過去の決議からの深刻な逸脱」「嘆かわしい後退」だとして10カ国増えた。田上長崎市長は、この日本提案決議について、「まるで核保有国が提出した決議案のようだ」と喝破しました。唯一の被爆国が、「橋渡し」どころか、もう核保有国の側に「橋を渡ってしまっている」。一刻も早くこういう状況を変えなければいけない。
 最後の柱ですが、禁止条約を早期に発効させ、廃絶へと前進させる上で、核保有国と同盟国の政策を変えさせる、とりわけ被爆国の日本政府の姿勢を変えさせる世論と運動が決定的に重要です。核大国米国の同盟国としての日本が、唯一の被爆国として条約への参加を決断すれば、国際社会に絶大なインパクトとなるのは間違いありません。「今からでも参加を真剣に検討せよ」と、来年の国会でも大いに求めていきたい。  「核兵器禁止条約への署名を迫る」という点でも、市民と野党の共闘を実らせる努力をしていきたいと考えています。鍵は、ヒバクシャ国際署名を2020年までに世界数億の規模で集めることだと思います。
《特別発言》
安倍流「北朝鮮の脅威・9条改憲」を斬る
小澤 隆一(東京慈恵会医科大学教授)
 戦争法反対運動、安倍流の新たな改憲の動きのなかで、この間、「立憲主義を守れ」という声は非常に強まり、運動の大きな広がりが起きています。同時に、この戦争法や9条改憲の震源地はどこなのかということを、しっかりと突き止める必要があります。その点で言えば、やはり、日米安保体制、日米核軍事同盟の軍事協力の強化に、その震源地があるということを、運動のなかで強調していく必要があると思います。
 過去、憲法9条を掘り崩す周辺事態法や武力攻撃事態法、国民保護法などをつくるとき、必ずと言っていいほど北朝鮮のミサイル発射実験、不審船騒動などを利用し、「安全保障環境が危うくなってる中で、こういう法律は必要だ」という議論を振りまいて悪法の制定に乗り出してきました。
 この8、9月に起こった、安倍首相が国難と騒ぎ立てるものは、米国に届くICBMがようやく開発されたこと、それに搭載可能な水爆が開発されたようだということで、そうであればまさに米国由来の国難と言わねばなりません。トランプ政権が慌て始めたという意味で「国難」なのであって、問題の本質はやはり、日米安保体制下で米軍基地を日本国内に置いていることが、日本に波及的に難をもたらす可能性があるのだという、そこを議論しなければ、国難だと騒ぐ安倍首相の攻勢に対抗できないのではないかと思います。
 もう一つは、核兵器あるいは軍事同盟は抑止力であり、これによって仮想敵の攻撃を防ぐのだという議論を正面から批判していくことによって、今の改憲攻勢をはねのけることができると、私は考えています。
 核抑止力論というのは非常におかしな理論です。北朝鮮は、朝鮮戦争で米国に一度つぶされかけた国ですから、今度戦争になったら体制がひっくり返されるかもしれないと、本気で身構えている。その北朝鮮にすれば、今やロシアや中国は頼むに足らんということで、自らの核とミサイルに固執する。北朝鮮にとって核抑止力論はリアリティーを持っている。
 ですから、北朝鮮は国家の安全保障の観点から、核兵器を何とかして持とうとするでしょうが、しかし人類の安全保障にとっては、この核抑止力論はもはや意味を持たないものだということを、しっかりと論じていく必要があります。
 やはり今一度、日本国憲法の理想と国連憲章の理想の2つを重ね合わせてみる必要があると思います。日本国憲法は、国家の非武装を9条でもって決めました。この考え方は、当時の状況に照らして言えば、国連の集団安全保障措置の庇護(ひご)の下に、自分たちの安全を確保する。日本国憲法の、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、その安全を保持しようと決意したという、この前文は、国連憲章がいうところの、集団安全保障の枠組みの中で、自分たちの安全を確保するという理念を語っていると思います。
 実は、国連のめざす集団安全保障の背景には、紛争の平和的解決が大前提にあるわけですけども、この紛争の平和的解決と、国際社会全体で平和を守るという集団安全保障という考え方は、実は市民社会も含めた国際世論の力の下支えがなければ果たせないものだということが、もともと込められていたのだと思います。今、核兵器禁止条約でもって進められようとしている動きはまさに、それの、70年目における実践という位置づけをすることができるのではないかと思います。
 北朝鮮が、ここまで核開発の道を進んできた状況の下では、朝鮮半島の非核化では済まなくなっています。北朝鮮を囲む米中ロの非核化も果たしていかなければ、北朝鮮の脅威感を払拭することはできません。
 ですから、今、私たちの目の前にあるのは、まさにこの東アジアにおける北朝鮮の脅威をなくしていくという課題と、核兵器禁止条約の締結・実効化という課題は、極めて近接した課題だということが、見えてきているのではないでしょうか。
 憲法9条改悪を阻止することと、核兵器禁止条約の実効化という2つは、極めて密接な関係にあると思います。
《特別発言》
言葉の壁の向こうに核廃絶の道あり
長谷邦彦(「被爆者証言の世界化ネットワーク」代表)
 「被爆者証言の世界化ネットワーク」(NET-GTAS)という、国際的な翻訳者集団のネットワークを作って、被爆者の証言を多言語に翻訳してインターネットに上げていく作業をしています。
 「NET-GTAS」は2014年1月に創立しました。40人ぐらいの大学の教員やその仲間が集まって、国立広島原爆死没者追悼平和記念館と提携して、そこに保管されている1400本ぐらいの被爆者証言のビデオを毎年30本前後、半年余りかけて多言語に翻訳してきました。これまでに101本の作品を作り上げています。翻訳言語は今13あります。
 被爆者というのは自身の被害体験ももちろんあります。それとともに、あの地獄を見た目撃者であるわけです。つまり、歴史を新しく作っていく証言者としての被爆者が存在するわけです。その人たちが残していった言葉を、外国語のできる日本人と、日本語のできる外国人がチームを作って20分余りの証言ビデオに翻訳しています。
 なぜ、そんな作業をやり始めたのか。72年間、被爆者の膨大な証言が残されてきました。記念館に集まっている証言ビデオは1400本ぐらいですが、その他に手記という形で残された記録が14〜15万件収集されています。
 被爆者の体験というのは、一人ひとりその意味がまったく違う。一つの証言の話を聞いて、これが被爆なのかと断定するわけにはいきません。事件との多様な遭遇の仕方があるわけです。生き永らえている人の語りも、そのときいた現場の状況、家族関係などの位置に応じてまったく違ってきます。
 しかし、ではその多様な体験が世界に広まっているのか。広島市、長崎市の平和祈念式典でも被爆者の体験は個人的な、あるいは広島・長崎のローカルな事件ではない、世界が共有しなければならない人類の証言だと認識はしていました。しかし、それがなかなか実現できずに70年間が過ぎたように思います。
 被爆者の皆さんは、本当にしんどい身体を引きずって世界を歩いて訴えて回る。通訳者を通して現地の人たちの母語に移し換えるという作業を進めてこられましたけども、それは継続的に大量に送り込むというわけにはいきません。いわんや被爆者の平均年齢が80歳を超える状況の中で外へ出て訴えることはますますむずかしくなっています。
 私たちの作業は、そういう被爆者たちの恣意、そして死んでいった被爆者の死に方、死にざま、そうしたものを後世に伝えていくことを、自分たち生き残った人間の責務と考えてやっていきたいということです。
 戦争に負けた国の政府というのは、戦争による死を隠したがります。大量の死者を出してしまった上に戦争に負けるのは大失政になりますから、人の死について過小評価をしたり、ゼロとして消してしまったり、死の意味についてゆがんだキャンペーンを流したりしてきました。
 そういう点から言うと、被爆証言を世界に広めなければと思った瞬間に、翻訳という言葉がインプットされて行動に入るべきだったと思いますが、日本の平和運動の歴史を見ると、その辺の議論が十分ではなかっように映ります。
 私は、9年間の京都外国語大学の勤務で感じたことですが、留学生がたくさんきますが、被爆の話を説明したときに、うんうんとうなずく学生はほとんどいません。「まったく知らなかった」「被爆がこんなむごいこととは知らなかった」という答えが圧倒的です。それぞれの国で広島・長崎という地名は教えるでしょうが、そこでどんな悲劇があったのかについては教わらない。日本人の学生でも、広島・長崎出者以外はほとんど学んでいません。こういう状況で国際世論が核廃絶に集約されていくかどうかと考えると、恐ろしいことだと思います。
 我々の取り組みを「国立 平和記念館 ビデオ」でぜひ、検索していただきたいと思います。
 1人でも多くの被爆者の声を、1つでも多くの言語に翻訳をして、1つでも多くの国、地域に広げ、1人でも多くの市民に理解してもらいたいと思います。急がなければなりません。